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第38話 襲撃

 宿に向かう途中ちょうど人通りの少ない路地。


 俺を待ち伏せするように何者かが二人、立ちはだかっていた。



 ―――いる。



 暗がりで肉眼では見えにくいが、明らかに俺に向かって歩き出す人影。


 急激に鼓動が早まる。


 正直、人と争う事には慣れていない。人の悪意、敵意は魔獣と対峙するのとは違った怖さがあるのだ。




 俺は単なる思い過ごしかもしれないと、その二人に背を向けて、来た道を引き返す。が、しばらくして前方に二人、道の陰から姿を現し彼らも俺に向かって歩き出した。



 前方に二人、後方に二人。囲まれた。



 他の逃げ道を探して辺りを見回す。左手に裏路地が見えた。迷わずそこに駆け込む。



 しかし、この選択は良くなかった。なぜなら、しばらく行ったその先は家一軒分くらいの広さの袋小路になっていたからだ。彼らの狙いはもとより俺をここに追い込むことだったようだ。



 俺は壁を背に、たった一つの入り口を睨みつけるとしばらくしてゾロゾロと四人の男たちが姿を現した。



「なんだガキじゃねぇか。コイツで間違いないのか?」


「あぁ。頬の傷に季節外れの首巻、それに黒髪のガキだ。コイツで間違いない。」


「だが、こんなガキに四人も必要だったか?」


「まぁいいじゃねぇか。コイツをちょいと痛めつけるだけでいいなら楽な仕事だな。」



 明らかに堅気じゃない雰囲気だ。だが服装はずいぶんと薄汚れているし、体格も決していい方じゃない。たぶんスラムのチンピラ。全員がナイフを手にしているが、使い慣れている感じじゃない。それに動きやアニマを見る限り手練れとは思えなかった。



 その中の一人が完全に油断しきった顔で無防備に近づいてくる。


「なぁ坊ちゃん。ちょっとお兄さんのいう事聞いてくれないかなぁ?」



 軽薄な態度でニヤニヤとしながらナイフをちらつかせてきた。



 何だこいつら?ここはひとつこいつらの目的を聞き出すために一芝居打たせてもらうことにするか。


 タダのカツアゲならいくらか渡して帰ってもらおう。無駄な争いはしたくない。



 作戦通り俺はいかにもおびえた様子で聞く。



「おじさんたちなに? 何の用?お金ならある分だけ渡すから、痛いことはしないでほしい。」




「物分かりのいい坊ちゃんだ。当然お金は置いてってもらぜぇ。」




 ちょっと大げさすぎたか?などと思わないでもないが、どうやら敵は大根役者の俺の演技でも不信には思わなかったらしい。


 ……それはそれでなんかちょっとムカつく。俺は坊ちゃんじゃない。




「だがなぁ、それだけじゃダメだ。金輪際エンリケに近づかないって言う約束もしてもらわなきゃならねぇ。」




 !?


 どういう事だ?金目当てじゃない?エンリケに近づくな?なぜ?


 いずれにしろエンリケの名前が出たなら放っておけない。




「……なぜだ?目的は何だ?」




 俺の態度の急変に苛立ったのか、そのチンピラは突然怒りをあらわにする。




「お前が約束しようがしなかろうが関係ねぇんだよ。ワリィがエンリケに近づいたお前には痛い目見てもらうぜ。」




 そう言ってそのチンピラは思い切り俺の顔目掛けて拳を振り下ろしてきた。ナイフを使わないところを見ると、俺を殺す気はないようだ。


《彗心眼》でその動きを読んでいた俺は先んじて一歩踏み込み懐深くに潜り込む。直後その男が悶絶して崩れ落ちた。


 金的だ。俺は、懐に潜り込んで軽く膝を上げただけだ。




「てめぇ!!」




 それを見た他三人が一斉にナイフを構える。




「バカが。油断するなって言われてただろうが。」




 言われた?




「……誰に言われたんだ?」






「はっ!これからボコられるお前に知る意味はねぇよ!」




 コイツらに命令した誰かを突きとめる必要がありそうだ。そしてその目的も。


 俺は覚悟を決めて残りの三人と対峙する。








 ――――――




「いいかい柳二。複数の敵と対峙した時は出来るだけ同時に相手する人数を減らす様に立ち回るんだ。こうやって動きながら出来るだけ集団が一列になる様に……」


 


 父は珍しく特別稽古に何人かの弟子達を連れて俺と凛香に多対一の立ち回りを教えてくれたことがあった。


 これは……俺がだいぶ小さかった頃の記憶。十歳くらいだっただろうか?隣の凛香も同じくらいで可愛らしい。




「うん。分かった。」




 俺は笑顔で答え、でも直ぐに俯いた。




「けど……僕には無理そうだよ。だってそんなにいっぱい動けない。それに何人にも襲われる様な事がない様にみんなと仲良しでいたいな。」


 


 俺の呟きに父は困った様な、でも優しい眼差しで俺の頭を撫でてくれたのを思い出す。




「柳二はそれで良い。柳二らしく生きなさい。」




 ――――――






 最近この世界に来てからこう言った昔の光景を鮮明に思い出すことが多くなった。いや。この世界に来る前。夢を漂っていた時からだったかもしれない。


 いずれにせよ、この鮮明な記憶を頼りに今の状況に対処することにする。




 多人数相手なら出来るだけ一人一人相手取り、素早く無力化する。父はそう言っていた。今の俺なら出来るはずだ。










 一人目があっさりと崩れ落ちたことで臨戦態勢になった男たちの一番右側の男がナイフを突き立てて襲ってきた。




 しかし何て遅いんだ。グリズリーに比べるとまるでスローモーションに見える程だ。《彗心眼》で視る限り、身体強化魔法もほとんど使えていないようだ。これならエレクトロブーストを使うまでもない。




 俺はそんな思考をしながらチンピラの右に半身踏み込んで回り込みその突きを躱すと、男はそのナイフを横薙ぎに振るってきた。それを予想していた俺は更に一歩下がって紙一重で躱す。








 父はよく言っていた。目線はとても重要だと。そして、手や足をかけるポイントを見てはいけないとも。相手に自分の狙いを悟られるからだ。








 男はナイフが当たらない事に苛立ち、大きく一歩踏み込もうとする。俺は目線を相手の目に合わせながら、その足が地面に着く直前で足をそっと掛けて横にずらしてやる。それだけで男は面白いようにきれいに横転した。


 


 人間、不意の転倒時には持っていたものを反射的に握り込むものだ。俺はナイフを握り込んで倒れた男の手を思いっきり踏み付ける。ゴキリと嫌な感覚が足に伝わってくる。男は奇声をあげて悶え苦しんだ。






 横転させた男が邪魔になり先ほど中央にいた男が俺に接近できずにまごついていたが、わずかに遅れて回り込んで俺に肉薄してきた。




「クソガキが!」




 俺は一歩下がりながら男が右手でナイフを振り下ろしてくるのをしっかりと視た。




 そのナイフが振り下ろされる瞬間に半歩前に出て左手でその手首を取る。相手の取った腕を引くように前に誘導しつつ肘外側に回り込むように体を回転させ、その腕を捻りながら振り下ろした力を前から上へ縦の円を描くように力を誘導してやる。


 すると相手は手首を捻られつつ肘を限界まで曲げられ、完全に手首と肘が締まった状態になる。


 その状態で背中側に少し力を誘導してやれば手首がさらに捻られて体制を崩し、その痛みに耐えかねた男はナイフを手放し倒れ込んだ。いわゆる四方投げと呼ばれる技だ。




 倒れ込んだ拍子に相手の肩関節を外す。ゴキリと手にイヤな感触が残る。






 最後の男は他三人がうめき声をあげて(うずくま)っているのを目の当たりにして怖気付いたのか、ナイフを構えながらも足が止まっていた。見る限り既に戦意はない様だった。




「まだやる?」




 俺は最後に残った男を睨みつけ、先程肩を外した男以外に目配せして連れて行く様に促す。


 俺の意図を察した男は他の仲間を引きずる様に引き連れて逃げていった。








「ふぅ。」




 俺は一息つく。やっぱり人と対峙するのは神経をすり減らすのだ。


 それに俺はこの戦闘の間、もう一つの新しい魔法を発動し続けている。魔物と違って人はフェイントを入れてくる可能性が高く、《彗心眼》だけでなく新たな索敵魔法を補助として発動していたのだ。そのため狩りとは比べ物にならないほど神経を使うのだ。








 俺は襲撃を指示した奴の情報を聞き出すため、肩を押さえてうずくまる男に近付き顔を覗き込む様に声をかける。




「無力化するために肩の関節を外した。すごく痛いでしょ?誰に依頼されたか話してくれれば直してもいいけどどうする。」




 目を見ればわかる。この男にもう戦意の欠片も残っていていない。




「わ、悪かった。まさかこんなに強いなんて聞いてなかったんだ。クソッタレめ。野郎、騙しやがった。」




「だからその野郎は誰なわけ?」




「あぁ言うから。 奴はフードを被っていてイマイチハッキリと顔は分からなかったが、髪は見えなか……」




 ―――!?




 その時、背中にピリピリとした感じを受けて咄嗟に体をよじる。直後、脇腹を何かがかすめ、服を引き裂いた。




 矢!?








 ――――――




 俺が死角から放たれた矢に気づけたのは新しい索敵魔法、電磁気短波探知魔法エレクトロマグネティックソナーのおかげだ。




 俺は、生体電気強化エレクトロブーストを発動してから電気魔法を常時発動する訓練を行ってきた。


 生体電気強化エレクトロブーストを制御するには思い通りの位置に、そして思い通りのタイミングで電気を発生させる必要があったから、まずは無意識レベルで電気を常時発動できるように訓練することにしたのだ。




 そんな訓練をしている時に、人やモノ(特に金属製品)が俺の近くを通るたびにその方向の肌が僅かにピリピリと感じることに気づいたのだ。


 これまでも、明確な脅威があるときに事前にピリピリと感じることがあったが、それをさらに鋭敏にしたような感覚だった。




 それに気づいてから、俺はこの魔法を索敵に使えるのではないかと考え、寝る間も惜しんで練習してきた。






 生物は大小はあれど少なからず電気を帯びている。電気を帯びた生物はその周辺に微弱な電磁場を作り出す。


 この魔法は体表面に均一の電子を発生させることで俺自身が作り出す電磁場を広げ、その揺らぎを感じる様に制御したものだ。


 もし俺の電磁場に他の生物の電磁場が触れれば、俺を中心に広がった電磁場が乱れる。俺はそれをピリピリとした感覚として肌で感じ取ることで生物や電気を帯びたものを探知する仕組みだ。その感覚の場所と強さで正確な位置と距離が分かる。




《彗心眼》の索敵能力は凄いが欠点が有る。


 それは“見え無ければ気付けない”という事だ。《彗心眼》で視えて居れば俺は大抵の攻撃はかわせると思っている。しかし、死角からの不意の攻撃には対処できない。だから全方位索敵魔法は必要だと思っていたのだ。




 今では常時発動できるまでになった。


 索敵範囲は今のところまだ半径数メートルと言ったところ。範囲を1メートル程度に絞ればもっと正確な索敵が可能となっていた。






 ――――――






 かくして常時発動し続けていた電磁気短波探知魔法エレクトロマグネティックソナーのおかげで背中めがけて放たれた矢をギリギリで躱すことができたのだ。




 俺はすぐさま振り返り、電磁気短波探知魔法(エレクトロマグネティックソナー)と彗心眼を全開発動して注視する。


 この開けた空き地を囲う建物の屋根。アニマの光がちらりと視えた。が、すぐに屋根の陰に消えて見えなくなった。


 あのアニマの輝き……何処かで見た記憶があるが、思い出せない。








 俺はすぐさまその影を追おうとしたが、後ろからうめき声が聞こえて振り返るって見ると、先ほど俺が尋問しようとしていたチンピラの首に矢が突き刺さっていたのだ。


 咄嗟に駆け寄り見ると、幸いにも動脈を逸れたようで出血の量自体はそれほどでもない。治療すればまだ間に合うだろう。




「この人の治療が先か。」




 治癒魔法発動のためしゃがみ込んだ直後、そのチンピラは白目を剥いて激しく痙攣を始めた。口から泡を吹いている。




 毒か!?




 どうにか治療しようと試みるが、今は解毒剤を持っていない。「もう少し頑張れ!」と声をかけて、解毒剤を入手しにギルドまで駆けようと立ち上がった時にはもうチンピラは動かなくなっていた。








 ……言い知れない人の悪意に気づけば足が震えていた。

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