第31話 調査団
「シルバ!そのままこっちに追い込め!」
シルバに追い立てられて誘導されたビックホーンディアーが俺に向かって突っ込んできた。体長1.5mはあろうかと言うトナカイに似た名前負けしない大きな角を持った魔獣だ。
その進路上に俺が居るのを見て進路を変えようとしたとき、
―――ピィィィィン!
独特の微かな甲高い音がして、ビックホーンディアーは何かに導かれる様に俺の方に向き直り、当初の予定通り俺に向かってその角を突き出して突進してきた。
俺は予定通りの位置取りでビックホーンディアーを迎え撃つ。
とはいっても俺の華奢な体などその巨大な角の突き上げを食らえばひとたまりもない。だから俺はその力を受け流し、利用する。
無幻水心流―流水心
《彗心眼》でその動きを予測していた俺はその角の突き上げの瞬間、右足を一歩踏み出し半身になって両の角の中心、頭頂部のわずかな隙間に体をねじ込む。それと同時にその角先に手を横から添えて、右手は上方向に、左手は下方向に反時計回りに回転させる様に力を加えつつやや左側に力を誘導する。
魔獣の強烈な突き上げの力を殺さない様に利用しつつ刹那の間に無理なく力の方向を変えてやるのだ。
流水心によって力の方向を変えられたビックホーンディアーは、首を右にねじられる形になり、俺の左をかすめる様に通り過ぎていく。
―――ドン!
バランスを崩された魔獣はそのまま俺の真後ろの大木に勢いよく突進し、その見事な角を大木に突き刺した。
そう。俺の狙いはビックホーンディアーの突進を躱して大木にその強力な角を突き刺して動けなくすることだ。
思った通り、無理に首を90度ねじられた形で勢いよく大木に突き刺さった角は早々に抜くことができず、手足をジタバタさせるだけで身動きが取れないようだ。
その隙に間髪入れずに魔獣目掛けて矢が突き刺さった。首に一矢が突き刺さり、それだけでビックホーンディアーが動かなくなった。
「……毒矢。」
「上手く仕留められたな。」
矢が飛んできた方向に振り向くと、エンリケが茂みから出てくるところだった。
―――パチパチパチ。
その後ろから手をたたきながらリンも姿を現した。
「素晴らしいわ。あれだけ素早いビックホーンディアーを正確に誘導する二人の連携、そしてリュージの技。両方が上手くハマったわね。」
「いやぁ、リンさんにそう言ってもらえると本当にうれしいです!」
リンの賞賛にエンリケは満面の笑顔だ。シルバも満更ではないようで、もっと褒めてとリンに顔を摺り寄せている。
リンがその聖母の様なまなざしでシルバをなでている姿は得も言えぬ美しさがあった。その後、俺の方にも駆けつけて褒めてと俺に顔を近づけてきたものだから、思わず撫でまわしてほめてやる。
今日一日で俺にもだいぶなついてくれたようだ。忠実で可愛い従魔だ。それにこのモフモフがたまらない。癖になりそうだ。
その様子を見ていたエンリケが感心したように言った。
「リュージは本当に不思議な奴だな。正直シルバは人になつきやすい方じゃない。俺のかつてのパーティーメンバーだってここまでなついていなかったのに。」
どうやらシルバは普段それほど他人にはなつかないらしい。
そんなやり取りをしてなごんでいる俺たちは今、蛇の森の少し入ったところにいる。
ビックホーンディアーの討伐クエストをリンが見つけて受注し、それを今まさに達成したところなのだ。
目的は、エンリケと俺との連携を確認すること。ただ、恐らくそれは建前で、リンはエンリケの実力確認をしたいのだろうと思った。
先日エンリケからリンの探し人である兄の噂を聞いて、俺は今すぐファントムスワローに乗って最速で行けるリンが一人でも行くべきだと主張した。
しかし、リンは俺にハンターの基礎を教え切れていないと言って固辞し、押し問答になった。
それを見かねたエンリケが仲裁するように俺の訓練役を買って出てくれたのだ。命を救われた礼としてこれくらいはさせてほしいと。
それを渋々了解したリンは、せめてエンリケの実力を見定めてからと思ったのだろう。そんなわけで今日、俺とエンリケで狩りをしていたという訳だ。
俺の回想の間に先ほどのハントの話でリンとエンリケが盛り上がっていた。
「毒矢の成分は何かしら?通常の毒だと血肉まで犯されちゃうでしょ?」
「ええ、あれはイエローポイズンフロッグの毒とクリズスズの溶液を混ぜて作ったものなんですよ。」
「ポイズンフロッグの毒は確かに強力だけど、それだと体内に残り続けるんじゃない?」
「リンさんも知っての通り、クリズスズの毒はグリズリーも一瞬で昏倒させる猛毒だけど、しばらくすると毒性が弱まるでしょ。ポイズンフロッグの毒と混ぜ合わせるとその特性が発揮されて、しばらくして無毒化するんですよ。」
「それは知らなかったわ。今度、そのレシピを教えてくれるかしら?」
「ええ!もちろんです。リン様にならなんだって教えちゃいます!」
なんか俺の立ち入る隙が無い。だが少し気になったことがあって悪いとは思ったが話に割り込むことにする。
「エンリケ。さっきのビックホーンディアーの誘導の時の話なんだけど……」
俺が話を切り出すと、エンリケは真顔で俺に向き直った。さっきまでのリンと会話していた時との差が激しい。
「ビックホーンディアーが進路を変えようとしたときに音が鳴って、魔獣が進路変更を諦めたように見えたんだが。あれはエンリケがやったのか?」
「ああ、あれね。あれはこのアーティファクトの能力さ。」
エンリケはそう言って、左腕にはめた蛇が絡みつくような意匠のアームレットを指さした。ランクの低い魔獣を威嚇したり、今回のように魔獣を誘導したりなど、効果は薄いが魔獣の鳴き声をある程度再現できるらしい。
名を“魔獣の円環”と言った。
これはたまたまアウレットのダンジョンで発掘したアーティファクトで、等級は3級とまともに動作するアーティファクトでは最低ランクとのこと。
最近発掘されたとされる伝説級アーティファクト“獣王の円環”には及ぶべくもないというのがエンリケの談だ。
先ほどの戦闘の連携の反省点を議論しながら俺たちはビックホーンディアーの解体に掛かる。角と皮だけでなく、その肉も十分においしく、余すところのない魔獣だそうだ。
ランクこそDだが、通常は森の深部に生息し、非常に警戒心が強い上にその俊足もあって滅多に狩られない希少種とのこと。こんな森の浅いところで目撃されること自体異常なんだとか。
やはりここ最近、この森に異変が起こっているのは確かな様だ。
解体後、リンが珍しくこの角を売ってほしいと言ってきた。
相場以上の値段を提示してきたので、俺たちに拒否する理由はない。ただ、俺はなんとなくその理由が気になった。
「リンがわざわざ買うなんて珍しいね。なんに使うの?」
俺の問いかけに、リンは少し躊躇した。
「……うん。ちょっとね。里に伝わる薬の調合に使うのよ。漢方薬みたいなものよ。」
「ふぅん。そうか。」
俺はその時、エンリケが少しばかり悲し気な表情をしていたことに全く気付けていなかった。
「さて、解体も終わったし、そろそろ帰りましょうか。」
「お、もうそんな時間か。かえって海の杜亭で一杯行きましょう!」
リンがそう言って今日のハントの終了を提案しエンリケが追従する。確かに空がオレンジ色に変わりつつある。
俺たちが、おのおの今日のハントの成果が詰まった背負い袋を手に取り、歩き出そうとしたとき、不意にシルバが顔を上げ耳をピクピクと動かし、何かを警戒するように森の奥を見つめた。
それとほぼ同時、ずっとリンの襟巻の様に肩に乗っていたチクチクも顔を上げてキュ!と鳴いた。
「しっ! ……シルバが何かを感じ取ったみたいだ。 シルバ。何か聞こえたのか?」
エンリケはシルバの横に立ち、同じ目線まで屈んでシルバの見つめる先を見る。シルバが何かを訴える様に「ウゥーゥオン」と低くなき、数歩その方向に歩いて止まり、そして振り返ってエンリケを見る。
「この感じ。誰かがあっちにいるな。……しかもけが人だ。」
思わず俺はエンリケを見る。リンは既に何かを感じている様で、ジッと森の奥を見据えていた。
「そんなことまで分かるの?」
「このシルバの反応なら、少なくとも敵や魔獣じゃない。俺に行くか判断を委ねている。
もし他の冒険者が居るならシルバはそちらに行こうとしないはずだ。狩場でのハンター同士の遭遇はトラブルになることが多いから、そう訓練している。
だから、シルバはこの先に危険は無いという判断をしたうえで行った方がいいと言っているという事だ。もっとも考えられるのは、この先に誰かが居てケガをしている可能性だ。」
「なら行こう。」
俺はためらわず言った。エンリケは頷く。俺の意志を確認したかっただけの様だ。エンリケの心根は純粋でいいやつだなとそう思った。
リンは俺たちの意志が固まったのを見て直ぐに指笛を吹いた。
「私が先行するわ。直ぐに来て。」
そう言ってリンは木々の間を風の様に舞って駆け昇り、木のてっぺんからシロピーに飛び乗り消えた。なんて素早さだ。
俺たちもシルバを先頭にすぐに駆けだした。
魔獣に警戒しながらも森の中をかき分けて5分ほど進むと、そこでシルバが何かに警戒するように一度立ち止まった。
エンリケはその反応に、何かを思い周囲を警戒しながらゆっくりと進んでいった。
「ここは、パラライズスパイダーの縄張りだ。リュージ、そこの足元と頭上左側のソコに気をつけてくれ。スパイダーの糸だ。一度くっつくと身動きが取れなくなるから。」
そう言われてみると確かにうっすらと白く太い糸があった。これは気を付けていないと見つけられないな。
「この奥にいるようだが、進むか?」
俺は一瞬ためらうものの、ここまで来て諦めるわけにはいかず、肯定する。
「じゃあ、俺の後を慎重についてきてくれ。俺の通った後にぴったりとついてきてくれ。」
そうして、蜘蛛の巣の中を慎重に10分ほど進んだところで木の根元にもたれかかる様に座っている人影にリンが寄り添っているのが見えた。
既に治療を行っているようだ。さすが飛燕のリン。
治療を受けている男はボロボロの外套に千切れかけた皮鎧をまとい、体中傷だらけの様に見えた。胸が僅かに動いている。まだ息があるようだ。
「早かったのね。」
俺たちの到着にリンが振り返って言った。
「リンの方こそ。」
見ると既にほとんど治療が終わっているようだ。右腕が折れているようだが、当て木がされてその他外傷も包帯で丁寧に処置されていた。
その男に見覚えがあるのかエンリケが言った。
「こいつは……確か、駿馬の斥候役の男だったはずだ。確か名前はエドと言ったはず。今は蛇の森の深部の調査に出ていたはずだ。なぜこんなところに……。」
助けが来たことに気づいたのか、気絶していた男がわずかに目を開けた。
エンリケが意識を確認しようと近づくと、彼が何やら呟いた。
「……っつが急、に、……仲間が、まだ残ってるん、だ……。」
そう言って男はエンリケの肩をつかみ、直後だらりと腕を下ろす。また気絶したらしい。
「マズいわね。応急処置はしたけれど、体の内部を相当痛めているみたい。今日はポン助を連れて来ていないから……。ひとまず早急にギルドに運びましょう。」
俺たちはそう結論づけて、エンリケが男を慎重に背負って歩き出す。
その時、俺はあの肌を刺すようなピリピリとした不吉な予感を感じた。俺と同じくリンも何かを感じたようで顔を上げてその長い耳をピクピクと動かしていた。
「いやな感じがするわ。」
全員が立ち止まり、身構える。
おかしい。森の生き物の気配がしない。まるで、あの時の様に。
そして、上空を旋回していたシロピーの甲高い警戒の鳴き声をきいたその直後。
――――ガァァオオォォン!
腹の底に響く、聞き覚えのある咆哮が森中に木霊した。




