九十九 覆すもの
息吹童子の猛攻は止まず、白星は徐々に後退を余儀なくされていた。
しかし白鞘による巧みな防御と、舞うような足運びによって、未だ直撃は受けておらず、細かい衣の破片が周囲にばら撒かれるのみ。
優位にいるというのに、攻めあぐねているのは息吹童子も同様であった。
「なかなか粘りなさる。ですが、その態勢からでは先のような大技はおろか、反撃すらままならぬでしょう。いい加減、諦めあそばせ」
気勢を削ぐために降伏勧告をする息吹童子に、白星は不敵な笑みで返す。
「かか。どうかの。そろそろ目が慣れてきておるぞ。見切るのも時間の問題よ」
その言葉がはったりでないことは、息吹童子にもわかっていることだろう。
「致し方ありませんね。それでは疾風の神髄、お見せすると致しましょうか」
これ以上粘られては敵わぬと察した息吹童子は、両腕を交差させると、身の周囲に風を集め、腕を振り払ってそれらを解き放った。
今までとは比べ物にならぬ暴風が吹き荒れると、たちまち太い竜巻となり、周囲の岩や樹々を巻き上げながら白星へ突進する。
「かか。速度を殺して威力を取ったか。それでは本末転倒であろ」
白星は自由になった白鞘で素早く地面に五芒星を描くと、陣の真ん中へ鋭く踏み込んだ。
すると白星の目前に巨大な岩盤が盛り上がり、荒れ狂う竜巻をがっしりと受け止めたではないか。
「いかに木気鋭き疾風も、揺るがぬ土気を削るには時が要る。ぬしもわかっておろうが」
「──ええ。もちろん。ですのであれはただの囮です」
白星の背後から声がしたかと思うと、同時に左胸を鋭い鉤爪が貫いていた。
それは竜巻を繰り出した直後、神速をもって白星の背後を取った息吹童子のものであった。
「かっ……かか。よくぞわしに風穴を開けた。これは褒美よ。遠慮なく受け取れい」
ごふっ、と口から血泡を吐きながらも、白星が笑う。
直後、白星の胸にぱきぱきと凍気が集中し、己に開いた傷口ごと息吹童子の腕を氷漬けにして縫い止めた。
「なんと……!」
「そうれ。もう一つ」
白星が言うが早いか、足止めをされた息吹童子の足元の地面が隆起し、鋭い槍と化して足から肩口まで息吹童子を貫いていた。
「くあ!」
「かか。これで手傷は五分といったところかの。いや、ぬしが抜け出せるまでやめはせぬが」
白星が話している間にも、土槍は雨後の筍のごとく生え続け、息吹童子の身の至る所を串刺しにしてゆく。
同時に腕を封じた氷の枷も、完全に息吹童子の動きを封じようと、手首より上まで侵食し始めた。
「妹相手に……情け容赦のないことでございます……ね……」
「忠告を聞かなんだはぬしよ。姉に逆らった罰、その身で知れい」
「……ああ……自由……私の風の如き自由が……」
吐血と共にうわ言を発し、天を仰ぐ息吹童子。
その気が充分に弱まったと見なした白星は、白鞘を構えて一言添える。
「案ずるな。ぬしはわしの中で生き、共に様々なものを見ようぞ」
その後、凍り付いた息吹童子の腕を砕きつつ旋回し、抜刀する白星。
しゃん──
涼やかな音と共に白星が納刀してより数秒後、ぼとりと息吹童子の首が地に転がる。
そして眩い光を発しながら全身が糸のように解け、白鞘に残らず吸い込まれて行った。
「かか。我が首ながら、美味であったわ」
そう血まみれで恍惚と笑う白星の表情には、妹を手にかけた後悔など微塵も浮かんではいないのだった。




