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逢魔が刻の一ツ星  作者: スズヤ ケイ
四 侵すもの
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四十八 企てるもの

「土蜘蛛と手を組んだだと?」


 夜半過ぎに庵へ帰還した白星の第一声に、休まずに帰りを待っていた健速が仰天して聞き返した。


「うむ。敵の敵は味方、とな。すっかり意気投合しての。あやつらの討ち入りに手を貸すことにしたのよ」

「待て待て。頭が追い付かん。何をどうすれば、そのようなことになる。初めから説明をしてくれ」

「かか。焦るな。とくと聞かせてやるわ。その前に茶の一杯も所望しようぞ」


 逸る健速を横目に、白星は畳にごろりと横になり、すっかりくつろいだ姿勢を取る。


 千歳が気を利かせて湯を沸かしており、湯浴みを経て、泥まみれとなった着物を着替え、心身ともにさっぱりとしたばかりであった。


「さて、どこから話したものかの」


 千歳が差し出した湯飲みを手にし、白星は話題の整理を始める。


「昼間の件については、千歳に聞いておろうな」

「ああ。土蜘蛛が死に際に自爆したという話だったか。その場は中将が収めたらしいな」

「うむ。あの場には他にも複数の土蜘蛛が潜んでおってな。本来なれば、あの後、襲撃が予定されておったのよ。捕虜奪還のためにの」

「こんな町の近郊まで土蜘蛛が出張ってきているというのか」


 ふうふうと茶を冷ましながら軽く言って見せる白星に、健速はくらりと眩暈を覚えた。


「此度の天津が攻勢は、それほどに苛烈であったようでの。手酷い被害に、残党は怒り心頭よ。聞けば、処刑された八田という土蜘蛛。永きに渡り鹿島が兵と渡り合った剛の者であったが、今回鹿島が軍に混ざっておった黒衣の陰陽師の術中にはまり、ついに囚われたとのことぞ」

「また、黒衣の陰陽師、ですか」


 千歳が健速の分の茶を淹れながら、静かに、しかし無理に抑えたように呟いた。


「外道法師どもめ。忌々しい」


 健速も怒気を込めて吐き捨てる。


 須佐の民にとって陰陽の術は、国家や民を守るためにあるもの。


 しかし里を襲った者や、白路へ現れた者。そして土蜘蛛を捕らえた黒衣の者達は、根底から他者を害するための術式を編んでいる。

 千歳や健速がいきどおるのも無理からぬことであった。


「なればこそ。わしらとも因縁は浅くあるまい。処刑場には出て来なんだが、駐屯所にはおるのやも知れぬ」

「しかし、鹿島の軍は神事が済めば帝都に帰るのだ。無理に叩く必要はないと言ったではないか」

「それは、我等だけでは兵力差がどうにもならぬが故の選択肢ぞ。それに、放っておいても土蜘蛛どもは俄然やる気よ。どうせならば便乗するに限る」


 そこで区切って白星が茶をすする合間に、千歳が合いの手を入れた。


「土蜘蛛を陽動として、中将の首を狙うのですね」


 我が意を得たりと微笑む白星に、健速も魂胆が読めた様子で、落ち着きを取り戻した。


「そうか。土蜘蛛の名を隠れ蓑にするのだな」

「うむ。此度の土蜘蛛の狙いはあくまで捕虜の奪還。全面戦争にあらず。わしはその一助として中将の足止めをし、あわよくば首を取るつもりよ。首尾良くいかば、土蜘蛛には恩を売れ、わしの存在を隠しつつ天津の戦力も削げる。なかなかの妙案であろ」


 得意げに語る白星に、千歳が感服したように首肯する。


「主力とぶつかりたくない土蜘蛛と、首魁にのみ標的を定める我等。完全に利害が一致しておりますね」

「そう言う事であれば納得だ。して、おれ達はどう動く。白星殿の背を固めるか? こう見えて、日々鍛錬は欠かしておらんぞ。腕の見せ所よ」


 健速が意気込んで二の腕を叩いて見せるが、白星は首を横に振った。


「ぬしらは連れて行かぬ。万が一にもあるまいが、仮に戦場にてぬしらの素性が割れでもしてみよ。誰が須佐の生き残りを束ねる」

「それは……しかし、さすがに一人では……」

「かか。わし一人ならばどうとでもなるわ」


 健速の心配を、白星は豪放に笑い飛ばした。


「今や、御山を除いたここらの地脈はすでに我がものぞ。須佐が里を覆った氷雪をも凌ぐ力を蓄えておる。むしろ、ぬしらがおっては存分に業を振るえぬというものよ」

「あの中将にも、打ち勝つ公算がおありなのですね?」

「うむ。筋は見えておる」


 その目で天雷の威力を見ている千歳が敢えて確認すると、白星は自信をみなぎらせて頷いた。


「とまれ、戦についてはわしに任せい。問題はその後ぞ」

「と言うと?」

「作戦が成功したとて、それで縁を終いにしては惜しい。故に、土蜘蛛らの逃走まで面倒を見てやるのよ。何しろ敗残兵の群れだからの。人手も物資もまるで足りまいて。そこでぬしらの出番という訳よ」


 要は、大黒屋の資産と、須佐の情報網を酷使して、立て直しまで援助をしろということである。

 見返りとして、土蜘蛛の信頼と兵力が得られるのだ。上々の取引であろう。


「……まったく、とんでもないな。何手先まで考えているのやら」


 にこにこと言ってのける白星に、健速は盛大に溜め息を吐き出す。


「ほほ。刀だけに、切れる御方でございますね」

「かか。上手いことを言うても何も出ぬぞ」


 千歳などは年の功か、冗談を言う余裕がまだあった。


「概要は把握した。それで、作戦決行はいつだ」

「夜明け前ぞ」

「……何? まさか今日なのか!?」

「あれだけの見せしめの後で、討ち入りに来るなど夢にも思うまい。絶好の機よ」


 寝耳に水とばかりに叫ぶ健速に、白星はにまりとした笑顔をもって続ける。


「腕の見せ所、と先程言うたな。敏腕大旦那の大黒屋よ。よもや出来ぬとは言わさぬぞ」

「物事には限度というものがだな……」

「ほう、さよか。星子が安らかに眠っておる間に、事が綺麗に片付いておれば、さぞ仰天するであろうに。ぬしの叔父は存外、甲斐性がないのかの」


 文句を垂れようとする健速に先んじて、白星は胸元のお守りをくすぐるように撫でてみせた。 


 悲しきかな、叔父の宿命、男の見栄。

 姪をだしに使われては、ぐうの音も出せぬ。


「ぬう……逃走経路の割り出しに、集合地点、物資調達、付近の同志に連絡、民の避難に……ええい、千歳! 今宵は徹夜だぞ!」

「承知にございます」

「かか。頼りにしておるぞ」


 慌ただしく地図を広げ、議論を始める二人を横目に、白星は四肢を投げ出し、束の間意識をうたた寝に委ねた。


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