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逢魔が刻の一ツ星  作者: スズヤ ケイ
三 縁るもの
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二十八 縁るもの

 健速たけはやと名乗った男は、なるほど言われてみれば、星子の父によく似ていた。



 とは言え、人里に出たばかりの白星に、人の子の顔を細かく識別しろというのは少々酷であったろう。


 なにしろ健速の商人の振る舞いはあまりに堂に入っており、武人である事さえ見抜けなかった程だ。


 あるいは白星同様、隠形術を交えていたのやも知れぬ。

 何にせよ、市井に紛れる諜報の任を帯びた者に相応しい、卓越した擬態能力だと言えた。



 健速によれば、七年前の事件当時、彼を含めた数人が草として外界に散っており、惨劇に巻き込まれずに済んだという。


 しかし里の異変に気付いた頃には時すでに遅く、氷雪に覆われた上に、周辺を所属不明の手練れが囲んでおり、ろくな調査もできずに手をこまねいていたのだ。


 そこで直接関与が出来ぬなら、せめて外堀を埋めておこうと、常の任務を強化する事とした。


 即ち諸国の情勢を探り、いつ動きがあっても良いように万全の備えを期す、と。


 そのために、元々諜報の隠れ蓑としていた商売に本腰を入れて拡大し、国の方々へ根を張っていった。


 この地に茶屋を置いたのも偶然ではなく、交通の要所を押さえる事で、須佐の地より北上する者を監視するためであったのだ。



 その狙いは的中し、こうして白星との邂逅かいこう相成った。


 この縁を繋いだのは、ひとえに健速達生き残った須佐の民の執念の賜物と言えよう。


「おれの卜占ぼくせんは、あまり褒められた精度ではないのだがな。今日に限っては、絶対当たるという気がしたのだ。これぞ天啓とやらだったのかも知れん。こうしてお前と巡り会えたのだからな。願ったり叶ったりよ」


 姪の存命がよほど嬉しかったのか、健速は沸かした湯で手早く茶を入れると、盆の上に山程の加工菓子を添えて白星の前へ差し出した。


「再会祝いだ。好きなだけ食べろ。里ではお目にかかれん珍品だが、ここには売るほどあるからな」


 上手いことを言ったつもりか、上機嫌に豪快な笑い声を響かせた。


 顔こそ似ているが、寡黙だった兄とは見事に真逆の饒舌家である。

 商人という仮の姿に合わせたものか、素でこれなのか、白星には判断が付きがたい。


 しかし目前に積まれた甘味を遠慮するような、殊勝な感性など持ち合わせぬ少女にとっては、男の性格など些細な問題であった。


「かか。大盤振る舞いよの。ぬしは子煩悩の相が見えるわ」


 白星はこぼれる笑みを隠しもせずに、つまんだ桜餅をじっくり味わった。


「かも知れんな。おれ達草は、家族を人質に取られぬよう、婚姻を許されん。子を成せぬ代わりに、兄弟の子らを可愛く思うのは道理だろう」


 長の家系に生まれた健速だが、敬愛する兄との家督争いを避けるため、進んで草の道を選んだのだとしみじみ語る。


「それにしても、めでたい日だ。何しろ七年進展なしだったからな。見付けたのは一人だけとは言え、それが血の繋がった姪っ子だとは、上等にも程がある。拾う神とは、まことにいるのかも知れぬと、思わず天に感謝してしまったぞ」


 自分の言に頷きつつ、健速はいつの間にかに何本もの徳利を空にしていた。


 白星に茶請けを押し付ける傍ら、自らは祝杯と称して手酌で飲み始め、こちらの話もろくに聞かず、赤ら顔でここまでずっとまくしたてていたのだ。


 その弁舌は、雪解けもかくや。


 積年の心配が安堵となって溢れ出したかのようだった。


 隠密の身では心情を吐露できる場面も限られよう。


 その意を汲んで、白星はしばし健速の語るがままにさせていたが、神という単語が出た事で、思わず反応を示していた。


「かか。言わば、わしがその拾うた神、とやらになるのかの」


 目元を細め、慈悲に満ちる微笑を浮かべて相槌を打つ少女。


 その姿へ、大人びた、の一言ではとても足りぬ高潔さを覚え、健速は不意に口をつぐむ。


「……いかんな。どうにも舞い上がりすぎた」


 赤く腫れ上がった目元をぎゅうと押さえ、正面に戻した瞳からは、もはや酒気は抜けていた。


 冷静を取り戻す事で、改めて姪の変貌と白鞘の妖気に関心が向いたものらしい。


「何をおいても、これを先にはっきりさせておくべきだったな」


 声に堅いものが混じるも、健速は淀みなく問いを発した。


「今のはどういう意味だ。里で、一体何があった」

「詳細はわからぬが、敵襲あったは事実。そして、ただの一人も生き残りはおらぬ」


 白星は健速に覚悟の色を見て取り、敢えてきっぱりと断言した。


 己が白鞘の思念であり、星子の身を器として顕現なった顛末も告げる。


「……そうか」


 短くそれだけを吐き、しばし瞑目する健速。


「星子に神器を持たせて逃がし、里では兄者達が囮として籠城している……などと淡い期待をさせてもくれんか。現実は無情だな」

 

 ぼそりと呟いた後、健速は姿勢を正し、深く頭を下げた。


「白星殿。我が故郷の最期を看取り、民を弔ってくれた事。並びに、姪の身柄を救ってくれた事、改めて感謝致す」

「構わぬ。礼はすでに星子にもらっておるしの」


 白星は身を指して応える。


「星子は……やはり死んだのか」


 明らかに気落ちした様子の健速へ、白星は柔らかな笑みを見せた。


「否。わしの中でしぶとく残りよるぞ。今は眠っておるがの」

「本当か。なんとか話はできないものか」


 逸る健速を手で制し、広間をぐるりと眺め回すと、白星は一つ頷いた。


「これなる結界は須佐の式よな。しかと使い込まれ、場に舞いの気が満ちておる。なれば、縁者であるぬしが呼ばわれば、あるいは起きるやも知れぬ。どれ。試してみるか」

「是非もない」


 目に強い光を取り戻し、健速は即答していた。



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