四十八 企てるもの
「土蜘蛛と手を組んだだと?」
夜半過ぎに庵へ帰還した白星の第一声に、休まずに帰りを待っていた健速が仰天して聞き返した。
「うむ。敵の敵は味方、とな。すっかり意気投合しての。あやつらの討ち入りに手を貸すことにしたのよ」
「待て待て。頭が追い付かん。何をどうすれば、そのようなことになる。初めから説明をしてくれ」
「かか。焦るな。とくと聞かせてやるわ。その前に茶の一杯も所望しようぞ」
逸る健速を横目に、白星は畳にごろりと横になり、すっかりくつろいだ姿勢を取る。
千歳が気を利かせて湯を沸かしており、湯浴みを経て、泥まみれとなった着物を着替え、心身ともにさっぱりとしたばかりであった。
「さて、どこから話したものかの」
千歳が差し出した湯飲みを手にし、白星は話題の整理を始める。
「昼間の件については、千歳に聞いておろうな」
「ああ。土蜘蛛が死に際に自爆したという話だったか。その場は中将が収めたらしいな」
「うむ。あの場には他にも複数の土蜘蛛が潜んでおってな。本来なれば、あの後、襲撃が予定されておったのよ。捕虜奪還のためにの」
「こんな町の近郊まで土蜘蛛が出張ってきているというのか」
ふうふうと茶を冷ましながら軽く言って見せる白星に、健速はくらりと眩暈を覚えた。
「此度の天津が攻勢は、それほどに苛烈であったようでの。手酷い被害に、残党は怒り心頭よ。聞けば、処刑された八田という土蜘蛛。永きに渡り鹿島が兵と渡り合った剛の者であったが、今回鹿島が軍に混ざっておった黒衣の陰陽師の術中にはまり、ついに囚われたとのことぞ」
「また、黒衣の陰陽師、ですか」
千歳が健速の分の茶を淹れながら、静かに、しかし無理に抑えたように呟いた。
「外道法師どもめ。忌々しい」
健速も怒気を込めて吐き捨てる。
須佐の民にとって陰陽の術は、国家や民を守るためにあるもの。
しかし里を襲った者や、白路へ現れた者。そして土蜘蛛を捕らえた黒衣の者達は、根底から他者を害するための術式を編んでいる。
千歳や健速が憤るのも無理からぬことであった。
「なればこそ。わしらとも因縁は浅くあるまい。処刑場には出て来なんだが、駐屯所にはおるのやも知れぬ」
「しかし、鹿島の軍は神事が済めば帝都に帰るのだ。無理に叩く必要はないと言ったではないか」
「それは、我等だけでは兵力差がどうにもならぬが故の選択肢ぞ。それに、放っておいても土蜘蛛どもは俄然やる気よ。どうせならば便乗するに限る」
そこで区切って白星が茶をすする合間に、千歳が合いの手を入れた。
「土蜘蛛を陽動として、中将の首を狙うのですね」
我が意を得たりと微笑む白星に、健速も魂胆が読めた様子で、落ち着きを取り戻した。
「そうか。土蜘蛛の名を隠れ蓑にするのだな」
「うむ。此度の土蜘蛛の狙いはあくまで捕虜の奪還。全面戦争にあらず。わしはその一助として中将の足止めをし、あわよくば首を取るつもりよ。首尾良くいかば、土蜘蛛には恩を売れ、わしの存在を隠しつつ天津の戦力も削げる。なかなかの妙案であろ」
得意げに語る白星に、千歳が感服したように首肯する。
「主力とぶつかりたくない土蜘蛛と、首魁にのみ標的を定める我等。完全に利害が一致しておりますね」
「そう言う事であれば納得だ。して、おれ達はどう動く。白星殿の背を固めるか? こう見えて、日々鍛錬は欠かしておらんぞ。腕の見せ所よ」
健速が意気込んで二の腕を叩いて見せるが、白星は首を横に振った。
「ぬしらは連れて行かぬ。万が一にもあるまいが、仮に戦場にてぬしらの素性が割れでもしてみよ。誰が須佐の生き残りを束ねる」
「それは……しかし、さすがに一人では……」
「かか。わし一人ならばどうとでもなるわ」
健速の心配を、白星は豪放に笑い飛ばした。
「今や、御山を除いたここらの地脈はすでに我がものぞ。須佐が里を覆った氷雪をも凌ぐ力を蓄えておる。むしろ、ぬしらがおっては存分に業を振るえぬというものよ」
「あの中将にも、打ち勝つ公算がおありなのですね?」
「うむ。筋は見えておる」
その目で天雷の威力を見ている千歳が敢えて確認すると、白星は自信を漲らせて頷いた。
「とまれ、戦についてはわしに任せい。問題はその後ぞ」
「と言うと?」
「作戦が成功したとて、それで縁を終いにしては惜しい。故に、土蜘蛛らの逃走まで面倒を見てやるのよ。何しろ敗残兵の群れだからの。人手も物資もまるで足りまいて。そこでぬしらの出番という訳よ」
要は、大黒屋の資産と、須佐の情報網を酷使して、立て直しまで援助をしろということである。
見返りとして、土蜘蛛の信頼と兵力が得られるのだ。上々の取引であろう。
「……まったく、とんでもないな。何手先まで考えているのやら」
にこにこと言ってのける白星に、健速は盛大に溜め息を吐き出す。
「ほほ。刀だけに、切れる御方でございますね」
「かか。上手いことを言うても何も出ぬぞ」
千歳などは年の功か、冗談を言う余裕がまだあった。
「概要は把握した。それで、作戦決行はいつだ」
「夜明け前ぞ」
「……何? まさか今日なのか!?」
「あれだけの見せしめの後で、討ち入りに来るなど夢にも思うまい。絶好の機よ」
寝耳に水とばかりに叫ぶ健速に、白星はにまりとした笑顔をもって続ける。
「腕の見せ所、と先程言うたな。敏腕大旦那の大黒屋よ。よもや出来ぬとは言わさぬぞ」
「物事には限度というものがだな……」
「ほう、さよか。星子が安らかに眠っておる間に、事が綺麗に片付いておれば、さぞ仰天するであろうに。ぬしの叔父は存外、甲斐性がないのかの」
文句を垂れようとする健速に先んじて、白星は胸元のお守りをくすぐるように撫でてみせた。
悲しきかな、叔父の宿命、男の見栄。
姪をだしに使われては、ぐうの音も出せぬ。
「ぬう……逃走経路の割り出しに、集合地点、物資調達、付近の同志に連絡、民の避難に……ええい、千歳! 今宵は徹夜だぞ!」
「承知にございます」
「かか。頼りにしておるぞ」
慌ただしく地図を広げ、議論を始める二人を横目に、白星は四肢を投げ出し、束の間意識をうたた寝に委ねた。




