第37話 相棒
俺たちは “海の杜亭”で早速明日の緊急クエストに備えて食事と打ち合わせを行っていた。
「明日の準備としてはこんな所かしら。リュージの分は基本的に私が持っているもので代用できるから、特に新しく買っておくものはなさそうね。」
「リン。いつもありがとう。その代わりと言っては何だけど、荷物くらいは持たせてくれよ。」
「別にいいわよそんな事。」
「いや良いんだ。このままリンに甘えっぱなしだと、俺がヒモから脱却できない。」
「ヒモ……?」
「それに、リンはきっと空からの偵察が多くなるだろ?その時に荷物は邪魔になる。」
「……リュージがそこまで言うならお願いするね。」
リンは相変わらずの屈託のない笑顔でそう答えた。
横を見る。エンリケは俺にその心を打ち明けたからか、変にリンを意識して先ほどからリンに話しかけられていない。昨日の話好きなエンリケの姿はどこへやら。
はぁ。仕方ない。俺が助け舟を出すか。
「ところで、リン。さっきにエンリケにこの町の絶景ポイントに連れてってもらったんだ。そこでエンリケと話しあったんだが。」
「ちょっ!リュージ!」
俺が先ほどの出来事を話し始めたところで、エンリケは心の内をばらされるのではないかとでも思ったのか、俺の肩を掴んで制止させようとした。俺はそれに関わらずさらに続ける。
「この緊急クエストが終わって、俺が同行の試験を合格したら。どうだろう、エンリケも一緒に旅に連れてってくれないか?エンリケがそうしたいってさ。」
俺の突然の提案に先ほどまで俺を止めようと慌てていたエンリケが、今度は完全に固まった。
「そうね……実力を見る限り足手まといにはならないかも。だけど、過酷な旅になるわ。それに、私はその、あれだから。……エンリケ本人がそれを本心で望んでいるとは思えないけど……。」
リンが少し伏し目がちにそう言った。
そのリンの態度に何かを思ったのか、固まって黙っていたエンリケが覚悟を決めたように前のめりにリンに言った。
「そんなこと無いです!そんなこと無い。 俺は……俺も同行させてください!可能なら従魔使いとしての色々と教えて欲しいし、それに……。」
「……でも。」
リンは少し迷いながら助けを求める様に俺の方をチラチラと見た。俺はそれに笑みで返す。
リンはしばらく考え込んだ後、少しためらいがちに言った。
「……私の旅はどうしても危険なものになる。だから、明日からの緊急クエストでのエンリケの働きぶりを見て判断させてもらうわ。」
「はい!それで充分です。絶対にリンさんの期待に応えて見せます!」
エンリケは喜び勇んで飛び上がり、俺をちらりと見てありがとうと小さく言った。
「盛り上がってるねえ。さぁ熱々のムール貝とエビのワイン蒸しがあがったよ。たんとお食べ。」
丁度切りの良いところで女将さんが食事を運んできた。ふたを開けた瞬間に魚介類の食欲をそそるいい香りが立ち込める。
「じゃぁ三人の新たな門出を祝っていただきますか!」
「エンリケ、まだ気が早いって。」
エンリケの気が早い宣言に突っ込む。それをリンが笑顔で見ていた。
異世界に突然放り出された俺が、仲間に囲まれたこんなにも楽しい時間が過ごせるなんて思ってなかった。前世では凛香以外の友達なんかいなかったからだろうか、新鮮な感覚だ。
……そうか。これが友達か。
俺はその高揚感というかなんとも言えない幸福感に浸りながら料理をかみしめた。
――――――
食事を囲いながらふとエンリケが質問してきた。
「なぁリュージ。どうだ?どんな感じ?回復した?あの霊薬の効果はすごいんだろ?」
エンリケはギルドを出る前に飲んだ例の霊薬の効果のほどを聞いているのだ。
「うーん。正直あまり実感はないなぁ。あの時断る口実でああは言ったけど、そもそもそれほど疲労はたまってなかったからね。」
「なんだ。期待はずれだなぁ。」
俺のその回答にリンは少し疑問があったのか俺をじっと見つめた後、しかししばらくして食事を再開した。リンは気づいたのだろうが、どうやらこの場で口にするべきではないと思ったのかもしれない。
きっと普通なら何らかの効果が実感できるものなのだろう。だが俺には何の効果もないようだ。
あの霊薬はどうやってか分からないが確かに魔力の光がこもっていた。しかし同時に俺には効果が無いだろうとも思っていたのだ。
この世界の人の回復力は凄い。エンリケが午前中に負ったかすり傷が夕方には治っていたのだ。この世界の人々は無意識に体内魔力を使って自己治癒力を高めているんだろう。
そして、多分この霊薬は飲んだ者の体内魔力を活性化し、魔力による自己治癒能力を向上させるものだろうと推測していた。
だとすると、これが効果を発揮するには体内魔力が常にあるこの世界の人々だけだ。俺はそれがない。ゆえに効果がないのだ。実際に飲んでも体になんの変化もないのがその証拠だ。
この薬、最低でも金貨十枚はするものらしい。日本円で100万円ほどだ。そんなものを飲んでおいて、明日になってやっぱり足がガクガクで参加できませんなんて言えるわけない。ソワレと言う少女に逃げ道がふさがれてしまった格好だ。
それにしてもあの少女の狙いは何だろうか?
去り際にさり気なく魔力測定器の事を聞いてきた。それに俺の直感が告げている。あの魂にはなんだろうか、“違和感”があるのだ。
「ところで、ギルマスが言ってた教会の“見聞の試練”って何か知ってる?」
俺の質問に海の幸を頬に溜め込んだエンリケが答えた。
「はんへも、ひきょうになるはめのしひょんだとか。」
「イヤ、飲み込んでから言ってよ。」
エンリケは水をゴクリと飲んで続ける。
「っごめん。俺もあんまり詳しくないんだけど。 何でも大司教になる為の修行だと聞いた事がある。世界を旅してその状況をその目で見定めるんだとか。それにしてもあの年で凄いよな。何でも水精のソワレは100年に一度の天才だって言う噂だ。」
「ふーん。でもなら何で彼女は今回クエストに参加したんだろう。」
俺は皿に残った最後の貝を摘み口に放り込む。うん。相変わらず美味い。
「あ、リュージ。それ俺が確保してたやつ。」
エンリケが俺に不服顔を向ける。
「まぁ良いじゃないか。今回救助ボーナスも出たし、明日に備えてもう一皿追加しよう。」
そう言って俺は指摘を流しながら女将さんに追加注文を依頼する。
そう言えば最近やたらと腹が減る。
前世含めてこれ程食欲が出たことは一度も無かった事だ。
身体強化魔法を十分に使えない俺は最近エレクトロブーストを常に併用する様にしている。自分の筋力を酷使しているからエネルギー消費量が多いのかもしれない。
「それで、どう思う?」
「うーん。正直教会のルールはよく知らないから。あのナイアスが言ってた様に試練の範囲なんじゃないか?」
エンリケの適当推理にリンが補足する。
「確か“見聞の試練”は見て聞くだけだから、基本何が起こっても積極的に関与してはいけないという教義になっていたはずよ。一人で森の異変を調査するというならわかるけど、クエストに自ら志願するのは少し違和感があるわね。それにリュージを指定するのもちょっとね。……リュージ。本当にあの子に会うのは初めてなの?前に何かしたとかしてないの?」
「そーだぜリュージ。司教様に惚れられるなんて早々ない話だ。全く罪な男だな。」
エンリケは冗談めかして俺を肘で小突いてくるが、なぜかリンの眼が鋭く光っている様に見えた。ちょっとリンさん?マジで俺の事疑ってるわけじゃないよね?目がマジですよ?
「いやいや。誓って俺に心当たりはない。むしろ俺が困惑しているところだ。俺は治癒魔法を使えたりするから、司教に俺から近づくわけもないだろ?」
「確かに。」
「そうね。」
ふぅ。どうやら俺の冤罪の釈明は伝わったようだ。
そこで何かを思い出したようにリンがつぶやいた。
「確かに、今思えば、彼女からはなんというか変な感じを受けるのよね。ほら、前に言ったでしょ。私は初対面で相手の善悪がなんとなく分かるって。だけど、彼女からは何も感じなかったのよ。普通は何かしら必ず感じるものなのだけど。まるで生きている様で生きていないような不思議な感覚……。」
「やっぱりな。俺も変な感じがしたんだ。まぁ俺のためにと思って、申し訳ないけど色々と口裏を合わせて欲しいんだ。」
目的が分からない以上、慎重になっておくに越したことはない。変に教会に目を付けられたくもないので、俺はこの近くの村出身の孤児と言う設定にして追及をかわすつもりだ。変にボロが出ないように口裏を合わせておくことにする。
実際に魔獣に滅ぼされた村は腐るほどあるという。その一つを教えてもらい、ありもしない孤児と言う設定にする。もちろん積極的に俺からは言うつもりはない。
一通り明日のクエストに向けた話し合いを終えて、俺たちは外に出る。
店を出ると夏の涼しく乾いた風が頬を撫でる様に吹いた。夏が終わりに近づいているのかも知れない。どうも日本とはずいぶん違う気候の様だ。少なくとも温暖湿潤気候ではないだろう。
「リュージ。悪いけど先に宿に戻ってて。依頼の最終確認が残ってて少しギルドに行かなきゃならないの。直ぐに戻るわ。」
調査依頼一つでかなり手間がかかるようだ。もしかしたらリンが灰種だからと言うのが関係しているのかもしれない。
リンの後ろ姿を見送りながらそんな思考が過る。
しばらくシルバを連れたエンリケと他愛もない事を話しながら宿へ向かう。別れ道に差し掛かる所でエンリケが改まって俺の方に向き直った。
「さっきはありがとうな。これでこの先の希望が見えてきた。」
「その為にはクエストでいいところ見せないとな。俺もリンの試験に合格するためにハンターの基礎を覚えなきゃならない。エンリケも色々と教えてくれよ。」
「ああ。もちろんさ。俺が旅に同行するにはリュージには合格してもらわなきゃならないしな。」
そこでエンリケが手をかざしてきたので、少し逡巡した後ハイタッチでそれに答える。
―――パン!
「これからよろしくな。相棒。」
俺はその言葉に一瞬目を大きくして、しばらくして「ああ。また明日!」と答えた。
――――――
エンリケ達と別れて一人宿に向かって歩く。もうすっかり日が暮れ、屋台に火がともり始めた。
俺は前世で同性の友達を一人も持ったことがない。だからだろうか、俺はハイタッチした右手を見つめてついニヤけてしまう。
そこでふと嫌な予感を覚えて立ち止まる。いつも俺を助けてくれたあのピリピリする感覚がしたからだ。
そこで初めて俺は顔を上げる。友達ができたことで平和ボケしていたのかもしれない。俺は周りが見えていなかった。
宿は目と鼻の先だが、海の杜亭からだと人通りが少ない道を通ることになる。丁度そこに差し掛かったところだった。改めて見渡すと見える範囲になぜか人通りがなくなっていた。
おかしい。
俺はすぐに彗心眼を発動する。
―――いる。
俺の前に立ちはだかる様に二人、何者かが俺を待ち伏せしていた―――




