第16話 ふざけるなよ
男はその顔に苛立ちの表情を浮かべながら威圧するように見下ろしていた。
「寄生者のガキが盛大にぶっ壊しやがって。どうしてくれんだ? まさか、弁償代だけで済むと思ってんじゃねぇだろな? あ゛ァ?」
……はぁ。
つくづく俺はツイてない。ある意味テンプレ展開を引きまくる俺は逆に言えばツキまくっているのかも知れないが、そんなツキはいらない。
なんて呑気に考えている場合ではなさそうだ。
俺の呆れを内包したため息が聞こえてしまった様で、ますますそのスキンヘッドに浮かぶ血管が浮き出ている。
この男、どうやらここのハンターらしい。
見た目は物凄い怖い。前世の俺だったら間違いなくちびるレベルで怖い。
見上げるほどの背丈で筋肉ムキムキの見るからに屈強な肉体。おまけに眉毛無しのスキンヘッド。
何処かのゲームで見たロシア出身のストリート系プロレスラーみたいな顔だ。
しかも裸の上半身に黒の皮鎧を直に着こみ、2メートルはあろうかという巨大な斧を担いだイカツイおっさんが青筋立てて威圧してくる姿を想像してほしい。
どこぞの世紀末漫画にでも迷い込んでしまった錯覚を覚える。
だが、グリズリーの脅威を目前に死闘を繰り広げた俺からすると、なんの凄みも感じない。
「あ……すみません。この機械、次使う予定でした?」
俺の軽い返事にますます顔を赤くして迫ってくる。
「そうだって言ってんだろうが!先日受注した依頼で魔力測定値の提示が必要なんだよ!測定器があると聞いて来てみりゃ、粉々じゃねえか。これじゃお前のせいで明日の依頼はパーだぜ!依頼キャンセル料と未達成評価分を補填してもらわねぇといけねぇよ。なあ?分かるか?坊主。」
「……でもですね。これは俺がわざと壊したんじゃ……」
「あぁ? ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ! どう責任とれるかって聞いてんだよ!」
もうこれでもかと言うほどのあからさまな難癖だ。
コレは話し合いで済みそうもないと思った俺は念のため○カウターを起動する。
―――ピピピピ!
――――――
ゴンザレス(人族)
ALT:58
――――――
お。思ったより強い。ムーンウルフ四匹分の強さとは意外にやるなぁ。ゴンザレス君。
だが、無手なら負ける気がしない。
「そうは言っても……」
この世界のルールを全く知らない俺はこの恫喝にどう答えるべきか分からず、のらりくらりと聞き流していると、俺を庇うようにリンがその間に割り込んできた。
「責任も何も、故意で測定器を壊していない以上リュージがあなたに対して何かする責任は一切ないわ。 それに魔力測定値が必要な依頼など、余程高ランクの依頼でもなければ存在しない。そんな依頼を受注したこと自体疑わしい。そんなに補償して欲しいなら、まず先にどんな依頼を受けたのか教えてくれる?」
「あ?んだてめぇは? 見ねぇ顔だな。外野はすっこんでろよ!」
リンの指摘が的を射ていたのか、男はいらだった様子でリンを振り払うように横なぎに腕を振る。
余裕を持ってそれを躱すが、その手がそのまま俺の方に伸びたのを見て慌てて間に体を滑り込ませてその腕をつかんだ。
そしてその反動でリンのフードがはらりとはだけて、一瞬その顔があらわになった。
ただそれだけだ。だが、リンは慌てた様子ですぐにフードを目深に被り直し、顔を隠した。
俺にとっては、ただフードがはだけてリンの顔と髪から少し尖った耳が一瞬覗いただけだ。
しかし、周りの反応は劇的なものだった。
「その耳と肌の色……。てめぇ、ダークエルフの混ざりモンか!何で人族の街に灰種アッシュがいるんだよ!」
そう声を荒げた男は、先ほどの怒りの形相とは異なる、まるで汚いものでも見るような嫌悪の眼差しに変わっていた。
俺らの騒動を遠巻きに眺めていた他のハンターたちも一斉に身構え、男と同じ蔑んだ目をリンに向けていた。
「アッシュ!?何でこんなところに!」
「汚らわしい。」
「ここから早く出ていけ!」
あちこちから罵声が飛び交い、中には敵意すら示す者もいた。
正直俺は混乱していた。
あの心根の優しいリンが、如何にも怪しい俺を無条件で助けてくれたお人好しのリンが、罵声を浴びせられるような罪を犯したとはとても思えない。
それは俺の確信でもあった。
だからこそ、なぜ皆がここまでリンに対して嫌悪するのか全く理解できなかった。
いや、この反応は先ほど俺に向けられたそれの比じゃない。もっと根深くもっと広くもっと苛烈な嫌悪の感情が混じっている。
先ほどまで、俺を気丈に庇ってくれていたリンは、フードを抑えて顔を隠し、縮こまる様に顔を伏せて震えている。
そんなリンにさらに男が畳みかける様に罵声を浴びせる。
「灰種が何偉そうに人間様に楯突いてやがる!俺様が受注した依頼が疑わしいだ?まず受注した内容を教えろだ?灰種がいったい何様のつもりだ。あァ?
テメェらは地面を這いつくばって泥水すすってりゃいいんだよ!」
そう言って、男は容赦なくリンを跳ね除ける様に腕を振るう。
先ほどと同じように十分に躱せるはずのその振り払いをリンは成すすべなくその頬に受け、吹き飛ばされて倒れこむ。
こんな状況なのに、誰も止めようとしない。
誰もが嘲笑を浮かべてみているだけだ。
ハンター同士の喧嘩は禁止じゃなかったのか?
……これは喧嘩ですらないとでもいうのか?
唯一ミーリスだけがあたふたとしつつも、何とか止めようと小声で声をかけてくるだけだ。それだって、職員としてはずいぶんと消極的な態度だ。
吹き飛ばされたリンは、床に倒れ伏して動こうとしない。
背負い袋からチクチクが飛び出し、リンの上に乗って必死に威嚇していた。
「オイオイ。コイツ魔獣まで街に持ち込んでやがるぜ。こりゃぁ規定違反だ。忙しいギルド職員の手を煩わすまでもねぇ。俺様が代理として今ここで処分してやらぁ。」
そう言って、その男は背負った戦斧の柄に手を添えて、今にもそれを抜こうとしていた。
まるで、チクチクごとリンを両断しても構わないかのように。
―――ふざけるなよ。
気づけば俺はリンの前に立ち塞がっていた。
リンが一体何をしたというんだ?
お前の言いがかりを正しただけだろ。
お前ら。その目が、罵声がどれだけ人の心を抉り、すり潰す凶器であるのか知っているのか?
どんな理由が有るのか知らないが、罵声という凶器でさんざんリンを嬲った挙句に、その上チクチクまで処分するだと?
彼女のALTの数値を知っていてゴンザレスとかいう奴なんか一ひねりだろうに、なんて思い一瞬でも静観していた俺は途轍もないバカだ。
あれだけ穢れなく眩しいほどに輝いていたリンの魂が、今ではくすんで揺らぎ、今にも枯れそうな褐色に変わりつつあった。
リンの色のなくなった目とアニマの色を見ればわかる。
リンが今までどれだけの人に同じように疎まれ、蔑まされ、拒絶され、嫌悪されてきたのかが。
リンの魂の輝きがどんなに強くとも、どんなに強力な魔法を放てたとしても、彼女は一人の心ある人間だ。その魂がいくら強くたってその心まで鋼になるわけじゃない。
俺はそんな当たり前の事すら思い至らなかった。
だから彼女はフードを被り人込みを避けていたのだ。リンはギルドにも一人で入ろうとしたのだ。こんなことになりたくなかったから。それを彼女の好意に甘え、制止を無視してハンターギルドに入ったのは俺だ。
俺がギルドに入らなければこんなことにはならなかった。
なら、俺のせいだ。
そして何より、俺には弱々しく倒れうずくまるリンが飼い猫のミケを失って絶望に泣きはらしていた子供の頃の凛香に重なって見えたのだ。
そう思ったら、もう自分でも訳が分からないほど腸が煮えくり返っていた。
「いい加減にしろよ、筋肉ハゲ野郎が。 彼女は俺の命の恩人だ。彼女をこれ以上傷つけるなら、俺が相手になってやる。」




