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毒姫達の死行情動  作者: 葵(あおい)
特別警戒区域アリス 制圧戦
56/71

世界なんてどうだっていい

「そういえば、毒蛇ちゃんは死んでいないんでしょ? だったらそれはフェーズ2に入った証拠。フェーズ3へと入れば私達の勝ちよ。国は死に絶え、ようやく平和が訪れる」


「何が言いたい」


「此処まで来たからには、どうせ毒蟲ちゃんも生きては帰れない。冥土の土産に教えてあげるわ」


 気泡を孕んだ真黒の液体を吐き出し絶命する毒蟲。グロテスクな死骸に触れた桐華は、呼吸を荒らげて恍惚の表情を浮かべる。


「私の扱う毒の名前、アリスって言うの。そのアリスをね? 体内に留めたまま死なない者が久遠 アリスと化す」


 自身の胸に手を当てる桐華。要領を得ない言い回しに口角から牙を覗かせた弥夜は、先を急かすように苛立ちを露にする。


「黒い液体を吐き出して死んでいる者達を何度か見たことがあるでしょう? 私はこのアリスの適合者を探し、能力者、能力を持たない者、それこそ無差別に弾丸を撃ち込んできた」


「適合者……?」


 嫌な予感が胸中を蝕む。真っ先に脳内に浮かんだのは茉白の顔であり、(はや)る気持ちを代弁してか、弥夜の尻尾が何度も素早く揺れた。


「そう。適合した者は、能力者だけに作用する猛毒の黒い雪を降らせる力を宿す。毒の作用で、能力を無差別に使役してしまう機械と化すの。大抵の者は即死、意識を失い呼吸があればフェーズ2、そして適合して目を覚ませばフェーズ3。その時にはもう……久遠 アリスだけれど」


「すぐに黒い雪が降らなかったことから推測すると、お前等の元にいる者もフェーズ2止まり。つまり今は……昏睡したまま」


「ご明察。なかなか目を覚ましてくれなくて困っているのよ。盗聴器を仕込んだ如月のぬいぐるみで適合者の情報を集めていたのだけれど、どれだけ探そうが見付からなかった。まさかフェーズ2まで辿り着いたのが、その子と毒蛇ちゃんだけなんてね」


「黙れ、茉白は必ず助ける」


「ああ、そうそう。解毒方法だっけ?」


 両手の拳銃を手中で回転させた桐華。弥夜により切り裂かれたボディが痛々しさを晒しており、愛おしそうに得物を撫でた桐華は感情の読めない表情をする。


「無いわよ? そんなもの。一度受けたら終わりなの」


 まさに絶望の一言。目を見開いた弥夜は心が崩れゆく音を認識する。亀裂の入った硝子が、最後の一押しで砕け割れたような歪な音色だった。


「でも心配しなくていいわよ? 毒蟲ちゃんも私の毒で死ぬから」


「私に毒は効かない」


「そう? なら試してあげるわね」


 拳銃に纏わり付く魔力。気泡を孕んだ真っ黒の液体がボディ全体を満たし、それは闇夜の中でありながら色褪せない漆黒を晒す。粘度が高く歪に(うごめ)(さま)は、嫌悪感を容易く胸の内から引き()り出した。


「楽しい楽しいお喋りも終わりよ。『錯乱する虚構弾丸デリリアム・バレット』」


 銃口より垂れ流しになった毒が地に落ちる。黙って目で追った弥夜は、夜羅の霊魂と同じように地面が溶解する光景を見つめていた。


「言い残すことはあるかしら?」


「……死ねよ蛆虫(うじむし)


「残念ね。遺言くらいは聞いてあげようと思ったのに」


 二丁の拳銃より連続して放たれた数十発の弾丸は、踊るように壁や床を反発しながら俯く弥夜へと向かう。だが衝突寸前で跳ねるように軌道を変え、予測不能な挙動で再び辺りを飛び回った。


「なるほど、茉白が撃たれたのはこれか。不意打ちだと確かに防げない」


 六つの瞳で視線だけを動かし、空気の振動や軌道の法則を探る。そこに規則性は無く、様々な思考を巡らせる弥夜に一発の弾丸が牙を向いた。併せて、弾ける音。脇差で切り裂かれた弾丸は二つに両断され桐華の顔面左右を通過する。少し遅れて舞った髪。目を見開いた桐華は声にならない声を発する。この時、弥夜は無意識の内に深い思考を巡らせていた。


「解毒方法が無いのなら、茉白は久遠 アリスと化すか死ぬかの二択。だったら私は一体何の為に戦っているのか。蓮城が死んで妹の仇は討たれ、後はお前を殺して夜羅の仇を討てば私の戦いは終わる。そして、最期の瞬間まで茉白の側にいる為に生きて帰ればいい。此処にいるフェーズ2の久遠 アリスを消す必要は無い」


 独白は深い闇夜に(さら)われて溶ける。厚い雲から解き放たれた満月が、待っていたかのようにその身を煌々(こうこう)と晒し始めた。


「この国や、いずれは世界すべての能力者が死ぬとしても?」


「そんなもの私には関係無い。それに茉白が死ねば毒蟲に喰わせる。いや……私自身が彼女の亡骸を喰らって血肉として最期まで共に生きる」


「もしかしてカニバリズムってやつ? 趣味悪いのね」


「……結局誰も助けられなかった。だったらもう──」







 ──世界なんてどうだっていい。








 桐華が目の当たりにしたのは、純粋無垢な少女のような笑みを浮かべる弥夜の姿。尻尾は不規則に揺れ、不釣り合いな牙を宿した口元は歪み、それでいてなお見()れるほどの笑顔だった。刹那、以前のように視覚化する殺意。深緑色をした粘り気のある殺意が不気味に蠢き存在を主張する。


「桐華、お前だけは此処で殺す。死よりも苦しい痛みを教えてあげる」




 柊 弥夜『生骸化(せいがいか)




 跳ね上がる殺意と魔力に気付いた桐華は、自由自在に宙を舞う弾丸を一斉に叩き付ける。だが、その判断が功を奏することは無い。半身を捻り最低限の動きのみで弾丸を躱す弥夜。自身を撃ち抜くであろう軌道のものだけが的確に切り裂かれた。


「何よその力……有り得ない……」


 まるで空間を超越したと誤認するほどの速さ。桐華の背後へと飛んだ弥夜は、喉元を鷲掴みにするとそのまま宙吊りにする。到底、華奢な少女とは思えない力。あまりの苦しさに嘔吐いた桐華を見据えるは、恍惚と狂気の入り交じった表情だった。


「言い残すことはある?」


 さっきの仕返しと言わんばかりに言の葉が返される。桐華を地へと叩き付けた弥夜は、表情とは相反して感情の宿らない冷酷な瞳を向けた。


「惨めね。君達は死に急いだに過ぎない。私達に手を出さなければ、もうしばらくは皆で平和に過ごせたのに。そういうのを何て言うか知っているかしら?」


「……何て言うの?」


「無駄死にって言うのよ」


 不利な状況下でありながら狂ったように哄笑(こうしょう)する桐華。瞬間、気付かぬ内に断たれた右腕が宙を舞う。


「え……?」


 意識だけは蚊帳(かや)(そと)。切断面より吹き出す鮮血。少し遅れて離れた位置に落ちた腕は、現れた毒蟲がグロテスクな咀嚼音を響かせながら喰らっていた。


「──ッ!!」


 恐怖を孕んだ上擦った悲鳴があがる。当然の如く使役してきた腕が切り落とされ悍ましい感情が身を蝕む。追い打ちと言わんばかりに頬が蹴られ、転がった桐華は自身の腹部に跨った弥夜を見上げる。揺らぐ瞳の奥には畏怖(いふ)が見え隠れし、細身の身体は小刻みに震えていた。


「ねえ、助けて欲しいの? 死にたくないよね? 死にたくないでしょ? 死にたくないかな?」




 ──狂っている。




 桐華の抱いた率直な想いだった。


「助けて……下さい……」


 右腕を断たれた痛みが揺り返す。切断面より零れ落ちる血の量は(おびただ)しく、水溜まりさながら地に溜まっていた。


「助けてあげる。じゃあ先ずは、私の仲間に無駄死にって言ったことを謝って? 茉白はまだ生きてる。後はそうだねえ……」


 この場に不釣り合いな可愛げな顔をする弥夜は、顎に人差し指を添えて小さく唸る。それはまるで、買ってもらう玩具(おもちゃ)の選択に悩む無邪気な少女だった。


「茉白を解毒することと、夜羅を生き返らせて? そうすれば貴女は此処で死ななくて済むよ。簡単でしょ? 人を生き返らせることくらい誰だって出来るよね」


 (たの)しげに弾む語尾。左右に何度も首を傾げる弥夜は、甘い甘い犯し(お菓子)を見るような穢れのない目で桐華を見下ろす。


「そんなの……出来る訳……」


「出来るの? 出来るよね? 出来るでしょ? 出来るかな?」


 まるで壊れた機械人形。狂ったように嗤う弥夜は牙を覗かせながら、桐華の切り落とされた右腕の切断面に脇差を突き刺した。月光に照らされた艶やかな街の中、相応しくない断末魔の叫び声が響き渡った。


「どうしたの? こんなの痛くないよ? 毒にやられて昏睡するまでの時間の方がもっと苦しいから。腹部を撃たれて溺死する方がもっと苦しいから」


 脳内に浮かぶ茉白と夜羅の姿。つい最近まで笑っていた二人が今や手の届かない存在となり、弥夜の表情には大きな影が落ちた。


「くそ……死ね!! 化け物!!」


 左手に握られた拳銃が弥夜の額へと向けられる。猶予無く爆ぜた銃口がゼロ距離で猛威を奮った。立ち込める火薬の匂い。併せて、鼻を突く毒臭までもが漂い始めた。


「不意打ち? そんなことするんだ。頭の中まで犯してあげないといけないみたいだね」


 予測していたと言わんばかりに、首を背けるだけの小さな動作で躱す弥夜。背後へと抜けた弾丸は建物に突き刺さり、鈍い音を立てながら白煙をあげて役目を終えた。


「よく混ぜなきゃ。美味しくなるといいなあ」


 突き刺した脇差で傷口を掻き回した弥夜は、直ぐに飽きたのか無表情で左腕をも切り落とす。泣き喚く子供のように叫ぶ桐華はあまりの激痛に唇を震わせる。意識を失ってしまった方が楽だと、本能が無意識にそう告げていた。


「も、もう私は戦えない……解るでしょ? 両腕が無いの!!」


 未だ自身の腹部に座ったままの弥夜を見据える。瞳の奥で揺らぐは純度の高い恐怖。震えの止まらない華奢な体躯が、胸中を支配する感情を代弁していた。


「茉白を解毒してよ。夜羅を生き返らせてよ」


「無理よ……」


「そっかあ」


 声を弾ませた弥夜は何度か(まばた)きした後、躊躇いなく桐華の横腹を突き刺す。それは夜羅が撃ち抜かれたのと同じ位置だった。雑に抜かれた刃を追うように、吹き出した血液が瞬く間に地に拡がる。


「じゃあ同じ目に遭ってもらうね。大人なんだから、因果応報って言葉くらいは知ってるよね」


 喉奥を伝って口腔内へと至る不快感。逆らうことなく身を委ねた桐華は、自身が吐き出した血の量を目の当たりにしてもう長くないことを悟った。曖昧になりゆく視界と思考。目の前の()()()に対する恐怖心でさえ色褪せ始める。


「もう殺して……お願い……」


 両腕を失い、腹部に刺し傷を抱える桐華。それでもまだ足りないと言わんばかりに脇差が振り上げられる。切っ先の真下は眼球であり、身を捻って逃れようとする桐華は再燃した恐怖に苛まれた。無情にも振り下ろされた脇差が眼球を貫く。右、次いで左と躊躇いなく突き刺した弥夜は口角を歪に吊り上げていた。


「あ……ああああああ……!!」


 木霊する断末魔の叫びは最早、声とは言えず掠れている。二度と光へと辿り着くことの出来ない闇。何処までも続く暗闇に、桐華の理性は容易く崩壊した。


「次は毒に蝕まれた茉白の分」


 生きることを諦めた桐華は首筋に迸る痛みに身体を脈打たせる。涎を垂らしながら噛み付く弥夜。八重歯が延長されたような特徴的な牙が柔肌に突き刺さり、滴り伝う深緑の毒液が傷口から体内へと滑り込んだ。


「……死ねよ蛆虫」


 吐き捨てた弥夜は興味無さげに立ち上がる。彼女が踵を返すと同時に、背後では猛毒に蝕まれた桐華が小刻みに痙攣していた。遺されたのは反射的に目を背けたくなるほどのグロテスクな死体。体中のありとあらゆる穴から毒液を吹き出しており、蝿のように(たか)る小さな蟲達が活き活きと飛び交っていた。

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