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逢魔が刻の一ツ星  作者: スズヤ ケイ
三 縁るもの
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三十四 忍ぶもの

ここまでご覧頂きありがとうございます。

もし少しでもお気に召しましたら、評価や感想などよろしくお願いします。

筆者のモチベーション増加に直結しますので、気軽にお寄せ頂けると嬉しいです。

 熊野の門前町は、大社のある御山の周辺一帯を占める、この地方で随一の広さを誇る町である。


 南の都とも呼ばれるこの地を見て回るに、一朝一夕では足りぬだろうと、健速は白星達に宿を用意した。


 大黒屋の母屋の裏手の竹林に隠れるように佇む、簡素ながらもおもむきのよい庵。

 小さくも整えられた庭に、きちんとした井戸もあり、行水から煮炊きまでここでまかなえるとのこと。


 星子の記憶をある程度共有する白星は、かつて巫女の役目に着いていた頃に寝起きしていた、泉のそばの小屋を連想した。



 竹林周辺には、須佐の里と同じく人払いの結界が施され、管理は全て千歳が受け持っており、他の奉公人は誰も近寄る事がない。


 潜伏するにはうってつけの場と言えた。


 健速曰く、大黒屋の奉公人のほとんどは、須佐の民ではない故の措置だという。


 草の役割を持つ者はごく一部。

 現在ここ熊野の地には健速と千歳のみが残っており、多くは他方へ散っている。


 そうした須佐の民だけが立ち入りを許され、束の間気を緩める事が出来る場所が方々にあり、国中に諜報の根を張っているのだと、健速は得意げに語った。


 先日立ち寄った茶屋の二階もまさにそれにあたり、元気な看板娘達や菓子職人はただの雇われ者。二階は主の私室として、手出し無用とされていた。


 この庵もそんな隠れ家の一つであり、時に遠出から戻った同胞を匿いつつ労い、密談を交わす場として利用しているとの事であった。



 星子の依り代作りも佳境に差し掛かり、集中のために口数が減った千歳より会話を引き継いで、健速に案内されたこの庵を、白星と星子はいたく気に入った。


 密集した竹林の中では、外からの目は完全に遮断され、寸分の隙もない。

 それでいて頭上からは、すっきりとした陽光が注ぐお陰で窮屈さはなく、むしろ開放的で清涼な空気に満ちている。


 まさに、神威を誇った要石の麓のような。

 身の締まる、それでいて柔らかく包み込む、独特の気がゆるりと流れる空間であった。


「うむ。この町にも強き脈が通っているかと思えば、ここが要であったか。さすがの見立てだの」

「うん。里の森の空気にすごく似てる。私、ここ好き」

「そう言ってくれれば、嬉しい限りだ。長年苦労して維持してきた甲斐がある」


 二人の言葉に相好を崩しつつ、健速は庵の戸を開け、敷居をまたいだ。

 そのまま中に入るように促され、白星も続く。


 庵の中は、土間を上がった中央の囲炉裏を囲んで、十畳程の畳が敷かれ、脇に押入れが一つ。

 奥に台所と勝手口。その外にかわやが繋がっているという。


「この竹林から出なければ、多少騒いでも大丈夫だ。好きに使ってくれ。千歳を側に置くから平気かとは思うが、不足があれば応えよう」

「うむ。世話になろうぞ。とは言え、わしに人の営みは要らぬでな。雨風しのげるだけで十分ではあるがの」

「えー、そんなのもったいないよ。せっかくだから、白星も人の暮らしをしてみたらいいじゃない」


 やんわりと遠慮をする白星に、未だ影の中より顔を出している状態の星子が、袖を引く仕種を見せた。


「私だって、ひさしぶりに人並みのことをしてみたいもの」

「かか。そうさな。この町を探るにも時はかかろう。その間、人の真似事をしてみるのも一興か」


 頬を膨らませる星子に微笑みかけ、白星は一つ頷いた。


「健速よ。ぬしの姪っ子はこう言うておるでな。多少の我がままは覚悟せよ。先の、桜餅と言うたか。あれに匹敵するような美味も、色々と食してみたくはあるしの」

「ううむ。期待に添えるかは保証しかねるが。努力はしよう」


 意地悪く微笑む白星とは対照的な苦笑いと共に、庵の内部、設備の説明を簡単に済ませると、健速は一度席を外すと言い出した。


「これでも大店おおだなの主として、なかなかに多忙でな。この後、商工会の寄り合いに行かねばならんし、仕入れの商談も入っているのだ。そして何をおいても、各地におる同胞へ、お前達についての吉報を送らねばな」


 忙しいとは言いつつ、長年の懸念が一つ解消され、その口元は綻んでいる。


「ふむ。であれば。ぬしと共に町を見て回るは、諦めるがよかろうな」

「ああ。まったくもって残念だが。良くも悪くも、大黒屋としてのおれは目立ち過ぎる。一緒におっては面倒ごとになりかねん」

「え~。せっかくひさしぶりに、叔父上とおさんぽできるとおもったのに」


 ふと寂しさを滲ませる星子に、健速の眉尻も困惑に下がるが、ぐっとこらえて言い聞かせる。


「星子よ。まことに国が仇であれば、その力は途方もないものだ。今のおれ達では、一ひねりにされるだろう。奴らには、須佐は滅んだと思い込ませておかねばならん。欠片もぼろを出す訳にはいかんのだ。わかるか?」

「……はい」


 真面目な声音で諭されると、星子は武士の娘である事を自覚し、言いたい事を全て飲み込んだ。


「ごめんなさい、叔父上。生きて会えるとおもわなかったから、つい甘えてしまいました。でも、おかげでおもいだしました。これは、敵討ちの旅なんだって」


 星子の瞳に、かつての焔がちろりと浮かぶ。


「私の身体はぜんぶ、皆の仇を討つために白星にあげたもの。もう過ぎたわがままは言いません」

「星子……」


 毅然とした物言いに、健速は幼き姪の覚悟の深さを垣間見た。


 そんな緊張の場面を破るように、開け放していた戸を千歳がするりと潜ってきた。


「失礼致します。お待たせ致しました。星子様、依り代が出来上がりましたよ」


 差し出した手の上には、真っ新な白地が眩しいお守りが乗っていた。


「白星様の御召し物とお揃いにしてみましたが、いかがでしょう」


 白星が受け取ってよくよく見れば、白地にさりげなく、薄紫の花弁が舞っている。

 ちょうど吊るし紐を持った手の袖と重なり、まるで元から一つの生地であったかのように、ぴったりと花柄が合わさった。


 その瞬間、千歳は白星にのみ聞こえるように、小さく耳打ちをした。


「ほう。さよか」


 それを受けた白星は首肯し、まじまじとお守りを見詰めた。


「なるほどの。手が込んでおるわ」

「ね。きれいだね」

「そう言って頂ければ」


 千歳はすでに元の位置に下がり、二人の感想に喜色を浮かべながら湯を沸かし始めていた。


「内部に白星様より頂いた御髪おぐしで五芒を縫い付けてありますから、さぞや霊験あらたかでしょう。早速乗り移る練習をされてみては?」


 もはや人ならざる身となった白星の身体は、爪の先から頭髪まで、あらゆるものが呪物と成り得る代物である。


 特に髪とは、尋常な人のものでも強く気が宿る。


 それが白星程の妖気が通ったものならば、依り代としてはこの上ないものであろう。


「うん……でも、どうやるの?」


 肝心の方法を聞き損ねていた星子が尋ねると、白星は足元の影を指差した。


「常のように、わしの影に潜るつもりで念じるだけでよい。ものは試しよ。いざ」

「わかった」


 星子が難しげな顔をしながらお守りを見詰めていると、やがてするりとその身が白い布地に吸い込まれていった。


「……やった? できた?」


 星子の声は、確かに白星の手の平に納まったお守りから響いていた。


「うむ。上出来よな」

「お見事でございます」

「あれ、でも何も見えないんだけど」

「焦るでない。まずは器に馴染むことからよ。慣れればじきに見えてこよう」


 そこから白星と千歳によるしゅにまつわる講義が始まり、星子は身動きと視界を奪われたままで聞き続ける羽目となった。



 今伝えられる事は全て伝えた。後は、白星の動向を見守るのみ。


 そう判断した健速は、


「夜までには戻る。久々に夕餉を共にしよう」


 と言い残し、仕事へ向かっていった。




 白星達、須佐の意志を継ぐ者の活動は、ここより本格化する事となる。

 国直轄の熊野の地で、人ならざる者と幼子は、一体何を見て、何を思うのか。


 定まる運命や、いかに。



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