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逢魔が刻の一ツ星  作者: スズヤ ケイ
四 侵すもの
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五十六 解き放つもの

 いつの間にか、月は流れ出た雲間に隠れていた。


 夜明け間近の薄闇の中、二人の巫女が舞うように交錯する。


 片や白鞘の、妖気渦巻く長大な刀。


 片や気脈でかたどった、蒸気噴き出す灼熱の剣。


 互いの得物がぶつかり合い、仰け反っては即座に立て直し、また打ち込んでゆく。


 両者共に未だ致命傷はなく、意気軒昂なまま、激闘が続いている。


 当初は防戦一方であった白星の体捌きは、ここへきて復調し、両者の腕は互角となって、一進一退の攻防を繰り広げていた。



 いや──互角、というのは誤弊があろう。



 時を経るに従って、息を吹き返しつつある白星とは対照に、熊野の巫女は次第にまとう気が衰え始めていた。


 巫女に宿った熊野の神は、秘めた気力こそ膨大ではあるが、恐らく巫女の器を使って戦うのに不慣れなのではないか。


 相手を観察する余裕の出来た白星は、そう推測立てた。


 すでに器と完全な融和を遂げている自分と比べ、同じ時間当たりの気の消耗量が多い、つまりは燃費が悪いのだろう、と。


 そして扱う剣の質の違いが、両者の差を決定付けていた。


 剛力で押し通し、かするだけでも致命傷。空振りですら地形を容易く変えてゆき、いずれ相手を追い詰める。

 巫女の膂力りょりょく(みなぎ)る、豪の剣。


 対して、決して正面からぶつからず、己から仕掛けず。柳の枝のごとく相手をいなして隙を突く。

 白星の無形むぎょうなる、静の剣。


 どちらが力をより多く消費するかは自明であろう。


 ここに至り、数々の小細工で時間を稼いでいた白星に、逆転の機が訪れつつあった。


 そしてそれは巫女も先刻承知のはず。

 力尽きる前に勝負を急ぎ、奥の手を出して来るであろうと白星は読む。


 果たして、幾度目かわからぬ打ち合いが繰り返される最中、巫女は不意に剣に込めた力を緩め、白星にいなす機を与えなかった。


 渾身の袈裟斬りを囮として、そのまま鍔迫り合いに持ち込んだのだ。


 猪武者の思わぬからめ手に、虚を突かれた白星は態勢を崩し、後方へ仰け反る形で巫女の剣を受ける事になった。


 足場はこれまでの破壊の痕跡が酷い凹凸を描き、なんとかこらえた白星の足元は、今にも崩れそうな不安定なくぼふちであった。

 後半歩も下がればがらりと崩れかねない足場を察し、白星も全身で対抗して後退を阻止する。


 そこへ加えて、新たな危機が迫る。

 至近距離にて灼熱の剣を受け止め、頭上を取られているために、煮えたぎる雫が白星の全身を灼こうと、どろどろと垂れて来たのだ。


 白星は足を踏ん張りながらも、出来る限りの呼吸をもって、覆い被さる巫女へ向けて烈氷を吐き出した。



 するとその瞬間。


 二人の間に凄まじい力が生じ、轟音と共に爆散した。



 高温の熱水と氷雪がぶつかった結果、溶けた氷が瞬時に膨張し、水蒸気爆発を起こしたのだ。


 二人は成す術なく吹き飛ばされ、それぞれ正反対に、手毬のように跳ね転がって行った。


「かか。かはっ。なんとも派手に弾けたものよ」


 さしもの白星も無傷といかず。

 瓦礫を押し退け、咳き込みながら、白鞘を杖として立ち上がろうともがく。


 全身がきしみ、悲鳴を上げるが、骨は痛んでいないようだ。

 幸いにして、二つの要素が白星を致命傷から守ったのだ。


 一つは、爆発した後も、凍える吐息を途切らせずに障壁としたこと。


 そしてもう一つは、他ならぬ白鞘の存在であった。


 正面から爆発の勢いをほぼ全て受け止めた代償に、美麗なる表面にはびしりと一つのひび割れが生じていた。


 白星は束の間、己の本体である白鞘へ目を奪われた。


「我ながら、傷物となってもうつくしい、の」


 冗談めかして傷口を指でなぞる。



 ──どくん。



 ふと、傷口に触れた指を通じて、不思議な鼓動を感じ取った。



 ──どくん。どくん。



 まるで心臓の跳ねるような。



 ──どくん。どくん。どくん。



 まさに生命の源を思わせる、原始の音色が白星の全身を駆け巡る。


 同時に、巫女と戦闘に入る直前に繋ぎかけた記憶の欠片が、ぴたりとはまるのを白星は覚えた。


「かか。かかか。そうであったか」


 ゆらりと立ち上がり、白鞘を持ち上げた白星は、痛みも忘れて笑い出す。


「そういうからくりだったとはの。まったくもって、手の込んだことよ。天津どもめ。よほどわしが怖いと見える。のう」


 そう笑いかける先には、左腕を犠牲に身を守ったらしい熊野の巫女が、憤怒の形相で猛然と駆け寄って来ていた。


「お……おろ、ち……! それだけは、ならぬ……!」


 巫女は残る右手を大きく引くと、まだかなりの距離がある白星へと刺突の構えを取った。


「……うがて……はばぎり……」


 ぼそりと呟きながら放った突きは、白星との距離を無と化した。


 灼熱の剣より噴出した熱気が、疾風の如く白星の左肩を撃ち抜いたのだ。


「くはっ。かか。もはや、ぬしもわかっておろう。これなるはただの器。いくら壊そうが、無為であると」


 高揚から痛みを感じていないのか、白星は笑いながら己に刺さった熱刀へ白鞘を触れさせた。


 するとたちまち、ひび割れた部分へと熱気がしゅうしゅうと吸い込まれて消えてゆく。


「努々《ゆめゆめ》忘るるな。解放したはぬしぞ。礼は言わぬが、責任は取れい」

「ぬかせ……まいぞ……!」


 だんっ、と大きく跳躍し、裂帛れっぱくの気迫を込めて剣を振り下ろし来る巫女に向け、白星は瞑目して白鞘を構える。


 白鞘のひび割れは、よくよく見れば綺麗なものであった。


 真っ直ぐに、横へ一文字。


 それはまるで──






 巫女の剣は振り抜かれ、大地へ新たな亀裂を生んだ。




 全ての音は、さあっと吹き抜ける一陣の風に呑み込まれて消えた。



 ただ一瞬。

 崩れ落ちる巫女の瞳は、朝焼けを受けて煌めく、うつくしい湾曲を映す。


 伏した巫女の顔からは険が抜け、蕩けるような幸福に満ちていた。



 残心を解いた白星は音もなく納刀すると、大きく息を吐く。


「さすがに骨を折ったわ。その甲斐に見合った収穫かの」


 微笑みつつ、白鞘を愛おしげに撫でる。


 白鞘に入ったひびは、本来の鯉口そのものであった。


 これまで白星は、敢えて刀を抜かなかったのではない。

 封印により、《《抜けなかったのだ》》。


 そして今この時をもって、白鞘のたがは外れ、真の封印が解かれたのである。


 それに伴って秘められた多数の記憶が湧き上がり、たった今斬り捨て、喰らった熊野が神の情報も相まって、忙しなく錯綜する脳内を、白星は我が事ながら滑稽に思い、知らず笑いがこみ上げた。


「かか。とまれ、熊野が龍穴はこれにて我が物ぞ。些事は後回しよ」


 白星は朝日に向かって大きく伸びをすると、高らかに宣言する。


「天津が武神。須佐之男命すさのおのみこと、討ち取ったり」


 それだけ叫ぶと、ぱたりと仰向けに倒れ、柔らかな陽射しの中、束の間休息に浸るのだった。


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