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逢魔が刻の一ツ星  作者: スズヤ ケイ
幕間 二
25/172

二十四 執

「流石は『鬼の手』兼続殿、といったところか」


 武者はにやにやとした笑みを浮かべ、周囲の惨状を示しておどけてみせた。


貞頼さだより様。その呼び名はやめて頂けませんか」


 左腕を隠すように背中へ回すと、兼続は渋面で武者へ向き直った。


 鹿島貞頼かしまさだより


 国防の要、鹿島家が次男にして、今回の帝都壁外における鬼の迎撃を指揮した、軍の中将を冠する人物である。


「ふん。謙遜するな。民の間では噂に名高いぞ。鬼の手をもって鬼を滅する、天下無双の大天狗、とな」


 兼続より頭一つ背の低い貞頼は自然と見上げる恰好となるが、その言い草は横柄だった。


「天津に連なる者が、鬼の力を借りるなど。拙者にはとても真似はできませぬ」


 取り巻きの一人がそう揶揄すると、わざとらしく笑い声が追従した。


 一しきり笑ったところで、貞頼が手で制する。


「まあそう言ってやるな。貴様の働きは見事であった。だが、あまりおれの兵の手柄まで奪ってくれるなよ」

「は」


 言葉上はやんわりとしたものだが、ねちねちとした響きが付きまとう。

 取り巻き達の視線も冷たく、頭垂れた兼続には「調子に乗るな」という恫喝としか聞こえなかった。


 兼続は名こそ売れたが未だ校尉に過ぎず、貞頼の方が身分も歳も大分上。


 こうして直に声をかけるだけでもあるまじき事であるが、そこはいやしくも浅羽の血、即ち天津人という血筋が兼続を微妙な立場に置いていた。


 家柄だけの話であれば、両者は同格である。

 しかし、先に述べたように浅羽家は軽んじられており、こうして折を見ては因縁を付けられるのが常であった。


 そこへこの度、兼続は若くして急に頭角を現した。

 それが貞頼にしてみれば面白くない。


 そも子鬼の群れ如きに中将が出張るまでもないのだが、若造が図に乗らぬよう、敢えて釘を刺しに来た、というところであろう。


 わざわざご苦労な、と兼続が仄暗い感情を灯しているのを知らず、貞頼の嫌味たらしい訓示が続く。


「よいか。大体貴様は日頃から振る舞いが雅に欠け……おい。おい、なんだそれは」


 あからさまに引きつった顔で、一歩引く貞頼と取り巻き達。


 その視線は、兼続の脇へ注がれている。

 主の心情を写し取ったように醜悪な形状を取り、今まさにどくどくと波打つ左腕に。


「ああ、貞頼様。拙者の未熟をお許し下さい。これなる腕の制御、未だ完全ではなく。戦の火照りが冷めやらずに、こうしてうずく事があるのです」


 すかさず兼続が虚ろな瞳を向けて見せると、大の男達が揃って唾を呑み込んだ。


「そ、そうか。うむ、貴様は一番手柄であったしな。興奮もしよう。それに免じて許す。今日はもう休め。おう、そうだ。おれも近く熊野へ赴任する準備があった。こうしてはおれぬ。ではな」


 最低限の虚勢を張ってそこまでまくし立てると、貞頼達はそそくさと逃げるようにして立ち去った。


「はっ」


 その情けない後ろ姿を見ると、兼続はようやくにして爽快感を得て、腕も元に戻っていった。


「おや、これはこれは。兼続殿。浅羽が兼続殿がお笑いなさるは、ずいぶんと久方ぶりに存じまするな」


 ふと死角より、軽薄な声がかけられる。


「……本当に芦屋殿は、心臓に悪い登場をなさる」


 晴れたばかりの心にまた霧が降りたような気分で、兼続は振り向いた。


 平然とその視線を受け、芦屋道子が扇子を広げている。


 こうして直に会うのはしばらくぶりだが、その白き美貌は少しも翳るところがなかった。


「そう邪険になさいまするな。此度は、よきお話をお持ち致したと申しますに」

「何でしょうか」


 投げやりな兼続に構わず、道子はかこんと下駄を鳴らして耳元へ口を寄せた。


「かの神器持つ魔性の者が、いよいよ動きましてござりまする」

「なんと。まことですか」


 途端に真顔へ戻る兼続に、道子は微笑みながら頷いた。


「ええ、ええ。まことにござりますとも。先だって、備えにと張っておりましたる網にかかりまして。しかして、流石は我が式神を打倒せし御仁。敢え無く破られ、後の行方は追えませなんだが」

「伏せた見張りからの報告は入っておりませんな」

「結界に用いていた式を転じて、隠形と成したやも知れませぬ。なれば、なかなかに厄介ではありまするが。とは言え、ご案じめされるな。わたくしの張った網は一つにあらず。方策は変わらずでよろしいかと。いずれ自ずと居場所は知れましょうぞ」


 自信に満ちた道子へ、兼続も同意する。


「拙者はしばらく従軍のため、自由がなりません。部下をお貸ししますので、引き続き追跡を願えますか」

「もちろんでございますとも。今は貴殿が名を高めるため、存分に武を振るう時。それがひいては、お家のためになりましょう。こちらについては心配御無用。事あらば、ご一報差し上げまする」


 袖をあげて頭垂れる道子の言葉は、兼続にはすでに届いておらず。



 ようやく視野に入った雪辱の機会。



 真に振り下ろすべき仇の出現に、兼続の左腕が歓喜に打ち震える。


 執念が再びどす黒い炎となって蘇り、道子へ問い質すべきであった事柄など、綺麗さっぱり頭から焼き尽くしていった。

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