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第39話 結束


 ―――狙いは俺。



 チンピラの脅しに屈せず、しまいには俺が返り討ちにしたのを確認して、即座に俺を殺しに来た。

 俺を殺しに来たという事実に、そして他人ひとの底知れない悪意に言いようのない恐怖がゾワリと沸き上がり、全身に鳥肌がたった。


 その恐怖に足がすくんで暫く呆然と立ち尽くしていると、やがて思い至る。

 こいつらはエンリケに近づくなと言っていた―――



「……エンリケ。エンリケは!?」





 気づいたが早いか、俺は全力で走っていた。

 来た道を引き返し、先ほど別れた道をエンリケの宿の方を目指して走る。




 するとしばらくして、前方からシルバとエンリケが駆けてきたのが見えた。


「エンリケ!? ……エンリケ。よかった!」


「リュージこそ!大丈夫だったか!?」




 エンリケの無事を確認して、力が抜ける。よかった。


 話を聞くと、どうやらエンリケもチンピラに襲われそうになった様だ。だが、シルバが先に気づいて直ぐに衛兵の詰め所に駆け込んだから被害は無かったようだ。



 俺達はお互いの無事を確認して、すぐに衛兵に連絡。その後、衛兵と先ほどの裏路地に駆けつけると、あるはずの死体は既に無くなっていた。


 ご丁寧にも魔獣よけが炊かれた跡があり、匂いの痕跡も消された後だった。


 だが、相当に急いでいたのかチンピラの血痕は残されていたため、衛兵の詰め所で事情聴取を受けて、その後ギルドに報告することとなった。



 何処で聞いたのかギルドの入り口にリンが居て、俺を見つけるとすごい勢いで駆け寄ってきて俺をギュッと抱きしめた。


「リュージ!よかった。本当に心配したんだから。」


 俺はその見た目以上の二子山に窒息しそうになりながらも、その強く温かいぬくもりになんだか懐かしい感覚を思い出す。

 あぁ。子供の頃、同世代の子供に虐められてボロボロになって帰って来た時、凛香に同じ様に抱きしめられたっけ。

 そんな思い出に浸りつつ、このぬくもりに一瞬身を委ねようとしたとき、横から何やら不穏な空気を感じて我に返る。


 双丘に挟まれながらも横目に見ると、手に持ったハンカチ(?)の様な布を噛んで引っ張りながらキィーっと嫉妬の声を上げるエンリケがいた。

 「俺も襲われたんですけど……」と小声でつぶやきながら嫉妬するエンリケがどうにも不憫に思えてきた。


 このぬくもりに浸っていたい気持ちは正直なかったわけではないが、さすがにこのままでは息ができない。


「ちょっ……リンっ! ギブ!ギブ!窒息する!」


 俺のギブアップのタップに我に返ったリンは、慌てて俺から離れて恥ずかしそうに頬を赤く染めた。


「あっ……。ゴメンなさい。つい。」


 いやに過保護なところも凛香に似てるなと思いながらも、ひとまずこれまでの経緯を説明する。



――――――



 俺が説明を進めるにつれてリンの怒りのボルテージが上がっていく。しまいには周囲に殺気交じりの魔力まで漏らし始めた。


「……私の大事な友達を殺そうとするなんて。万死に値するわね。」


 俺はリンの暴走を何とか諫める。そこまで怒ってくれるのはうれしいけど、周囲のハンターや衛兵さんが怯えてるじゃないか。自重して欲しい。



 その後、ギルドに詳細を報告したが、結局証拠が無かったために状況報告だけで今日は終わった。一応周知と注意はしておくことは約束してくれたが、残念ながら具体的な捜査まで至らなかった。


 ここは異世界だ。DNA鑑定も無いので立証のしようもないのが現実なのだろう。それともRK(ルーキー)一人程度襲われた程度ではいちいち動かないということなのかもしれない。



 仕方なく俺らは明日に備えてそれぞれの宿に戻ることになった。一応衛兵の一人が付き添い俺らを宿まで送ってくれる。リンが俺の傍にピタリとくっついているのでその必要もないのだが。



――――――


 暫くして無事に俺達が宿泊している宿に到着した。ここでエンリケといったん別れることになる。


「エンリケ。また明日。衛兵がついてくれるから大丈夫だと思うけど、宿まで気を付けてくれ。」


「……あぁ。また明日な。」


 エンリケは伏し目がちに、そしてどこかそっけない態度でそう答えた。さっきからどうもこの調子だ。何か引っかかることでもあるのだろうか。


 去り際、エンリケは立ち止まり、そして振り返って言った。


「リュージ。…………すまなかった。」


 俺は首を傾げる。あるいは眉間にしわを寄せていたかもしれない。


「ん?正直エンリケが謝る理由が分からないんだが?」


「……俺は死神のエンリケと呼ばれている。……前と同じだ。……以前も似たようなことがあった。だから俺らのパーティーは解散したんだ。……クリスは俺のせいで死んだ。」


 エンリケは俺と目を合わせてくれない。


「俺が誰かとパーティーを組もうとするといつもこうだ。こうなる事が分かってて、君達と一緒にいた。ギルドや食堂でも。流石にBランクのリンさんと一緒なら大丈夫だろうって高を括って。……だから俺が悪い。」


「はぁ?なんでそうなるわけ?」


「危険が及ぶかもしれないと分かってて、リュージの危険より俺の目的を優先したんだ。だから……」


 俺は思わずエンリケの言葉を遮って声を荒げる。


「何言ってんのか分からないね。それ以上言うなら怒るよ?」


 俺はエンリケに一歩近づき、肩を掴んで振り向かせてその眼を強く見た。


「俺は怒っている。俺を襲った、そして襲わせた奴等にだ。悪いのはそいつらだ。エンリケじゃない!」


 エンリケが俺の目を見る。だがその眼にはまだ迷いが見えた。


「さっき夕日を見て言ったエンリケの言葉は嘘だったのか?エンリケは高名なハンターになるんだろ?

 ならこんな奴らの妨害に屈したままで、それでいいわけ?言い分けないだろ!

 それに、俺らは友達なんだろ?奴らの目的は正直良く分からないが、少なくともエンリケを孤立させることだろう。

 ここで屈したらそいつらの思惑通りになる。そんなの俺の気持ちが許せない。そいつを特定して、引きずり出しやる。」


 リンも一歩前に出て言った。


「ええ。全くその通りよ。私もいい加減怒ってるんだから。」



 俺達の態度にエンリケの目が見開かれる。そして次第にその目に力が戻ってきた。



「あぁ。ああ!そうだ。そうだよな。……ありがとう。」


 エンリケがようやく前を向いたのを確認して、俺は手を顔の前にかざしてみせる。それに対してエンリケは俺とリンの眼を見て力強く俺の手にハイタッチで答えた。リンもそれに続いた。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 スラム街にほど近い廃墟の一室。


 ―――ドカン!ガシャン!ガラガラ。


 ロウソクの火が揺れる。その部屋の一人が苛立たし気に暴れているからだ。



「クソが!失敗しやがったのか!?相変わらず使えねぇ奴らだ!」


 暴れているのはその部屋にいる男たちの中でもひと際体格が良く筋骨隆々の男だ。その仲間だろうか、たじろぎつつも言い訳を並べる。


「勘弁してくれよ、ゴンザ。あのリュージとかいうガキ、見た目に反して予想以上でよ。とりあえず死体処理と痕跡の隠滅は済んだから俺らの事はバレてないはずだ。」


 モヒカン男の言い訳に更に頭に血が上ったのか、ゴンザと呼ばれた男は顔を真っ赤にする。


「足がつかないようにするのは最低ラインだろうが! それに、俺の見立てが甘かったって言いてぇのか? あぁ?」


 ゴンザは言い訳をする男を睨みつけながら詰め寄る。


「い、イヤ……そう言うつもりで言ったわけじゃないんだ。あの忌々しいガキが悪いって話だぜ。落ち着けよ、な、ゴンザ。」


 この部屋にはゴンザの他に2人、取り巻きが居るが、これ以上火に油を注がないように押し黙ったまま突っ立っていた。



 その状況に今まで黙ってテーブルに足を投げ出し座っていた全身鎧の男がおもむろにため息を吐いた。

 それだけで、これまで苛立ちの頂点にいたゴンザですらビクリと怯える様に反応して固まった。




 緊迫した沈黙が続く。


 暫くして男は静かに口を開いた。その男は城塞キャッスルのグロリエルだった。



「いつもいつもお前らのバカさ加減にはうんざりさせられるな。お前ら、よもや忘れてるわけじゃないだろ? この有様じゃ来週からお前らの取り分は無しだ。」


 グロリエルの発言にゴンザに加えて取り巻きたちが血相を変えて詰め寄った。



「グロリエルの旦那!それだけは!もうあれなしじゃ耐えられねぇんだ。」

「「!?頼む!それだけは勘弁してくれ!」」


 ―――ズシャ!


「ぐあぁぁ!」


 悲鳴を上げたのは取り巻きの一人、特にグロリエルに詰め寄った男の腕が切り裂かれ、血が滴っていた。グロリエルの手にはいつの間にか剣が握られていた。


「仕事も満足にこなせないクソカス共が。報酬をねだれる立場にいると思っているのか?次はその首を跳ね飛ばすぞ。」


 まるでゴミクソでも見る様なその底冷えのするグロリエルの眼が本気であることを伺わせる。その眼にあてられた三人は蛇に睨まれた蛙の様に縮こまった。


「……三ヶ月だ。三ヶ月間、何も献上してない。薬がキレるとか言っている状況ではない。あの方がそろそろやってくる頃合いだ。その時に手ぶらで命があると思っているのか? ……何度も言うが、エンリケを追い詰めないとあの伝説級アーティファクト“獣王の円環”は手に入らない。分かるな?」


 ゴンザはその脅しに顔を青くして冷や汗を垂らしながらも口を開いた。それが火に油を注ぐとも知らずに。


「旦那。……もう手っ取り早くエンリケをやっちまえねぇか? 所有権を放棄させなくても、あの方が来るときに全くの手ぶらよりはまだましだろ。それに殺して奪ってもそれが使用者登録された状態かどうかなんて分かんねんじゃぁねえか?」

 

 それを言った瞬間にゴンザは派手に吹き飛ばされ、瓦礫に埋まった。


「馬鹿がっ!あの方の恐ろしさが分かっていないようだな。それをすれば文字通り一瞬ですり潰されるぞ。全員がな!」


 いつもの余裕を失くしたグロリエルは立ち上がり叫ぶように怒鳴りつけた。しばらくしてどうにか苛立ちを飲み込み、ドカリと椅子に座り込む。


「……ゴンザ。孤児院の方はどうなっている?」


 ゴンザはガラガラとどうにか瓦礫から這い出して、這う這うの体でその問いに答えた。


「へ、へい。予定通りなら、ダリエスショットに送ったジャッキーがこっちに向かっているはずです。」


「緊急クエストが終わり次第、方を付けるぞ。お前とお前、ジャッキーと合流して準備しておけ。ゴンザとお前は緊急クエストに後からついてこい。エンリケの妨害をしろ。……分かっているな? 次は、ないぞ。」



 ゴンザと取り巻きたちはその圧に唾を飲み込んで首是するのが精いっぱいの様で、グロリエルの圧から逃げ出す様に廃屋から出ていった。




 後に一人残されたグロリエルは、眉間に深いしわを寄せながら盛大に舌打ちをして廃屋を後にするのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

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