九十六 出向くもの
福一が一息入れた後、白星は青と白への挨拶もそこそこに土蜘蛛御殿を発った。
福一が仕入れてきた次なる龍穴の在処、伊吹山へ向かうためである。
此度の遠征は打猿と国麿は同行せず、福一のみを供にしての行脚となる。
そこで須佐の呪法、神足通と呼ばれる歩法をもって進むことを福一は提案した。
神足通とは六神通の一つであり、禅行を極めた者だけが習得できる神通力である。
本来の効果は、思いのままの場所へ瞬時に移動したり、自在に姿を変えることができたりなどと、様々な能力を含む超人的なものだ。
しかしそこまで使いこなすには過酷な条件があり、生涯をかけた壮絶な修行が必要な上、才覚がなければ習得できるかどうかもわからぬ、ある種博打のようなものであった。
草の育成のためにそこまで手間をかけられぬ故に、須佐においては、常人の数倍の速さで走る事ができる程度に効果を抑え、手軽に使用できるよう手を加えて用いられていた。
無論これだけでも、呪術の才と厳しい修行が伴わなければ行使は叶わぬものであり、福一の術師としての確かな腕前を物語っていた。
かくして、疾風の如くに街道を駆け抜ける影が二つ、晴天の陽に照らされる事となった。
「私はこの術が特に得意でしてね。小間使いとして便利に使われているのですよ」
走りながら、普段から細い目を更に細めて苦笑する福一の声には、誇りと諦観が混ざり合っていた。
「かか。健速はさぞ人使いが荒そうだしの」
「その通りです。笑いごとではないのですよ」
白星の茶々に、ふう、と溜め息をつく福一だが、
「しかし此度は白星様と星子様へ直々に仕える栄誉ある御役目。張り切ってお供しますとも」
そう胸を張って白星に並走するのであった。
「ねえ福一さん。伊吹山って、どんなところ?」
置いてきぼりにならぬよう、お守りから首のみ出して星子が尋ねる。
「多くの霊山に囲まれていますからね。須佐に似て、空気と緑が綺麗な場所でしたよ」
ふと福一が遠い目を見せる。
在りし日の須佐の里と重ね合わせているのだろう。
「そっか……きっといいところだろうね」
「ええ。周囲の山々は、ですけどね」
「うむ。暴風の結界が張られておると言うておったな」
「はい。現状の須佐の氷雪結界同様に、入ろうとする者を拒んでいます」
福一の顔に緊張が走る。
「即ち、龍穴を手にしたかつてのわしと、同格の存在がいるに他ならぬ、と」
「……そういうことになりますね」
「かか。結構ではないか。血が滾るというものよ」
白星は首を手中に収める度、在りし日の己を取り戻しつつあった。
五つ揃えた今や、大妖と呼ばれた面影が、時折言の葉を介して漏れ出す程である。
それは聞く者の背に戦慄を走らせると共に、味方で良かったと安堵させるものでもあった。
「さあ、もうじき着きますよ」
流れる景色を見向きもせず、福一が前方を指で示す。
そこには一際高い霊峰がそびえ立ち、他を拒むべく、嵐の衣で身を包んでいるのが遠目からでも見て取れた。




