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第36話 夕日に誓う 《挿絵あり》


 ソワレが出て行ったのを確認して一息つく。あれだけ騒がしかったギルドがいつの間にかいつもの状態に戻っていたことに気づく。



「リン。兄の捜索は後回しになってしまったけど。大丈夫?」



 俺たち三人共に緊急クエスト参加を指名されてしまったため、明日にでも出発しようとしていたクロスジャーニーでのリンの兄探しが延期せざるを得ない状況になってしまったのだ。


「ええ。仕方ないわ。もともと、エンリケの噂話だから。その代わり、クロスジャーニーでの噂話の調査依頼を出しておくわ。」


 そう言って、いったん受付に向かったリンだったが、他支部への依頼のため少し時間がかかりそうとのことで、後程“海の杜亭”で集合することにしていったん別れた。




 外に出ると、沈みかけた夕日が夏の終わりの高い空を茜色に染め上げているところだった。


「少し夕飯には早いかな。そうだリュージ。この町の絶景ポイントに連れて行ってやるよ。」



 エンリケはそう言って、俺を港方向へ連れ出した。しばらく歩くと、漁港の端の城壁の最も高い場所に灯台と櫓を兼ねた塔があった。





 「ここが俺がこの街で一番好きな場所さ。」と言ってらせん階段を上り切ると、そこには見渡す限りの絶景があった。




 目の前には水平線に沈む大きな夕日。

 夏のさわやかなそよ風がその水面を揺らし、夕日を反射してキラキラと輝いていた。そしてその茜色に染められた水面を泳ぐようにして港に戻るいくつかの船。

 その航跡が赤い水面を縫う様に走る様は、まるで朱色の輝く布地に白い糸で縫われた見事な刺繍を観ているかの様だった。


 煌めく反射した茜色の光が港を、城壁を、街を照らし、全体がサファイヤのように輝いて見えた。




 俺はその光景に見入った。


 エンリケは夕日を真っすぐに望んで言った。


「……俺はこの景色が好きだ。この赤い夕陽が沈むその先、広大な海の向こうに、未知の世界が広がっていると思うと胸が高鳴るんだ。いつかこの大きな世界を駆けまわって、偉大なハンターになって、いっぱい稼いでやるのさ。」


 その眼には一片の曇りもなかった。その眼に触発されたわけではないが、俺もこの景色に心が高鳴るのを感じた。


「……エンリケ。ここに連れてきてくれてありがとう。」



 この壮大な景色は俺の前世の叶わなかった冒険心を奮い立たせるには十分だったようだ。

 この先に、広大な世界の先に何があるのか。リンの手伝いをしながら自らの足で歩き自らの手でさわり、自らの目で見て、いろいろな人たちに出会い、世界中を冒険をしたい。そう改めて思った。



 しばらく二人でその夕日を眺めていると、ふとエンリケが口を開いた。



「俺がハンターになるために村を出た直後、運悪く魔獣の群れに村が襲われた。防壁も何もない村だったから、一瞬で飲み込まれた。俺が駆けつけた時には跡形もなくなっていた。

 まぁ、こんな世の中だ。限界村ではよくある話さ。」


 エンリケは遠い夕陽を眺めながら続けた。


「唯一、かまどの奥に身を潜めていた妹が生きていたのは奇跡だった。だけど、妹はその代償に声を失った。一声でも漏らせば目の前の親兄弟のように食い殺される未来が待っている。そんな極限状態で何日もかまどの中で身を潜めていた反動なんだろうな。預けられる身内もいなけりゃ、声も出せなきゃ稼ぎもできない。だから、今は孤児院に預けている。

 でもそれも年齢制限がある。……後1年だ。あと一年で俺は稼がなきゃならない。ランクを上げなきゃならない。」



 そこまで言ってエンリケは俺に向きなおって俺の目を覗き見る様に問う。



「リュージ。君は何者だ?」



 いつの間にかエンリケは腰の短剣に手を添えていた。本気だ。

 その気迫に俺は一歩下がる。



「従魔使いと言うクラスは正直ハンターとしての評価は低い。強制的に調教されただけの従魔なんか単純な命令しか聴かないし、時に主人やパーティーを襲う。だからハンターからは敬遠される存在だった。だけど、“飛燕(ファントムスワロー)のリン”はその世間の評価を一変させた。従魔使いが二つ名を得るまでになったのは初めての事だ。

 だから、俺は例え彼女が灰種(アッシュ)だろうと、理性が彼女を受け入れなくとも、自分のために利用するつもりだ。

 俺は彼女に取り入って、実力を高めてランクを上げる。だが、彼女に近づこうとすると、いつも君の名前が出てくる。君の存在が邪魔をする。」


 ついにエンリケは腰のナイフを抜き、俺に向けて構えた。


「……リュージ。正直あんたの狙いが分からない。

 最初は彼女があれほどに気に掛ける君がどんな存在か興味があった。だから見極めるために君のトレーニングを引き受けた。だが、君に付き合えば付き合うほどに分からなくなる。素性も、目的も、実力も、性格も、奇妙な技も、その胆力も、すべてがチグハグで何もかもが分からない。まるで別世界から迷い込んできたみたいだ。

 しかも、教会関係者でもないのに俺の前で治癒魔法を使った。余りにも危険な行為だ。俺が教会にタレこめばただでは済まないにもかかわらずだ。

 君は危険だ。俺の障害になるなら、彼女の邪魔になるなら……」



 その眼は本気の目だ。覚悟を決めた目をしている。

 だからこそ。



「……っぷ!」


「なっ!?何が可笑しいんだ!」



「いや。最後のセリフ。エンリケはリンを利用するとか言ってたけど、簡単に言うとリンに惚れてるってことでしょ?」



 図星だったのか、エンリケの顔が真っ赤になって反論する。



「~~~っ!?  うっ、うるさい! とにかく!リュージの本心を教えろよ!」




「……俺も、君と同じだよ。蛇の森に迷い込んで魔獣に襲われていたところをリンに助けられた。リンが俺に良くしてくれているのは完全にリンの好意。だからこそ、俺もリンに対価を払わなきゃいけないと思っている。君と同じようにね。それだけさ。」



 俺は変わらず身構えるエンリケにまっすぐに見つめ返し、更に続ける。



「エンリケはリンを利用してやるなんていろいろ言い訳してるが、断言してもいい。リンはきっと見返りを求めずに君が考えている以上のことをしてくれる。

 それはきっとエンリケも気づいているだろう?だけど理性がブレーキをかける。リンが灰種(アッシュ)だから。違うか?」



「うっ……」



「……俺は、気づいたらあの森に居た。その前の記憶は殆どない。だから灰種(アッシュ)に対するこの町の住人の感情はいまいち俺には理解できない。そんな俺にエンリケの葛藤は分からないが、一度死んだ俺だからはっきりと言わせてもらうよ。

 想い人がいるなら自分の気持ちを伝えないと後悔する。最期に言ったって……伝わらない。」


 エンリケには悪いが、記憶喪失という事にさせてもらう。教会から目を付けられない様に俺の素性は伏せた方がよいというリンのアドバイスだ。


「一度死んだ……?」



「あ、あと、俺はエンリケと違ってリンに惚れてないってところは付け加えておくよ。俺には他に想い人が居るから。」



「ほんとか!?」



 先ほどの勢いと覚悟は何処へやら。エンリケは一転して目を輝かせて俺に詰め寄ってくる。


 ……エンリケ。分かりやすいな。

 ならこんな回りくどい聞き方しなくてもリンとの関係を直接聞けばいいのに。とは思ったものの、たぶんエンリケの葛藤は俺の想像を超えて相当なものなのだろうと思い直す。

 自分の感情を肯定できないのだろう。それほどにこの国の人にとってハーフダークエルフに対する怨嗟は強いのだ。



 最後に俺はダメ押しにかかる。


「もし俺のことを信用できないなら、君が俺を監視すればいい。俺がおかしな行動に出たらエンリケがリンを守ればいい。

 そしたら、エンリケはリンから従魔使いとして色々と教えてもらえるし、俺はリンと一緒に旅ができてうれしい。これでみんながハッピー。誰も不幸にならない。」



「なるほど……そこまでは考えてなかった。確かに……それも悪くないかもしれないな。」



「よし!そうと決まれば早速パーティー結成と行こうか。海の杜亭でリンが待ってる。行こう。」



 と強引に話を切り上げ、俺はエンリケを引きずって海の杜停に向かうのだった。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 スラム街にほど近い廃墟の一室。テーブルの上にロウソクの火が暗がりの部屋をゆらゆらと怪しく照らす。


 その廃墟の一室に四人の人影があった。その内の一人。テーブルに組んだ足を投げ出す様に座った白金に輝く全身鎧を着こんだ男が静かに告げる。




「エンリケが緊急クエストに探査役で指定された。その意味が分かるか?ゴンザ。」


「……へい。分かんねぇっす。」


 そう答えたスキンヘッドの大柄な男に鎧の男が呆れ果てた顔を向ける。


「ゴンザ。お前は相変わらずのバカだな。良いか。あの従魔の鼻はよく利く。今回の指名でエンリケの評価が上がる可能性があるという事だ。」


「なるほど。分かりやした。その前にやっちまえばいいんですね?となると、今日ですか?」


 鎧のイケメンはさらに眉間を寄せてゴンザを睨みつける。


「バカが。 あの伝説級アーティファクト“獣王の円環”は所有者登録がされていると言っただろう。所有者が自ら所有権を放棄するように仕向けなければならない。その為にこれまでエンリケを孤立させるという回りくどいことをやってきたんだ。所有権放棄をさせずにエンリケを殺れば今までの俺たちの苦労が水の泡だろうが。

 いいか。エンリケに近づくあのガキが邪魔だ。二人ともにさんざん脅して緊急クエストの参加を辞退させろ。」



「さすが旦那!了解しやした。よし。お前ら、今夜決行だ。ガキの方は寄生者パラサイトだ。適当に脅せば尻尾巻いて逃げるだろ。それでも抵抗するようなら殺してもかまわねぇ。スラム街の連中をうまく使って足がつかねぇ様にしろよ。」


 ゴンザは鎧男の指示を後ろに控えていた二人のモヒカン男たちにそのまま指示を出し、それを受けた二人はおもむろに部屋を出ていった。


「ところでグロリエルの旦那。あの“飛燕のリン”はどうしますか?さすがに殺るのは難しいですぜ。」


「……聞いた話では灰種アッシュの心は脆いようだな。所詮は灰種アッシュだ。ガキが居なけりゃこの街から追い出すのは訳ないだろう。」


「なるほど、力で叶わなくても精神を追い詰めるってことですね。」


 その発言にグロリエルは鋭い眼光で立ち上がり、あの巨体のゴンザの胸ぐらをつかんで持ち上げた。


「いいか。ゴンザ。勘違いするなよ。まさか俺が灰種アッシュごときに遅れをとるとでも思っているの訳ではないだろう? おれは無駄な労働はしない主義なんだよ。」


 ―ぐっ!げへぇ!


 ゴンザは声にならないうめき声を上げ、真っ赤に足をバタつかせながらグロリエルの手を何度もタップする。いい加減このままではゴンザが窒息死するかと言うところでようやくゴンザが解放された。



「げはぁ! っはぁはぁ。 ……もちろんそんなつもりで言ったわけじゃねぇです。旦那の強さはギルド一だというのは俺が十分に分かってますから!」


 グロリエルのその眼光にゴンザは冷や汗を垂らして何度も首是する。


「分かっているならさっさと行け。」



 ゴンザはその重圧から逃れる様にその廃屋からそそくさと出ていくのだった。



「クソが。もう三か月あの方に献上していない。薬もそろそろ切れそうだ。あの“獣王の円環”さえ手に入れば俺の幹部入りも夢じゃない。いい加減ケリをつける頃合いだな。」


 野心に歪んだ顔をしたグロリエルのその呟きは怪しく揺れるロウソクの明かりに照らされた廃屋に吸い込まれる様に消えていった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




挿絵(By みてみん)


アーティファクトの等級

下から

ジャンク、3級、2級、1級、特級、伝説級、神話級


ちなみに

“魔獣の円環”は三等級

“獣王の円環”は伝説級


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