第9話 死闘
目の前に壁の様な巨大な魔物が立っている。
先ほどまで余裕の構えを見せていたはずが、いつの間にか俺を警戒しているように見える。
この強大な桁違いの強さをもった化け物をどうにかしなきゃならない。口だけならなんとでも言える。
まずは冷静に現状を把握する。
今俺の体調は最悪だ。しかも、先ほどの咆哮のせいで体が痺れてうまく動かせない。
まずはこれをどうにかしなきゃ次の攻撃で俺は死ぬ。グリズリーが攻撃を躊躇しているこの僅かな間で解決しなければならない。
《彗心眼》を全開発動して俺自身の《霊子結晶》の状態を隅々まで観察する。頭が割れそうな痛みを伝えてくるがそんなのは無視だ。
普段俺のアニマは虹色に揺れて輝いている。一定の色に染まることはない。それにアニマシールドに守られた俺は《体内魔力》がゼロなはずだ。だが、今はどうだ。俺の体内が紫色にうっすらと輝き、それが俺のアニマとランダムに反応してグチャグチャに荒れ狂っているように見えた。
なるほど。
あの咆哮は、自身の魔力を相手の体内に捩じ込んで相手の《体内魔力》を乱す技なのだろう。制御の効かない《身体強化》をさせられているようなものだ。
それが俺の動きを完全に阻害している。
だが、俺は自身の《霊子結晶》の波長を変えることができる。それが魂魄同調だ。一旦全身のアニマの波長をグリズリーのそれに合わせてしまえば、俺の体内に入り込んだこのグリズリーの紫色の魔力は俺の一部となり阻害効果は無くなるはずだ。
しかし肝心の魂魄同調が今うまくできない。それを阻害しているのは、グリズリーの魔力だけでなく、俺のアニマシールドがなぜか不安定になっていて、《オリジン》が体内に入り込んでさらに悪さをしているからだと分かった。
テコでも動かなかったあの《アニマシールド》の強度が不安定になっているのだ。
全身のアニマの波長を変えるのは難しい。なら、せめて足だけでも魂魄同調を発動できないか?
本能的にそう結論づけた俺は足の太ももにのみに集中してアニマの波長を紫色に合わせていく。
直後、今まで警戒して見ているだけだったグリズリーが何かを感じたのか焦るようにその腕を振り下ろした。
―――ドゴォン!
強烈な腕の振り下ろしに砂埃が舞い上がる。数秒後、砂埃は晴れるがしかしそこに俺はいない。
「なるほど。気分最悪のままだが、これが体内魔力か。これを使えるお前らはずるいな。」
グリズリーが振り向いた。
そう。俺はあの瞬間、足の魂魄同調の発動にギリギリで成功し、その体内魔力を使って足に《身体強化》を発動したのだ。
《身体強化》の魔法はメガネのオート発動ではあったものの、最も練習した魔法だった。だから、メガネの力がなくとも何とか発動できたのだ。
今この瞬間も徐々に魂魄同調の領域をひろげて、痺れを緩和しているのだ。
先程まで瀕死だった俺にやすやすと背後を取られたことにプライドでも傷ついたのか、グリズリーはなお一層怒りのボルテージを上げて襲いかかって来た。
だが、《体内魔力》を使える今の俺の動きは自分でも驚くほど早い。なんだこれ。グリズリーの攻撃などそれを見てからでも余裕で躱せるのだ。
グリズリーの攻撃を余裕をもって避けながら、新たな問題に気づく。
弱まったアニマシールドを透過した《オリジン》が《霊子結晶》にランダムに反応し、《体内魔力》が際限なく膨れ上がっているのだ。
今はその魔力を《身体強化》魔法に変換して消費しているのだが、このペースだといつか限界がくるだろう。
この全身の気怠さと体調不良は溢れ出る《体内魔力》が原因のような気がする。《体内魔力》の制御の限界がくれば、俺は動けなくなるだろうという確信があった。
……そうか。ばあちゃんが“今は魔法を放てない”といった理由がわかった気がする。
確かに、この魂の底から溢れ出る魔力の奔流を制御するのは至難の業だ。きっとそれを起こさないためにアニマシールドを強固にしていたのだ。それを行っていたのがあの黒縁メガネなのだ。
であれば、俺が生き残る道はただ一つ。このグリズリーを瞬殺して、どこかに吹き飛んでしまった黒縁メガネを探すことだ。
あれがあればおそらく《自動回復》も発動するはずだ。
「お前には悪いが、早めに退場してもらおう。」
グリズリーがあいも変わらず当たりもしない右腕を振り下ろしてくる。俺は左足を半歩踏み込みその振り下ろされる手の甲に右手を下から添えるように掴んだ。そして、その振り下ろす力を利用しながら右足を半歩後ろに下げてそれに合わせて右手を引き、同時に左手をグリズリーの肘に下から当てて上に掬い上げる様に腕をひねりこむ。
自身の力を利用されて腕を引っぱられて無理に捻りこまれたグリズリーは、たたらを踏んでそのまま前のめりに倒れこんだ。そしてその反動で腕の関節からゴキリと嫌な音がした。
―――ガァアアァァァア!
腕の関節を外されたグリズリーが悲鳴に似た雄叫びを上げる。
無幻水心流-流水心。
腕の関節を外されたグリズリーはそれでもすぐに飛び起き、自分が目の前の羽虫にいいようにされたことによほど腹を立てたのか、狂ったように腕を振り回し襲ってきた。
こうなれば、もう俺の手のひらの上だ。
野生の生き物は得てして本能に忠実だ。だから俺の《彗心眼》でその行動の予測がしやすい。ただでさえ予測しやすいのに、怒りで我を忘れている目の前のグリズリーを御するのはよりたやすい。
―――ガオォォオン!
怒りの頂点に達したグリズリーがあの咆哮を放ってきた。が、魂魄同調を発動している今の俺にはほとんど効果がない。
やや体が重くなる感覚があるが、それも《身体強化》で十分に補完できる程度だ。
グリズリーは先ほどは効いたはずの咆哮が効かないことに心底驚いている様だった。
グリズリーの行動を御するのはたやすいが、しかし俺には今グリズリーを仕留めるだけの攻撃手段がない。
一つだけ仕留めうる《魔法》があるが、今までメガネがオートで発動していたから、今回ぶっつけ本番だ。それに、おそらくこれを発動すると俺自身もダメージをうける。だから確実に仕留めるための一押しが必要だ。
次第に俺の《身体強化》魔法が制御しにくくなってきた。《体内魔力》が強すぎて制御できなくなって来ているのだ。それに合わせて、頭痛と目眩、倦怠感がひどくなって来ているのを自覚する。血も足りないらしい。
俺に残された時間は少ない。
俺は仕込み刀を吐出させて思い出す。黒縁メガネがオートで発動していた《振動》の魔法の反応パターンを。
そしてその刃に魔力を込めて記憶の限りに魔法発動時のアニマの反応パターンの再現を試みる。
やがてキーンと言う蚊の鳴くような高周波音が聞こえてきた。
よし!
オート発動程はうまくはないが、それでもなんとか発動できているようだ。これで最低限の準備はできた。後はタイミングを見計らうだけだ。
俺が隙を伺っていると不意にグリズリーがまた大きく仰け反った。
ここだ。
俺は足に《身体強化》を強く発動してグリズリーの胸に向かい跳躍する。そしてその勢いのまま、仕込み刀を心臓めがけて突き出した。
狙い違わず、抵抗を感じながらも高周波振動ブレードがその胸に突き刺さった。
―――ガアァ!
しかし、その分厚胸の筋肉が邪魔をして、仕込み刀は心臓には届いていない。
だがそれは最初からわかっていた。
それと同時、俺は全ての《体内魔力》をできる限り右腕に集中させてそれを発動する。
「これでおしまいだ! エェレクトロキュートォォオ!」
バチ!バチバチ!バチ!ズガガガ!
―――ガァァァ!
「ぐううあああぁ!!!!」
その瞬間、強烈な閃光と共にグリズリーの全身から高圧放電の雷鳴が轟き、グリズリーが断末魔の悲鳴を上げた。しかし、同時に俺も耐え難い痛みに悲鳴をあげる。
そしてグリズリーは煙を立ち上らせたまま仰向けに倒れた。それと同時、俺も倒れ込んだ。もう本当に動けない。
「はぁはぁっ! ・・・・・・っつう。やっぱこうなったか。もう二度とやりたく無いな。」
俺は焼け爛れた右腕を見てそう呟いた。
そう、俺は自分で放った《紫電》に感電し右腕を焼かれていた。
俺は溢れ出る全ての《体内魔力》を右手に集めてそれを全て電子(電気)に変換した。その結果、俺の右手は膨大なマイナス電荷を帯びた。その発生したマイナス電子は俺の仕込み刀からグリズリーの心臓を通過して足から地面に流れたのだ。
しかし、俺の腕全体で高電圧が発生したものだから、当然腕も感電したというわけだ。
因みにこの時、もし俺が足を地面につけていたら俺もグリズリーと同じ末路を辿っていただろう。だから俺はできるだけ高く跳んで空中で発動した訳だ。
俺は、仰向けのまま顔を横に向けてグリズリーを視る。《彗心眼》に映るグリズリーのアニマが空中に溶けて霧散していった。その一部を俺のアニマに融合させて。
今まで意識できていなかったが、その魔物を倒すとその《霊子結晶》の一部が近くの生物に取り付くように融合するようだ。ただ近いだけでなく他の要素もあるのかもしれないが。
そう言えば、凛香が命を落としたその瞬間も、確かに俺の魂に融合したのを見た。もしかしたら、そうやって生き物の《霊子結晶》は少しずつ強くなっていくのかもしれない。
とにかく、あのグリズリーを確かに仕留めたのだ。
ふぅっ。と一息つきたいところだが、俺にはそんな時間は無い。
際限なく発生する《体内魔力》が俺の体の中で制御しきれずに暴れ出し、そのせいで体は鉛の様に重く、先ほど酷使した《彗心眼》のせいで頭が割れそうに痛い。焼けただれた右腕も風が当たるだけで激痛が走る。胸の傷からの出血も相当にひどく、もう白いシャツも真っ赤だ。貧血でクラクラする。
まさに満身創痍。
だが、それでも俺は立ち上がる。このまま待てば待つほど俺の症状は酷くなるからだ。あのメガネを探さなければ。
記憶の限りに最初に遭遇した地点を目指してフラフラと歩き出したその時。
―――ドォン!
俺の背後で、何か巨大なものが着地した。
そして俺が振り返ったその瞬間。
―――ガオォォオン!
咆哮が轟いた。
いつも読んでくれてありがとうございます♪
電気って怖いですね。
42Vでも人って感電すれば死ぬらしいですね。
ちなみに私は家庭のコンセント(交流100V)で感電したことが何度かありますが生きてます。その理由は交流だからってことらしいですよ。直流はマジで危ない。




