二十一 築きあげるもの
白路の龍穴を下した白星は、かの地へ未だ逗留を続けていた。
周囲を汚染していた邪気こそ浄化したが、土地の傷は深く、修復にしばしの時を要すると判断したためだ。
龍穴の気は強大とは言え、土壌が乱れていては最大限に引き出せぬ。
そればかりか、このまま放置すれば集った脈が散り、いずれ枯れ果てる事もあり得る。
逆に土地の復興さえなれば、龍穴の支配は完全となり、旅立ってより順当に張り巡らせてきた脈も含め、周辺一帯を一手に掌握する事となろう。
そのため白星は、白路の地をより強固な霊域と仕立てるべく、須佐を手本に整備を進め、龍穴を核として大規模な式を編む事とした。
ただしこの地においては、須佐のように人が住む訳ではなく、その点考慮が要らぬ分は楽と言える。
結界の要の役割は、力ある旧き獣、古狼がおれば十分に果たせよう。
あとは生態系をあるべき姿に戻し、その営みの中へ術を仕込む事へ注力すればよい。
地上は先日の神楽によって草木が息を吹き返し、徐々にその範囲を広げている。
邪気が去り、以前にも増して清廉な空気が満ちる今、時を置かずして、元いた生き物達も戻るだろう。
それら生命の循環が、正しく健全な形へ還るよう見守りながら、地を踏み締め縁を強める日々を送っていた。
白星は普段の言動こそ大胆不敵ながら、一方では、堅実と慎重を是とする、細やかな思考を持ち併せている。
長年氷雪の下、入念な下拵えをしてみせた事が証明する通り。
悠久が育んだ泰然さがそうさせるのか、緻密にして周到な根回しを厭う事がない。
その方針は此度も健在で、手始めに白路の民と積極的に交流を図っていた。
対話に飢えていた白星は、どんな些細な内容でも喜んで聞き入り、子供のように質問を浴びせては、忌憚なき意見を通じて皆で笑い合う。
片や、遠出する群れに同行しては山野を駆け、狩りにも参加した。
春の豊かな山野は、彼らを養うだけの獲物に満ちている。
時に古狼にも迫らん大きさの猪や、鋭い角持つ鹿なども追うのだが、恐れをなす者は一つなく。
皆、戦士を称するに相応しい勇猛さを見せ、果敢に挑む。
古狼による指揮は的確で、群れが一つの生物であるように乱れなく統率なる様は、まさに圧巻の一言。
これまで個の力のみで道を開いてきた白星にしてみても、初めての集団行動は学ぶところが多く、刺激に満ちたものであった。
様々な発見と共に親睦を深め、今では五十あまりからなる群れの全員を見分けるまでになっていた。
白路の民は質実剛健ながら、時に陽気な面も覗かせた。
狩りで大物を仕留めた時などは夜通し宴となり、遠吠えの合唱を響かせる。
そこへ着目した白星は、彼らに一芸仕込む事とした。
人同様の舞いは難しくとも、声と足踏みをもって拍子を刻み、音楽を成せるであろうと睨んだのだ。
元より白星の舞いを理解する感性持つ白路の民は、この提案を大層喜んだ。
白星の指南で朝な夕なと練習重ね、程なくして遠吠えを高低分けて歌声とする術を身に付けた。
さらには四つ足ながらの武を転じて、見事に独自の足運びを編み出すにまで至り、白星の目論見通りと相成った。
即ち、拍子と楽をもって土地の守りとなす護法。
須佐における舞による術式を、四つ足の民に会得させたのだ。
「まさか我等が、人の子の真似事をする日が来ようとは。私もそれなりの時を経ておりますが、夢にも思いませんでした」
とは、誰よりも熱心に修練を積んだ古狼の弁である。
常に沈着装う彼女ですら、すまし顔の裏で尻尾を振り乱していた。
今や夜毎に歌響き、大地を鳴らす拍子が止まぬ。
それ程に、白路の民にとっては得難い歓びであったのだ。
かくして日々奉じられるようになった舞いが、白星の敷いた陣を通して地脈へ注ぎ、土地の生育を加速させるに一役買うまでとなっていた。
そうして眷属との絆を強める傍ら、隅々まで土地を巡り、気を馴染ませ、各所へ式を結ぶ事も抜かり無し。
二度と不逞の輩が出入りせぬよう、周囲へ須佐にも増して強固な結界を幾重にも構築し、己以外に龍穴へ干渉ならぬよう、厳重に手配りを進めた。
仮に悪意ある者が無理な侵入を試みれば、たちまちに術式へ取り込み、精気を奪い尽くす罠まで仕込む念の入れよう。
元が時間の概念に縛られぬ者である。
寸暇を惜しまず、妥協を許さず。
打てる手は全て、精魂込めて打ち尽くすといったその凝り性は、はや戦人と言うよりも、職人の域にあった。
戦を前提とした行程ではあるが、こうした日々は白星を没頭させるに十分な娯楽ともなっていた。
永きの果てにようやく得た自由に、新たな仲間達。
誰と何をしていても退屈ならず、心からの溌剌とした笑顔は、周囲も大いに和ませる。
もはや白路の民は家族も同然。
白星にしてみれば、初めての団欒の時を過ごしているものだと言えた。
再興に向けて講じた手は、万事が順調、つつがなく。
見積りより早く完遂しようかと思えた。
その中で、白星が一つ残念に思うは、星子の御霊が全く応答しない事。
白路の民に紹介しようにも、未だ幼子は深き眠りより浮上ならなかった。
旅立の日、不完全にも形を成せたのは、馴染み深い須佐の地なればこそだったのだろう。
こればかりは白星にもどうにもならぬ。
星子が独力で顕現なるまで、時に委ねるより他はなし。
それを信じて待ち、白星は白星で、仇討に向けて確固たる地盤を築く事へ心血を注ぐのだった。




