六十四 結ぶもの
「……いつから気付いてたの?」
まるで悪戯を咎められた子供のように、白星を伏し目がちに見上げる星子。
「かか。ぬしの狸寝入りなぞ、初めからお見通しよ。入り口で子供らに囲まれた時点で、動揺したのが伝わったしの。ぬしの人見知りにも困ったものよな」
白星はからかい混じりに微笑むと、星子の宿るお守りを己の脇へ置く。
「されど、そういつまでも隠し通せるものでなし。しばしこやつの世話になるのだ。須佐の名代として、挨拶の一つもしておけい」
本来ならば、須佐の縁者ではない五馬には星子の霊体は視えぬが、白星の紹介により縁が成ったのだ。
「あ……えっと、えっと……」
星子は突然貴人の前へ立たされ極度の緊張に陥ったが、五馬が浮かべる柔らかな笑みに母の面影を感じ取り、次第に落ち着きを取り戻した。
そして腹を決めて胸を張ると、
「失礼しました。田舎者にて、これまでの無作法をお許し下さい」
と一つ前置きして、口上を述べ始める。
「お初にお目にかかります。私は、今は亡き須佐が里長の長女、星子と申します。どうぞよしなにお願い致します」
堂々と名乗りを上げ、礼を尽くして見せた。
五馬はその様を見て目を細め、何度も軽く頷いた。
まるで我が子へそうするように。
「そなたが星子か。白星殿より、大まかには経緯を聞いている。それな小さな身で、さぞや辛かったであろうな」
五馬の慈しむような声を聞き、星子の郷愁の念が寸時膨れ上がる。
だが、こみ上げる涙を堪えると、気丈な言葉を返した。
「いえ。本当につらかったのは、無残にも滅ぼされた里のみんなです。生きのこった私はあまりにも無力。だからこそ、必ずや雪辱を晴らすことを誓い、白星にこの身を委ねたのです」
凛とした星子の瞳の奥に、五馬は復讐に燃える焔をしかと見た。
そしてそれは、五馬ら八十女にも燻っているものと同種だと確信する。
「なんとも見事な気概。それでこそ盟友となるに相応しい。我等が一族も、そなたと仇を同じくする身。共に合力し、怨敵を討ち果たそうぞ」
五馬は音もなく立ち上がると、裾を引きつつ足を進め、白星と星子の元へ膝を下ろした。
「ここに三者の同盟が成ったと見て宜しいか?」
「……はい!」
「星子が良いなら、わしも異議はない」
各々頷くのを見た五馬は立ち上がり、声高に宣言する。
「皆の者、聞いての通り。我等はここに協定を結ぶ。なれば、やる事はわかっておろうな」
それを受けて、屋敷中から歓声が沸き上がり、茶室にどやどやと大人数が押し入って来たではないか。
「やると言ったら宴だ宴!」
「もらった食材で、ご馳走たんと作ったぞ!」
「酒もたんまりある! さあさ、みんなで祝杯だ!」
阿佐をはじめとした子供らや、傷の浅い兵らも加わり、山盛りの料理と酒をどかどかと畳の上へ並べてゆく。
がらんどうだった茶室は、あっという間に膳が居並ぶ宴の場と化した。
「ふむ。まことに杯で契りを交わす事になろうとはの。分かり易くてよい」
「で、あろう? 先日の戦勝祝いも兼ねているが。親睦を深めるには、何よりもまず酒宴よ」
五馬は妖艶に笑むと、手ずから徳利を取って白星の側へ膝を進める。
「まずは一献」
「うむ」
持ち上げた杯に酒が満たされると、白星は一口だけ含み、五馬へその手を突き出した。
五馬が意図を察すると、両手で杯を受け取り、上品な仕種で一口。
そして最後に、星子の前へ杯が供えられた。
「ぬしらと友誼は結ぶ。そこには上も下もない。わしは好きなように動く。だが今回のように、道が交われば協力しようぞ。それで構わぬか」
「承知した。基本は不可侵。事あらば助力は惜しまぬと誓おう」
事態が呑み込めぬ星子の目前で、とんとんと協定が固められてゆく。
「星子や。何を呆けておる。固めの杯ぞ。須佐の名代として、ぐいっといかんか」
「だ、だって、まだお酒は早いんじゃ……」
尻込みして杯に手を付けていなかった星子に、白星が発破をかける。
「一口くらい構うまいて。それに、見てみい。土蜘蛛の子らは平気で呑みよるぞ」
白星が顎をしゃくった先では、阿佐達が徳利を奪い合うようにして貪り呑んでいた。
「我等は元より毒に免疫がある。酒もまた然り。苦もなく呑めてこそ、一人前と見なすのだ」
五馬も止めるでもなく眺めやると、再び星子に視線を戻して無言の圧力を加えた。
「う……じゃ、じゃあ一口だけ……」
気圧された星子は、意を決して杯より酒気を取り上げ、一気に頬張った。
「んぐぅ……!?」
喉が焼けるように熱を持ち、次いで胸がかっと熱くなる。
初めて受ける衝撃に、霊体でも酔うのだろうか、などと悠長な考えが、星子の回る視界を横切った。
「かか。よい呑みっぷりぞ」
白星の褒め言葉も、ぐらぐらとする意識で受け止めるのが精一杯。
「ふふ。原酒ではいささか刺激が過ぎたか。なれど、霊体であれば特に後を引く事はあるまい」
確信犯だと言わんばかりに、袖で口元を隠して笑う五馬。
「これにて我等は杯で結ばれた。上下なしとする故、敢えて姉妹杯とは呼ばぬが。もはや絆と縁は、切っても切れぬ。やれ、めでたし」
心浮き立った様子の五馬は、新しい杯二つへ酒を満たすと、白星へ片方を差し出した。
「さあ、形式ばった儀礼は終い。これよりは無礼講と行こうではないか」
「うむ。星子の分まで飲み干してくれようぞ」
かつんと杯突き合せ、二人が乾杯の音頭を取ると、茶室全体が盛大に沸き立った。




