第33話 水精のソワレ
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
久しぶりに訪れたクロスメントの街は変わらず賑やかだった。
ただ、どこか緊張した雰囲気も感じられた。門兵の身分確認の待ち時間に周囲を観察しているとようやく確認が終わったようで、声がかかった。
「Aランクハンターのソワレ様……。身分証確認致しました。ようこそクロスメントへ。歓迎します。」
そう言って入門許可を告げる門兵にそれとなく聞く。
「なんだか皆、少し落ち着かない感じ。何かあったの?」
「あぁ。最近どうも蛇の森の生態が変化したようでして。お気を付けください。とは言っても司教様には無用の心配でしたかな。」
そう笑って男は次の待ち人の手続に移る。
蛇の森。この街の人々はこの異変の正体をまだ掴んでいないようだ。
……まずは教会とギルドで情報収集が必要か。
人族の領域では私の身分は司教、名はソワレと名乗っている。その方が何かと都合がよい。
ギルドまでの道すがら、街の様子が目に入る。どこを見ても人、人、人。そのどれもが忙しなく働きながらも、どこか充実感を感じさせる顔つきだ。
悪くない。そう思った。
でもだからこそ、私は好きになれない。
屋台で客引きに声を上げる人、汗水垂らして建物を作る人、近所の知り合いだろうか他愛もない話で盛り上がる中年の女性たち、高級裁縫店の店先で姿勢良く佇むドアマン、街道を見回る使命感に満ちた顔をした衛兵たち。
みんながみんな、全員が見せるその顔は、偽りの仮面。
私は知っている。誰もが極限状態になればその仮面を剥がし、醜い本性が現れる。その仮面の裏は真っ黒な闇だ。
嫌なことを思い出しそうになり、頭を振る。この仕事さえ終われば、しばらく眠れる。もう少しだ。
そんなことを考えているとちょうどギルドが見えてきた。
―――
ギルドに入ると右手の依頼掲示板とは逆、左手のバーカウンターの前のテーブルに人だかりができていた。
それを横目に聴衆の声に耳を傾ける。
「ありゃぁギルマスに、焔狼、城塞の連中じゃねぇか。うちのギルドのトップの連中が雁首揃えて何してんだ?」
「お前知らないのか?ほら《蛇の森》の異変の調査隊が戻ってきてないらしいぜ。その捜索依頼の打ち合わせだとよ。」
「マジか。そんなにヤバいのか?《蛇の森》は。」
どうやら、人だかりの中心、円卓を囲む様に座っているのはギルドマスターとこの町の上位パーティーの連中らしい。ここの人間も《蛇の森》の異変に対して満更無策と言うわけではなかったようだ。
今は話を聞けなさそうだと判断し、その人だかりを通り過ぎてカウンターに向かうところで声がかかった。
「これはこれは司教様。A級ハンター、水精のソワレとお見受けするが、この様な辺境まで、どのようなご用件でしょうか?」
見ると円卓に座っていたギルマスが、こちらに向かって歩いてきていた。私の前まで来るとそれなりの礼をした。辺境と言えどもギルマスと言うだけはある。
そのギルマスの態度に周囲がざわついた。私はそれを無視して、マントの五芒星の留め金に触れて答える。
「今は“見聞の試練”中。特に用はないけど、色々と聞いて回るから気にしないで。」
「そう言う事なら、何なりとお尋ねください。このクロスメントギルド全体でサポートいたしますゆえ。」
ギルマスは「おい!」と言って職員を呼ぼうとしたが、私はそれを手で制す。
「いい。こちらで勝手に聞くわ。そうでないと見聞の試練にならない。必要となったら呼ぶからその時はよろしく。」
ギルマスは「はっ。」と短く礼を言って先ほどの円卓に戻っていった。まだ話は続くようだ。
それを見届け、ひとまずバーカウンターに座っているハンターに目を付けて聞き込みを始めることにした。
「……はぁ。変わったことね。ヘビの森の異変と星降り以外で? 司教様の役に立ちそうな話は思いつかねぇなぁ。 強いて言えば、焔狼のところのボブが一角うさぎに不意打ちを受けてケツにもう一つ穴ができたとか言ってたけなぁ! アーハッハ! なかなかウケる話だろ!?」
冷めた目でその酔っぱらいの男を見る。
ギルドのカウンターバーに屯している何人かに話をきいてみたが、ふざけた話しか出てこない。一杯奢った私の金を返せと言いたくなる。
捜索隊の準備に忙しそうに走り回っている職員を眺めながら、後で掲示板確認とギルド職員の聴取もするかと思案する。
その男の馬鹿話を聞き流していると、隣のテーブルの男達がその話に乗ってきた。この馬鹿話、まだ続くのかとうんざりしながらも聞いておく。既に教会を通じて粗方の情報は収集済みだ。そこには特に注目すべき情報は無かった。
だからこそ、こういった現場の人間の声が思わぬ情報を齎すこともある。
「そうそう、ボブがケツに一角ウサギをぶっ刺したままギルドに担ぎこまれた時はバカうけしたよなぁ!みんな! あぁ、そういやその後だっけか? 例の灰種とゴンザの騒動は。」
詳しく聞くと、つい最近ダークハーフエルフと子供がギルドにふらりと現れたらしい。その時にゴンザというハンターといざこざを起こしたというのだ。
ハーフダークエルフは飛燕のリンというBランクハンターで私も噂は聞いていた。
「そん時よ、ビカー!っとすごい光でなぁ。魔力測定器だっけか?そいつが破裂してよぉ。教会もちゃんとしたもん作れよな……おっと今のは聞かなかったことにしてくれよ、司教様。」
……魔力測定器が破裂? 確かに教会の資料に魔力測定器の故障も記載があったが、破裂?そんなこと聞いてない。
ありがとうと銀貨を一枚男に渡す。「さすが司教様!気前がいいね!」と酔払いの男を背にしてカウンターに向かう。
対応したのはミーリスといった。比較的若い、メガネをかけた受付嬢だ。ゲスな男どもに人気がありそうだ。
その女は私の五芒星が模られた外套の留め具に目をやって会釈をした。
「これは司教様。どのようなご用件でしょうか?」
メガネの奥の澄んだ瞳と受付嬢然とした態度、その貼り付けた笑顔が気に食わない。
「魔力測定器について尋ねたい。見せて。」
「!? ……はい。 大変申し訳ありません。先日使用中に予期しない不具合が起こりまして、現在機能が失われておりまして……。」
受付嬢が眉を下げて謝罪する。
「いいから持って来て見せて。」
受付嬢は一瞬ためらったが、仕方ないと言うふうに小さなため息をついて奥からそれを持ってきた。
本来あるはずの水晶がなく、砕け散った水晶が入った巾着袋も一緒に手渡された。
「こちらになります。教会からお借りした測定器を故障させてしまい申し訳ありません。原因については調査中ではありますが今のところ分かっておらず……。 すでにクロスメントの教会には正式な書面による通知と保証料の支払いは済んでおりまして……」
受付嬢が何か言い訳をしているが、それを無視して測定器を詳しく見聞する。
こんな壊れ方見たことがない。魔力測定器は未知の技術で作られたアーティファクトなんかじゃない。ミザールの腕を使った魔道具だ。文字通りの意味で。
ミザールの根源魔法により、対象の魔力干渉耐性能力を図るものだ。
台座の裏に刻まれた魔力回路がズタズタだ。回路がこれほど焼き切れるなど通常ありえない。まして水晶が破裂するなど。
有るとすれば、ミザールの魔力干渉能力をはるかに上回る耐性能力の持ち主ならばあるいはあり得るかもしれない。だが、人間にそのような事は出来はしない。ありえない。
「水晶を破壊したのは誰?」
「あ、いや、司教様。確かに新人のハンターが使用していた時に故障はしましたが、先ほど申しました通り原因はわかっておらず、そのハンターが壊したわけではないのです。それは……」
「言い訳はいいから。誰?」
受付嬢は戸惑いを見せたが、直ぐに背筋を伸ばしてこちらに向き直った。
「新人ハンターのリュージという者です。重ねて申しますが、彼は補償金の返済のためギルドと契約を行い、現在報酬の一部を返済に充てて着実に返済を行なっております。すでに十分な補償活動を行なっております。ギルドとしては彼との賠償契約は成立しており、これ以上の返済請求や如何なる追加の制裁は不要と考えています。」
「そのつもりはない。そのリュージとやらに話を聞きたいだけ。今どこに?」
それを聞いて受付嬢は明らかにホッとした顔を見せた。本気でその新人を心配していたのだろうか……。
「それを聞いて安心しました。少々お待ちください……本日は《蛇の森》の外縁部にてビッグホーンディアーの討伐クエストを受注し活動しています。もうしばらくすれば戻ってくる頃合いかと思いますよ。」
その時、ハンターの入り口付近が何やらざわつき始めた。誰かが大声で呼びかける声が聞こえた。
そちらを振り返ってみる。
少年が二人と少女が一人。一目見て少女はかなりの実力者であることが分かる。男の一人が大声でギルド職員に呼びかけている。もう一人が怪我人と思われるハンターを背負って入ってきた。
「!?何か起こったようです。司教様失礼します。」
受付嬢はカウンターから身を乗り出しその様子を確認するとカウンターを迂回してそちらに駆けつける途中、私に振り返って言った。
「司教様。ハンターを背負って入ってきた少年がリュージです。トラブルの様ですので、話はその後にお願いします。」
そう言って受付嬢は騒がしい現場にかけて行った。
私は如何にも平凡そうなその少年を遠目に眺める。何のオーラも発していない。見た目ただのひ弱そうな少年。
あの少年がミザールの根源魔法を跳ね返す程の魔力強度を持っているようには到底思えなかった。
これはハズレかな。そう思いながらもハンターが集まるその騒動に向かってゆっくりと歩を進める。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆




