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逢魔が刻の一ツ星  作者: スズヤ ケイ
七 荒れ狂うもの
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八十三 荒ぶるもの

 琵琶湖周辺は相も変わらず土砂降りが続き、白星は再び打猿の腹の下に軒を借りながら移動することとなった。


 青達のねぐらから琵琶湖までは目と鼻の先であるが、それでも近寄るごとに雨の勢いはさらに増し、稲光に包まれる事数えようも無し。


 青からは、ほとりに着けば状況がすぐわかるとしか聞いておらず、その言葉に従い、こうして湖に向かっているところであった。


 やがて湖畔に辿り着いた時、一向は天空の彼方から、耳を覆いたくなるような轟音が鳴り響いて来るのを聞いた。


 それに気を取られて目をやれば、遥かな高みに、雷雲の中でのたくる蛇身のようなものがかすかに見えた。

 あれがこの水害を引き起こしている龍神なのだろう。咆哮の度に雷が落ち、雨足が強まっていくのをこのまま放置するのは、確かに危険と言えた。


 しかしあそこまでの高みに留まっているようでは、こちらから手出しは出来ぬ。

 どうしたものかと白星が考えていると、ふと頭の中に言葉が浮かび上がるのを感じた。


(……もし。この声が聞こえておりますれば、お返事を下され。もし。この声が聞こえておりますれば、お返事を下され……)


 しゃがれた翁のような声。

 それは、ずっと誰かに届かせようと必死に呼びかける声なき声であった。


 白星は一向を見回すが、どうやら聞こえているのは己一人の様子。なれば呼ばれているのは己だけであろうと、心の中で返事を発した。


(もし。この声が聞こえておりますれば……)

(聞こえよるぞ。ぬしは何者か)


 白星が返答すると、声の主ははっと息を呑む気配と共に、瞬時黙した。まさか返答があるなどとは思いもよらなかったのだろう。


 やがて平静を取り戻したらしく、翁の声が再び響く。


(おお、おお、この声が届くお方をお待ちし申した。我が名は鰐淵王わにぶちおう。琵琶湖の主にして、あれなる荒ぶる龍、竹生姫ちくぶひめの父にてございます)

(ほう。して、わしに何用か)

(この声は強き霊力ある者にしか聞こえませぬ。その御力を見込んで、お願いがございます。どうかあの愚かな娘の暴挙を止めて頂きたいのです)

(それはこちらとて望むところ。しかし手段に困っておってな。ぬしは何ぞ妙案はあるかの?)

(我が城、竜宮までお越し頂ければ、龍穴の力を用いる事ができます。それで手段は確保できるかと)

(うむ。よかろ。ぬしの言葉に賭けてみようぞ)


「打猿や、ここまで軒代わりご苦労だったの。わしはちと用事ができた。しばしそこらで雨宿りでもしておれ」


 竜宮からの招待を受けた事を皆に明かすと、白星は打猿の腹の下より一歩出る。

 それだけで一瞬にしてずぶ濡れになるが、これから湖底に潜るというのだ。構うものではない。


「姉御一人で大丈夫かい?」


 打猿が心配気にするが、白星は笑っていなす。


「かか。ぬしらでは息が続かなかろ。それにこの水は邪気に満ちておる。尋常な生命活動が不要なわしだからこそ、向こうも指名してきたのであろうよ」


 白星は畔からざぶざぶと湖に入り込みながら推測してみせた。


「なに、水中戦は経験済みぞ。罠だとしても心配するでない。では、ちと行って来るでな」


 まるで近所へ使いにいくかの如くの軽薄さで、白星は濁る湖にざぶんと姿を消した。


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