第23話 魔闘士(マーシャルウィザード)
次の日、俺はリンと話し合って城壁の外で訓練を行うことになった。
今日は昨日の続きの魔法の説明と実践、さらに実際に体を動かしてこの世界での生きる術とハンターの基礎を教えてくれることになっている。低級の魔物を狩ることも視野に入れて。
俺とリンは宿で簡単な朝食を取り、着替えてハンターギルドに向かった。
リンは俺が先日午前中に寝込んでいる間に、一般的な服や革製の胸当て、背負い袋など最低限の装備品を用意してくれていた。
時間がない俺には大変ありがたい。またリンには借りができてしまった。
「はっ!?この状況。俺ってヒモなんじゃ……?」
自分の情けない現状に一瞬血の気が引くが、今はまだ異世界初心者なのだから後で返そうと心に誓う。
しばらく歩くと、例のハンターギルドが見えてきた。
正直ハンターギルドには寄りたくなかったのだが、ギルドで常時討伐依頼を受けておくと、街を出て再入門するときに入門料が免除されるとのこと。
「ん? なんかギルドの出入りが激しいね。」
「何かあったのかもしれない。行ってみましょう。」
中に入ると、何人かが俺たちに気付き先日の騒動を目にしていたのか怪訝な顔をしてヒソヒソと話し始めた。
ギルマスが手出し無用と言った手前、直接害を与える様なことはない様だが、少なくとも歓迎はされていない。そんな疎外感をひしひしと感じる。
子供の頃、俺がたまに登校した時に向けられたあの嫌な視線だ。理解できない者に対する差別の眼差し。
「おい。見ろよあれ。」
「アレが例の?よくここに顔出せたもんだな。」
「はっ。魔力ゼロの寄生者と灰種ね。お似合いの組み合わせだな……。」
相変わらずこの世界は差別に溢れている。せっかくの異世界に心躍っていたところに水を差す無粋な連中が何かさえずっている。
そんな奴らにはこうだ。
―ピピピッ!ピピ! 「ふっ。戦闘力12か……ゴミめ。」
彼らを横目にス〇ウターを発動し、彼らのALTを見てほくそ笑んでやるのだった。意趣返しの一つくらいはしても許されるだろう。
もちろん面と向かって言ってやる度胸はない。あくまで心の中でだけだ。
自分のALT?……気にしたら負けだ。
俺はそんな小さな意趣返しで自らの精神を安定させ、横目にリンを見る。
「来るたびにこれはキツイね。良くリンは耐えてきたよ。そんな無粋な奴らには俺が呪いの言葉をかけてやったから、奴らはいつか俺の呪いに苦しむことになるだろう。」
「あははっ。ありがとう。私は大丈夫よ。いつもの事だからもう慣れてしまったわ。それになんだか今日は全然心に響かない。」
リンはそう言ってその澄んだ青空の様な目を俺に向けて微笑んだ。
「きっと、友達が隣にいるから……かな。」
その微笑みに一瞬心奪われそうになる。
いかんいかん。俺はモブ。勘違いしてはいけない。それに彼女は凛香ではない。俺は凛香一筋だ。一瞬でも心奪われそうになったなんて天国の凛香が知ったら、悲しむにきまってる。
俺は心を落ち着かせ、平静を装いながら笑い返した。
「ははっ。こんな視線、笑い飛ばしてやろう。フハハハ!」
「フフ。そうね。」
そんな会話をして二人してフフフ、フハハハと笑い合いながらカウンターに向かう。
不敵に笑い合いながらギルド内を歩く二人。普段なら相当不審に思われてしかるべきだったが、今日はギルド職員やハンターがこの前よりはるかに多く行きかい忙しそうにしていたため、幸いにも奇異の眼を向けられることは無かった。
受付カウンターにミーリスが居たので、声をかける。
「ミーリス。」
「あ。リュージ君。それにリンさんも。まだ街に居てくれてよかった。……この前あんなことが有ったから、町を出て行ってしまわないか思って。またこのギルドに来てくれてうれしいわ。」
ミーリスは俺とリンに笑顔を向けてそう言った。
ミーリスのアニマは透き通っていて、本心からそう言ってくれているのが分かった。
俺だけじゃなく、リンに対しても申し訳なく思ってくれる、理解してくれる人が居たんだと思うと、とてもうれしい気持ちになる。
リンもそれを感じ取ったのか、少しはにかんでミーリスに問う。
「まだしばらくお世話になるわ。それより何かあったのかしら?」
聞くと、ここ数日、特に昨日から、蛇の森の外延部から草原にかけて、遭遇する魔物のランクが急に上がったらしい。
俺がグリズリーに遭遇したことに関係しているのかもしれない。ちなみに、リンは既に先日グリズリーの遭遇について報告していたようだ。きっとその時に罰金についても処理したのだろう。
ギルドでは蛇の森の深部で何か異変が起こった可能性が高いとして、全ハンターに注意を呼び掛けているそうだ。
明日にも調査隊を組織しようと現在主要なハンターに声をかけて回っているそうだ。
「リンさんがいるから大丈夫だと思うけど、リュージ君は特に気を付けてね。今は余り森に近づかない方がいいわ。」
ミーリスの忠告を頭の片隅に置いたあと、俺とリンは常時討伐依頼を受注しギルドを後にする。
――――――
俺たちはそのままその足で門を抜けて草原に出る。
城壁に近いここなら魔獣もほとんど出現しないので稽古にはもってこいなのだ。
チクチクはいつもの様にリンの首に巻き付く様に居座っている。ポン助は今日もどこかに行っている様だ。基本用事がない時は自由に飛び回っているらしい。
「それでは始めましょうか。……リュージ?どうしたの?」
リンが訓練の開始を告げるが、俺は蛇の森が気になって目が離せないでいた。
「あっちの蛇の森だったか、その奥の方に大きなドーム状の光が見える。嫌な感じはしないんだが、胸がざわつく。あんなのあっただろうか……?」
「うん? 私には何も見えないけど……でも確かに森がざわついているのを感じる。ギルドで言っていた森の変調は本当みたいね。」
「ああ。」
「でも、だいぶ距離はあるし、今日は訓練に集中しましょう。」
俺はひとまず問題を棚上げにして、目の前のことに集中する。一週間でこの世界の生き方、戦い方を覚えなければならない。時間はあまりないのだから。
「では早速昨日の続きから始めましょう。魔法の発動方法からね。先日言った通り魔法発動には手順がある。最初に必要な手順は何か覚えている?」
「ああ。魔力門を開くことだ。」
「そうね。魔法を使うにはとにかく最初に魔力門を開かなければ始まらないわ。」
体内にある魔力を一定量留めている壁みたいなものが有り、それを開かないと魔力を外に出せないと言うのだ。
なるほど。たぶん魔力門とは俺が霊子結晶障壁と呼んでいるものだろう。ここまでの理解は同じようだ。
「魔力門を開けるようになるには普通は司祭の指導のもと長い年月をかけて魔力門を開くイメージトレーニングと感覚を訓練して習得するんだけど……」
「だけど?もっと手っ取り早い方法があると?」
「そうね。既に魔法を使えているリュージは恐らく無意識で魔力門を開いている。だからリュージは自分が魔力門を開いている感覚さえわかればいいと思うの。」
……さて。どうだろうか。《彗心眼》で見た限りでは、俺の《霊子結晶障壁》の強度は一切揺らぐことは無かった。それゆえに俺は《身体強化》が使えないし、魔法を射出できないのだ。
もしリンの指導でアニマシールドの強度を薄めることができれば、恐らくリンの言う通り普通の魔法が使える様になるかもしれない。
「少し荒っぽいやり方だけど、近道をしましょう。裏技なんだけどね。」
リンはそう言って俺の正面に改めて正対して腕を突き出した。
「いい?今から私の魔力をそのままリュージにぶつけるわ。その時感じる感覚を覚えてね。それが魔力門が変化したときの感覚だから。」
人間は他人の魔力が体に入って来ようとすると、他人の魔力を拒絶する様に本能的に魔力門を固く閉ざす事が知られているらしい。
本来、本能的に閉じている魔力門を感じる事は出来ないが、この魔力門を固く閉ざす時に何かしらの感覚や感情の変化があると言う。
まずはそれを感じとるところから始めるのだ。
人によっては耳が痒くなったり、イライラしたり、落ちる感覚に似てたりと感じ方は人それぞれだが、一度その感覚を覚えてしまえば、魔力門を開くのはそれほど難しくなくなるという事らしい。
「了解。さあ、どんとこい!」
『森羅万象を司る主の住まうヴァルハラより。溢れる雫よ。刹那、腕にこぼれ落ちありのまま溢れ出よ。』
詠唱を始めた途端リンの体が、その中心部が淡く光り始める。その時、リンの心臓や脊髄、脳の光る筋を覆っている白く輝く薄い膜が微かに薄まった様に視える。
リンが魔力門を開いたのだ。
《霊子結晶障壁》は体表と神経の周りを覆う位置の二種類存在する。そのアニマシールドの間に魔力を溜めるのだ。
仮に体表のアニマシールドをプレシールド、体の中心部のアニマシールドをコアシールドと呼ぶことにする。
リンが光ったのは、このコアシールドを薄めて(=魔力門を開いて)《体内魔力》を作り出したことで俺の眼には光って視えたという事だ。
そしてリンの体内で輝きを増した《魔力》はリンの詠唱が終わった途端雪崩のように溢れ出し俺を包む様に通り過ぎていく。
これがリンの魔力。
「……綺麗だ……。」
その薄く黄緑色に輝く魔力が小川の様に俺を優しく包み込む様を見て思わずつぶやいてしまう。
「…え? そんな急に言うなんて……。」
リンは何を勘違いしたのか、魔力放出を止めて顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。
「……いや。リンの事じゃないから。気にしないでそのまま続けてくれるかな。」
「!? ……あぁ。そうですか。ごめんなさい。私の勘違いだったみたいね!」
そう言ってリンは頬を膨らませ、素早く魔法の詠唱をして続きを始めた。なんだか先ほどよりも魔力の流れが安定しないし、ムラが出ている。
俺は《彗心眼》で視えたリンの魔力の事を言っても理解されないだろうと思い、続きを促しただけなのだが、何か気に障ることでも言っただろうか?
だが、少し考えても分からなかったので、ひとまず保留にして魔力門が開く自分の感覚に集中する。
リンから放出される魔力はもはや濁流の様だ。膨大な魔力が俺を押し流すかのように荒れ狂い噴き出している。だが、俺は何も感じない。
どれだけリンが放出する魔力を強くしても、何も感じない。リンの腕から噴き出た魔力は俺に触れる数センチ手前で《霊子結晶障壁》に阻まれて後方に流れて行くだけだった。
それに《彗心眼》で見た俺自身の《霊子結晶障壁》に何の揺らぎも視えなかったから、何も感じないのも仕方ないだろう。
「……リュージ。どう?本当に何も感じないの?」
そう言ったリンは薄らと額に汗を滲ませていた。俺が無言で首是して肯定する。
「そんな……そんなことが。」
残念ながら俺の予想通りの結果となってしまった。もともと俺のアニマシールドは異常に強靭なのはわかっていた。
正直期待していた部分もあったのから気落ちもするが、今回それを裏付ける結果が得られただけで収穫と思う事にする。
「こんな事初めて。そして前例も無いから確実には言えないけど、リュージは多分魔力門を操作出来ないか、限りなく操作し難い体質なのかもしれない。」
その言葉を受けて俺は自ら結論を言う。
「つまり、……魔力ゼロ。魔法が使えないという事か。」
やはり、ギルドの魔力測定器は正しかったという事か。
「……ええ。残念ながら。っでも、リュージは実際に魔法を使えているじゃない。それが私には不思議でたまらないの。どうして魔力門を開かずに魔法を行使しているのかって。」
リンは優しいな。魔力ゼロと言って俺が傷ついたと思ったのだろう。大丈夫、最初から分かっていた。最初にばあちゃんからも言われていたことだ。今更だ。
「それは、俺が《体内魔力》じゃなくて体表で発生している魔力を使っているからだよ。ちょっと見せて。」
俺はそう言って、リンの手を取ってよく観察する。
かなり《彗心眼》を強く発動してようやくリンのプレシールドで発生した魔力が視えた。俺の体外魔力に比べれば相当に薄い。だが、確かにプレシールドで《魔力》が発生している。
いや、ALTが40万のリンですらこれなのだ。普通の人の体外魔力は見えないほど薄いのかもしれない。俺が異常なのだろう。
「そんなものが存在するの?聞いたことない。」
「ああ、俺の眼にはリンの体外魔力が視える。だが、とても弱いものだから威力は出ないのさ。昨日見せてもらった《点火》ですら、俺の体外魔力では発動しなかったくらいの微弱なものだよ。」
やはり、俺には普通の魔法は使えないという事が分かった。少なくとも魔法を放つことは当面は諦めた方がよさそうだ。
「そう……。でも落ち込むことは無いわ。魔法が使えない人はいっぱいいるし、なによりリュージには不思議な武術も無詠唱の魔法だって使える。リュージは他にないものをいっぱい持ってるのだから、自信をもって。 それに、ほら……とても優しい所とか、勇気がある所とか、他にも色々とゴニョニョ……」
「ありがとう。」
最後の方は小声で口ごもってしまっていたので良く聞こえなかったが、リンが俺を励ましてくれていることは分かった。ありがたい。
確かに、リンの言う通りだ。
俺は自分にしかないものをいくつも持っている。それを活かす方法を考えればいい。リンはそう言っているのだ。
俺の手札は無幻水心流。《彗心眼》。そしてこのゼロ距離魔法。
俺は今まで魔法は独立したものとしてとらえていた。戦闘に使う場合もあくまでも《魔法》を単体の補助として使ってきた。
だが、無幻水心流にゼロ距離魔法を組み合わせれば、俺だけの独自の戦闘スタイルを確立できるんじゃないか?
いけるかもしれない。
「よし。決めた。」
ゼロ距離魔法と無限水心流武術を組み合わせて、新しい我流の魔法武術を創って見せる。
名前は……魔法剣士でもないし、魔法を使う拳闘士……。そうだな、ゼロ距離魔闘士とでも名付けるか。
さあ。面白くなってきた。




