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逢魔が刻の一ツ星  作者: スズヤ ケイ
四 侵すもの
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五十八 光まとうもの

ここまでご覧頂きありがとうございます。

もし少しでもお気に召しましたら、評価や感想などよろしくお願いします。

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「巫女よ。何を根拠にそう言い切れる」


 芦名は己が妹に、かすかな不自然さを覚えて尋ねた。


「私はつい先程まで、その御方──白星様と、夢を通じてお話をしていたのです」

「夢、だと?」

「はい。これまでの宣託と同様のものとお考え下さい。私は白星様に斬られたことで、祭神との繋がりを断たれました。その縁が引き寄せたのでしょう。気を失っている間、白星様の思念と巡り合ったのです」


 巫女の顔は至って平静。真面目な声色をもって、さらさらと言葉を紡ぐ。


「夢の中での時間は無限に等しいもの。私は白星様と、多くの言葉を交わしました」


 己の巫女としての責務と、窮屈な境遇との板挟み。

 祭祀を務める度に圧される不安。

 日々すり減って行く神経。


 挙句に奉じた神に体を乗っ取られ、これほど苛烈な戦に駆り出されるなど、思ってもみなかったことなど。


 どうせ仕えた神はもはやない。

 巫女はこれまで溜め込んだ不満の全てを、思い切って吐き出した。


 一度(せき)を切った鬱憤うっぷんは怒涛の勢いで溢れ出し、夢の中でなくば、陽が落ちても足りぬほどの時間をかけて語り尽くしたのだった。


 お家がため、民のため。

 これまで誰にも、実の兄にさえ相談できずにいた愚痴を、白星は茶飲み話の如く気楽に聞き入れた。

 その上で、白星は一笑に付したのだ。それ程嫌なら、投げ出してしまえ、と。


 その際、話し手を交代し、白星の来歴を聞かされた。

 己以上の、気が遠くなるほど永きに渡り封じられていたという、太古の神霊の身の上は、巫女に大きな感銘と共感をもたらした。


 白星は身動きすら取れずにいたが、巫女には自由に動ける器と意思がある。縛を解かれた今、これから己の好きに振る舞えばよいではないか。


 それを聞いた巫女は、目から鱗が落ちた気分であった。


 今までに、巫女の役目を押し付けこそすれ、やめてしまえなどと言う者は、一人としていなかった。

 そして知らず、自分でもそうあれと思い込んでいたのだから。


「祭神を失くしたとは言え、次はそれを喰らった白星様の支配下に置き代わるだけなのでは、と。そう諦めていた私には、晴天の霹靂へきれきとも言えるお言葉だったのです」


 瞑目し、反芻するように、巫女は胸に手を当てしみじみと語る。


「辛かろうとは思っていたが、それほどに思い詰めていたのか……」


 憑き物が落ちたようにさっぱりとした妹の顔を見て、芦名は己の不徳に歯噛みした。


「夢の中の会話は、互いの思念を直接交わすもの。本音でしか語れないのです。白星様のお言葉の中に、嘘はもちろん、邪念の一欠けらも感じなかったことを、巫女の名においてここに誓います」


 その場の全員に言い聞かせるよう、凛とした声を張って、巫女が告げる。


「熊野が龍穴は、今や白星様のものとなりました、これは揺るがぬ事実です。しかし、白星様に熊野を侵略する意思はなく、私達にはこれまで通り、いえ、これまで以上の自由を認めて下さいました。もう、旧き神の慣習になど捕らわれずともよい。そう仰って下さったのです」

「うむ。わしはこの通り、すでに器を得ておるからの。無垢な器を常備しておく必要はない。ぬしはこれより自らの足で地を踏み締め、どこぞなりとも好きに歩けばよい。名にしても、好きに名乗り、呼ばわればよい。のう、櫛名田くしなだや」

「はい!」


 現実にて初めて呼ばれた真名に、巫女改め櫛名田は頬を染め、目に涙を溜めて頷いた。


「おお、なんと……なんと喜ばしいことだ……!」


 長年妹に不便を強いて来た芦名にしても、それは救われる思いであった。


「よもや、かような日が来るとは……櫛名田よ。本当にそう呼んでよいのだな」

「はい、兄上。ああ、名を呼ばれるだけのことが、これほど嬉しいなんて……」


 しばし兄妹は抱き合い、束の間涙を流し合う。

 周囲の兵も貰い泣きをしながら、巫女の名を連呼した。


「かか。うつくしきかな。家族の情」


 白星は水を差さぬよう、ぼそりと呟き一人笑む。



 一しきり喜びを分かち合った後、櫛名田は切り出した。


「兄上。私は今、とても晴れがましい気分です。もう中将殿のお相手もせずに済みますし、色々な事から解放されて……まるで、まだ夢を見ているようです」

「そうだな。思えば、鹿島の戦力は頼りにはなったが、あの横暴ぶりには辟易していた。帝都とは手を切る……考えようによっては、もうあれらに悩まされずに済むということか」


 腕を組み、妹の言を受け止めた芦名にしても、大きく頷けるところがあった。


「ですが芦名様。報告上は土蜘蛛は全滅したとしましても、まだ付近に潜んでいるのでは。それらを野放しにできましょうか」


 副官はあくまで一歩引き、冷静な見地から意見を述べた。


 対して、それまで静観していた白星が口を開く。


「慎重さは美徳よな。されど、心配は無用ぞ。あやつらは身内を取り返しに参じたに過ぎぬ。仇の中将が死に、同胞を解放した今、刺激せねば問題あるまいて」


 副官は物怖じもせず反論する。


「負傷者を多く抱え、すぐには動けぬ、という事情は察しております。拙者も、敵でなくば彼らを排斥するつもりはなく。ただ問題は、開催間近に控えた例祭にありまして」

「ほう。詳しゅう聞かせよ」


 白星が促すと、副官は一度芦名に視線で許可を取り、続けた。


「は。報告を偽るにしても、代わりの護衛兵は再度送られるでしょう。その際、中将の仇が周辺に潜んでおらぬか、鹿島の面子をかけて大規模な捜索が行われることは必至。仮に近郊で土蜘蛛が見つかりでもすれば、匿っていたと勘繰られても言い訳が出来ませぬ。それこそお家断絶では済まぬ事態となりましょう」

「土蜘蛛については信の置ける者へ託しておる。簡単に見つかることはなかろ。して、ぬしの心配事はそれだけかの」


 白星の鋭い指摘に、副官は一度言葉を切り、白星を正面から見据え、意を決して本題へと切り込んだ。


「ずばりお聞き致します。貴殿のお目当ては龍穴との事ですが、それを頼みとして、国に叛乱を仕掛けるのが真意ではござりませぬか」


 核心を突いた副官の言葉に、周囲の兵よりどよめきが起こる。

 薄々感じていた芦名にしても、いざ言葉にすれば手が震える思いであった。


「ぬしは実に聡いの。うむ。叛意は確かにある。しかし、ぬしらを直接巻き込むつもりはない、と言うて信じるか」

「信に値するものあらば」


 問いに対して白星は、土地の気脈と縁を繋いで支配を広め、いずれ国中の地脈を掌握するという遠大な構想を語ってみせた。

 龍穴を狙うのもその一環であり、此度はたまたま利害の一致で土蜘蛛と共闘したに過ぎず、本来兵を用立てるつもりはないとも言い切った。


 それを聞き副官は、闇夜を煌々と染め上げ、一夜にして山の景色を変えた雷撃の雨を思い起こす。

 確かにあれ程の御業を振るうのならば、人の子の兵など邪魔になるだけであろう。


 副官は白星に敬服し、出過ぎた真似を謝罪した。


「構わぬ。それよりぬしらに期するのは、龍穴の管理よ。せっかく手にしたものの、枯れては敵わぬでな」


 白星は座り込んでいた腰を上げると、朝日を背にして熊野の兵らを見回した。


「されど、特別な事は何もない。龍穴の存在を知るぬしらには、釈迦に説法やも知れぬが。この熊野が龍穴は、御山の霊気と民の活気が混じりあって出ずるもの。これまで同様、ぬしらが健やかに過ごして居れば、それだけでよい」

「は。謹んで、拝命致します」


 白星がその気であれば、熊野を落とす事など容易だったのだろう。

 それを例え龍穴のためとは言え、敢えて巫女を討たず、人々を活かす路を選択した白星に、芦名は深く感謝した。


「見返りとして。亡き祭神に代わり、加護を授ける程度の義理は果たそうぞ」


 白鞘を地に突き、つかへ両手を重ねて宣言する姿は、すでに隠形剥がれ落ち、太陽の後光も相まって、白銀の女神が降臨したかの如し。


 自然、その場の人々は新たなる神の着任に、次々頭を垂れて行った。


「兄上。私は決めました。私は私の意思で、白星様に信仰を捧げると。それが帝への背信であろうとも」

「うむ……あの方になら、熊野が命運、賭けてよいかも知れぬ」


 抱き合ったまま、兄妹は言葉を交わす。

 向ける視線の先には、神々しい輝き放つ一人の少女。


 今後の課題は山とあるが、今この時の決心さえあれば、容易く乗り越えて行けるのではないか。

 そう思わせるだけの威厳が、真白き少女には満ちていた。



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