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逢魔が刻の一ツ星  作者: スズヤ ケイ
五 繋ぐもの
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六十九 育むもの

 懸案だった例祭はとどこおりなく終了し、お役御免となった浅羽の兵は、早々に軍をまとめて帝都へ帰還していった。


 この機を待ちに待っていた白星はすぐさま行動を開始し、熊野の龍穴掌握と、霊域としての強化に乗り出した。


 大手を振って御山の本宮に陣取るなり、鳴釜を要として龍穴へ潜り、たちまち周辺の地脈を一手に支配下へ置いた。


 その上で白路の地と同様、二度と他の者に占有されぬよう、幾重にも防護の陣を編み、霊的要塞として万全のものとしてゆく。


 同時に、龍穴の一部を土蜘蛛御殿へ繋ぎ、五馬を要として新たな龍穴へと仕立て上げた。


 これは、仮に国が熊野の陥落に気付いた時を想定した備えであった。

 御山の龍穴は囮とし、地下に根を移してあざむくための工作である。


 何より、離反が暴かれれば、窮地に立たされるであろう熊野の者達の避難場所とする意図も多分に兼ねていた。


 かくして熊野と運命を半ば共有する形となった土蜘蛛一派だが、代わりに龍穴からの恩恵を受けられるとあって、五馬は快く承諾した。

 ここに白星、須佐、土蜘蛛、そして熊野からなる同盟が新たに成ったのである。


 そして土蜘蛛達には引き続き健速と星子が、須佐の舞いと剣の指南を徹底して行った。


 一口に土蜘蛛とはいうものの、育つ過程は個体差が大きい。

 奇形であってもある程度人のていを残す者も多く、五馬や打猿、国麿ほどに異形へ変化するには、何百という歳月が必要であるらしい。


 そこで、現時点では人とそう変わらぬ者を中心に隊を組み、集団で動く術を学ばせたのだ。


 これにより、今まで個人の力量任せで暴れるしか能の無かった土蜘蛛達に、ようやく軍隊として統制の取れた動きが備わった。


 傷さえ癒えれば、常人より身体能力に優れた者達である。

 正規の剣と戦術を覚えた事で、その戦力は一回りも二回りも増強されたと言ってよい。


 ここまでで、実に一月ほどを費やした。


 これにて白路の地同様、基盤が固まったと判断し、白星はいよいよ次の目的地へと旅立つ算段を始めるに至った。






 かくして初夏の陽気が徐々に近付く最中。


 その日、白星の招集に応じ、土蜘蛛御殿の座敷にはそうそうたる面子が揃っていた。


 土蜘蛛からは、屋敷の主である五馬が上座へ座し、東北の地よりの客将、打猿と国麿が開け放った障子の外の庭で能面を並べている。


 熊野からは芦名と奇稲田。そして芦名の腹心である佐野さの亜生あせいが供として席に着いた。


 白星の脇には健速が控え、反対側には星子の宿るお守りが置かれている。


 健速は元々大黒屋として芦名と懇意にしていたが、すでに須佐である事を打ち明けて、より一層の協力を取り付けてあった。


 一同が緊張し、その発言を待つ中、白星はまるで気にも止めずにさらりと話題を切り出した。


「さて。今日ぬしらを集めたは、次の一手をどうすべきか意見を聞きたくての」

「それは、近く熊野を発つ、ということでありましょうか」


 いざその時が来ると不安が込み上げたのだろう。芦名が眉尻を下げながら問う。


「うむ。熊野の守りは整ったでの。有事の際の取り決めも結んだ今、もはやわしが留まる意味もない」


 五馬がてた茶をすすりながら、白星は安穏と返した。


「後はぬしの演技次第よ。わしらが帝都を落とすが先か。ぬしが帝都の使者の前にてぼろを出すのが先か。まあ、今まで通りにしておれば問題なかろ」

「そ、そうですか……」


 気休めの言葉が余計に重責と感じたようで、芦名の肩が傍目にもがくりと下がる。


「大丈夫です、兄上。私もついております。いざとなれば、宣託と称して何とでも誤魔化してみせましょう」


 そう胸を張って芦名の肩を支える奇稲田。

 巫女は今や神の器という楔から解き放たれ、すっかり溌剌とした笑顔を取り戻し、兄より気丈な面を見せていた。


「かか。よほど巫女の方が肝が据わっておるの。芦名や。妹に恥じぬ治世をしてみせい」

「は……肝に銘じまする」

「白星様。拙者以下、兵一同も心血惜しまず芦名様へ助力致します。どうかご安心下さい」


 額の汗を拭いつつ芦名が平伏すると、亜生もそれに倣い、臣下を代表して誓ってみせた。


 そこへ次は五馬が口を開く。


「白星殿のお目当てが、残りの首を探すことなれば、心当たりがないでもない」

「ほう。詳しゅう聞かせよ」

「ここ数年、あちらこちらで邪気溜まりができ、強大な鬼や魔が相次いで生まれていた。白星殿の解放と共に、抑えていた邪気が国中に散ったのならば、時期もちょうど合おう。それらの火消しに鹿島の軍が躍起になっていたが、結局手が回らずそのままになっている魔境がいくつもある。それらを巡ってみてはいかがか」


 五馬は言いながら、畳に広げた地図を転々と指差してゆく。


「ふむ。道理よな。わしの首が埋まっておれば、おのずと邪気は惹かれよう」


 白星は五馬の指した地点を頭に焼き付け、深く頷いた。


「それでしたら、一度信太(しのだ)の森と呼ばれる地へも足をお運びください」


 芦名の世話を焼いていた奇稲田が、思い出したように発言した。


「ここより北、帝都の手前と、少々危険な位置にあるのですが。かの安部氏に所縁ゆかりある地だと伺っております。となれば当然、須佐の血とも関わりがあるはず」

「我等の縁起に連なる地か……」


 顎鬚を撫でつつ神妙に呟く健速。


「かの地には強力な迷いの結界が張られており、国が自ら禁足地と定めた程だとか」

「どう考えてもあやしいね」


 奇稲田の言葉に大きく首肯する星子。

 二人は巫女同士という事もあり、この一月で姉妹のように打ち解けていた。


「むう。おれも付いて行きたいが、熊野におらねば他の草との連絡が取れん。これまで通り、千歳と共に後方支援に努めよう。それと、白星殿の分のしんも出来あがったぞ。受け取ってくれ」


 健速は無念そうにしながら、白星に大ぶりの蛤の片割れを預けた。


「うむ。これで遠方でも連絡が取れるか。まこと便利なものよ」


 国中に散った須佐の草同士の連絡は、主に蜃で行っている。

 しかし一つのつがい同士でしか繋げられないため、大黒屋裏手の庵には持ち運べない程の蜃が置かれている。

 それら大量の蜃を通じて、各地より寄せられる膨大な情報を取りまとめているのだ。代えの効かない大事な役目であった。


「鹿島が討ち損ねて逃げ帰っだ化けもんなら、おれらも知っでるぞ」

「ああ。東に戻っで、八十女の女王達に聞げば、もっどわがるかもなあ」


 皆に負けじと、打猿と国麿も案を出す。


「おれらも一度巣へ戻るし、姉御も一緒に来るかあ?」

「だっはっは! そりゃあいい! 八岐大蛇を紹介しだら、八十女の皆も仰天すっぞ」

「ふむ。それもよいの」


 次々と提示される妙案に、白星はしばし瞑目して脳内で情報を整理する。


「……うむ。では国麿達に便乗して、まずは東回りに地脈を制してゆくとするかの。旅は道連れと言うのであろ?」

「そうこなきゃなあ! いやあ、楽しみだあ!」

「来る時は急ぎ旅だったけどよう、帰りはゆっくり道草でもすれば、気付かなかっだ龍穴があっかもな!」


 大土蜘蛛二体が諸手──巨大な爪のある前足を振り上げ、喜びを示す様はなかなかに圧巻であった。


「ふふ。そうと決まれば、送別の宴を催さねばな?」

「芦名殿もいける口だと評判だぞ」


 五馬が艶やかに微笑むと、健速がにやりと横目で芦名を見る。


「む。そう言われては、漢気の一つも見せねばなるまい」


 弱弱しかった芦名は、宴と聞いて水を得たように生き生きとしだした。



 かくして会議もそこそこに、土蜘蛛御殿は尽きぬ喧噪に呑まれていった。


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