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第12話 森からの脱出


 パチパチと薪が爆ぜる音が心地よい。


 横を見ると、外套にくるまって静かな寝息を立てて寝るリンが居た。

 チクチクとポン助も一緒に外套にくるまってちょこんと顔を出して寝ていた。まるで人間の様なそのシュールな光景に思わず笑顔になる。




 俺たちはあのグリズリーの死闘を繰り広げた場所から少し進んだところで野営をしている。リンは当初一人で寝ずの番をするつもりだったらしいが、俺がだいぶ回復したので少しの間だけ見張り番を買って出たという訳だ。

 今は恐らく真夜中くらいだろうか。木々の間から見える星々が煌めいている。





 俺はこれからの事を考える。


 聴くと、俺の見立ての通り歩いて一日程度の場所にクロスメントと言う港町があるらしい。そこまでリンが送り届けてくれることになっている。

 人の街に行ったら、どうするか。冒険者にでもなろうか。それともこの前世の知識で商人になるのもいいかもしれない。

 それか魔法を極める研究をしてもいいかも。そしたら賢者様なんてもてはやされたりして。



 おっと。いかんいかん。俺はモブ。最底辺のモブだ。調子に乗ると痛い目に合う。

 心のどこかで俺は森の王者にでもなったつもりがしていた。その慢心のせいでグリズリーに気づくのが遅れて死にかけたじゃないか。


 弱肉強食のこの世界では、慢心が死に直結するのを改めて思い知らされたばかりなのに。自重しなければ。




 異世界に来たことで浮かれていたが、冷静に考えれば俺は危うい立ち位置にいるのかもしれない。


 もし現代日本に異世界から来た人が現れ、特別な知識や体質を持っていたら大騒ぎになるだろう。もしかしたら、何処かの国家権力あたりに秘密裏に拉致られて様々な実験が行われるかもしれない。


 異世界人と言うだけでその知識を独占するために権力に連れ去られて監禁生活を強いられるかもしれないし、もしかしたら魔法で意志を乗っ取られるかもしれない。

 そこまでは考えすぎかもしれないけど、それが無いとは言い切れない現状、警戒しすぎてもしすぎる事は無いだろう。




 そう。やはり情報が命だ。


 これからの夢は広がるものの、この先どうするかを決めるための情報が足らなすぎる。その情報は俺にとって万金に値するものだ。






 よし。当座の行動方針は決まったな。この世界の状況をよく理解できるまで、出来るだけ目立たないこと。その為に、しばらくはリンからできる限り情報を入手しよう。







 そう行動指針を決めたところで改めてリンを見る。

 その顔、そのアニマに見とれてしまう自分がいた。

 


 わかっているんだ。彼女が凛香とは別人であることは。だが、彼女を見ているとどうしても凛香を思い出して胸が苦しくなる。なぜここまで似ている?

 俺は子供のころからこの《彗心眼》で幾多のアニマを見てきた。そのどれ一つとっても同じ色のアニマには出会ったことはない。一見同じように見える色でもよく見るとそれぞれが違った色をしていた。

 だが、リンの魂の色は凛香と瓜二つどころか、まったく同じなのだ。そして容姿迄もそっくり。


 不思議なめぐりあわせだ。異世界に来てまさかこれ程凛香に酷似した人に出会うなんて。果たして偶然で片付けていいのだろうか。



 ……だが、今はこれ以上考えても答えは出なそうだ。この答えを出せるほどの情報を俺は持っていないから。




 そして、もう一つ驚くべきことがある。リンのアニマの輝き。これまで出会った魔物とは桁違いだ。グリズリーでさえ霞んで見える程だ。




 すでに確認済みだが、改めて俺はリンに焦点を合わせてメガネの柄の部分をタップして測定を開始する。



 ―――ピピピピピピ……



 中々測定が終わらないが、ようやく測定が終わった。



 ――――――――

 リン・ハッシュフォード・アセリアル(ハーフダークエルフ)

 ALT:425,321

 ――――――――



 およそ40万。



 俺が初めてこれを目にしたとき3度見はした。ALTがとんでもない数値を示している。桁が違いすぎるのだ。フ○ーザ様かよ!と突っ込みたくなる。


 ムーンウフルが15なのだからまさしくバケモノレベルの強さという事になるが、この世界の住人はこのレベルが普通なのだろうか。だとしたら魔物など敵ではない。

 それにハーフダークエルフと言う記載も気になる。おそらく種族名だとは思うのだが、どうやら彼女は純粋な人ではないらしい。 そもそも人と言う存在がこの世界に居るのかすら分からないが。

 改めてリンを見ると、なるほど、黄緑色の艶やかな髪の間からややとがった耳がのぞいている。


 

 この子には本当に返しがたい恩ができてしまったな。町に着いたら俺にできる恩返しをしないと。

 それに凛香に似ているというのもあって、気になるのも事実。もし彼女さえ良ければしばらく同行できたらいいが……。





 そんなことを考えながら夜は更けていく。



 ――――――――



 次の日、俺たちは朝飯を軽く食べて街を目指して歩き出す。


 

 深い森の中を迷いなく進むリンの肩にチクチクが乗っている。


 先ほどからリンの頬をペシペシと叩いて、何かを訴えているようだが、当のリンは“さっき遊んであげたでしょ“とまるで取り合っていない。


 チクチクがそのつぶらな瞳で肩の上から俺を見つめている。なんだろうか?




 よくわからないが、それよりも今俺は情報収集に忙しい。



「リン。ちょっと聞いていいか? あのクマのバケモノを切り刻んだ光と風はもしかしてリンが?」


「クマのバケモノというと、ギガントグリズリーのこと? 光?は出ていないと思うけどあの風は私が放ったものね。咄嗟に上級魔法を使ってしまったから、毛皮がずたずたになってしまった。もったいないことをしたわ。」



 あのクマの魔物は眼鏡に表示された通り、“ギガントグリズリー”で間違いないようだ。しかし、どうやってこの眼鏡はこの世界の魔物の名前を入手しているのだろうか?そういえばなぜかリンの本名も表示されていた。


 それに、彼女は光は出ていないと言ったのだ。俺の《彗心眼》で見えた光はおそらくこの世界の《魔力》であるはずだ。それがリンには見えていないということだ。



「すまない。記憶があいまいなんだが、《魔法》を放つには《魔力》が必要だったりしたような?」


「もちろんよ。そんなことも忘れてしまったのね。」


 前を歩くリンが悲し気な眼をして俺に振り向いて答えた。


「……そうか。ところでその《魔力》は普通は見えるものなのだろうか?」


「いいえ。《魔力》は体内にあるとされているけど、それを見える人はいないと思うわ。自分は見えるなんて言う人が偶にいるけど、そういう輩のほとんどは狂人か詐欺師の類ね。中には本当に見えているかのように振る舞う人もいるみたいだけど、その人以外に誰も見えない魔力が見えるかどうかなんて結局誰にも証明できないのよ。」



 ……なるほど。だとすると、俺の《彗心眼》は相当に特殊な能力なのだろう。ばあちゃんも俺の《彗心眼》がチートだと言っていたし、あまり《魔力》が視えることは言わない方がよいだろう。

 極力目立たないに越したことはない。それに俺は狂人にも詐欺師にも思われたくはない。



 ほかにもどの程度の割合で魔法が使える人がいるのか、その種類は?といろいろと気になることが多いが、あまり直接聞きすぎるのも怪しまれそうだ。さて、どうやってさりげなく情報を引き出すか。


 そんなことを考えていると、先ほど何やら騒いでいたチクチクが突然肩の上に飛び移り、俺の思考を遮る様にその小さく短い足で頬をタシタシと叩いてきた。さらにその直後、俺の背面を指さすように手を伸ばすのだ。



 ……なんだろう。しばらく考え、一つ嫌な予感がして念のためリンに確認する。



「リン。ところで、俺たちが向かっている町はどの方角なんだろうか?」


「北東方面ね。」



 ……やはり。俺が夜木に登って確かめた明かりが見えた方角だ。だが、そういうことか。チクチクの言いたいことが分かった。

 俺の眼鏡のマップが正しいとするなら、俺たちは西に向かっている。昇ったばかりの太陽を背にしているのだから確実だろう。



「リンさんや。なぜ俺たちは北東ではなく、西に向かっているのだろうか?」


「……何を言っているの?」



 そう言って振り返り、リンが不憫なものを見る目を向けてきた。

 


「……可哀そうに。そんなことまで忘れてしまったのね。北東は右斜め前でしょ?ギガントグリズリーを倒したあの地点から右斜め前に進んできたのだから、方角はあっているはずよ? 」



「…………。」



 肩の上のチクチクがその短い手を器用に額に当てて天を仰いでいる。俺と同じように。


 凛香は完璧超人だったが、唯一欠点があった。それは超絶な方向音痴だったことだ。





 ―――――




 そんなハプニングはあったが、俺たちは何事もなく森を進む。


 リンはたびたび立ち止まり、ポン助と会話したり、上空から聞こえてくるシロピーと思われる鳴き声を聞いて進路を微調整しながら歩いていた。

 もしかしたら上空からの索敵を行って魔物との遭遇を避けていたのかもしれない。





 魔物に遭遇することもなく、ついに森を抜けることができた。



 目の前に広大な草原が広がっている。左手、草原のはるか向こう側に水平線が広がっている。海だ。

 そして、前方草原の向こう側に夕日に照らされ茜色に染まった城壁が目に飛び込んできた。



「おお!町だ。町についたぞ!」



 俺が感動の声を挙げるとリンが言った。



「……ずっと歩きっぱなしだったから、いったんここで休憩しましょうか。」



 生前の虚弱体質もあって、自慢じゃないが俺は体力があるほうじゃない。正直、足が疲れていたからありがたい。


 リンの提案に甘えさせてもらい、夕焼けに照らされて黄金色に輝く草原に大の字になって寝ころび体を休める。





 ここに着くまでの道中、記憶喪失という都合の良い言い訳を利用してリンに色々とこの世界のことを聞くことができたので、休みがてら改めて頭の中でまとめてみる。




 まず、この世界には少なくとも人間と巨人、亜人、エルフなどまさにファンタジーと呼べる人間以外の知的生命体が多数存在するということ。

 ばあちゃんの言ったとおりだった。



 また、この世界にはそれぞれの種族が納める国がいくつか存在するらしい。


 主に人族が治める最大の国が今俺たちがいるミズルガズ帝国。

 その北東に巨人族が納める国ヨトゥンヘイムがある。

 ドワーフの国スバルトアールがはるか海の向こうに位置し、東の海の果てには獣人族の国ニヴルヘイム、さらにそこから海を越えて北側にエルフの国アルフヘイムがあるという。

 さらに、魔族の治める魔神国というのが、巨人族の国から海を渡って北側にあるらしい。


 “らしい”というのは、長い間人族と巨人―魔族連合は敵対関係にあり、いまだかつて人族は魔神国に侵攻した歴史が無いため詳しい位置が把握できていないのが理由のようだ。



 そして現在位置だが、人族が納める最大の国ミズルガズ帝国西端、西の辺境伯領の港町クロスメントの近くの“蛇の森”という場所らしい。



 それにしても、どこの国も地球で聞いたような名前だ。確か北欧神話だったような?というか、そもそもなぜか言語が日本語なのも不思議だ。






 それはさておき、魔法について。


 この世界の住人の常識として魔法が公然と認知されている。生活魔法から軍隊を相手に多数の魔導士で行使するような戦略級攻撃魔法まで存在するとか。


 属性は水、風、火、土の四大元素が基本だという。その他に治癒魔法といくつか特殊魔法や固有魔法というのは存在するようだが、体系化されたものは四大元素魔法のみとのこと。


 まさにここは俺が望んだ剣と魔法の異世界ファンタジー!

 ばあちゃんは嘘つきじゃなかった!



 もうオラ、ワクワクすっぞ!と、どこぞの野菜星人の様に舞い上がっていたのも束の間、この魔法というのは生まれたときから使える特殊魔法以外は残念ながらすぐに誰でも使えるというお手軽なものではないと釘を刺されて意気消沈する。


 その人の生まれながらの才能がまず必要で、そのうえで教会の魔導士の指導の元、長年修行を積み重ねてようやく習得できるものらしい。





 ここまで聞いて、やはり事前に情報収集しておいてよかったなと思う。


 俺の光属性や雷属性、そして無属性という魔法はこの世界では相当に異端なんじゃなかろうか。

 四大元素魔法体系を考案し一般化、管理しているのは世界最大の宗教団体(単に教会と呼ばれている)らしい。俺の魔法はどれもそれらに逸脱した魔法のようだから、どう反応されるかわからない。



 そしてもう一つ、俺には確かな予感があった。

 先ほど簡単には習得できないとされた魔法だが、《彗心眼》を持つ俺ならば才能に関係なく魔法が習得できるのではないかという予感だ。



 俺は、魔法メニューをタップして開く。



 ―――――

《光》

 ・ライト


《雷》

 ・火花スパーク

 ・紫電エレクトロキュート


《無》

 ・身体強化フィジカルエンハンス

 ・振動ブレード―パッシブ


《治癒魔法》

 ・自動回復小オートリジェネ―パッシブ


《水》

 ・水滴ウォーター new!


《XXXXX》


 ―――――



 水属性魔法、《水滴ウォーター》。


 そう、俺はあの森でアーチャーフロッグが放つ魔法を何度も何度も視てそれを再現すべく練習し、習得していたのだ。


 この森を抜けるために必要だと思い、必死に練習し再現しているうちにいつの間にかメニューに登録されていた。

 ただ、この魔法、俺の対外魔力では本当に水滴程度の水しか発生しない。しかしこの魔法メニューからこの魔法を左手の“鬼憤の籠手”にセットできることに気づいたのだ。



 左手にチャージした魔法をそっと発動する。すると、左手からチョロチョロと水が滴った。

 結局アーチャーフロッグのウォータージェットを再現することはまだ出来ていないが。飲み水を確保するには十分な量だ。



 まあ、とにかく俺は《彗心眼》でその魔法がどういうオリジン反応を起こして物理現象を実現しているのかを視ることができる。そして、それに加えて魂魄同調アニマレゾナンスによってアニマの波長を変えることで、どんな属性であろうともその魔法の発動過程をかなり忠実に再現することができるのだ。



 つまり、俺は魔法を見て(・・)コピーできる(・・・・・・)ということになる。

 ばあちゃんが言っていた通り、俺の《彗心眼》は確かにチートかもしれない。




 この世界にどんな魔法があるのかわからないが、俺はリンの話を聞けば聞くほどに口角が上がるのを止められない自分がいた。


いつも読んでいただきありがとうございます!



四大元素を提唱したのはアリストテレスだったとか。

四元素って昔の人が万物の原初の存在として考たものらしいので、現代の素粒子みたいな位置づけなのかもしれませんね。

ちなみに、アリストテレスは四元素だけじゃなくて、そのはるか上空にはエーテルで満たされていると考えたらしいですね。

この異世界で言うと、まさに魔素がそれにあたる感じでしょうか。

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