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第42話 天才?ゴンザ


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 蛇の森の深部に差し掛かった深い森の中。

 天幕の下で焚火にあたる二人の男がいた。



「ったく、旦那も無茶言うぜ。妨害工作するにしたって俺達二人じゃ限界がある。それに、これ以上進むとさすがに俺達だけじゃ帰れなくねぇか?」


「バカかおめぇは。もう引き返すことなんざ出来ねぇんだよ。例えこのまま街に戻ったとしても旦那が許す訳がねぇ。あの時の目をお前は見なかったのか?愚痴言ってる暇あるなら次の手を考えろよ。」


「でもよう。ギルマスに焔狼、それにAランクの水精ナイアスに気づかれずにってのがよぉ。何よりあの飛燕ファントムスワローの上空からの監視が相当に厄介だぜ。」


「んなこたぁ分かってんだよ。だが、次も失敗すれば俺たちもただじゃ済まねぇ。」


「ならどうするよ、ゴンザ。」


「夜を狙うのさ。」


「まぁ、順当な回答だが、見張りが居るだろ。どうすんだよ。」


 モヒカン男にそう問われたスキンヘッドの男、ゴンザはニヤリと口角を上げて得意げに言った。


「……お前は俺の天才的な頭脳に歓喜することになるぜ。」


「はぁ?ゴンザ?お前、頭でもイカれたか?お前のオツムは俺と大差ないレベルだろうが。」


「ハッ!今日の俺は一味も二味も違うぜ。」


 モヒカン男に半ばけなされていることにすら気づかないのか、それとも余程自信があるのか、ゴンザは得意げな顔で背後から一つのズタ袋を取り出してその中身を見せた。


「こいつを使う。」


「……そいつは、マッドフロッグじゃねぇか。……ゴンザ、まさかお前?」


「お。お前にしては察しがいいな。そうだ、既に設置済みだぁ。」


 ゴンザはニヤニヤと顔をゆがませながら徐に立ち上がり、近くに立てかけてあった戦斧を手に取った。


「そういう事か! お前天才か!? 俺は生まれて初めてお前と言う男を尊敬したかもしれねぇ。」


「だから言っただろう?お前は俺に感激して小躍りするってな。」


「オイオイ。俺は小躍りまではしてねぇよ。」


 二人はゲラゲラと余裕の笑い声をあげる。一通り笑ったところでゴンザが仕切り直す様に言った。


「そろそろ、頃合いだ。行くか。ハントのターゲットはあの従魔だけだ。やったらずらかるぞ。」


 ゴンザの意図を理解したのか、もう一人のモヒカン男もニヤリと顔をゆがませて立ち上がり、近場の魔法杖を手に立ちあがる。




 その時、そんな二人の後ろから不意に声がかかった。


「なんだか楽しそうだな。 俺も混ぜてくれよ。」



 二人しかいないはずの空間に第三者の声が聞こえれば誰だって驚く。名ばかりとは言えゴンザは元Cランクだ。それなりの反応で声のした方を振り返った。



「!?誰だ!」





 焚火の揺らめく明かりが草むらを照らす。しばらくしてゆらりと人影が浮かび上がった。


 その男は無手であった。

 だが、その右腕と左腕に漆黒と緋色の特徴的な籠手をはめていた。



「何でテメェが!?」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 二つの霊子結晶アニマの輝きを追って森に分け入っていくと、二人の男が焚火を囲んでいるのを見つけた。


 俺は、足音と気配を消して背後から近づく。無幻水心流には様々な歩法が伝わっている。そのうちの一つ、気配、音を消して歩く歩法―無影。

 体力のなかった俺だけど、この歩法だけは得意だった。



 やはりか。

 一人はあのゴンザだ。そしてもう一人のモヒカン男。あいつの霊子結晶アニマの輝きには覚えがある。

 忘れるはずもない。俺が襲われた時、ちらりと視えた霊子結晶アニマの色だった。


 俺の襲撃犯とゴンザがつながっていたという事は……こいつらの狙いはエンリケか。



 俺の予想を裏付けるため、背後の木の陰から奴らの会話を聞く。




 ……やはり。こいつらが俺達の妨害をしていたのか。許せない。直ぐにでも怒鳴り込んでやりたいが、こいつらに指示している者がいるみたいだ。それを明らかにしてからいったん引き返してリンに相談しよう。


 そう考えて自重していたところ、奴らが立ち上がった。

 どうやらこれから何かを仕掛けるらしい。もともとは様子見だったのだが、流石に想定外だ。どうする?一足先にキャンプに帰って知らせるか?しかし、こいつらより早くキャンプにたどり着けるか?

 などと思考を巡らせていると。


「ハントのターゲットはあの従魔だけだ。やったらずらかるぞ。」



 !?

 それを聞いて、一瞬怒りで思考が飛んだ。これまで溜まりに溜まった鬱憤が堰を切った様溢れて俺の心を埋め尽くし、ギリギリで保っていた理性を怒りで塗りつぶした。



「どこに行くんだ? 俺も混ぜてくれよ。」



 気づけば俺は奴らの後ろから声をかけていた。



「何でテメェが!?」


 ゴンザたちは俺がこの場に突然現れたことに驚いたようだったが、しばらくして俺が一人であることに気づいたのか、ニヤリと余裕の笑みを見せた。


「ハッ!バカかテメェは。もしかしてお前ひとりでこの状況をどうこうできるとでも思っているのか?寄生者パラサイトのお前が?」


「ははっ。ビビらせやがって。お前、俺たちの会話を聞いて、まさかここから無事に帰られるとは思ってないよな?」


 もう一人のモヒカン男も、状況を理解して急に余裕の態度を見せつつも、素早くゴンザの陰に隠れた。



「お前。毒矢で俺を殺そうとしたやつだな。」


 何処かでこのモヒカン男を見たことがあると思えば、確かこいつギルドで緊急クエストを招集したとき、ゴンザレスと一緒に居たグロリエルの取り巻きの一人だ。



 俺の言葉を聞いた瞬間、ゴンザは咎める様にモヒカン男を振り返った。モヒカン男はそれに首を振って否定し、俺を睨みつけたのち、詠唱を始めた。

 どうやらこいつは魔法使い(マジックキャスター)らしい。それに俺の殺人未遂がばれていると分かったからか、ここで俺を殺すつもりなのだろう。



「それにしてもお前はバカだな。そこまで分かってるなら、不意打ちの一つでもすれば多少は勝ち筋が見えたかもしれねぇのによ。」



 ゴンザは半ばあきれ顔でそう言った。


 確かに。

 彼らの行動を止めるだけなら不意打ちをすればよかっただけかもしれない。だが、ここは既に森の深部だ。こいつらをただギルマスに突き出したところで、拘束した状態でこの森の深部に放置するわけにもいかず、恐らく拘束したまま連れていくか、縄を解いたうえで解放するかしかないだろう。

 解放すれば、こいつらはまた俺たちにちょっかいを出してくるに違いない。拘束したまま連行するのもただの重荷になるだけだ。むしろこいつらが俺達と一緒に居る方がぞっとしない。


 だから、奴らの心をへし折り、黒幕を吐かせたうえで自ら帰還してもらうしかない。そう考えた。

 こんな見るからに華奢な俺に、魔力ゼロの寄生者パラサイトに正面切って戦って負けたという事実が必要だと思った。

 まぁ、正直怒りのままに思わず声をかけてしまったのだが、一応俺の中で自己弁護をしておく。



「のこのこと出てきやがって、バカが。焼け死ね!」


 ゴンザはそう言って半身横にずれた瞬間にその後ろから火の玉が放たれた。中々いい連携だ。流石元Cランクと言うだけはある。

 しかし森で火を使うのはいただけない。森林火災になったらどうするんだ。

 だがもしかしたら、あのモヒカン男は火の魔法しか使えないのかもしれないと思いなおす。



 俺はそんな思考分析をする程には余裕があった。


 モヒカン男の詠唱からそれが火属性の中級魔法―《ファイヤーボール》であることが最初から分かっていたからだ。

 俺はリンから基本的な四大元素魔法の暗唱フレーズを教わっている。




 それにしても、こいつの魔法は随分とお粗末だなと思う。

 リンやソワレの魔法しか見たことが無かった俺は、それが普通だと思っていたが、こいつの魔法発動は二人に比べて随分と劣っていた。この世界では中級魔法を使えるというだけで相当な魔法使い(マジックキャスター)らしいのだが、その実力は二人に比べるべくもない。


 まず、発動のスピードが遅い。リンだったら既に三回は魔法を放っている筈だ。それに魔力門の開き方も不安定だし、何より発生した《体内魔力》を《魔法》に変換する効率がすこぶる悪い。

 《彗心眼》で視た限りリンはそのほとんどを余すことなく《魔法》に変換していたが、この男の変換率は三割にも満たないものだ。残りの七割は《ファイヤーボール》に変換されずに魔力として駄々漏れしているだけだ。


 それに、魔法の射出スピードも非常に遅い。射出スピードは《体内魔力》を圧縮して勢いよく体外に発露するのだが、その圧縮が不完全で不安定なのだ。



 これなら余裕をもってアレができる。




 俺は魂魄同調アニマレゾナンスでモヒカン男の霊子結晶アニマに同調し、《彗心眼》を発動しながら、左足を軸に右足を後ろに円を描くように捌き、他の誰にも見えないその魔力のレールの軌道を籠手でそっと変えてやる。


 俺によって軌道を変えられた魔力レールは俺の腰回りを半回転させる様に誘導され、そしてゴンザへ向かって伸びていく。直後放たれた火の玉はそのレールに沿って正しく俺の周りを半回転してそのままゴンザに飛んでいった。



 ―――《魔操マジックコマンド


 そう。あのアーチャーフロッグの時と同じだ。




 ゴンザは相変わらずニヤニヤと油断しきった顔をしている。

 俺が《ファイヤーボール》に焼かれて悲鳴を上げるのを信じて疑っていない顔だ。


 しかしそれがまさか自分に返ってくるなど全く予想していなかったのだろう。ニヤニヤとした顔のまま目を見開くだけで何の反応も出来ずに迫りくる火の玉をもろに受けて燃え上がった。



 ―――ぐあぁぁぁぁ!


 火に包まれたゴンザが悲鳴を上げる。



 それを放った当のモヒカン男は、顎を外したように口を大きく開けてその想定外の光景をただただ目を大きくして呆然と見つめるだけだった。

 何が起こったか理解できない様子で固まり大きな隙をさらすモヒカン男に、俺は余裕をもって肉薄してその腹に宵闇の籠手を当ててトリガーワードを発する。



 ―――紫電エレクトロキュート



 その瞬間、バチン!と大気放電の大きな音を立てて男が痙攣し、直後体全体から煙を出して崩れ落ちた。

 一応威力弱めだ。それに心臓よりも下の位置から放電したので、恐らく死にはしないだろう。

 今の俺は紫電エレクトロキュートの発動を完全にマニュアルで発動できるようになっている。だから威力調整も思いのままだ。



 まずは一人。



 完全に意識を失ったのを確認し、ゆっくりと振り返る。ゴンザはまだ火に包まれたまま悲鳴を上げてゴロゴロと転がっていた。


 此処でとどめを刺してもいいのだがこんな奴らのために俺の手を汚したくない。



 火に包まれると全身の火傷よりも息ができなくなる方が辛いらしい。火炎が口周りの酸素を奪うからだとか。うん。そう言う非殺傷魔法の開発もいいかもしれないな。

 などと目の前の光景を眺めながらのんきに思考していると、ゴンザはようやく自分が呼吸できないことに気づいたのか地面の土を顔にかけてどうにか火炎を鎮火する。しばらくしてゴンザがヨロヨロと立ち上がった。

 その目は怒りに染まっている。



 お。流石ALT:58なだけはあるな。《ファイヤーボール》で死ぬような柔な体じゃないという事だ。だがそうでなくては困る。心身ともに完全に折れてもらわなければならない。



「ははは!良いねその顔。まさに茹でダコの出来上がりだ。」



 頭に血管を浮き上がらせて顔を真っ赤に怒りに染めるゴンザを指さしてゲラゲラと笑いながら最大限のあおりをしてやる。

 さんざん俺たちを貶し、邪魔をして来たやつだ。このくらいの煽りはまだまだぬるい方だろう。



「っ!?クソっガキがッ!!!」



 先ほどの余裕は何処へやら。ゴンザは怒髪天を突く怒りに任せ、その戦斧を大振りに上段から振り下ろしてきた。

 だが、余りにも単調なその動き。コイツ、ギルドで俺に組み伏せられたときの事を全く反省していないらしい。


 《彗心眼》で見切っていたその分かり切った動きに対して、あえて俺は直前まで微動だにせず、ゆっくりと右手を少し掲げる。風を切って迫る戦斧に俺は右手の籠手の甲を横からそっと当てて少し横に力を逸らしてやる。

 戦斧を振り下ろすことにのみ力を込めたゴンザはそのわずかな横方向の力に抗う事はできない。そのままその戦斧は俺の横を通り過ぎて轟音を立てて地面に深々とめり込んだだけだ。


 全身の体重を乗せたその振り下ろしを俺がほぼ抵抗なく逸らしたものだから、ゴンザの体制は前のめりになる。その顔がただその場に立っていた俺の眼の前にくる形だ。


 目の前のゴンザに対して、俺は右手をその顔の前にかざして軽くデコピンをしてやるのだ。


「どこを狙ってるんだ?頭でもイカれたか?茹でダコ入道? おっと、悪い。生まれつきか。」



 ―――!?うがぁぁぁ!!!!



 ゴンザは俺の煽りに完全にブチ切れたようで、《身体強化》を全開にしてその戦斧を無茶苦茶に振り回し始めた。


 だが、それこそ無幻水心流の餌食だ。

 フェイントも何の捻りもない攻撃など当たるわけもない。



 それからは一方的だった。


 無茶苦茶に戦斧を振り回すゴンザの戦斧をしゃがんで掻い潜り、足元をチョンとかけて派手に転がし、時に横なぎの起こり(・・・)を捉えてつっかえ棒の様に肩の付け根を下から上方向に力を加えてやれば戦斧は下から上に振り上げられてその勢いを利用して体制を崩して転倒させる。その拍子に肩関節を、手首を締め上げて外すのだ。


 それでも立ち上がるゴンザに対して、立ち上がるその瞬間にその膝を横から力を加えて膝関節をわずかにずらせば後は自重で関節が外れる。


 無幻水心流は対人戦を極限まで極めた武術だ。当然人体の構造について知り尽くしている。何処にどの方向から力を加えれば脆いのかと言う知識は一番最初に叩き込まれるのだ。




 最初は怒りに任せて向かってきたゴンザであったが、次第に俺には適わないと悟ったようだった。だが、それでもゴンザは逃げることなく俺に向かってきたのだ。


 何が彼をそこまで駆り立てるのか。戦っている最中に気づいたがその根源に恐怖があるように感じた。



「くっ……!はぁっ。お前、なぜそれほど。」



 さて、そろそろいいだろうか。黒幕を吐いてもらうか。俺は肩と膝の関節を外されて息も絶え絶えに寝ころぶゴンザに近づいた。

 その時、俺の側面から草をかき分けて何者か姿を現した。



「私が出るまでも無かったわね。また強くなったんじゃない?リュージ。」


 俺は振り返って笑顔で答えた。


「やぁ。リン。やっぱり君か。」


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