四十五 囲むもの
地面に折り重なって這いつくばる白星と少女を、一面の槍衾が覆う。
それなりに長い距離を滑り落ちている間、少女が騒がしく喚いていたのだ。洞穴の奥まで声が響いていたのだろう。
すっかり警戒網を敷かれ、歓迎されているようには到底見えなかった。
少女と同じく全身に粗末なぼろをまとい、欠けた剣や折れた槍等で武装した者達は、白星と少女を見比べ口々に声を上げる。
「何事だ!」
「敵襲か!」
「捕まっとるのは阿佐か?」
武器で牽制しつつも、ざわめきは止まず。
状況が呑み込めていない様子で、すぐさま飛び掛かろうという気配は、今のところはなかった。
通路を滑り落ちている間、白星は少女の頭を抱えて衝撃より守っていたが、いざ終点にて動きを止めれば、少女を下敷きに拘束する形となっていた。人質を取っていると見られてもおかしくない構図であろう。
それもまた混乱の一因であるようだった。
騒ぎが止まぬ間にも、白星の観察眼は次々情報を得てゆく。
覆面と身なりのせいで、老若男女の区別が付きにくい集団であった。
しかしよくよく見れば、身をくるむ衣は泥や血で変色が過ぎた包帯なのだと気付く。
ところどころに覗く地肌は、灰色がかった色をしている。そのため衣服と同化して見えていたのだ。
中には、明らかに人とは異なる奇形の者も混ざっている。
足が三本ある者。
腕が片側に二本生えている者。
顔面が胴体と同程度の大きさを持つ者。等々。
全員の特徴を数え上げればきりがない。
これら異形が、土蜘蛛たる由縁なのか。
確かに尋常な人の目より見れば、奇異に映るであろう姿の者が、この場には多く集っていた。
しかし白星はかの者達に、混乱の中にあって、なお揺るがぬ武の心を見て取った。
下手な動きを見せれば即対応するべく、全員が重心を前のめりにしていたのだ。
受けた傷も癒えぬまま、武装も貧相に過ぎるが、腰が引けた者など一人もない。間違いなく死線を超えて来た者達なのだろうと察する。
敗残兵とは言え、鹿島の精兵の追撃より逃げ切ったという点で、十分に猛者と呼ぶに値すると見た。
つまりは白星の睨み通り、ここは賊の残党の隠れ家なのだろう。
確信を得た白星が、相手を刺激せぬよう、ゆっくりとした動作で上半身を起こすと、周囲からざわりと殺気が漏れた。
しかし白星は意に介さず、そのまま緩やかに立ち上がり、阿佐と呼ばれた少女から離れて見せた。
「かか。驚かせたの。勝手に押し入った無礼は詫びようぞ。この通り、わしに敵意はない。ただ足を滑らせ、そこな女子を巻き込んでしもうただけよ」
両手を広げ、友好的な対話を試みる白星を見返す瞳の群れは、強い疑心に満ちたまま、その言葉を吟味している。
包囲の前面に出ているのは、比較的体格の良い者が多い。
とは言え、主力のほとんどが討ち取られ、捕らえられた現状、後方待機していた老兵や傷病兵、年少の兵が中心なのだろう。
鹿島の兵と比べては酷ではあるが、白星に脅威を抱かせるには至らなかった。
後方には明らかに子供と分かる者や、赤子を抱いた線の細い者が身を寄せ合って震えている。
誰もが背水の覚悟でこの場に臨んでいるのだと推測できた。
「ふざけんな、嘘つき! こいつ、結界があると分かって中に踏み込みやがったんだ! 国の密偵かも知れねえ!」
拘束から解放された阿佐と呼ばれた少女は、勢いよく跳ね起きると、素早く白星から距離を取り、短刀を逆手に構えて吼えた。
「結界がばれた? もしや術者か」
「阿佐、おめえ尾けられやがったな」
「ああ、すまねえ。罰は後でいくらでも受ける! でも今はこいつに集中しろ! あたしの不意打ちもかわしやがったし、ただもんじゃねえぞ!」
阿佐は幼いながら、集団の中で一目置かれているようで、その言葉にどよめきが起こる。
「阿佐がそこまで言うとは珍しい」
「大胆にも一人で突っ込んでくる奴だ。相当なもんなんだろう」
「皆で一斉にかかるぞ。ここを知られたからには、生かして返せん」
少女の一声によって、揺れていた天秤が傾き、闖入者を改めて敵と見なす空気が高まった。
対して白星は軽く肩をすくめ、大仰に溜め息をついて見せた。
「争う気はないと言うておろうに。ぬしら、せっかく拾った命を捨てる気か」
「何だと! あたしらが貴様一人に負けるとでも言いてえのか!」
挑発と捉えてか、阿佐が息を巻いて短刀を白星へ突き付ける。
「意地を張るでない。ぬしら、もはや満身創痍であろうが。できれば穏便に済ませたい。頭領がいるのならば話をさせよ」
「阿呆か! 貴様のような怪しい奴を、頭に会わせる訳ねえだろ!」
「さよか。それは困ったの」
「困ってんのはこっちなんだよ! ああ、もう、うざってえ!」
大人数を前にして、焦り一つなく呑気に首を捻る白星に、ついに痺れを切らして阿佐は斬りかかった。
が、しかし。
何故か刃が達する直前で失速し、よろよろと白星の脇を通り過ぎた後、腹を抱えて崩れ落ちた。
白星は変わらず佇んだまま。
その場の誰もが見逃す程の速さで横薙ぎを放ち、阿佐の胴を打ったのだ。
力なく倒れた阿佐の手から短刀がこぼれ落ち、ぽちゃんと水溜りを波立たせると、呆けていた群衆が我を取り戻す。
「阿佐! 貴様、一体何をした!」
「仇を討つぞ! かかれ!」
地に伏して動かぬ少女を見た兵らは激高し、白星へ向けてどっと殺到を始める。
相手の手の内が見えずとも、戦意が萎えぬ気概やよし。
そう白星は心中で称えた。
しかしそれは、もはやなりふり構わぬ特攻のようでもあった。
「言うて聞かぬなら、ちと頭を冷やしてくれようぞ」
白鞘をすとんと地に突き立て、瞑目すると、白星は己と白鞘の隠形を解き放った。
この世ならざる白き美貌が露わになると同時、たちまちに冷厳な妖気が白鞘より吹き出して、洞穴内部をぱきぱきと凍て付かせてゆく。
襲い来る兵らの動きが明らかに鈍ったが、それは白星の容姿の変化を見たせいだけではない。
元より雨水に浸っていた地面が瞬時に凍り付き、途端につるつると滑る天然の罠と化して、兵らの足を縫い止めたのだ。
足を取られて転倒すれば、皮膚が氷に張り付き身動きならず。
転ばぬように慎重を期せども、一歩進むわずかの間に体温を奪われ、その場で立ち尽くすか、膝を折る者が続出する。
氷と寒気に耐え、なんとか前進した剛の者でさえ、白星の間合いに入り次第、白鞘による殴打で容赦なく弾き飛ばされていった。
戦闘に加わらず、後方で怯えるばかりの女子供も、ただ寒さにて体力を奪われゆくのみ。
素性の知れぬ少女は今や、難攻不落の白き城塞と化した。
辿り着ける者など皆無。
兵らの心がへし折れるのも、はや時間の問題かと思われた頃。
「……いと強き御仁。どうか、その辺りで鉾を収めてくれまいか」
女子供が固まっている後方。松明の火も届かぬ闇の奥から。
しゃがれて聞き取りにくい低い声が、洞穴全体に木霊した。




