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逢魔が刻の一ツ星  作者: スズヤ ケイ
五 繋ぐもの
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六十八 燻るもの

「叔父上、どうしたのですか?」


 叔父の変化に気付き、重ねて星子も尋ねるが、健速は拳を握り締め唇を噛み締めるのみ。


「ふむ。浅羽の兵が気になるか」


 健速の視線の先を読み取り、白星にも閃くものがあった。


「以前、須佐の地の記憶を見せた際、ぬしは天狗が襲撃者であったと言うておったな。あれがそうか」

「ああ。記憶の中では覆面をしていた上、暗闇に紛れていたせいで確証は持てんが……新任の少将が、賊の頭目に背格好がよく似ている」

「では、あれが里を襲った者達!?」


 星子の声にも緊張が走る。


「しかし、兄者に落とされたはずの腕はある。解せぬが、外法で癒したか……? しかし、何であろうが、どの道捨て置けぬ。いっそ今宵にも乗り込み……」

「ならぬぞ」


 ぶつぶつと物騒な算段を始めた健速に、白星は待ったをかける。


「……何故止める。積年の恨みを晴らす機会なのだぞ。人違いだろうと、天狗は天狗。捕らえれば情報を引き出せるかも知れん」


 健速からはすでに平時の温厚さは抜け、恫喝じみた鋭利な声が白星へ向けられた。


「そうだよ! 白星も手伝ってよ!」


 星子も悲痛な声を上げるが、白星は双方に言い聞かせるべく静かに制した。


「憎き仇を前にはやるのはわかる。が、ちと頭を冷やせ。何のためにわしらがここへ厄介になっておるか、忘るるな」


 冷静な言を受け、星子は声を詰まらせ、健速の握り拳から血が滴り落ちる。


「今一度言うておく。わしは先に受けた傷が未だ癒えぬ上、龍穴との同調も半ばにして、満足に動けぬ。土蜘蛛は負傷者が多く、戦力に数えられん。ぬしの武を侮る訳ではないが、孤軍奮闘したとて、あの数の天狗を相手にはできまい」


 健速は何か言いたげにしたが、結局押し黙った。

 それを肯定と取り、ここぞとばかり白星は畳みかける。


「何より、ここで戦を起こさば、熊野の民をも巻き込むことになろう。それはわしらをかくまった芦名の立場を危うくし、ひいてはこの土蜘蛛御殿へも兵の手が伸びよう。そしてわしらの存在が明るみとなり、これまでの隠形が無為と化す。今動くは、利点はおろか危機しか招かぬぞ」


 正鵠せいこくを射た白星の指摘に、健速は返す言葉もなくうなだれた。


 頭ではわかっているのだろう。だが、執念とは理性で御し切れるものでもない。

 それでも努めて平静を取り戻そうと、健速はただ深呼吸に努める。


「何、焦らずともよい。奴らが戦に出張る限り、いずれ再びまみえよう。その機を逃さず、確実に首を獲らんがため。今は牙を研ぐ雌伏しふくの時と心得よ」

「……了解した」


 有無を言わせぬ怜悧れいりな態度から一転、常の穏やかな声色に戻った白星に、健速は憮然としつつも頷いた。


「白星……約束だからね」


 星子は白星の目をきっと見据え、念を押す。


「無論よ。約定はたがえぬ。ただ、わしは勝てぬ戦はせぬ主義でな。段取りが整うまで、楽しみに待っておれ」


 話がまとまった頃合いを見計らい、様子を伺っていた五馬が酒とつまみの載った盆を手に歩み寄って来た。


「貴殿の気持ちは痛い程わかる。我等も幾度も煮え湯を飲まされた身なれば。されど、白星殿の言う事ももっとも。中将は討ち、一歩前進はしたのだ。今は小難しいことは忘れ、宴に興じてはいかがか」


 重ねた怨みの歳月で言えば、須佐の比ではないであろう五馬に言われては、健速も立つ瀬がない。

 吹っ切れたように杯を手にし、ぐいと一気にあおって見せた。


「すまん、おれが短慮たんりょだった。詫びと余興を兼ねて、一指し舞おうと思うが、どうだ」

「かか。妙案ぞ。付き合うてやる」


 健速は懐から白い扇子を取り出すと、蜃の映し出す祭祀の映像を背景に、池の畔へ進み出る。


 白星もそれに応じ、健速に対面する形で白鞘を構えた。


 二人は緩やかな動作から一気に距離を詰め、互いの急所を目掛けて得物を振るい、また紙一重で避けてゆく。

 攻防一体の洗練された動きはまさしく舞いのそれであり、殺人の業ながら、美しいと断言せざるを得ない。


 これぞ須佐に伝わる剣舞の一つ。

 舞いと剣の修練を同時に積める、基本の型であった。


 その頃になると、宴で騒いでいた土蜘蛛らがこちらの動きに気付き、周りへ寄ってきては、二人の一糸乱れぬ剣の舞に感嘆の声を漏らす。


「かくも見事なり、須佐が剣」


 縁側へ腰かけた五馬は、至高とも言うべき肴をあてに、杯を傾けた。



 やがて二人の演目が終わると、喝采と共に観衆が押し寄せた。


「すげえや二人とも! それ、あたしらにもできないかな!」


 真っ先に阿佐が言って来るのに対し、白星は微笑んだ。


「そうさな。ぬしらも穴倉暮らしでは娯楽も少なかろうて。一つ須佐が舞いを教えてやろうぞ」

「それはいい。我等の代で失伝させるには惜しいしな。同盟の間で広めてくれればありがたい」


 健速も伝授に乗り気になり、千鳥足の土蜘蛛達に初歩の所作から指南を始める。


「初めから上手くやろうと思わずともよい。楽しみ、興が乗るままに動いてみよ」


 言いながら、白星はととんと軽やかな足踏みからひらりと袖を翻し、白鞘を地へ打ち拍子を取る。


「おおー! なんかかっこいい! こう? こうか?」


 阿佐が見様見真似で動き始めるが、舞いとは程遠い珍妙なものだった。


「あははは! 阿佐、なんだそりゃ! 猿の真似か?」

「なんだと! じゃあお前もやってみろ!」

「おうとも! よっと……おっとっと、ありゃあ」


 阿佐を笑った少年も威勢よく踊り出すが、勢い余って体勢を崩し、どすんと尻餅をついた。


「思ったより難しいなあ」

「だろ? やっぱり姉御がすげえんだ!」


 それを見かねた白星は、子供らの近くへ星子の宿るお守りをそっと置いた。


「星子や。腰までしかなくとも、多少の指南はできよう。少しずつ教えてやれい」


 それは星子を孤立させず、他者との交流を増やす事で、魂の成長を促そうという配慮も含まれていた。


「わかった。任せて!」


 ここ数日で子供らと打ち解けていた星子は嬉しげに、和気あいあいと踊りの練習にのめり込み始めた。


 気付けば大人も混じり、食器を箸で叩いて音頭を取っては、即興の楽を奏でる者も現れた。


 白星の直感通り、やはり根は陽気な一族なのだ。


 その変拍子に合わせ、白星は蛍と共に煌びやかに舞う。


 背景には、ここに劣らぬ喧噪が響くであろう祭祀の映像。


 そこに映る大柄な天狗の顔を横目に焼き付け、いずれ首を獲るべく密かに誓う。

 立場上、健速を諫めはしたが、獲物を前に手出しならぬ葛藤は、白星も同様にあった。


 しかし、何よりもまず熊野の支配を盤石とせねばならぬ。


 焦りは禁物。それこそ白星がもっとも是とする信条である。


 白星は今後の方策を練りながらも、今は余興の中へ身を投じるのだった。


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