第22話 調停者
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リュージ達がクロスメントに到着した翌日。
ここは鬱蒼としげる森の深部。“蛇の森”と呼ばれる魔獣の巣窟。その最深部、“蛇の沼”周辺。
普段は虫や鳥の鳴き声、動物や魔獣の気配がそこかしこに感じられる筈が今は静寂に包まれている。
この森に唯ならぬ事態が発生していることを暗示するかの様に。
そしてそんな森の深部に佇む一人の男。
この場に似つかわしく無い礼服を身に纏っている。まるで高位貴族に仕える執事の様だ。
男の目の前には見渡す限りの焼け野原が広がっていた。
「妙だ。生き物の気配が消えた。まるで何かに怯えているかの様だ……」
男はそう呟き、焼け野原の中心部に向け何かを探す様に慎重に足を踏み入れていく。
この焼け野原は中心部から放射状に木が薙ぎ倒されているが、中心部に何も見当たらなかった。
「……空中で爆発したか?」
そう呟いた直後、男は何かに気付き体がブレる。いや目にも止まらぬ速さで素早く横に飛んだのだ。
先程まで執事の男がいたすぐ後ろの大木が見事に凍りついていた。
「ほう。これを躱すか。」
何者かが感心した様に呟く。直後、岩陰から溶け出す様に一人の男が現れる。
体躯はガッチリとしつつも無駄な肉付きはなく引き締まっている。黒地の羽織を羽織り、着流し風の服装のその帯に片刃の長い獲物を佩いていた。
黄緑の長髪でオールバック。
肌は浅黒くその長髪から尖った耳が覗いている。
その目は赤い虹彩に白く濁った瞳孔で、死んだ魚の様に生気が感じられない。
そして首から頬にかけて彫られた風見鶏のタトゥーが目を引く。
この不気味な男の登場に、しかし礼服の男は大きく目を見開いて止まっている。
「氷雪魔法……それにそのタトゥーは……!?」
「悪いが姿を見られたからには死んでもらう。」
礼服の男の反応などお構いなしに、男は手をかざし、先程大木を凍り付かせた攻撃を次々と放つ。
氷の矢の雨が辺りを尽く凍り付かせ、穿ち、粉砕していく。
礼服の男はギリギリの所でその攻撃を躱しながら叫ぶ様に問う。
「お待ち下さい!あなたは。あなた様は!私をお忘れですか!? ステディ様! ケインです!」
礼服の男は必死に呼びかける。
「お前など知らん。 ちょこまかとしぶとい奴め。」
男はそれを無視し、更に苛烈に畳みかける。
紙一重で自分が放つ波状攻撃を躱し続ける礼服のケインと名乗った男に痺れを切らしたのか、羽織の男は両腕を抱え縮こまる様に一瞬のタメを見せた直後、内包する魔力を全方向に発散する様に両腕を勢いよく広げた。
「白魔」
その瞬間男を中心に白く輝く凍てつく旋風が吹き荒れ、それに触れたもの全てが凍結して崩れ落ちていく。そして、その白い悪魔の様な嵐は見る見るうちに円環上に広がり、一瞬にして半径100メートルはあろうかという更地が出来上がる。
全てが凍結し全てが崩れ去ったその白銀の領域には、もはや先ほどの礼服の男の姿はない。
「少々やりすぎたか。……まあ、いい。」
そう言って男は調査を再開しようと向き直ったその時、地面から手が飛び出し、男の足をつかむ。
「火遁―炎蛇の理」
その途端炎の蛇が男の足首から這い上がり、瞬く間に全身を灼熱の炎で包み込む。
「これほどの魔法を無詠唱で……何とお労しいことか。 魔族となり記憶も人格も失われましたか。」
いつの間にか地面から這い出た礼服の男は漆黒の忍び装束に変わり、しかもその両手に短刀を握っていた。
「フン! 小賢しい。」
炎に包まれていた男は軽く手を振り払う。たったそれだけで一瞬にして炎は霧散する。
「魔族と為ってしまっては、かつての主人とて容赦は出来ませぬ。楽に滅するのがせめてもの情け。このケインがそのお命頂戴する!」
「面白い。やってみせろ。」
その瞬間、二人の姿がかき消える。
金属音と衝撃波のみが周囲に巻き起こる。超高速で繰り広げられる二人の激闘が音を置き去りにする。
時折、二人が唾競り合いをしている姿が見えたかと思えば次の瞬間には魔法を打ち合い、その度に周囲は凍てつき燃え上がり爆散し、地形が変形する。
ただ、相手は魔族。片や生身の人間。ケインと名乗った男の傷のみが増えていく。
自身の不利を悟ったか、ケインは懐から取り出した瓶の中身を口に含んだかと思うと大きくのけ反り、そして次の瞬間には口からドラゴンのブレスの如き強烈な火焔を放射状に放つ。
範囲飽和攻撃で一旦距離を取るつもりのようだ。
「面妖な。物魔混成魔法か。 だが、無駄だ。」
男は腰に佩いた鞘にその見事な刀を一旦収め、足を引き腰を落として構える。そして次の瞬間。 迫りくる壁の様な火焔が割れた。
「ぐっ!?」
ケインの肩口から胸に鮮血が走る。
居合抜き。男の斬撃が火焔を切り裂き、装束の男を切り裂いたのだ。
「これは……疾旋。技は失くされていないのですね。まさかこれ程とは。」
「お前も人間にしては相当なものだ。並みの魔族ならとっくに消滅している。 だが、相手が悪かったな。」
「……確かに分が悪い。これだけの好敵手に出会うのは名誉なこと。せめて名前だけでも教えてもらえませぬか?」
「……まあ、いいだろう。冥土の土産だ。……俺の名は、アルカイド。」
それを聞いた瞬間、ケインは目を見開いた。
「血の戒めか!? その七星にアイスマスターが居るという噂を聞いたことが有るが、まさかあなたが!?」
「ほう。名だけでそれを看破するか。ただ殺すだけでは済まなくなったな。」
その瞬間、男から発せられる圧が跳ね上がる。
空間が歪み、大気が震え凍てつく。
周囲の気温が急激に低下し、男を中心に辺りが霧に包まれていく。
やがてそれすらも凍りつき、霧の結晶が光を反射して輝き、この張り詰めた場に似つかわしくない幻想的な光景を作り出す。
「何処の手のものだ。なぜここにいる。」
さすがのケインもこの圧に、冷気に中てられてか、その頬に冷や汗が伝う。
そして次の瞬間、ケインは超反応により両手の短刀を眼前に防御の姿勢を取った。直後その短刀が砕け散り、ケインの全身に切創が浮き出て血が噴き出す。
アルカイドはいつの間にかケインの後方に立っていた。抜刀後の残心の構えのまま。
ケインが咄嗟に防御をしていなければ、今頃ケインの首と胴体は泣き別れていたに違いない。
「超速の居合、桜吹雪か!?」
ケインが膝をつく。
アルカイドが振り返って静かに、だが重い声音で言った。
「繰り返す。何処の差し金だ。」
「……」
血にまみれながらもケインは無言を貫いている。その眼はまだ絶望に染まっていないようだ。
「次は防げるかな?」
再びアルカイドの姿が掻き消える。
両手の武器を失ったケインに防ぐ術はない。また鮮血が舞う。そう思われた。
が、そうはならなかった。
アルカイドはケインと鍔迫り合いをしたまま止まっていたからだ。
ケインが手にしているのは刃渡り10センチ程度の懐刀だ。その懐刀には見事な装飾が施され、明らかに儀礼用に拵えられたものだ。アルカイドの刀を受け止めるには余りにも力不足のようにみえる。
実際、アルカイドの刀はその懐刀にわずかに届いていないのだ。
「その桜の紋っ……! うっ……あぁっ……!」
アルカイドはケインの懐刀の柄に刻まれた桜の紋にくぎ付けとなっている様だった。その白い瞳孔が小刻みに揺れ、黒く明滅していた。
「……!? ステディ様!?」
アルカイドはケインの呼びかけに答えず、頭を片手で押さえたまま無造作に刀を振り回し、錯乱状態に陥った。
「ステディ様! この刀を覚えていらっしゃるのですね! これは貴方の奥方様が身に着けられていたもの。 思い出してください。 奥様のカリナ様と、そして妹君とお過ごしになられた里での日々を!」
「うぅっ……! かり……な……り…ん……うっ。 ……がァッアァァァァァァア!」
アルカイドの瞳孔が激しく明滅する。その度にその内包する膨大な魔力が暴走し、その奔流が氷の嵐となって周囲の悉くを凍結させる!
「ステディ様!!」
ケインはその魔力暴走に阻まれアルカイドに近づけないでいた。
アルカイドの暴走が頂点に達するかに思われたその時、突然全身を激しく痙攣させたかと思えば、直後、魔力の奔流はアルカイドに吸い込まれるように収まる。まるですべてが凍り付き停止したかのような静寂に包まれる。
アルカイドは完全に白目をむいて、操り人形のように力なく立ち尽くし、やがて何事かをつぶやく。
「……るさい……うるさい。黙れ。 俺はアルカイド……あの方にお仕えする人形……敵は、セン滅。 邪魔をスルやつハ、ミナゴロしダ!」
アルカイドの真っ赤に染まった目が怪しく光る。
そこからはもはや戦いではなかった。
周囲数キロが白銀に染まり、地面が凍てつき風雪が吹き荒れ、アルカイドの行く先々で全てが凍り付き、崩れ去っていく。
もはやケインを排除するという目的さえ見失い、無差別に猛威を振るう。
《蛇の森》の深部で猛吹雪が広範囲に吹き荒れる。それによって深部にいた多くの魔物たちが外へと向かって逃げ出した。
それはもはやスタンピードと言っても過言ではないほどの魔物の大移動を起こした。
そんな状況でもケインは体中が凍傷になりながらも必死にアルカイドに呼びかけ続けていた。
そしてその戦いとも言えない破壊が唐突に終わりを迎える。
それは、天上に突如現れた。
『我は調停者』
それは、巨大な漆黒の龍だった。
『我が名はファフニール』
その名は、おとぎ話で語られる伝説上の存在。
『我は争いの終わりを願う矮小な存在に応える者』
それは、すべての争いを無に帰す存在。
『我が前で、如何なる闘諍も戦争も紛争も、武力行為全てを禁ずる』
ケインは勿論、暴走状態であったはずのアルカイドでさえ凍り付いたようにその場から一歩も動けなかった。ただ、唖然と上空の威容を望むのみ。
ファフニールは天にも届く咆哮を上げ、そしてその権能を発現する。
『絶対魔力支配領域』
その瞬間、ファフニールを中心に球状のフィールドが瞬く間に広がり、周囲十数キロを包みこんだ。
先ほどまでの凍てついた大地はその瞬間に元に戻っていた。
アルカイドから立ち上っていた魔力は掻き消え、意識も暴走前の状態に戻っているようだった。
瞬間的にこの広大なフィールドに取り込まれた二人は、力が出ないのか足が震え二人ともに膝をつき、その状態を維持するのがやっとの状態のようだ。
『此処から立ち去れ』
如何な超人的な二人と言えど、ファフニールの威容にさすがに後ずさる。
二人は会話を交わすことなくどちらともなく距離を取り、しばらくしてファフニールの領域から逃走するのだった。
そして、《蛇の森》の深部は今まで通りの、いや、これまでにない程の静寂が訪れた。それは、深部の森の魔獣たちが移動を始めたあかしでもあった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
忍者ってかっこいいですよね。




