第15話 嘲笑
ギガントグリズリーを引き裂いたリンが放ったあの風の魔法の光景が俺の目に焼き付いて離れない。
あれはまさに子供のころ憧れた魔法という現実離れした超常の力だ。
俺はメガネの補助を借りてはいるが確かに既に魔法が使える。だが、同時に俺は魔法を放つことができない。俺の体内魔力がゼロだからだ。
だからこそ、リンのあの大魔法に憧憬の念を抱かざるを得ないのだ。前世からしたら信じられないほどの超常の力を手にした今でも、そう思う。
もしかしたらこの魔力測定でそのヒントがつかめるかもしれないという期待があった。
それにいずれ魔力測定が必要だろうという予想もあった。
このスカウターじみた俺のメガネでは自身の魔力量は測定不能だった。では、俺のこの世界での魔力判定は一体どうなるのか?その結果が今後の俺の身の振り方を決定づけるだろう。
どの道その情報は必須だ。いつかはそれを知る必要があるなら早い方がよいだろう。
「魔力測定は初めてかしら?」
ミーリスはそう言って、何やら高さ40センチくらいのオブジェを両手に抱えてカウンターに置く。
オブジェは少々不思議な形をしていた。手のひらを上に向けた状態の手首の像が木製の台座から生える様に設置されており、その手が水晶を包み込む様に握っている。不思議というか、正直少し不気味な意匠だ。
台座には五芒星が彫られていた。
「ああ。」
そのオブジェの雰囲気にのまれつつも、ミーリスの問いに首是で答える。
「これが魔力測定機よ。これは教会からの借りものなので丁寧に扱ってね。とっても高いから。 さて、使い方だけど、この台座の前に少しくぼみがあるでしょ。ここに一滴でいいので、あなたの血を垂らしてもらえるかしら。」
確かに台座の前方、五芒星が彫られた中心部が金属製になっていて、真ん中が少しへこんでいる。
「ここに血を垂らしてしばらくすると、水晶が光り出すわ。 その後に魔力量が水晶に現れるから。光の色が属性を、光の強さが魔力量と関係しているなんて言われているわね。 説明するよりやった方が早いわね。」
そう言ってミーリスは懐から小さな針を差し出してくる。
どうにも電気で稼働しているようには思えないし、なるほど、これは確かに魔道具に違いない。彗心眼で視ると少し光って見えるのだからきっと魔力的なもので動いているのだろう。
他にどんな魔道具があるのだろうか?などと心躍る想像を巡らせながら、受け取った針をちくりと小指に当てて血がにじむのを待つ。
「ここに垂らせばいいのか?」
俺の確認に首を縦に振ったミーリスを見て、俺は小指から滲んだ血を一滴その台座に垂らした。
その直後―――
水晶が淡く光り出す。
俺の《彗心眼》には俺の血に含まれる俺のアニマと腕のオブジェから流れ出た魔力が弾きあって激しく渦巻いて見えた。
その間に水晶は黄色に輝き、そしてすぐに白い光に変わる。
「黄色! それに白!? ちょっと待って、これは!」
ミーリスは酷く慌てた様子で、何やら手元の本をせわしなく捲り調べ始めた。
「そんな……《雷属性》に《光属性》!? 先代の勇者のみが有したという属性だわ。」
おぉ!勇者!?この世界にいるのか!
勇者もいるってことはやっぱり魔王もいるのだろうか。勇者には会ってみたいものだ。
俺がそんな呑気な事を考えている間にも、更に事態は進んでいく。
先ほどまで白く輝いていた水晶がさらに色を変えていく。水色、そして黄緑、オレンジ、赤と様々に色を変えながらその光を増していく。
「そんな……? こんな何色もの反応……!?」
そう言ってミーリスは目を見開いている。隣のリンも驚いた顔だ。
その間にも僅かに滲む程度だったその光はどんどんと強くなり、まぶしいくらになってきた。
ちょっとマズいな。まさかのテンプレ展開!?だが、ミーリスの反応からしてこれは普通じゃないらしい。確実に目立ってしまっている。
その輝きはギルド中を照らしたものだから、その場にいた全員が何だ何だとリュージの魔力測定に注目し始めた。
さすがに異常事態なのか、ミーリスだけではなくギルドにいる全員がこの輝きに目を見開いていた。
「……七色の輝き!? それに何?この光の強さは!?」
「おいおい、とんでもないことになってるぞ!」
「七色ってことは……まさかエレメンタルマスターか!?」
「そんなの伝説でしか聞いたことない!ありえないわ。…でも。」
「これほどの光、今まで一度も見たことない! あの坊主か?なんなんだあいつは!?」
この光に反応したハンターたちは口々に驚きの声を上げていた。ギルド全体が騒然とし始めたではないか。
既に衆目に晒されてしまっている状況にもはや俺に止める術はない。もはや諦めモードだ。完全にやっちまった。
俺が諦観ムードでそれを眺めていると、この光が頂点に達し突如光が消えた。
しばらくしても、何も変化がない。
それに訝し気な表情を見せながらミーリスが水晶をのぞき込む。
「……おかしいわね。すぐに魔力量が表示されるんだけど…。あっ、見えてきたわ。」
ミーリスのその言葉にギルドの全員が注目した。
俺の判定結果を見たはずのミーリスは、しかしなぜか口を押え、目を見開き固まっていた。
「……ミーリスさん?」
ミーリスは俺に目を合わせずに、酷く残念な、申し訳なさそうに眉を下げ口篭りつつも俺に結果を告げた。
「・・・大変申し上げ難いのですが、リュージくんの魔力量は・・・《ゼロ》です。」
「「「ぎゃーははは!!」」」
その瞬間、その判定結果に注目していたギルド中のハンターたちが一斉に笑い声をあげた。 しかしそれは、酷く嘲笑の孕んだそれだった。
リンもその結果に驚き目を大きくしている。
「ゼロ!魔力ゼロかよ!ゼロ!どんなに低くても十以上はある。それがゼロだってよ!」
「ガハハハ!!ウケる!あれだけ光ってゼロ!みんな!こんな所にパラサイトがいたぜ!」
「寄生者がハンターだってよ!!ジョークがすぎるぜ!腹筋が千切れる! あーはははは!」
「えーやだ〜。この先迷惑かけてほしくないわ〜。っていうか、パラサイトはハンター登録禁止じゃ無いの〜?」
「あいつ、ゼロって言われてもよく理解できてねぇ顔してるぜ!ウケる!魔力欠乏者は役立たずってのは決まってんのによぉ~!」
全員が全員、侮蔑の眼差しをもって俺を指差して嘲笑している。中には汚い物でも見るような嫌悪の感情すらあった。
え……????
俺は困惑する。
背筋から嫌な汗が噴き出した。この侮蔑の眼差しがまるで重い空気のように俺を圧迫し、心を押し潰そうとしてくる。
久しく忘れていたこの感覚。
子供の頃、俺はこの眼のせいで随分気味悪がられた。同年代ばかりじゃなく、その親やその周囲の人間に向けられていた眼差しだ。
なぜか分からないが、《魔力ゼロ》とはそれほどの侮蔑の対象らしい。
だが、困している俺を庇うように両腕を広げて目の前に誰かが立った。
「どうして笑うの! 笑うのをやめなさい!彼が何かした訳でもあなた達に迷惑をかけたわけでも無いでしょう!力のあるハンターが、そんな弱いものイジメの様な事をして恥ずかしくないの!?」
……リンだ。
それでも嘲笑をやめない聴衆に、リンは必死になって抗議して、そして俺を庇ってくれている。
その後ろ姿が凛香に重なって見えた。
凛香は俺が誰かに罵倒された時、相手が誰であろうといつも庇ってくれた。俺はいつだって庇われて守られてきた。
……でも。 ああ。そうか。
……ありがとう。リン。思い出させてくれて。
あの時。俺はもう庇わられるだけの人生なんてとっくに後悔して、決別したはずだ。ならこんな訳もわからない嘲笑なんて何も怖くないはずだ。
そう思ったらいつの間にか俺の震えは止まっていた。
俺は一つ深呼吸して、リンの肩に手を置いて言った。「もう大丈夫。ありがとう。」と。
リンは振り返り酷く心配そうに俺の目を覗いてきたが、俺の目を見て「リュージは強いね。」とそう言ってそれ以上の抗議をやめた。
それにしても、水晶の結果も俺のメガネと同じように結局測定不可能か。それに、ある意味俺の体内魔力は《彗心眼》で見る限り確かにゼロなのだから、水晶の結果はあっていると言えるかもしれない。
ここで話が終われば笑い話で済んだところなのに、やっぱり俺はツイていないと思う。
嘲笑の中、さらに追い討ちをかけるように異変が起こったのだ。ふと見た魔力測定器から煙が立ち込めているのが目に入った。
不審に思った俺が顔を向けると、急に水晶が七色に眩しく輝き、そしてその直後。
―――ピシピシ!パリッ、バカン!
水晶にヒビが入り、粉々にはじけ飛んだのだ。
「……は?…マジか。」
その場にいた人はみなあっけにとられて口を開けている。
受付のミーリスは勿論、リンや他の職員にとどまらずギルドに居た全員がその尋常ならざる光に振り向き無残にも砕け散った水晶を目にして固まっている。
それを成したであろう当の本人も、さすがに異常事態が起こったことは理解できた。
理解できたが、固まったミーリスにどう声をかけていいか分からず、俺はひきつった笑顔を向けるのが精いっぱいだった。
「えーっと。水晶がバラバラになってしまった。……これは、何かのドッキリだったりとか……は、さすがに無いよなー。あははは。」
ドッキリのくだりでミーリスが剣呑な眼差しを向けてきたので、すかさずごまかす。普段笑顔の美人さんが真顔で睨むとマジで怖いな。
「ゴホン。えーっと、リュージ君。原因は明確には分からないのだけど、君の血を垂らしたことで誤作動が生じたのは確かなようね。だから、ごめんなさい。規則上、測定器の弁償をしてもらわないといけないわ。」
ミーリスはそこで言葉を区切り、前を向き敢えて声量を上げて続けた。
「それと先ほどの測定結果、君の言う通り正しく測定出来ていなかったのでしょう。無効にさせてもらうわね。魔力が酷く少ないならともかく、ゼロというのは明らかにおかしいしね。」
ミーリスは先ほどの測定値が誤作動であったと、ワザと聴衆に聞こえるように言ったのだ。
正直ありがたい。これで俺の魔力がゼロだという認識が完全に無くならないかも知れないど、少なくともゼロかどうかは分からないと抗弁できる。
それに変に騒ぎ立てられる事もないだろう。不名誉な二つ名くらいは付くかもしれないが、最悪のケースは免れたので良しとしよう。
もし俺が魔力をそこそこ持っていたら、勇者と同じ属性使いと言うだけで国家権力に利用されていたかもしれないし逆に良かったと考えるべきだろう。
「あ……まあ。 それはしょうがないと言うか有難いというか。 ……ちなみに弁償はいくらになるだろうか?」
「この状況を見るに全損は間違いないから、120万ミルの保証金になってしまうわ。」
「!? ヒャク!ハャク二十万!」
思わず噛んでしまうほどの金額。それを聞いて楽観主義者の俺でもさすがに血の気が引いていくのが分かった。下手したらギガントグリズリーに遭遇した時以上の衝撃かもしれない。
余りの衝撃に突然地面が揺れて回り出した。いや違う。回ったのは俺の目だ。
ミーリスもさすがにさっき初めてハンター登録をしたルーキーに120万もの金額を返済する能力が無いことは分かっていたのか、一つの提案をしてくれる。
「こんなことになってしまって本当にごめんなさい。リュージ君。今回は故意でないことは私が証明できるから、どうかしら。ギルドで一度立て替えを行い、120万ミル分をこれからの依頼達成報酬から一定額差し引いて長期的に返済してもらうというのは。」
正直有難い提案だが一瞬躊躇する。
コレを受けると言うことはギルドに首輪をつけられるのと同義。今後ギルドからの依頼は断れなくなるだろう。
そこでリンが借金を一旦立て替えてもいいと本気の提案をしてくれたが、それこそあり得ない。知り合ったばかりの少女に借金を肩代わりさせるなど最低なクソ野郎以外の何者でもない。
結局他に手はないので俺はその提案をありがたく受けることにした。
そしてこの後の手続きを聞こうとしたとき、不意に後ろから声を掛けられた。
「おいおい。寄生者のガキが余計な事してくれてんじゃねぇよ。」
その酷く野太く威圧的な声色に振り向くと、そこには見上げる程大きくガタイの良いスキンヘッドの男が見下ろしていた。
ようやく冒頭に追いついた……




