第18話 友達
この世界の街灯はランプではないようだ。光源は石の様なもので火でもなければ電気でもなさそうだ。おそらく魔力的なもので光っているらしい。
前世での街灯の登場は随分と後になってからだったはずだ。確か16世紀とか?いずれにせよここは前世とは違った文明の発達の仕方をしているのだろう。
俺たちはその夜の街灯の光りに照らされて噴水がキラキラと輝くさまを噴水の縁石に座って眺めていた。
ギルドを勢いよく飛び出したものの、何処に行くにもリンの気持ちを落ち着かせるのが先決だったためだ。
俺は先ほどの出来事を思い出し、憤りのままに愚痴り続けている。
「それにしても何だあれは。あのゴンザレスとか言ったか。人のことを散々に言っておいて一言も謝らない。降格がどれほどか知らないが今でもイライラする。あんな奴がハンターと言うなら、ハンターも大した人種じゃないな!
それにギルマスもギルマスだ。リンは欠片も悪くない。何故リンが罰を受けなきゃいけないわけ?それにいかにも迷惑そうに早く出て行けって。あれじゃ、他の連中と何ら変わらないじゃないか。何もかもが理不尽でイライラすることばっかりだな。ほんと今までこんなことに耐えてきたリンはすごいよ。」
幸いにもリンは先ほどよりは少しは落ち着きを取り戻したようで、俺の愚痴を黙って聞いてくれている。
俺の愚痴が一息ついたところで小声ながらもリンが口を開いた。
「……リュージ。ありがとう。あの時、私のために怒ってくれて。」
「ん?いや。俺の方こそありがとう。魔力ゼロだって言われた時、リンが庇ってくれなければ俺はもっと落ち込んでたと思う。俺はリンがしてくれたことと同じことをしただけさ。」
「……そっか。それでもありがとう。」
弱々しくはあるがリンはそう言って少し微笑んだ様に見えた。もう一息かな。
「それにしても、あのタコ入道がどうしても気に食わない。あいつの顔を思い出すだけでイライラする。」
「ぷっ。タコ入道って……。」
「おっ。やっと笑ったね。」
「だって。」
「ほら思い出してみなよ。あのゴンザレスってハゲ男。顔とツルツル頭を真っ赤にして怒った顔。まさにタコ入道。むしろ、ゆでダコ入道か?」
「アハハ!」
「極めつけはギルマスに降格だって言われた時。赤を通り越して赤黒くなったあの顔。まるでゆでダコが墨吐いて間違って自分の顔にかかったような顔だったな。」
俺は顔を真っ赤にして頬を膨らませ、あの時のゴンザレスの顔真似をしてみせる。
「あはははは! ダメ……!くフフフ! アハハハ!! お願いっ。これ以上笑わせないでっ!」
リンが腹を抱えて涙を流すほど笑っている。
その笑顔はいつも俺のそばで笑ってくれていた凛香の様だった。うん。やっぱり笑顔がいい。
「……あんな奴らの言う事なんか気にする価値もない。笑い飛ばせばいいさ。今度言われたら俺も一緒に笑い飛ばしてやるよ。」
リンは一通り笑って暗い気持ちが吹っ切れたのか、少し落ち着きを取り戻し目じりの涙を拭きながら俺を見る。
「はぁ。 こんなに笑ったの何年ぶりかしら…………。」
リンはふと遠い眼をして満天の夜空を見上げた。
俺もそれにつられて星を見る。
大きな半月が夜空に浮かんでいる。
「……」
「……」
二人で静かに満天の星を見上げる。
俺はずっと前から気になっていたことを尋ねた。
「ねぇ。リン。君は旅をしてるって言ってたけど、なぜそこまでして?」
見た感じリンがこの町に来るのは初めての様だった。にもかかわらずギルドでのあの反応。おそらくどの街でも似たようなものだったのだろうと推測できる。
これ程の蔑みを受けてでもこの人族の領域を旅する理由がどうしても気になった。
「……。」
リンは変わらず天を眺め、しばらくして口を開いた。
「私ね、人を探しているの。 ……3年前。私の里が魔族軍に襲われて滅ぼされた。それから、ずっと。兄を探して旅をしている。兄に会って聞かなきゃならない事が有る。 でも、最近ちょっと疲れたなって……。
旅を始めた頃、私は何も知らなかった。自分がどんな立場で、周りにどれだけ助けられてきたのか。旅を始めてからようやく現実を知った。……それからはずっと一人だった。その時からもうこんなに笑う事なんて来ないだろうって思ってて……」
空を見上げていたリンの瞳から先ほどとは違う一条の涙が頬を伝う。
「あれ?……おかしいな。……なんでだろう……涙が勝手に……ごめんなさい……止まらないみたい。」
あふれ出るそれを堪えようと顔を上げ、胸を抑えて落ち着かせようとしているがうまくいかないようだ。
見かねた俺はリンの両肩に乗って顔をすり寄せているチクチクとポン助を指さして見せる。
「リンは一人じゃないみたいだ。ほら。」
リンは目を閉じて、ゆっくりと優しく掻き抱くように二人を抱き寄せた。
「チクチク。ポン助。 ……ありがとう。」
俺はこれまでのリンの旅路を知らない。
だが、旅の道中、先ほどの様な罵声を浴び続けていたとしたら想像を絶する孤独感と疎外感がリンを苦しめたことは疑いようもない。
事実、リンの涙がそれを物語っている。
そんなリンの姿がどうしようもなく俺の心を揺さぶる。
俺は運がよかった。
俺には人生を賭して俺に生きる希望をくれた凛香が居たから。それに母さんも、父さんも、そしてばあちゃんもいた。思えば俺は一人になることは無かった。
誰かが俺の心を支えてくれた。だから自死を願うほどの苦しみが常時俺を襲っていても心だけは誰かが支えてくれていた。
だが、目の前のリンは?
凛香は俺がこの眼と体質に苦しんでいた時からずっと傍らで俺の心を支え続けてくれた。俺にいつも笑顔を向けてくれた。それが俺を生かし、俺の人生に彩りを与え、生きる希望をくれた。
俺は人生を賭して俺に尽くしてくれた凛香の恩に報いたいと、そう願って終ぞ叶わなかった。その前世の想いが燻り続けていた。
俺の中で燻っていた凛香への想いが目の前のリンに重なる……。
彼女にもはや力はいらないのかもしれない。だが、その傍らでその壊れかけた心を支える人が一人くらいは居てもいいはずだ。俺はその一人になりたい。
そんなリンに今俺ができることはなんだ?
……そう。簡単なことだ。
今日みたいに辛いことがあれば、リンの隣で一緒に笑い飛ばしてあげればいい。この人族の国で人探しが難しいなら、俺が聞き取りをすればいい。俺にできることはいっぱいあるはずだ。
俺はリンに向き直り、その透き通った水色の瞳を見つめる。
「リン。もし君さえよければ、君の旅にしばらく同行させてもらえないだろうか?できれば色々と教えてもらいたいこともあるし。」
なんか、いざ口にしようとすると恥ずかしものだなと思いながら、更に続ける。
「それと、できれば友達になってもらえると……。」
「……友達?」
リンは少し赤く腫らした目を見開き、俺を見つめ返した。
リンは一瞬、目を期待に輝かせ俺の提案に応えようと口を開きかけたように見えた。
しかしやがてうつむき、口を閉ざす。
「…………」
しばらくの沈黙。
…あれ?
「……あ、もしかしたら勘違いさせたか?いや、これ、いつかみたいに告白とかじゃないから。純粋な友達って意味ね。……。」
ここまで言っても反応が無いことにさすがに動揺し始めたところで不意にリンが口を開いた。
「そうね……私にはあまり関わらない方がいいわ。もし同情で言っているのなら、なおさら。」
「え……?」
俺は今、断られたのか?
リンは変わらず顔を伏せている。その表情は読み取れない。
「私は灰種。人族にとっては30年前に起こった人魔大戦の最も忌むべき裏切り者の象徴。子供だって知ってる。魔族を追い詰めながらも逆転の大敗を喫した要因。ハーフダークエルフの反逆。」
そこまで言って俺に向き直った。
「それを率いていたのが私の祖父よ。」
リンは「もうわかったでしょ」と言って縁石から立ち上がる。
「さて、約束通りあなたを街まで連れてきた。私の役目もここまでね。」
リンは目も合わせずに唖然とする俺を置き去りにして歩き出す。
相変わらずうつむいたその顔の表情は能面の様でその目は色を写していない。
リンは自分に向けられた嫌悪の感情が俺に及ぶのを気遣って立ち去ろうというのだろうか。俺は最初そう思った。
確かに心根の優しいリンだ。もちろんそう言う意図があったのは確かだろう。だが俺の眼はリンの魂が悲しみと恐怖に揺れているのを見逃さなかった。
悲しみは分かる。だが、怯えの感情は何だ?何に怯えるというのか?
……そうだ。似ている。まるで俺の子供の頃の様だ。
家族以外は誰も信用できない。誰もかれもが自分を恐れ離れていく。一瞬仲良くなれたとしても、次第に俺の“眼”に怯え、恐れ、そして俺を嫌悪していく。そんな経験を繰り返していた頃の俺の魂の揺らぎに似ていた。
俺はリンに記憶喪失だと告げた。それをリンは疑っていない。
だから、俺が記憶を取り戻したら、俺の態度が急変すると思っているのだ。それがきっとこの世界の常識なのだろう。
一度心を許した俺に嫌悪される恐怖が、俺の提案を拒絶させるのかもしれない。なら最初から自分の正体を明かして俺と距離を置いた方がいい。そう思っても仕方ない。
きっと旅を続けてきた3年間の日々がリンにそうさせるのだろう。
……なんて臆病な生き方だろうか。
俺にはその揺らぐ魂の輝きが、心の悲鳴に思えた。
だからこそ、俺は俺のわがままを通す。
それを理解したら尚更このままリンを一人になんてさせられない。
俺は背を向けて歩き去るリンに追い縋り、その手を後ろからつかんだ。手に力を込めてリンを引き留める。
リンはそれでも振り向いてはくれない。
「俺は決してリンを一人にはしない。」
その手を引いてリンを振り向かせ、俺は改めて強い眼差しでリンに向き合う。
「裏切者?灰種?だからなんだって言うんだ?そんなの俺には関係ない。興味もない。
それに心配しなくても俺は記憶を取り戻すことなんてない。……最初から記憶喪失じゃないんだから。」
「え?……じゃあ、あなたは一体……」
リンがその青空の様な双眸を見開く。
「俺はこの世界の人間じゃない。違う世界から来て気づいたらあの森にいた。」
リンは俺の言葉に困惑しているのか、フルフルと首を横に振り、俺の手を振りほどこうとしている。
俺の発言が都合の良い嘘だとでも思っているのだろ。そりゃあそうだ。いきなり異世界人ですとか言われても信じられるわけがない。
その弱々しい抵抗に俺はさらに強く手を握って答える。
「実際に見てもらった方が早いね。俺を信じて力を抜いてくれる?」
俺のアニマをリンの色に合わせていく。魂魄同調だ。
この魂魄同調は直接その相手に触れてより深く同調することで、その思考すらもシンクロさせることができる。前世ではこの能力をあまりありがたいと思ったことはない。知りたくない相手の思考すら流れ込んでくることが有るから。だが今回はそれを逆に利用する。
目を閉じてゆっくりと俺の記憶をリンに送りこんでいく。
俺の生まれ育った家。道場。
凛香との日々の生活に学校。
そして、雄我との死闘で命を落とすまで。
「これは!?……」
「……今見せたのが俺の記憶。俺はこの世界とは違う所で生まれ育った。記憶喪失はただの体のいい嘘。俺にはちゃんと前世の記憶がある。少しは信じてくれたかな。
だから、この世界の生まれじゃない俺が記憶を取り戻すなんて、ましてそれで気持が変わるなんてことはありえないんだよ。」
「……本当に……?」
「本当さ。異世界人の俺は誰も知り合いがいなくて。正直孤独を感じ始めてたところだった。俺としても友達になってもらえると嬉しいのだが。」
リンの水色の輝く瞳がすがる様に俺を見つめている。
俺は強い眼差しで見つめ返して答えた。
やがてリンの瞳から涙が滲み、そして堰を切ったように溢れだし、リンの頬を濡らしてほろほろと零れ落ちていった。
「うん。 うん……ありがとう。」
リンは、泣きはらした顔で、だけどこれまでに見たことがないほどの屈託のない満面の笑みでそう答えた。
やっぱりリンは笑顔が一番だな。
リンの笑顔を見て同時に俺は思う。
リンの旅の傍らに居られるくらい。叶うなら、リンを守れるくらい。強くならなければ。今のままじゃ足手まといになるだけだから。
噴水が街灯の光りと夜空に浮かぶ月の光を反射してキラキラと輝いていた。
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リュージの前世の話を別話として(シリーズ作品に)アップしました。
これまで度々登場した凛香とリュージの話となります。
以下からお立ち寄りいただけると嬉しいです。
タイトル上部のシリーズ作品のリンクから“想いを魂に宿して”をクリック、もしくは以下アドレスのコピペでご覧ください。
https://ncode.syosetu.com/n3590hz/
※以前改稿前に投稿していたものですが、本編とは切り離して投稿しました。




