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毒姫達の死行情動  作者: 葵(あおい)
破滅の街 離別戦
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約束

 以前の戦闘により傷跡を抱えた救いの街は、朽ちた歴史の如く凄惨な傷跡を晒す。栄華を極めた理想郷は今や街として機能すらしていない。言うならば『破滅の街』であり、目に映る景色は無惨にも崩壊していた。


「救いの街も完全に堕ちたね」


 D区画を歩く二人は転送装置が誤作動を起こしていることに気付く。青白い電流を迸らせながら異音を発する装置を横目に、軋む身体を庇いながら先へと足が進められた。


「歴史に置き去りにされたのです。因果応報でしょう。私には、堕ちた景色の方が遥かに綺麗に見えますが」


「かつての理想郷も今や面影一つ無い。表面だけを着飾っていても結局は襤褸(ぼろ)が出る」


 亀裂が迸り、所々が捲れ上がった道路。以前は車が(しき)りに行き来していた景色も、今や風が往復するだけの廃れた通路と化す。周囲の建物も過去の栄華を失い、崩壊の際に舞った粉塵が未だ空を濁らせていた。


 死してなお時を刻む街。


 崩壊した建物の隙間や、以前は道だった場所を歩く二人は、突如として降り始めた雨に辟易する。傷に染み入る雨粒の不快感が、悪くなる視界に更なる拍車を掛けた。


「着いたね」


 仰がれたのは空を貫くような巨大な建物。平和を象徴する如く翼のオブジェクトが取り付けられたビルであり、茉白と弥夜が初めて救いの街に来た際に訪れた場所だった。


「エレベーターから地下へと向かえるようですね」


「うん。茉白……早く会いたいよ」


 (はや)る気持ちが先走る。感情だけが前へと進み、引き摺られるようにして身体が追従する。そんな弥夜を横目に靴先を揃えて立ち止まった夜羅。その際、水溜まりを踏んだ軽快な音が静寂を切り裂くように響いた。


「大丈夫? 傷が痛む?」


 降り頻る雨を背景にまるで一枚の静止画。心配しつつ足並みを揃えて立ち止まった弥夜は、雨に濡れながらも儚げな表情を見せた。


「いいえ。貴女ほど重症じゃありませんから」


「えへへ、言ってくれるねえ」


 微笑む弥夜の全身は傷だらけであり、それが空元気であることは一目瞭然だった。瞑目した夜羅は胸元に手を当てると、胸の内から感情を引き摺り出すようにそのまま強く握り締めた。


「……柊。私と一つ、約束をしましょう」


「……約束?」


 訪れた暫しの沈黙を彩る雨音。周囲の崩壊した景色は雨に晒され、灰色を通り越して黒く変色し始めていた。


「夜葉が私達を護ろうとしてくれているのなら……私達が為すべきはただ一つ。柊、貴女になら解りますね?」


「……必ず生き残ること」


「その通りです。私達は夜葉の想いを無駄にしない為、救いの街から必ず生きて帰らなければなりません。なので、約束してくれますか? 生きて此処を出ることを」


 これから行われるであろう戦闘は、曖昧な覚悟で臨んでしまえば弥夜自身も死に兼ねない。夜羅はそれを見越した上で切り出し、それでいて、彼女の率直な願いでもあった。


「それが最善なのは心では解っているの。でも私の本能がね? 茉白と共に眠りたいって言うの。私に訴えかけるの、私を突き動かすの」


「馬鹿なことを言わないで下さい。夜葉を殺せば私達やゆず、そして全ての能力者が死なない未来を迎えられる。ですが貴女が共に逝ってしまえば……それは夜葉の想いを踏み躙ることになる」


「そんなの解ってる……解ってるんだよ!!」


 雨に晒されて露になる鞘を無くした感情。茉白と共に過ごした記憶の断片が蘇り全身を行き交い犯す。無意識に震える身体を抱き締めた弥夜は、必死に黒い感情を鎮めようと自身を強く律した。


「柊……?」


「あのね? 夜羅は見ていたから知っているけれど、私が初めて茉白と出会ったのは特別警戒区域アリスなの。そこで私が声を掛けた」


「存じています」


「拒絶する茉白に喰って掛かって無理矢理に連れて帰ったの。だから、茉白をこの戦いには巻き込んだのは私なんだよ。相方だとか言って我儘(わがまま)を押し付けたのも私。初めて救いの街を訪れた時に私が勝手な行動をして此処に残らなければ、捕まっていなければ……茉白は無事だったかもしれないのに」


 強く握り締められた拳から血が滴り落ちる。雨に紛れて糸のように流れゆく血液が、少しして完全に水と同化した。そんな一連の流れを目で追っていた夜羅が大きく首を横に振る。


「戦いの結末など誰しもに予測することは不可能でした。貴女が気負う必要はありません。ですが、これからの行く末は私達の行動で変えることが可能です」


「茉白を殺して、私だけのうのうと生き長らえるの? ご飯を食べてお風呂に入って眠って、これから彼女がするはずだった当たり前の日常を……私だけが過ごすの?」


 突如、稲光。間髪入れずに迸った轟音が雨を媒介として広範囲に響き渡る。青白い光に明滅した景色の中、夜羅は僅かに顔を伏せていた。


「生きなければならないのです。それでも、前を向いてね。提示された未来の中に死という選択肢は無いのです。それをしてしまえば、貴女は夜葉の死を冒涜することになる。それこそ……相方失格ですよ」


 死の冒涜、相方失格。弥夜の中で渦巻く言葉が痛みを主張しながら何度も何度も揺り返す。僅かに震えた声で「ごめんなさい」と頭を下げる弥夜に小さな笑顔が向けられた。


「力、入り過ぎです。そんなんじゃ戦えませんよ? それに気にしないで下さい。もしも解ってもらえなかった場合はまた貴女を殴っていましたから。今度はビンタではなく、握り拳でね」


「えへへ、それは勘弁。でも……約束するね、必ず生き残ると」


「はい。ありがとうございます」


 交差する視線に齟齬(そご)は無い。心を通じ合わせた二人は巨大ビルの入口を精悍(せいかん)な表情で見据えた。だが、そんな二人を嘲笑うように運命の悪戯が牙を剥く。待ち伏せしていた者達が立錐(りっすい)の余地も無く辺りを包囲した。


「どういうこと? 目的は阻止したはずなのにどうしてタナトスが……」


 巡らされた思考の糸は答えに辿り着く前に断ち切れる。無言で背を合わせた二人は、鋭い眼差しで周囲を百八十度ずつ警戒した。淀む空気の中、突如として手を打ち鳴らす乾いた音が響く。周囲の視線を集めた男──東雲(しののめ)は人を掻き分け、背を合わせる二人の元へと歩み出た。


「やっぱり来たようだね。君達は本当に愚かだよ」


「東雲……!!」


 何故お前が生きているのかと、言わずと語る弥夜の瞳。猛毒を模倣した事実を愉しげに話した東雲は、茉白の扱う刀と同じものを手にしていた。


「忘れたのかい? 私達の目的は久遠 アリスの能力により、二度目の命の再分配を引き起こすこと」


 瞬間、心の中で全ての欠片が繋がる。散り散りになったパズルのピースが引き合うように向きを揃えた。ごく短時間の逡巡を終えて口元を歪めた夜羅は脳内で導き出した結論を吐露する。


「だから久遠 アリスと化した夜葉を護る為に、貴方達タナトスが立ちはだかると。敵()()()者を護るなど実に皮肉な話ですね」


「仲間()()()者を殺すという行為に、相方を謳っていた柊はどんな心境だい?」


 過去形の言い回しが深々と突き刺さる。だがそれでも、弥夜は心を鎮めて想いに従う。既に満身創痍でありながら凛と立つ姿に、東雲は僅かながら恐怖心を抱いた。


「茉白は今も大切な仲間であり相方だよ。私達はね? 茉白の願いを叶えに行くの。茉白の想いを叶えに行くの。茉白に……死という名の救いを与えに行くの」


 浮かぶ穏やかな表情とは相反して「このゴミみたいな破滅の街でね」と殺意を孕んだ語気で付け足された。


「実に面白い結末だね。かつての仲間が大量殺戮を巻き起こす玩具に成り下がるとは」


「玩具……? 次言ったら抉り殺すぞ蛆虫」


 魔力の高鳴りをいち早く感じ取った夜羅。彼女は戦闘へ身を捻じ入れようとする弥夜の腕を掴んで行動を制する。搾れるほどに濡れた袖が、冷たくなってしまった手に追い討ちを掛けた。


「柊、貴女は地下へ」


「駄目だよ夜羅。一人で太刀打ち出来る人数じゃないことくらい見たら解るでしょ」


「貴女も私も既に満身創痍……ここは腹を括らねばなりません」


 先に行けと表情が語る。強い意志を宿す漆黒の瞳が、躊躇う仲間の背を押すように揺らいだ。


「約束は覚えていますね?」


「うん。必ず生きて帰ろう。だから絶対に死なないで……夜羅」


 夜羅の耳元で東雲の能力を伝えた弥夜は覚悟を露にする。立ち止まっていた脚が僅かに動き、進むべき未来の方向へと向いた。


「貴女もね、柊」


 道を塞ぎ「行かせると思うのかい?」と醜悪な笑みを浮かべる東雲の背後で、固まっていた数十人が霊魂により溶解した。皮膚は溶け、魔力は骨まで侵食し、それに伴い異臭が蔓延(はびこ)る。もはや人で在ったことすら判別出来ない者達は液体と化し、篠突く雨により存在そのものを喰らわれた。


「私達は……約束を果たす為に此処へ来た!!『草木も溶ける丑三つ時(ディーパー・ナイト)』」


 今の一撃を合図とするように、無数の霊魂が地より湧き上がって暴れ狂う。巨大ビル入口付近の者達を溶かし尽くした霊魂は進路をぶち抜き、弥夜を導くようにふわふわと先導した。無言で頷く弥夜。つま先に込められた力が一気に解き放たれる。ぶち抜かれた僅かな合間を、傷跡を省みず駆け抜けた。だが、その背を追う唸り猛る蛇の魔力。それは茉白が使役していたものであり、模倣した東雲が腕を突き出して、一直線に駆ける弥夜の背に狙いを定めた。


「貴女の相手は私ですよ、東雲」


 投擲された脇差の切っ先が蛇の胴体を穿つ。真っ二つに裂けた蛇は分断され、粒子となりて虚空に消え入った。


「死に損ない共が」


「獰猛な生き物は死の直前が最も危険です。今の私のようにね」


 地に落ちた脇差を吸い上げた霊魂は術者の手中に置くように返した。流れるような動作で「さあ、何処からでも」と腕を交差させて構える夜羅は、合間より覗く漆黒の瞳を煌めかせた。


「殺せ。たかが手負いの小娘一人だ」


 東雲は顎で指図する。全方位から夜羅の喉元に向いているのは端的な殺意。たった一人の満身創痍の少女を相手に、周囲の者達は(にじ)り寄るように距離を埋め始めた。

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