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第29話 風見鶏のタトゥー

 今、俺たちは“海の杜亭”と呼ばれる食堂に来ている。


 あの後、四苦八苦しながら十三体ものウルフの解体を何とか終え、及第点をもらった時には既に日が傾き始めていた。

 そこでエンリケがせめて助けてもらったお礼にと、俺たちを食事に誘ってくれたのだ。


 俺たちは早速街に戻り解体したムーンウルフの換金を済ませてその足でエンリケのおすすめのこの店に来たという訳だ。


 ちなみに俺の解体したウルフ達は、全て査定C以下と言う厳しい結果だった。まだまだらしい。




“海の杜亭”は従魔小屋が用意されているわりと珍しい店だ。


 シルバとチクチクはそこで留守番だ。シルバはいつものことなのか自分から小屋に入って丸まって大人しくしている。その上にチクチクが乗って丸まっていた。チクチク……初対面の相手でも全く物おじしないその性格は、どうもあのばあちゃん想起させる。




 中に入ると、少し恰幅の良い女将さんがいらっしゃいと笑顔で迎えてくれた。


「あら。エンリケじゃないかい。久しぶりだね。しばらく来ないから街を移ったのかと思ったよ。」


「しばらくぶり、エマさん。色々あって今はソロだからちょっとね。」


「そうかい。無理しない様にね。……今日は連れが居るのかい?」


「うん。今日の狩で俺を助けてくれた恩人なんだ。」


「まぁそうかいそうかい。じゃあ奥のテーブルが空いてるから座りな。」


 リンは相変わらずフードを目深にかぶっている。

 それを見ておばちゃんは何も言わずに奥の余り目立たないテーブルに案内してくれた。こう言う気遣いは有難い。



 エンリケがここのオススメを適当に注文する。


 暫くして出てきたのは、ムール貝に似た貝のワイン蒸しだ。魚介の出汁の香りが鼻腔をくすぐる。たまらず一つ口に運ぶ。


 ……これは!?


 海鮮の出汁とレモンの香りがとても相性が良く、臭みを消しながらも旨味を引き出している。


 更に次々と料理が運ばれてくる。白身魚のカルパッチョ風に、鯛に似た魚の煮込み(アクアパツァ風)、など魚介類を豊富に使った料理だ。

 イタリア料理やポルトガル料理に似ている様に思う。

 どれもこれもが素晴らしい味だ。


 宿の料理はそこそこの味であったがここの料理はレベルが違う。

 この世界に来て一番の味だ。前世の味に匹敵するレベル、いや素材が新鮮なのかそれ以上かも知れない。


「うまい!」


「美味しい……」


 俺とリンは思わず唸る。二人とも会話を忘れてガッツいてしまう。


「ここの料理は美味しいでしょ?裏路地に有るから目立たないけど、この町では一番の味だと思うんだ。俺のお気に入りさ。」



 俺とリンは無言で頷きながらもひたすらに料理を口に運ぶ。

 俺が、残りわずかとなった貝の蒸し焼きに手を伸ばすと、するりと俺の手を掻い潜り何者かが残りの貝をかっさらった。

 その不届き者は、テーブルの上にドデンと座り込みその小さな手を器用に使って貝をムシャムシャと食べている。


「コラ。チクチク。また。ここに入ってきちゃダメじゃないの。」


 リンはその不届き者を捕まえようとするが、チクチクは変幻自在の動きでその魔の手から逃れ続ける。恐ろしいほどの熟達した身のこなしだ。


 それにはさすがのリンもピクピクと顔を引きつらせている。


「いつもいつも。私がただいいようにあしらわれるだけだと思わないことね。」


 そう言って、リンは小声で詠唱を始めたではないか。しかも確かにリンが魔力を練り始めたのが俺には見えた。


「……リン!? まさかここで魔法をぶっ放すことは無いよね?」


 リンは俺の忠告など耳に入っていないようだ。顔は冷静だが、内心キレているのかもしれない。さすがの暴挙にモグモグとしていたチクチクもその動きを止めて身構えた。


『―光よ不届き者を捉え拘束する風となれ ウインドプリズン』



 次の瞬間テーブルの端から端までを包み込む様に極小の竜巻が何本も立ち上がり、チクチクに向かい収束していった。ついには逃げ道を塞がれたチクチクはついにその竜巻にとらえられて身動きが取れなくなったのだ。



 何という魔法制御だ。テーブルには数々の料理が所せましと並んでいるにもかかわらずそれらは一切飛び散ることなく、チクチクだけを全方向からとらえたのだ。



「捕まえたわよっ。」


 リンはテーブルの上で手足をバタつかせてクルクルと空中を回っているチクチクの首根っこを捕まえて持ち上げる。

 リンが手にしている貝を奪おうとするが、チクチクは歯を食いしばりながら必死に貝を離すまいとジタバタしている。

 チクチク……この期に及んでなんという食い意地。



 その時、追加の料理を運んできたおばちゃんがその光景を見て言った。


「あらまぁ。可愛いハリネズミちゃんね。」


「申し訳ありません。この害獣は直ぐに外に追い出しますね。」


 チクチクは一瞬目を鋭く輝かせたかと思うと、これまで見たこともない程のかわいらしい仕草で首を傾けてそのつぶらな黒い瞳でおばちゃんを見つめた。

 まるで屠殺場へ送られる動物が助けを懇願する目だ。ドナドナかよと突っ込みたくなる。


「!?あらあら!なんてかわいらしいの。とても小さいし、いい子のようだから迷惑かけなければいてもいいわよ。」


 その言葉にチクチクはうんうんと頷き首根っこを摘まれながらも食事を再開した。

 その時一瞬だが、チクチクがニヤリと勝ち誇った様に笑ったのを俺は見た。


 ……なんて恐ろしい子!



 前から思っていたんだが、チクチクは絶対に人間の言葉がわかってると思う。そして人間以上に腹黒い。


 流石のリンも呆れ顔だ。



 俺がチクチクのあざとさに戦慄していると、いつの間にかもう一匹、何処から入ってきたのか小太りな青い小鳥がチクチクと一緒に貝の蒸し焼きをつついていた。


 久しぶりに登場したと思ったら、ポン助お前もか。


 この状況が確立するまで漁夫の利を得ようと観察していたポン助が一番腹黒いのかもしれない……。






 兎にも角にも2匹と3人の食事は続く。

 ご飯が美味しいと自然と会話も弾むもので、いろいろな事をエンリケは話してくれた。


 何と俺と同じくらいかと思ったエンリケは15歳で、俺より年下だった。どうもこの世界の人は何というか大人びて見えるんだよな。


 他にもエンリケがハンターを目指す様になったいきさつを聞いた。

 ハンターになると決めて街を飛び出した時からシルバと同じ赤いバンダナを付けているそうだ。



 同じ村の仲間数人とパーティーを組み、つい最近まで迷宮ダンジョン都市クロスジャーニーで活動していたとのこと。



 俺は迷宮ダンジョンと言う言葉に思わず反応して身を乗り出す。

 ダンジョンという単語を聞いてワクワクせずには居られないのが男心と言うものだ。

 本当にこの世界は退屈しない。



 迷宮ダンジョンとは地下に突然発生する洞窟で、中は外の魔獣とは少し異なる魔物が跋扈する迷路となっている。そこからは時々宝石やアーティファクトなどのお宝が発見されることが有るらしい。


 そのお宝を求めて、世界中から一攫千金を狙うハンターが集まり、迷宮から出土する様々なアイテムや財宝の売買のために商人が集まり、やがて町が出来上がるのだとか。



 迷宮は世界各地に存在し、エンリケが居たクロスジャーニーはアウレットの迷宮ダンジョンの近くに作られた迷宮都市とのことだ。ここから馬車で二週間ほど離れた場所にある。

 アウレットのダンジョンは出てくる魔物が比較的弱いために初心者向けと言ってよい初級ダンジョンとなっているようだ。

 何とあのゴブリンが出現するらしい。是非とも行ってみたい。



 興味を持った俺は、更にダンジョンについて色々と質問した。

 ダンジョンの中や特徴、発見されるアイテムや魔物の事、その他にも与太話と思えるような噂話まで。



「……ってな話もあったね。面白いだろ。 他にも、ダンジョンには誰にも見つかってはいけない秘密の部屋があって、それを見つけた奴は人間を超越した力を得ることができるとか。 ただし、それを誰かに漏らせば教会の裏の異端者審問官のトップ、“七人の死神”が訪れるとかなんとか。まぁこの辺の落ちは反教会勢力の誰かが振りまいているのだろうけどね。」


 エンリケの話は俺にはそのどれもが新鮮で興味深かったものだから、キラキラした目で相槌を打っていたのかもしれない。それに気をよくしたのか、エンリケはさらに饒舌に語った。


「ああ、それに関連する最近の都市伝説的な噂話がもう一つあったな。 ダンジョンの最奥、ボス部屋の奥には誰も入れない秘密の部屋があって、そこに途轍もないアーティファクトが眠っているのだとか。しかもそれを定期的に管理する管理者が居るんだとか。」


「それはなかなか面白いけど、誰も見たこと無いんだろ?」


「いや、それがボス部屋に入っていく人影を見たって言うやつが何人か居るだよ。しかも入ったきり出てこないんだそうだ。」


「ただのボスに挑んで死んだ哀れなハンターを見たってだけな気がするが、どうなんだろ?」


「まぁ、そういう可能性の方が高いだろうね。ただ、目撃者の証言が面白いことに一致しててね。決まって見つける人影の首から顎に風見鶏のタトゥーを見たって言うんだ。そこらへんが微妙に信憑性があるっていうか…」


 ―ガタ!?


 それまで聞き役に徹していたリンが、突然立ち上がりエンリケに詰め寄った。



「風見鶏のタトゥー!? それはホントなの!?」


「……リン様!? まぁ、そう言う噂が有ったのは確かだけど、でもただの噂話ですよ?証拠も何もないし……」


 血相を変えたリンの尋常ならざる雰囲気に俺もエンリケも戸惑う。


「リン?」


 俺が尋ねると、リンは俺を見ていった。



「……私は兄を探していると言ったわね。その兄の頬には、風見鶏のタトゥーがあるのよ。」



 !?もしそれが本当なら、リンにとっては喜ばしい情報だ。

 だが、俺はリンの鬼気迫るその雰囲気に違和感を覚えずにはいられなかった。



「リン。それならすぐにでも確かめに行くべきだと思う。……だが、一つだけ聞いていいか? その兄を探す理由は何だ?」


 俺は真剣な表情でリンを見つめる。


「……オイオイ。リュージ。リンさんが肉親を捜しに行く理由なんて、分かり切ったことだろ。再開を喜びたいからに決まってるじゃないか。」


 それに対してリンは無言のまま真剣な表情を崩さない。そしてしばらくして言った。


「……私の兄は……里を崩壊に導いた裏切者よ。私の父を、里の皆を死に追いやった張本人。私はその理由を確かめたい。」



 その時のリンのアニマはこれまでにない程に揺れ動いていたのを俺は見逃さなかった。






 ◆ ◇ ◆ ◇




 場所は変わってここはミズルガズ帝国、帝都グランディアの王宮の一室。 執事長の控室。





 カチャリ。



 侍女が淀みない仕草でその扉を開ける。そして侍女に椅子を押されて部屋に入ってきたのは一人の令嬢だった。

 その令嬢は車いすの様な車輪のついた椅子に座り、侍女がそれを押していた。




 その部屋のベッドに横たわる壮年の男の傍らまで移動する。それに気づいた男は体が痛むのかゆっくりと起き上がろうとした。



「ケイン。そのままでいいわ。」



 令嬢はそう言って目を瞑ったまま小さく手を前にかざして制する。そう。彼女は終始目を瞑ったまま。盲目だった。

 ケインと呼ばれた男は、しかしベッドの背もたれに寄りかかる形で上体を起こし、深々と頭を下げた。



「これはルナ様。この様な醜態をさらすことになり申し訳ありません。わざわざ一介の従者の部屋にお越し頂くとは恐縮の極みにございます。」



 そんなケインの畏まった態度にルナと呼ばれた令嬢は笑みで答える。そして、傍らの侍女に人払いを告げ、侍女達がその部屋から退席したのを確認して口を開いた。



「そんなに自分を責めないでいいのよ。あの血の戒め(デッドリーフィクサー)と相まみえてその程度で済んでいること自体、余人には成せないことだわ。私はそれを誇らしく思うわ。それにあの男の魔法によるその凍傷は酷く治りにくいのでしょう?治療に時間がかかってもしょうがないもの。」



「……ルナ様の寛大なお気遣い。この老骨にはもったいなきお言葉。加えて依頼された蛇の森周辺の調査も滞ったまま。弁解の余地もございません。」



「もう、大げさなんだから。私とあなたの仲でしょう。私はあなたが生きて帰ってきてくれただけでうれしいのよ。」



 そのケインの仰々しい返事にルナは少し眉を下げた。そしてルナは懐から一つの小さな瓶を取り出しケインに見せた。



「ケイン。これを貴方に。これで少しは回復すると思うの。」



 それを目にしたケインは少し目を大きくした。



「それは……《聖女の祈り》……ですな? しかし、それほど高価な霊薬、老い先短い老骨には過ぎたる品かと具申いたします。」



 受け取りをためらうケインに対し、ルナは少し申し訳なさそうにさらに眉を下げた。



「ごめんなさい。まだ体が治りきっていないのに、鞭を打つ様で心が痛むのだけど……そうも言ってられなくなったの。」



 その言葉と態度を聞いてケインは何かを察したようだ。



「……予知夢が出たのですな。」



「ええ。私の大事な妹がこの先罠にはめられるかもしれない。あなたにはその芽を絶ってほしいの。これは皇族内部の話。あなたにしか頼めないのよ。」



 それを聞いたケインは震える体で無理に立ち上がり、ルナの傍らにひざまづいて言った。



「どうぞご自由にこの老骨をお使いください。ソレイユ様の危機とあらば、このケイン命に代えましても成し遂げて見せましょう。」



「ありがとう。ケイン。あなただけが頼りだわ。」



 ルナはそう言って、ケインに小さな瓶に入った霊薬と手紙を渡した。



「知っているようにソレイユは今巨人族との戦争の最前線にいる。聞いた話では、大方の予想を裏切って大勝を挙げていると聞いているわ。さすが私の妹ね。 私が見た予知夢にはそれを邪魔する者たちが映っていた。ソレイユに誤報を伝えるものよ。そしてそれによってソレイユは退路を断たれ孤立する。 その前に、誤報を伝える者たちを誰にも知られずに討ってほしい。」



「……誰にも知られず。……となると、第二皇子の手の者ですか?」



 ケインのその問いかけに、ソワレは無言で小さく首を縦に振った。それを確認してケインは深々と首を垂れた。



「拝承しました。 命に代えても。」



「……お願いね。私のこの能力は誰にも知られてはならない。だからこそあなたにしか頼めないの。それと、ことが終わったらその足で手紙をソワレに。」



「はっ。畏まりました。」




 それを確認して、ルナは手元の呼び鈴を鳴らす。するとすぐに侍女たちが戻り、何事もなかったかのようにその部屋を出ていった。




 ◆ ◇ ◆ ◇

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