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第11話 リン・ハッシュフォード・アセリアル


 土下座



 日本では古墳時代から習慣として存在していたとされる。近代の大名行列では御三家の大名が乗った籠が通る際には土下座が必要だったらしい。武家社会においては土下座は「そのまま斬首されても異存はない」と言う意味が与えられていた。

 ―Wikipediaより



 つまり、俺は今、目の前の少女に首を切り落とされても構わないという覚悟を以て誠心誠意謝っているという事だ。



 もしここで「あ、ごめん。俺が好きだった子にすげー似てたから、つい間違っちった☆ところでさ…」なんて軽い感じで謝れば、それはナンパ野郎のお決まりの誘い文句になってしまうだろう。


 だから、ここは日本古来より存在する最大の謝罪を表す土下座でなければならない。




 しかし、困ったことにこの姿勢を維持することが難しくなってきた。

 なぜなら、俺の肺から何かがせり上がりむせ返りそうだからだ。



 ―――げほ、げほっ!ぐへぇっ!ぐはぁ! ビチャビチャッ!



 ビチャビチャ? え?

 俺の肺からせりあがってきたそれは真っ赤な液体だった。ヤバい。血だ。え?こんなに出るの?


 ただでさえ先ほどまで失血で意識を失っていたというのに。明らかに足りない。血が。そう認識した途端、眩暈が襲い、世界が白くなり、俺は血反吐を吐いたままその場でまた倒れた。



 ……なんて強力なビンタ……見ほれる程よどみなく極々自然に繰り出された強力な《身体強化》。見事だ。


 心の中で少女に賛辞を送っていると、何かがうっすらと見えてきた。あぁ。なんか向こうに大きな川が見えるなぁ。あれが三途の川かぁ……。




 俺の突然の吐血にさすがに驚いたのか、少女は慌てて俺に駆け寄り俺を抱きかかえた。


「あぁ! ごめんなさい!そんなに強くするつもりは無かったの! ああ!どうしよう こんなに血が。 早く止血しないと。でも傷口は?どうすればいいの!?……」



 少女の慌てふためく姿にため息とともに肩を竦めて見ていたハリネズミが、先ほどから少女の肩に乗っている青い小鳥に向かってキュ!と鳴いた。


 小鳥も「ピピッピィ!」と鳴き返し、ハリネズミが「キユーキュウ!」と答える。どうやら種族と言語を超えたコミュニケーションが成立しているらしい。


 しばらくして、青い丸々と太った小鳥が、仰向けの俺の頭の上に飛び移り、そのまん丸の黒いつぶらな眼で俺をのぞき込んだ。

 その直後、俺は視た。小鳥のアニマが俺の未だ不安定な揺らめくアニマの色に同調して変わっていくのを。



 似ている。まるで俺の使う魂魄同調アニマレゾナンスだ。



 驚いたのも束の間、次の瞬間俺の体が青白く光り始めた。この光は。



 ―――回復魔法だと!?



 俺の《自動回復小オートリジェネ》と全く同じ色とアニマの反応だった。ただ、その効果は俺のとは天と地ほどの差があった。


 黒縁メガネがオートで発動する《自動回復小オートリジェネ》は俺の体表で発生するごく微量の魔力を使って、体の表面だけを治療する魔法だ。当然その効果は限定的だ。


 しかし、今この小さな小鳥が発動している《回復魔法》は、先ほどの魔力暴走でまだ体内に残っていた《体内魔力》を使い、肉体内部の損傷の治癒を可能にしているのだ。

 現に俺の傷ついた内臓が癒されていくのを感じた。



 そして何より、途轍もなく心地よい。

 まるで、運動の後に入る冬の露天風呂の様に、夜なべして勉強した後に布団にもぐりこんだ時の様に途轍もない解放感と安心感をもたらしてくれる。



 それにこの感覚は―――そうだ。俺が雄我との死闘で死にかけた時も同じだった。あの時も青白い光が、重度の傷を一瞬で治癒したのだ。





 しばらくその光の心地よさに身を委ねているとやがて終わったのか、青い小鳥が再び少女の肩の上に戻っていった。

 しばらく少女は一通り小鳥をなでて感謝した後、「もう大丈夫そうね。」と言って俺をそっと地面に寝かせて、改めて俺に向き直った。



「さっきは突然だったから、力加減できずにあなたを傷つけてしまった。意図した攻撃ではなかったの。ごめんなさい。」


 深く頭を下げる少女。

 俺の方こそ申し訳ない気持ちになり、どうにか起き上がり地面に胡坐をかいて少女に向き直る。


「俺の方こそ申し訳なかった。 人違いとは言え、初対面の人にいきなりあんなことを言うなんて……咄嗟にビンタされても文句は言えないよ。」



 そう言って俺も深々と頭を下げる。


 そして顔を上げた俺は、少女と目が合った。

 あまりに凛香に酷似したその整った顔とアニマ


 つい時間を忘れて見惚れてしまう。


「……」



 相手の少女もなぜか少し目を大きくして俺をじっと見つめていた。


「……」





 お互いに見つめ合いながら、無言の時間が流れる。



 暫くしてリンの肩に乗っていたハリネズミが、俺と少女を交互に見て、キュィ!と鳴いた。

 俺はハッとして目を逸らし、それにつられて少女も顔を伏せた。



 ……気まずい。何か話題を振らなければ。そうだ、自己紹介がまだだった。


「俺は、サカキ リュージ。先ほどは助けてくれて本当にありがとう。君は命の恩人だ。」



 俺はそう言って手を伸ばす。それに対して少女も手を取り握手をして返してくれた。

 無意識でやってしまったが、この世界でも握手は存在したらしい。よかった。



「私はリン・ハッシュフォード・アセリアル。リンと呼んでね。よろしく。礼には及ばないわ。チクチクを助けるためにやったことだもの。」



 ……リン。それで合点がいった。俺がかすれ声で凛香とつぶやいたときに自分の名前を呼ばれたと思ったのだろう。そのうえであの告白じみたセリフ。

 そりゃ、勘違いされてもおかしくない。



「それでも、君に助けられた事実に変わりはない。何とお礼を言えばいいか。」


「そうね、お礼ならこのチクチクとポン助にお願い。チクチクがあなたを見つけてくれなければどうなっていたか。そして倒れていたあなたを治療してくれたのがこっちのポン助ね。」



 俺は紹介されたハリネズミオコジョのチクチクと青い小鳥のポン助に向き直り、改めて深々と頭を下げた。


 紹介されたチクチクはリンの肩から俺の膝の上に飛び乗って、その短い二本脚で器用に立って胸を張ってくる。

 ……なんだろうこの生き物は。既視感が半端ない。アニマだけでなくその態度もばあちゃんを想起させる。


 俺はとりあえず、突き出したフワフワの腹をなでてやるとそれが心地よいのか俺の膝の上で仰向けに丸くなって体をくねらせた。

 このフワフワモフモフ感がたまらなく気持ちいい。癖になりそうだ。



「ふふ。こんなにチクチクがなつく人なんて初めて。どうやらいい人みたい。」



 折角人に会えたのだからと、俺は切り出す。



「助けてもらって図々しいのは分かっているんだが、最寄りの街の場所を教えてくれないだろうか?」



「それは全然かまわないけど、ここまでどうやって?」



 ……馬鹿か俺は。そうだ。木に登ってみた限りではここは広大な森の真っただ中だ。そんなところに一人でいるのも怪しいのに、しかも町までの場所も分からないというのはより一層怪しい。

 ここで黙り込むのはもっと怪しまれる。何か言い訳を考えなければ…。



「……信じて貰えないかもしれないが、気づいたらこの森にいて。 ……それ以前の記憶がないんだ。だから町に戻ることすらできず、さ迷い歩いていたところを君が助けてくれた。」



 自分でも下手な嘘だと思う。

 こんなところに荷物も持たず一人でさ迷い歩いているだけで怪しいのに、都合よく記憶喪失だなんていう設定。


 だが、俺が真実を言っても信じてくれないだろうし下手したら変人扱いされるかもしれない。何よりこの世界のことが何も分からない俺としては下手な設定は返って不信を生む。


 人里までたどり着くにはここで不信がられるのは得策じゃない。




 そんな打算にまみれた俺の思考とは裏腹に、リンは心底同情し、不憫な眼で見つめてきた。



「……かわいそうに。そんな状態で装備も水もなく、この森の深部で生き残るのは大変だったでしょう? 任せて。私が責任を持ってあなたを町まで連れて行くことを約束するわ。」



 ……え? リンのその反応に思わず固まる。


 リンの青空の様な透き通る目は、一片の疑いも持っていない純粋なものだった。何よりリンのアニマに一部の揺らぎもなかったのがその証拠だ。


 そんな穢れのない少女の目を見て、打算にまみれた自分が汚れて思えくる。


「あ、あぁ。……信じてくれてありがとう。とても、助かるよ……」


 何か言いたげな俺を見てリンは首をかしげる。


「ん? 私、何かおかしなこと言った?」


「……あぁ、いや。普通、こんなこと言うと警戒されると思ったからさ。」


「あぁ。……変に思うかもしれないけど、初対面でもなんとなくその人の善悪が感じ取れるの。あなたは一目見て直ぐに分かった。いい人だって。……でも、あのセリフについひっぱたいちゃったけどね。」


 リンは恥ずかしそうにちょっとベロを出してそう言った。


「ははは。」



 リンは「さて、少し落ち着いたから、私はグリズリーを解体しておくわね。」と徐に立ち上がり、それに合わせて立ち上がろうとする俺を手で制す。



「ひと先ずリュージは休んだ方がいい。顔がまだ青白いもの。回復魔法では血は十分に回復しないから。それに、もうすぐ日が暮れる。一通りグリズリーの素材を回収したら少し移動してキャンプにしましょう。」


「ありがとう。正直まだ体が重いから助かるよ。」


 俺の返事を確認してリンは仕留めたグリズリーに向かって歩いて行き、思い出したように途中で振り向いて言った。


「あぁ。リュージが倒したグリズリーも取れる部分は取っておくわね。それにしても、一人で仕留めるなんて、凄い強いのね!」



 リンは嬉しそうにそう言って、去って行った。



 ……果たして俺は強いのだろうか?リンが一突きで仕留めた魔物に俺は本当に死にかけたのだが……。




 そんな疑問が湧いて出たが、ひとまずこれで一息つける。お言葉に甘えて少し休もう。

 俺はその場に仰向けに寝転がると急に体が重く感じられた。ついさっき死の直前まで追いつめられて体力的にも精神的にも相当に疲れていたらしい。



 ……これで人里までたどり着けそうだ。できれば町まで送ってもらいたいが、せめて最寄りの町の場所を教えてもらえれば大丈夫だろう。




 夕日に染まりつつある茜色の空を眺めながら思う。


 凛香に余りにも似たリンとの出会い。そしてばあちゃんとよく似たアニマを持ったチクチク。この弱肉強食の異世界での一人と一匹の出会いに、俺は運命的なものを感じずにはいられなかった。





挿絵(By みてみん)





所で回復魔法で血が回復しにくいって設定は割と多く見かける気がします。でもなんででしょうね?別に赤血球だって、普通の肉だって同じ様に複雑な細胞だと思うのだけど。

やっぱ流れて失われたものは部位欠損と同じような扱いになるという感覚があるのでしょうか。

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