八十八 報ずるもの
晴れて豪雨より解放された琵琶湖は、元の凪たる湖面に、周辺の萌える緑が映える、風光明媚な風景を取り戻していた。
「いやあ、遠くからでも姉御の勇姿はばっちり見えだぞ。とんでもねえ暴れぶりだっだなあ」
「おう。おらあ途中で龍の方が可哀想になってきちまっだくらいだ」
打猿と国麿が、競って白星を褒め称える。
竹生姫の退治が済み、竜宮での報告が済んだ白星は、琵琶湖の龍穴の管理と竹生姫の鎮魂を鰐淵王へ任せ、すぐに湖の畔で待たせていた打猿達と合流し、情報を共有していた。
しかし、
「ずるいずるい、ずーるーいー! 白星だけ竜宮に行って宴会してくるなんてー」
その最中に目を覚ました星子に、こうして責められていた。
白星の肩を、ぽかぽかと叩く素振りを見せる星子。
それを気にも止めず白星は、
「ぬしはずっとぐうすかと寝こけておったろうが。人のせいにするでない」
鎧袖一触、ばっさりと切り捨てる。
「だってぇ……いつも急に眠くなるんだもの」
「どうにもぬしは、わしが力を振るう際に寝込んでしまう癖がついてしまっておるの」
白星が首を傾げ、何か思い当たった様子で星子を指差す。
「思えばぬしのその姿、須佐を発ってよりとんと変わりないではないか。それ即ち、魂が育っておらぬ証拠。わしが動く度に、意識がわしの力に呑まれておるのよ」
「と言われても、どうすればいいの?」
「揺らがぬ魂を育てよ、としか言えぬな」
「だからそれをどうすればいいのか教えてよー!」
「人であらば、尋常に生きておるだけで経験を積む。ぬしはその経験が圧倒的に足りぬでな。起きていられる時には、とにかく様々なものに触れよ。さすれば、おのずと育つことだろうて」
「そうしてるつもりなんだけど、難しいなあ……」
白星に言いくるめられ、一旦は威勢が収まった星子だが、いまいち納得いかないようだった。
「かか。ぬしは丸七年眠っておったのだ。数ヶ月でその差は埋まるまい。焦らずじっくりやれい」
瞬時、慈愛のこもった眼差しで星子を見やると、白星は打猿の背に飛び乗った。
「それより、青の使いは終わった。さっさと戻ろうぞ」
「おう。仕事の出来はおれ達がきっちり見届けたし、文句は言わせねえぜ」
「そうそう。凱旋だ凱旋。胸を張って帰れるぞお」
「うむ、そうさな」
「経験……経験かあ……」
星子を除き、陽気な声をあげながら青のねぐらへの帰路につく一行であった。
青のねぐらに帰り着くと、早々に青と白が廊下に控え、床に三つ指ついて一行を出迎えた。
青においては、
「先触れの伝達糸を通じ、見事龍神を討ち果たしたと、子細は聞いております。白星殿のお力を見くびっていたこと、誠に謝罪のしようもありませぬ。どうかこの通り、お許し願えませんでしょうか」
と、先に訪れた際より手の平を返したように殊勝な態度であった。
「私はこうなること、信じておりました、ご無事でのお帰り何よりでございます」
対して白は可憐な顔を綻ばせ、にこにこと一行を労った。
「懸案であった豪雨も止み、白星殿の実力も証明された。となればやることは一つ」
青がすっくと立ち上がり、屋敷全体に届くよう声を張る。
「皆の者、宴の準備を!」
屋敷中から喜色に染まった返事が響く。
元々陽気な種族故、招いては宴、労っては宴と、土蜘蛛と宴は切っても切れない関係であった。
「ささ、白星殿は準備が済むまで湯にでも浸かられるがよかろう」
青に手ずから導かれ、湯殿へ向かおうとしたその時だった。
「……失礼、伝達糸にて火急の連絡が入りました」
先導していた青が立ち止まり、急に震えた伝達糸に問いを返す。
その顔色は、元々青白いものが、蒼白と言って良い程に悪くなっていた。




