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第26話 エアレイド


 次の日の朝、リンと朝食のテーブルに着く。


 不味くはないが硬めの黒パンを薄味のスープに浸してゆっくりと食べる。ため息を付きながら。




 パンを持つ手がプルプルと震える。手だけじゃない。体中がプルプルと震え、正直椅子に座っているだけで辛い。












 実は、リンとの模擬戦の直後、俺は体中の激痛に襲われてその場に立っていることすらできなくなったのだ。


 情けないことにリンにおんぶされてこの宿まで戻ってきたのだ。




 あの時の門兵のなんとも言えない憐みに満ちた目。宿にたどり着くまでの通行人の奇異の眼差しが俺を突き刺した。穴があったら入りたい。










 まぁ、考えてみれば当たり前のことだ。


 あのエレクトロブーストによる筋力強化は、俺のひ弱な筋肉を極限まで酷使する。本来本能的に抑えている限界を無視して。


 当然の帰結として、筋繊維がズタズタになる。まるで4倍海〇拳だな。




 もっとも、凛香の放った命輝身躁は無幻水心流の“終極奥義”と呼ばれていたくらいだから、最初から肉体を酷使してズタズタになることを前提とした技なのだろう。










 宿についてからポン助に頼み込んで筋肉の断裂や裂傷などの酷い部分は治してもらったが、自然治癒で治る程度のダメージは治してくれなかった。






 俺の自動回復オートリジェネで治るんじゃないのかって?


 オートリジェネは俺の魔力を使っている以上、俺の体内深くには入らない。だから体の深部にダメージを負った場合、オートリジェネでは治りにくいのだ。もちろん効果がゼロという事は無いだろうが即効性のある治癒にはならない。






 そう言った経緯で今俺はものすごい筋肉痛に襲われているというわけだ。










 リンは上品に朝食を食べ終わり、タオルで口を拭いた後、俺のあり様にいつか見た憐憫の眼差しを以て告げる。




「今日の稽古はお休みするしかないわね。」




「!? リン! いやダメだ。今日もやるぞ。約束の一週間まで猶予はない。」




 俺のなけなしのプライドがリンの提案を受け入れたくないと言ってくる。




「でも、そんなんじゃ今日一日何もできないじゃない。それに私は一か月って言ったのよ。」




「いや。男に二言は無い。 俺は全然平気だ。マジで。全然動けるッ!!!!!!」




 俺が強がりを言おうとしたところで、ツンツンとつつくのはやめてほしい。その度に激痛が走るだろうが!




「本当に? ちょっとつついただけでプルプルしているのに?」




 リンはそう言って、やせ我慢する俺をジト目で見た。ツンツンとつつきながら。




「!?っっ!! ちょっまっ! …っ!」




「なんか、ちょっと面白くなってきた。リュージの動き。」






 ……いや、いくら俺が我慢強いからと言っていい加減やめてほしい。チクチクも悪乗りして膝の上に乗ってモミモミしないでくれ。




 ……やめれ!






 さすがに俺の強がりも無理があるし、いい加減ツンツンやめてほしいので現実的な提案をすることにする。






「わかった。ならこうしようッ!! もうっ!いい加減にしろぃ⤴!」




 ツンツンするから変な声が出てしまったじゃないか。




 なぜか分からないが今日のリンは意地が悪い。少し機嫌が悪いように見えるのは気のせいだろうか。


 なんか俺、悪い事したか? それに俺のマフラーをチラチラと見ているのも気になる。






「俺の体たらくは事実だ。認めよう。 だから、午前中は昨日保留した魔法訓練をさせてほしい。リンが使える他の属性の魔法にも興味がある。」




「構わないけど。昨日も説明したけど、人には適正属性と言うのがあって、私の風属性の魔法が使えるとは限らないわよ?」




「ああ。構わない。その代わりちょっと実験に付き合ってほしいんだ。 それが俺の魔法発動のヒントになるかもしれない。」






 それに、魂魄同調アニマレゾナンスを使える俺はたぶん、どの属性でも使えるはずだしな。と思いつつ、食事を終えて俺たちは早々に出発した。








 ―――――――








 今、街の少し外れの川辺に来ている。外壁の近く、川が街に入り込んでいる用水路だ。


 さすがにおんぶは勘弁してほしいので、痛みに耐えながら意地でなんとかここまでたどり着いた。






 チクチクがその短い手足を器用に使って気持ちよさそうに川を泳いでいる。川に着くなりリンの肩から飛び降り、川に飛び込んだのだ。






 それを横目に早速実験を始めることにする。






「リン。早速だけど、昨日見せてくれたエアレイドだっけ?をやって見せてくれないか。」




 リンは首是をして魔法詠唱を始める。






『 ― エアレイド』






 リンの体が光ったかと思うと、かざした掌からビュォッと突風が吹いた。


 かなりの強風で一瞬体を持っていかれそうになる。


 聞くと込める魔力によって強さは変えられる様で、最大魔力で発動すれば人一人を訳なく吹き飛ばせるとの事。




 直接的な殺傷力は無いものの、正直この魔法は初級にしては強すぎる様に思う。




 リンの様に戦闘中に絡めて使うと極めて凶悪な魔法になるからだ。とそこまで考えて、普通の魔法使いは動きながら、まして戦闘中に使うことなど出来ない事を思い出す。で有れば、初級と言う位置付けで問題ないのかも知れない。


 改めて聞くと、普通は霧や煙を払うために風を吹かせる目的の魔法で、人を吹き飛ばす目的で使うものではないようだ。




 それにそれほどの威力が出るのはリンが桁違いのALTをしているというのも理由だろう。


 リンを基準に考えると変な常識がついてしまいそうで怖い。








 一通りエアレイドの効果を確認したところで実験だ。




「リン。最初に発動したのと同じ位の魔力を込めて、今度は川の中でエアレイドを発動してほしいんだ。」






「……良いけど、濡れちゃうわね。それでタオルを何枚も持ってきたのね。」




「ちょっと冷たいかもだけど、お願いできるだろうか?俺も間近で観察するから濡れちゃうけどね。」




 


 体感としては27~8度くらいで、乾燥しているから丁度心地よい気候だ。


 これで、夏だというのだから、そこそこ緯度が高いのかもしれない。






 リンは、俺の頼みに躊躇することなく手を川につけた状態でエアレイドを発動する。その瞬間、川の水がはじけ飛んだ。






「もう一回お願い。」






 そう言って、また発動してもらう。


 もう一回……




 何度かお願いして、二人とも本当に水浴びをした様にびしょ濡れだ。


 今日は城壁の外に出ないので、防具は身に着けておらず、リンは普段着だ。




 普段着の美女が、薄着の美女が水に濡れている。








 俺が思わずリンの濡れ姿に見とれていると、俺の視線の先を追ったリンが何かに気づき、直後胸を隠して俺の顔をひっぱたいた。






 ―――げへぶぇぐはぁ!






 俺はゴロゴロと転がり、盛大な水しぶきを上げて川に突っ込んだ。






 三途の川を幻視しながらプカプカと浮かぶ俺にスイーっとチクチクが泳いできて俺の背中に乗って休憩しはじめた。


 俺は浮き島じゃないんだが……それより早く助けてくれ。




 ……俺は泳げないんだ。




 川に浮いていたが俺が次第に沈み始めたところでさすがにリンが助けてくれた。






 そうしてどうにか俺は死の淵から生還した。リンが心配そうな顔で大丈夫?と言って背中をさすってくれている。


 残念ながら?人工呼吸イベントは発生しなかった……もう少し沈んでいた方がよかっただろうかなどとちょっと思わなくもないでもない。


 






 それにしても、またやってしまった。リンに殴られるのはこれで3回めだ。と言うか毎日に殴られている気がするのは気のせいだろうか。


 最近自分でも自分がオヤジ化しているような気がしてくる。






 この件に関して。


 何と言うか、神の意志とでも言うのだろうか。


 時々、自分らしくない行動を強要させられるというか、何か抗いきれない俺を操る力を感じることが有るのだ……まさかこの世界を語るオヤジの作者でもいて、それが俺の行動をどうにかしているとか?なんて突拍子もない考えがよぎる。……イヤまさかな。












 頭を振って変な考えを追い出し、気を取り直してリンの魔法発動の様子を分析することにする。鼻血を垂らしながら。




 ちなみに、リンはタオルで上半身を覆ってしまった。












 では改めて。


 俺はリンの発動した《エアレイド》のコピーを試みる。リンに深く同調して、リンのエアレイドの発動時の《霊子結晶アニマ》の反応を視てそれをまねる。


 俺のプレシールドで同じ反応ができる様になるまで何度も何度もトライアンドエラーを繰り返す。






 すると、俺のプレシールドで発生した虹色の魔力がフッと透明に変わり始めた。




「よしっ!」






 その反応を確認して、今度は魔力を手の平に集めて同じ様に発動するが、イグナイトと同じように透明に変わり《オリジン反応》は確認できるのだがその効果がほとんど現れてこない。






 よくよく観察すると、僅かに微風が吹いている気がするが、正直自然の風にかき消されてしまって屋外では良く分からない。つまりその程度しか発動できていない。




 それを確認するため、俺は手の平を水につけて発動してみる。プクプクと小さな泡が出ている。確かに魔法は発動し、空気らしきものが生成されているのは確かだが、これでは風は起こせないのも道理。






 そんなことをやっていると“ピコン!”と音が鳴った。






 ―――――


《火》

 ・点火イグナイト

《水》

 ・水滴ウォーター

《風》

 ・風送エアレイド New!

《光》

 ・ライト

《雷》

 ・火花スパーク

 ・紫電エレクトロキュート

《無》

 ・身体強化フィジカルエンハンス

 ・振動ブレード―パッシブ

《治癒魔法》

 ・自動回復小オートリジェネ―パッシブ

《XXXXX》


 ―――――






 よし!エアレイドが追加されている。コイツを左手の《鬼憤の籠手》にセットして、しばらくして発動!






 ―――ブワッ。






 俺の手から確かに風が出た。自分の顔に向けて放ったその風が俺の髪を揺らした。






「!?リュージ!できたのね!本当に見ただけで魔法を習得してしまうなんて。それに風魔法まで……!」






 リンは《イグナイト》に続いて《エアレイド》まで魔法をコピーし無詠唱で発動したことに驚いている。






「出来たには出来たけど……威力が弱すぎる。」




「そんなこと無いわ。最初は皆そうよ。それよりもこの短時間で習得したことが驚きよ。……リュージは本当に魔力が視えているのね。」






 リンはそう言って感心し、手放しでほめてくれる。






 それは勿論うれしいのだが、俺はいまいちシックリこない。




 《点火イグナイト》はいい。焚火の火付けなどでは《火花スパーク》よりも使い勝手がよさそうだから使い道はある。だが、この《エアレイド》はどうにも使い道が思いつかないのだ。


 鬼憤の籠手のチャージは5分程度かかる。それだけ待って団扇うちわで仰いだ程度の風が出るだけ。何かを風で避けることも、ましてや人を吹き飛ばすことなど出来はしない。


 威力が弱すぎる。しかもこの鬼憤の籠手にチャージできる魔力量は一定で、これ以上は威力向上は望めない現状、発展性も無い。








 何か、他に有効な使い方は無いだろうか?


 いや、気が焦りすぎている。もう少し《エアレイド》を詳しく知る必要がある。








 もう一度先ほどの実験結果を整理してみる。




 ①水中で発動すると手の平から泡が出る。


 ②水中で発動させると、空気中で発動するより威力が弱くなる。


 ③しかも、肩まで水につかって発動するとさらに威力が弱まる




 ①から、《エアレイド》と言う魔法は確かに空気を生成して手の平から射出する魔法であることが分かる。


 そして、②と③から周りの空気を巻き込んで、もしくは操って威力を増強していることが分かる。






 では、周りの空気を巻き込んでいるのか、操っているのか、どちらだろうか?


 この二つは、最終的な現象は同じだが、やっていることは全く異なるはずだ。








 もう一度リンにエアレイドを発動してもらい、よく観察する。






 すると、発動の瞬間、手の平にリンの魔力が集まって勢いよく射出され、その数センチ先で魔力が空気に変わっていることが分かった。そして魔力発動の瞬間、手の平を中心にまるで風船のようにリンの魔力がうっすらと広がっているのが見えた。球の直径は1メートルほどだ。


 その球状の魔力の広がりはとても薄く、目を凝らさないと見えないほどだった。






 だが、その球状に広がった魔力が、そこに存在する空気そのものをどうも操っているようなのだ。


 先ほど③の肩口まで水の中に入れたときに周りの空気が何も動かなかったことが、それを裏付けているように思う。






 つまり、エアレイドは周りの空気そのものを操っているのだ。しかも、極わずかな魔力で(・・・・・・・・・)だ。








 俺は、この“周囲の空気を操る”という魔法に注目する。


 もしわずかな魔力で周囲の風を操ることができるのなら、効率の悪いエアレイドなどよりも余程効率よく、強力な風を起こせるはずだ。俺の周りはすべて空気なのだから、これを操れるなら、これほど強力な魔法は無い。






 ちょっと考えただけでも、風を送るだけでなく、風を引き込むことも出来るかもしれないし、もっと言えば真空状態にして相手を窒息死させることも出来るかもしれない。






 とにかく、周囲の空気を操作するこの魔法は無限の可能性を秘めている。


 これは研究のし甲斐がありそうだ。



よくある風魔法のイメージって風の刃で対象を切り裂く感じですが、実際どうやっているのでしょうか。

真空の刃を仮に発生させることができたとしても、あんなふうに何かを切断することはできないそうです。


となると、風の刃とは…。

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