第41話 追撃者
『森羅万象を司る主の住まうヴァルハラより出る神風よ、吹け 一時、天の光よ、その姿変え 一条の水刃となりて仇なすものを引き裂け ―ハイドロジェット』
少女が手にした錫杖が眩しく光る。
その直後かざした錫杖から一条の水の線が横薙ぎに振るわれた。まるでレーザーのようなそれは一団を取り囲んでいた魔物たちを次々と両断していく。その数十はくだらない。それらが文字通り真っ二つになっていく。
―――ピィィィイ!
直後、上空から甲高い鳴き声が聞こえ見上げると、空から魔物が降ってきた。
降ってきた魔物たちは人間の様な上半身を持った魔物、ハーピーだ。一瞬身構えるが、よく見ると眉間に矢を射抜かれた死体だった。
さすがリン。
上空の魔物を一手に引き受けて仕留めたようだ。
「おお! さすが司教様だ!」
「なんて威力の魔法だ!さすがAランクハンター!」
「よし!一気に畳み掛けるぞ!」
「おおー!」
俺たちを取り囲んでいた魔獣はほぼ二人の活躍で壊滅状態。前衛のハンター達が追撃に向かっていく。更にリンは上空から魔獣を狙撃して援護する。恐ろしい程の命中率だ。
それにもかかわらず、ハンター達はソワレだけに賞賛の声を上げる。上空の魔獣を仕留めたのがリンであることは全員分かっているにも関わらずだ。
俺はその事実に唇を噛む。
ソワレと俺は四散した魔物を追撃するハンター達を遠目に眺める。ソワレは後衛の役割だし、俺はその荷物持ちだ。最前線の戦闘には参加できない。
俺は相変わらず判然とそれを眺めるソワレを横目に視る。
先ほどの魔法。流石にAランクというだけはある。魔物と一緒に大木すらも輪切りにして薙ぎ倒すこの魔法の魔力量を見る限り、上級魔法の様に思えた。いつかリンが見せたハリケーントルネードと同程度の魔力量だったからだ。
「……流石ですね。上級魔法を難なく操るなんて。」
「別にたいしたことない。……ところでなぜ上級魔法だと?見た事があるの?」
相変わらず無表情のまま答えた少女は涼しい顔だ。そのくせ、こうやって事ある毎に俺を探るような質問を投げてくる。
「いやぁ。あれほどの威力なら上級魔法なんだろうなと思っただけで。知ったふうな口を聞いてすみません。」
「……別にいい。それより敬語はダメ。」
「……」
相変わらずこの少女とのコミュニケーションに苦労させられる。前世でも友達のいなかった俺はもともとコミュ力低めというのもあるが、《彗心眼》で全く心の動きが読めないというのが大きい。少女の魂はその表情と同じく全く揺るがない。こんなこと初めてだ。
悪いとは思ったが、その違和感の正体を探るために一度彼女のALTを測定したのだが、なんと25万もの数字をたたき出したのだ。
その時何度“0”の数を数え直したことか。
だいぶこの異世界生活に慣れた今の俺は、この数値の異常さが良く分かる。常人は多くても十五程度、ハンターの上位者でも数百からよくて千と言ったところ。
そう言ったオーダーのALTの中、この桁違いの数値が如何にバケモノレベルかが分かるだろう。
結局ALTの測定でも彼女の不思議な霊子結晶の正体は分からずじまいではあったが、Aランクにふさわしい実力者であることは良く分かった。
そんな思考をしている間に魔獣たちは一掃されたようだ。リンもシロピーから飛び降りて魔獣たちの解体作業に加わっていた。
俺達は今、森の深部に差し掛かったあたりにいる。出発してから三日ほど経った。
エンリケが先頭で匂いを追って、その後にギルマスと城塞のパーティーが、その後ろに自由公募のハンター数名が続く。リンは基本上空から偵察と遊撃を担当している。
水精のソワレはその後ろで魔法による支援を行い、最後尾は焔狼のパーティーで殿しんがり兼遊撃を担う布陣だ。
俺はソワレの荷物持ちと言う事で、戦力外通告を受けている。寄生者の役立たずは近寄るなという事らしい。
まぁ、そのおかげで俺は楽ができるから文句はないが。
ちなみに、この人数でここまで僅か三日で来るのは相当早いペースらしい。
ギルマスがシルバの匂いの情報とリンの偵察の結果を総合的に判断して、危険なところや魔獣との遭遇を巧みに避けているのだろう。
元Aランクハンターであり、ギルドマスターという肩書は伊達ではないようだ。
魔獣を回避、排除しながらしばらく進んだところで、ギルマスが今日の野営をつげる。少し早いがやや開けたこの高台でキャンプするようだ。
エンリケとリン、ソワレが首脳陣に呼ばれている間に、俺は一人キャンプの用意だ。俺の近くでもパーティー毎、数名単位でキャンプの準備をし始めた。
キャンプと言っても大きなテントを持っているわけではなく、薄い天幕を木の間に張って簡単な雨よけを設置するだけだ。
あとは地面を軽く慣らして、大きめの石を並べて土を掘り返して簡単な焚火台を作り、周辺の乾燥した枝を拾い集める。
ハンターにとっては基礎中の基礎の野営準備でも、前世で寝たきりだった俺にとってはとても新鮮で楽しい作業だ。
もちろん前世でキャンプなど一度も行ったことがない。外で野宿なんかしたら直ぐに体調を崩してダウンしてしまったから。
「本当に丈夫になったな。野宿なんて今までじゃ考えられなかった。こうして体調不良になることを恐れずに野外で動けるってだけで本当に楽しいもんだ。」
ナイフで針葉樹の皮を薄く、細かく削り出し、一握りくらいの塊にする。
そこに事前に準備した火口ほぐちを乗せ、更に灰が詰まった皮の円筒状の容器から燃えさしを取り出して火口にそっと乗せる。
燃えさしが消えないようそっと息を吹きかければ次第に煙が出て、やがて火が付いた。
「よし。上手く行った。」
《火花》を使えば簡単なのだが、人前で魔力ゼロの寄生者が魔法を使う訳にはいかない。特にソワレがいる今はなおさらだ。
それに俺の目標は、楽をして稼ぐことではなく、ハンターになって旅をすることだ。リンに教わったこのサバイバル技術を習得することもリンの試験の一環なのだ。
何より、こういう苦労もまた新鮮で面白い。
設営を一通り終えたところで丁度リンとエンリケとシルバが、そしてその後ろから水精のソワレが打ち合わせから帰ってきた。
「リュージ。ご苦労さん。 お、設営も及第点だな。」
「教えたとおりにできているわね。」
「……ありがとう。」
エンリケとリンが俺の仕事の出来をほめてくれた。ソワレも不愛想ながらも礼を言ってくれる。
俺がソワレの荷物持ちとして一緒に居ることで、休憩時は必然的にこの四人で集まる様になっていた。
「まぁね。一応薪も集めておいた。たぶんこれで十分だろう。」
俺の成果を一通り確認し終えたエンリケは、ニヤリとした顔で大きな葉に包んだ肉を取り出して見せた。
「ユージ。どうよこれ!今日は早めのキャンプだからってことで、さっき狩ったレッドボアの肉がみんなに支給されたぜ。」
「おお!それは楽しみだ。」
「私のもあるわよ」といってリンが肉を手渡してくれた。ソワレの分もまとめて回収だ。
皆の肉を並べて料理の準備をする前に、エンリケがシルバにそれらの匂いをかがせた。
するとしばらくしてシルバが“ワウ!”と短く吼えた。
「大丈夫そうだな。早速料理に取り掛かろう。」
――――――
実は、この三日間俺たちは何者かの妨害を受けていた。
先ほどシルバが匂いを嗅いだのは支給された肉に毒などが含まれていないかを確認したのだ。先日支給された肉に毒が含まれていたからだ。
俺たちが食べようとしたとき、シルバが吼えてそれを止めなければ危なかった。
死に至る毒ではなかったが、体がしばらく痺れる成分で、もし食べて居れば俺たちは緊急クエストをリタイヤせざるを得ないところだった。
それだけじゃない。
魔獣との戦闘時、流れ矢がシルバをかすめたこともあった。幸い直前で気づいたシルバが避けたようで致命傷にはならなかった。
だが、その時シルバは前線の後ろ側に居たのだ。そんなところに流れ矢が飛んでくるなど、このCランク以上しかいない緊急クエストメンバーでは考えられないことだった。
さらに一度、進行方向に明らかに魔物除けが炊かれた跡があり、一瞬シルバが匂いを見失ったことがあった。
だが、結局はシルバの嗅覚の方が鋭かったのか、しばらくしてすぐに匂いを追い始めることができたから問題にはならなかった。
俺たち三人は正直煙たがられている。
特にリンに対しての態度は酷いものだ。完全に無視する連中が大半で、中には敵意の眼差しを向けてくるものもいた。加えて寄生者の俺と死神のエンリケも厄介者として煙たがれている。
つまり、敵が多い。そんな状態じゃぁ毒の件と言い、他の妨害も単なる事故ではなく意図的なものだと考えざるを得ない。
それもあってギルマスに抗議に行ったのだが、たまたま毒矢を使ったハンターが仕留めた肉だったのか、はたまた俺達を狙ったものなのか結局分からずじまいでうやむやになってしまった。その他の妨害行為も結局は大事に至っていないため、時間を優先して踏み込んだ捜索はしていない。
「この命のかかった緊急クエストの最中にそんな馬鹿なことをする奴が居るわけないだろ」とグロリエルの言葉に加えて、仲間同士を疑うことで士気が下がるのを懸念したギルマスの思惑と全員のアリバイもあって、そう言う流れになってしまった。
そう言った経緯で悔しいが今俺らに出来ることは、都度毒がないかを確認することだけだ。
――――――
そんなイライラとモヤモヤを振り払う様に頭を振る。今考えてもしょうがない。料理に集中しよう。
前世では仕事人間だったばあちゃんに代わって自炊することも多かったので、料理は一通り出来るけど、この世界の野外飯についてはまだまだ見習い中だ。
勿論リンも料理は出来るが、エンリケが殊の外得意だった。子煩悩というか野草に詳しいエンリケは、スパイスになり得るハーブも詳しく、それら知識を活用した野外料理がとてもおいしいのだ。
とは言っても、ここは凶悪な魔獣が跋扈する蛇の森深部だ。
見張りは交代で行っているとはいえ、時間はかけられない。手間のかかる料理を作ることはせず、肉をぶつ切りにして持ち込んだ塩とエンリケが道中で摘んだハーブを練りこんで串で刺して焼く。残りの肉は細かく一口大にして塩とハーブを入れて煮込むだけだ。持ち込んだ黒パンを主食にいただく。
焚火を囲んで温かい夕食をいただく。
野外で食べる肉はなんでこんなにおいしいんだろうか。
キャンプ飯を味わいながら俺はエンリケに聞いた。
「ところで、捜索は順調?」
「あぁ。今のところはね。臭いはだいぶ薄くなっているけど。今日まででだいぶ近づいているはずだ。この調子ならあと二日もあればたどり着けるかもしれない。」
「早く見つけられるといいな。この森での野営はさすがに疲れるし。頼むよシルバ。」
俺はペロリと肉を平らげ焚火の前で丸まってくつろぐシルバを労う様にモフモフの毛をなでる。
そのモフモフの毛に埋まる様に丸まってくつろぐチクチクがなでろと言わんばかりに俺の手にその顔を摺り寄せてきた。
そのつぶらな黒い瞳に癒されながら、要求通りにそのフワフワの腹をなでてやる。
リンは聖母のような笑みを浮かべて俺がチクチクと戯れる姿を見ていた。その手にはまん丸のポン助が包まれる様に乗っている。よくみるとも手の平のナッツをついばんでいた。相変わらずの食いしん坊だ。
ソワレと言えば、無言でスープを上品に口に運んでいた。
二日ほど行動を共にしているが、思ったより積極的に探るような会話はしてこない。基本的に口数が少ない。逆にこちらから話しかけないことで不自然に思われないかと気を使ってしまうほどだ。
俺はモフモフ天国に癒されながらもさり気なくソワレに話をふることにする。
「ところでソワレはあんまり疲れが出てないように見えるが、やっぱり見聞の試練を受ける位だから慣れてるんだな。」
話を振られたソワレはスープを飲み込み、いつもの気怠そうな目を向けてきた。
「そうね……。ただ、基本いつも一人だから。これだけ見張りが居るとだいぶ楽。」
「なるほど。見張りを任せられるとは言っても、俺はまだまだ慣れないなぁ。」
「……ハンターにはついこの間なったと聞いたけど。その割には、身の振り方や設営にも戸惑いは無い。 ハンターになる前は何をしていたの?」
ソワレはスープをすすりながら目も合わせずに何気なく聞いてくる。この子は積極的に探りに来ずに、油断したところでさり気なく情報を引き出す聞き方がうまい。
用心しなければ。
「……父さんが木こりだったから。一緒に森に入ったり、時には野営することもあったしその経験がよかったのかも。」
もちろん嘘だ。
ここで強引に話を逸らすのも怪しまれそうだと思い、事前にすり合わせておいた嘘の生い立ちをさり気なく披露する。
「トリエ村だったかしら。昨日話してたあなたの出身地。」
「あ……ああ。」
「あの村の宿には一度だけ泊まったことが有る。いい村だったのに残念。」
あ、ヤバい。
ちょっと突っ込んで聞いてきた。もちろん俺はそのトリエ村のことなど何も知らない。行ったことすらないのだから。
まさかソワレが既に滅んだ辺鄙な村に行ったことが有るとは想定していなかった。このまま話を続けると簡単にボロが出そうだ。
「そう、なんだ。……悪い。まだ気持ちの整理がついてなくてあまり村の話はしたくない。」
俺の意図を察したエンリケがすかさずフォローを入れてくれた。
「それにしても司教様の魔法はすごいですね。先ほど放ったのは魔法の等級は何ですか?上級だったり?俺、中級より上の魔法使いを見たことが無かったから、感動してしまって。やっぱり使える魔法は水属性なんですね―――」
ふう。
エンリケがうまく話題を逸らせてくれた。コミュ障気味の俺と違って、話をつなげるのが上手い。これもハンターとしての技量の一つなのだろう。
リンはこういったことには得意ではないのだろうが、それでも変に動揺することもなく、いつも通り静かにスープを飲んでいた。
俺達はお互いに見えない牽制をしながら一見和やかな食事が進む。
スープと肉をあらかた食べ終わったころにはすっかり夜も更けて、ちらほらハンターたちが眠りにつき始めた。
「そろそろ俺たちも寝よう。」
エンリケの号令でみな寝る準備をし始める。
俺達の中で今夜見張り当番の者はいない。明日に備えて休めるときに休まなければ。特に俺は人一倍軟弱だから誰よりも休憩が必要だ。それにこの後一仕事あるしな。
俺は毛布にくるまって瞼を閉じた。
――――――
見張り以外が寝静まったころ、俺はムクリと起き上がる。そして、このキャンプを行っている高台に突き出た大岩を苦労して登る。
「ふう。身体強化と生体電気強化を駆使してどうにかってところか。」
別に俺はお山の大将気分を味わいたかったわけじゃない。木々が生い茂るこの森を見渡せるこの場所から確かめたいことがあったからだ。
俺は息が整うのを待って、深呼吸したのち《彗心眼》を全開発動する。
俺の青く光る両目に映る全てのオリジンとそしてはるか彼方の霊子結晶の輝きの情報を脳に送り込んでくる。
相変わらず頭が割れそうに痛くなる。情報過多だ。
その懐かしい痛みに耐えながらもその大岩のてっぺんから森全体見渡す。
高台にそびえるこの大岩からかなりの距離まで森が見渡せるのだ。
……いくつかの霊子結晶の輝きが視える。そのほとんどが小動物や虫、鳥などの野生動物だ。たまに、強い光を放つ魔獣と思われるものもあった。
だが、俺の狙いはそれじゃない。
―――いた。
此処から、一キロ以上は離れているだろうか。そこに見覚えのある霊子結晶の輝きを見つけた。魔獣や動物ではなく、光り輝く人の霊子結晶だ。
「……やっぱりお前か。」
俺は一人そう呟いて、岩を降りてその光の方向に向かいゆっくりと歩いていくのだった。




