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第28話 従魔使いエンリケ


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「はぁ、はぁ。」



 まさか、こんな森の浅いところでムーンウルフの群れが出るなんて。


 森を全力で駆け、ようやく森の出口が見えてきた。そこで、俺の相棒が茂みから飛び出して合流する。



「シルバ!大丈夫か?」


「ワォン!」



 俺の相棒であり、従魔のシルバに声をかけると心配ないと返事が返ってきた。

 良かった。先ほど俺を逃がすために囮になってくれたから、もう戻らないんじゃないかと本当に心配したんだ。



「オォン、オン!」



 シルバは速度を緩めようとする俺に後ろを振り返りながら何かを訴える様に声をかけてくる。


 これは……まだ追ってきているという事か!



「クソ。今日は最悪だ!」




 俺は全力疾走で森を抜ける。

 しばらくして後ろを振り返ると、ムーンウルフの群れが俺を追いかけて森を出てくるのが見えた。12~3匹は居る。とてもじゃないが勝ち目がない。




 不本意だが、このまま城壁周辺まで逃げきるしかない。門兵やハンターが助けてくれるはずだ。

 もちろん、街の近くまで魔獣を引き連れる行為は相応のペナルティーが科せられるが、命には代えられない。

 狼の従魔であるシルバに騎乗すれば、ギリギリ追いつかれないかもしれない。


 そう思って、シルバを見て気づく。後ろ足から血を流している事に。囮になった時にやられたのだ。


 このままではマズイ。追いつかれる。


 他に手は無いかと必死に考えながら駆けていると、視界の遠くに二人の人影が見えた。まだ城門からは遠い。


 これだけの数のムーンウルフだ。二人だけでは戦力が足りない。このままでは巻き込んでしまう。



「ムーンウルフの群れだ!逃げろ!逃げろー!」



 二人は俺が声をかける前から何故か俺に気づいていたのか、俺が呼びかけると同時にこちらに駆け出したでは無いか。


「ダメだ!12はいる!逃げろ!」


 そう言って振り返ると、群れはもうすぐ後ろに迫ってきていた。


 必死に逃げる俺を庇う様に、シルバが群れに対峙する様に向き直る。


「シルバ!ダメだ!逃げろ!」


 シルバの威嚇に数匹が足を止めるが後続のムーンウルフは次々と駆けて、雪崩のようにシルバに襲いかかる。


「シルバー!」


 俺が振り返り手を伸ばして叫んだ時。


 一条の矢がムーンウルフの頭を貫いた。

 更に次々と矢が降り注ぎ、その尽くがムーンウルフの頭を寸分違わず撃ち抜いて行く。


 そして一陣の風が通り過ぎたかと思えば今度はウルフの首が撥ね飛び、俺を蝶の様に舞い追い越した人影が最後の一匹を短刀で突き刺して仕留めた。


 まさに一瞬の出来事だった。



「……」


「ウォン!オン!」


 唖然としているとシルバがいつの間にか駆けつけて俺の事を心配してくれる。


「いい子を連れているのね。」


 振り向いたその人はシルバを見て笑顔でそう言った。



 ……女神が降臨した瞬間だった。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 今日は城壁の外で、先ほどの魔法訓練の続きを行っている。あのエアレイドの魔法の検証をした日から、既に三日がたっていた。


 そろそろ、魔法だけでなく、実際の狩りの訓練をすべきだとリンが言って、しぶしぶ外に出てきたという訳だ。

 俺的には魔法の検証や研鑽が楽しくてしょうがなく、まだまだやっていたいところだが、それではリンから同行の合格はもらえないらしい。





 リンとの訓練を行うべく城壁を出たところで、俺は何だか嫌な感じがして森を見た。


 リンも同様に何かに気づいたようで同じ方角を見ていた。

 暫くしてキュイ!っとチクチクが鳴いた。



「何かが来るわ。……魔獣かしら。」


 リンはそう言って背負い袋から弓と矢筒を取り出す。


 蛇の森の入り口、豆粒の様に見える人影があった。

 何かを叫んでいる様だが遠すぎて聴こえない。


「魔獣に追われてる。行くわ。」


 リンは躊躇なく飛び出した。まるで風の様に駆ける。何て速さだ。

 俺は必死に後を追う。






 俺が追いついた時には全て終わっていた。


「はぁはぁ。リンっ、早すぎ。」


 どうやら襲われていた少年は無事の様だ。ムーンウルフに似たオオカミの様な魔獣が少年に寄り添っていた。

 一瞬ギョッとしたが、赤いバンダナを首に巻いていたし、それに従魔の首輪を付けているのが見えて安心する。


 それにしてもこの従魔、俺の《彗心眼》で視ると少し違和感があった。

 通常、アニマの輝きは神経細胞に沿って光っているのだが、この狼の従魔はその境界があいまいでぼんやりとしていた。遠目には体全体が光っているように見えるのだ。



 その光り方に違和感を覚えるが、ひとまず置いておく。


 その隣の少年を見る。見た限り幸いにも怪我は無さそうだ。

 年は同じくらいだろうか。

 少し細い目にブラウンの短髪、赤いバンダナを巻いている。お揃いのバンダナという事はどうやらあの狼はこの少年の従魔の様だ。


 腕にはめた蛇が絡まるようなデザインの特徴的なアームレットが目を引いた。



「災難だったな。大丈夫か?」


 少年は俺の呼びかけに反応せずリンを見つめたままだ。


「リン。リンって言うんだな!本当に助かったよ!」



 少年は駆け寄る様にリンに近づき手を取ってその手をブンブンと振る。俺のことなどまるで目に入っていないようだ。

 これはあれだな。一目惚れってやつだな。目がハートマークになってる人、初めて見た。



「俺はエンリケ。こっちが従魔のシルバ。あの群れを一瞬で殱滅するなんて、さぞかし高名なハンターなんだろう。俺は幸運だ。とにかくお礼を言わせて欲しい!」


 興奮冷めやらぬと言った感じで、早口で捲し立てるようにグイグイとリンに詰め寄っている。

 そんな態度をとられたことがないのか、リンはしどろもどろになっていた。


「……えっ、ええ。……怪我が無さそうで良かったわ。」


「それはもう!リン様のお陰でピンピンです!」



 エンリケと名乗る少年がリンに更に詰め寄り、さすがにリンが一歩たじろいだ時、リンの耳に掛かる束た髪が揺れハーフエルフ特有の尖った耳が髪の間から一瞬覗いた。


 そしてエンリケの視線が一瞬耳に行ったのを見て、リンは直ぐにエンリケから離れ、耳を隠す。リンは外套を纏っていなかったことに今更ながら気づいたようだ。




「その耳は……」


「……」


 エンリケは固まり、リンはうつむいたままだ。

 だが、エンリケは罵倒を浴びせる様な事は無かった。どちらかと言うとどう接すればいいのか分からずに戸惑っている様だった。



 それを見た俺はリンの傍に寄ってエンリケの注意を一旦俺にひきつけ、その上で話し掛ける。



「俺はリュージ。彼女は俺の友達だ。 凄いだろ?俺のスピードじゃどうあっても君を助ける事は出来なかった。流石“飛燕のリン”だ。彼女は確かにハーフダークエルフだが、俺は人間だ。彼女は信頼できる。」



 俺がハーフダークエルフと口にした時、リンは一瞬目を大きくしたがそれ以上は何も言わなかった。それを知ったうえで人間の俺が一緒に居るという事実を明かすことで、エンリケの警戒心を解こうとしている俺の意図を理解してくれたようだ。

 


 それでも戸惑うエンリケに対して、チクチクがキューッ!と鳴いた。



 するとどうだろう。

 固まるエンリケを他所にシルバと呼ばれた従魔がリンに擦り寄り顔をなすり付け始めた。


 まるで気後れする主人に代わって感謝するかの様に。



「お前……」


 リンは優しい眼差しでシルバを優しく撫でる。


 しばらくしてシルバは主人であるエンリケに向き直り、ゥオン!と一鳴きした。


「……そうだよな。命の恩人に対して失礼だよな。」


 エンリケはそう呟き、改めてリンと向き合い背筋を伸ばして言った。


「大変失礼な態度を取ってしまって申し訳なかった。そして、俺だけじゃ無く、俺の大事な相棒を助けてくれて本当にありがとう。シルバは俺の命と同じくらい大切な家族だ。だから心からの、最大の感謝を。」


 そう言ってエンリケは深々と頭を下げた。その態度は紳士的で、心からの感謝を表しているのがわかった。


 リンは目を大きくしている。

 リンがハーフのダークエルフと気づきながらもエンリケがとった態度に余程驚いているのだろう。


「良かったじゃん。」


「……うん。」



 リンは俺に笑顔で短くそう答えた。




 ――――――



 その後、エンリケから事情を聴く。


 ギルドの注意喚起に従い、普段よりだいぶ森の浅いところで薬草収集をしていたところにムーンウフルの群れに襲われたとのこと。普段その付近では現れないレベルの魔獣だ。



 普段はシルバが居る限りすぐに匂いで魔獣の接近に気づくことができるはずが、なぜか今日に限ってその周辺に血の匂いが強く漂っていて、シルバが気づくのが遅れたようだ。

 たまたま採取場の近くで魔獣との戦闘をしたハンターが居たようだが……。




 そんな話をしているうちにエンリケの態度はどんどん軟化し、まだ若干硬さは見られるが普通に会話できているように見える。

 エンリケはハンターの中でも珍しく従魔使いであり、従魔使いとして有名なリンに、ある種憧れの様なモノを抱いていたようだ。それもあってか比較的抵抗なくリンを受け入れることができたようだ。




 彼らの従魔がその心の溝を取り除く役割を果たしたのも大きいだろう。



「それにしても、魔法や道具で縛っていない従魔は久しぶりに見たわ。とてもいい事ね。」


「リン様にそう言っていただけるとすごくうれしいです。コイツは小さい頃に怪我して動けなくなっているところを助けてからずっと一緒で。本当に家族の様な存在なんです。」


「そうなの。そうやって心でつながった従魔は本当の危機に助けてくれるものよね。」


「そうなんですよ! 俺はちまたの従魔使いが行う痛みや薬を使った調教は嫌いで……」



 エンリケとリンが従魔トークで盛り上がっているようだ。リンも若干硬いがずいぶん自然に会話できているようで微笑ましい。




 そんな二人の会話を聞きながら俺は顔を青くして、ひたすらに魔獣の解体作業だ。

 


 ハンターの基本として、リンが仕留めたムーンウルフの解体を教わっているところなのだ。


 リンの試験は単なる戦闘力だけでなく、ハンターとして稼げるだけの基礎的な能力も問われるらしい。てっきりリンから一本取れば合格かと思っていたが違うらしい。



 リンが何体か解体し、解体の手本を示した後、「リュージもやってみて」とナイフを渡されて今に至るのだが、正直とても気分が悪い。


 この町に来る前に何度か解体はやっていたが、現代日本人だった俺には、死体をいじることにどうしても忌避感と言うか生理的な嫌悪感がいまだに拭いきれない。

 それに前回までは夢だと思い込んでいたのも大きい。


 慣れないのもあって、せっかくの毛皮があちこちちぎれたり、穴が開いたりしている。きっとこれは買い叩かれるだろうな。



 しかし、これができなきゃハンターとして稼げない。稼げなければいつまでたってもリンのヒモだ。リンを守るだなんて夢のまた夢だ。と、自分を鼓舞してリンとエンリケの談義を横目にひたすら解体に集中するのだった。


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