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毒姫達の死行情動  作者: 葵(あおい)
特別警戒区域アリス 制圧戦
54/71

✕#ゞ∧─∮

 ──少し()が悪いか。


 たかが小娘風情に、何故そんな思考が浮かんでしまったのだろうかと蓮城は苛立ちを露にする。凄まじいまでの圧。決して退かないという気迫。二人から発せられる目に見えない()()が思考に僅かな迷いを生じさせた。その一瞬。たかがその一瞬の隙を突いた夜羅が眼前に迫る。心臓目掛けて突き出された脇差を大剣の側面で止めた蓮城は、次いで背後に迫る毒蟲を切り裂く。同時に、雨さながら降り注いだ無数の霊魂が歪な音を立てて白煙を上げた。(もたら)された溶解。(ことごと)く溶けた地面は抉れており、粘り気のある液体がマグマの如く揺れる。後方に跳ぶことで躱した蓮城の周囲では、無数の毒蟲が深緑の血液を吹き出して絶命していた。


「九十九」


 一連のやり取りを見ていた弥夜がぽつりと紡ぐ。


「今の攻防で、本体のお前が切り裂いた分を含めて百匹の毒蟲が殺された。つまり、お前の能力である並行世界の数は九十九個存在する。試しに辺りの炎を数えてみたら辻褄が合った」


「からくりを暴いたつもりか? 理解したところでどうなる?」


「お前の能力の発動条件は炎に自身を映していること。つまり必然的に中心に居なければならない。救いの街で殺り合った時、お前が動かなかった理由がようやく解った。唯一動いた時の攻撃には追撃が発生しなかったのがその証拠」


 揺らめく炎は鏡面のようで艶やかな煌めきを晒す。独立した九十九の炎は、どれ一つ欠けることなく蓮城の姿を映し出していた。


「ただの餓鬼だと思っていたが、洞察力だけは確かなようだな」


 左右に三つずつの瞳を宿す重瞳(ちょうどう)。計六つの瞳が意志を持つ如く各々(おのおの)に別の挙動をする。周囲を見渡していた瞳は全てを見抜いたと言わんばかりに静止し、六つ全てが蓮城を真っ直ぐに映した。


「そして最も厄介なのが……」


 霊魂により溶かされた地面。歪な凹凸から未だ立ち昇る白煙が月明かりすら無い虚空に誘われ続けている。そんな光景を見ていた弥夜は、次に炎の中の並行世界へと視線を向けた。


「見ての通り炎の中に映る地面は溶けていない。つまり、この世界における事象は並行世界では適応されない。救いの街で切り落としたはずのお前の腕が何事も無く再生したのも頷ける。まさに無敵……百人と対峙しているようなもの」


 弥夜の隣に並んだ夜羅が凛と立つ。彼女は僅かに吹き抜けた冷たい風をその身に受け、小さく息を吐き出しながら髪を耳にかけた。


「厄介な相手ですね」


「大丈夫。見抜いた今なら……必ず殺れる」


「何か策でも? 無ければ私が殺ります」


 いつでも出られると言わんばかりに体勢を低く落とす夜羅。「大丈夫だよ」と囁いた弥夜は、色を失くした炎の位置を再確認すると大きく息を吸い込む。


「皆!! お願い!!」


 腹の底からの叫び声で毒蟲達へと伝達される意志。愛らしい鳴き声とは裏腹に不気味に蠢く毒蟲達は、一斉に跳躍すると雨の如く降り注ぐ。身構える蓮城は自身に向かって来ない毒蟲を不審に思い顔を(しか)めた。


 その一瞬が戦況を大きく傾けた。


「ねえ、蓮城。私達と()ろうよ」


 夜羅とアイコンタクトを取った弥夜は真正面より蓮城へと向かい断鎌を振り下ろす。刃先が弧を描くように急激に堕ち、体重を乗せた一撃は凄まじい音を立てて大剣と衝突。哭くように散った火花が闇夜を歪に彩った。毒蟲達の目的。それは色を失くした炎を揺らがせ、内に映る景色を消失させること。自身の命を以てして全ての炎へと飛び込んだ毒蟲達は、灼かれることにより炎の作用を無効化した。




 ──今なら並行世界は作用しない。




 弥夜がそう紡ぐよりも早く状況を察した夜羅は、全身全霊を以てして想いの刃を振り下ろす。


「──ッ!!」


 目を見開いた蓮城から血飛沫が吹き上がる。胸元を切り裂かれ後ろへと大きく傾く体躯。大剣を弾いた弥夜は、追い討ちと言わんばかりに肩から腰部にかけて大きく切り裂いた。敗れしは九十九の並行世界、(おご)った故に閉ざされた未来。予想外の方法で能力が攻略されたことに驚愕する蓮城。(もつ)れた脚が、まるで自身の身体ではない感覚を突き付けた。


「お前の能力を目にするのはこれで三度目。私の能力とは相性が悪かったね」


 冷酷な感情を乗せた鋭い言の葉が突き刺さる。息の根を止めんと最期の一振りが見舞われる寸前、何かに気付いた夜羅は目を見開き弥夜へと飛び掛かった。ほぼ同時に夜闇を裂く銃声が迸る。


「夜羅ッ!?」


 音の余韻のなか押し倒された弥夜は、自身の上に覆い被さる夜羅に視線をやる。安堵の表情を浮かべる夜羅は優しくも儚い笑みを浮かべていた。


「危なかった。狙撃手(スナイパー)が狙っていることに直前で気付けて良かった。恐らく桐華(きりか)でしょう」


 射線上から救われた弥夜は感謝をすると同時に、腹部付近に伝わる生温い感触を不思議に思う。それは徐々に広がりを見せ、服が湿ってゆく嫌な感覚が肌に伝わった。


「夜羅……!! ねえ……撃たれて……!!」


 それは横腹を撃たれた夜羅の血液であり、気付いた弥夜の鼓動が急激に跳ね上がる。


「ご心配なく、狙撃手の位置は粗方解りました。遠方に見える分厚いシャッターに囲われたあの建物です」


 視線による誘導。立ち上がった夜羅は、横腹から垂れ流される血がまるで嘘だと言わんばかりに表情一つ変えない。迸る激痛を堪えているのは明白であり、脇差を握る華奢な腕が震えていた。力が込められないのか無意識に手放された一本の脇差。残る一本を両手で強く握り締めた夜羅は、ふらつきながらも向かい来る蓮城の姿を捉える。


「先に手当をするから動かないで!!」


「すみません柊。蓮城は……私が地獄へと連れて行きます」


 邪魔をするなという合図さながら、弥夜の周囲を霊魂が囲う。動けば一瞬で溶解すると察した弥夜は、声にならない声を発してその場にへたり込んだ。


「お前達ごときが俺達を止められる訳ないだろうが!!」


 まるで死に際の咆哮。大剣を大きく振り上げた蓮城の懐に最期の力を振り絞った夜羅が肉薄する。身を震わせるほどの気迫が、蓮城の本能に警鐘を鳴らした。


「私の親友を殺しておいて……のうのうと生きられると思うなよ」


 鳩尾付近に突き刺された脇差。そのまま体重を乗せて端へと追いやった夜羅は腹の底より咆哮する。それは復讐を前にした昂り。胸を喰い破るほどの愉悦が、吊り上がった口角により代弁されていた。


「もう潮時でしょう。貴方も……私もね」


 滴る血が、脇差を握る手に降り掛かり色を上書きする。色白の手は今や見る影も無く赤一色に染まっていた。交差した視線は互いに想いを押し付け合い、覚悟を決めた夜羅の瞳に、蓮城は心の底から恐怖心を覚えた。


「糞餓鬼があああ!!」


「蓮城。貴方の百個目の並行世界……その未来は死です。貴方を地獄へ堕とすこと、それが私の還し屋としての最期の仕事。ご心配なさらず……私の行き先も地獄ですから」


 身を乗り出した蓮城をそのまま押し切り、共に巨大な川への落下を試みる夜羅。その際に一度振り返った彼女は霊魂に囲われる弥夜に視線を向ける。


「あれだけ説教をしておきながら、最期は私が勝手なことをしてごめんなさい。(ひいらぎ)……夜葉を頼みます。そして必ず生きて帰って下さい。貴女達に出会えて良かった……大好きです」


 浮かぶは温もりを宿した柔らかい笑み。その言葉を最期に、身を突き出した夜羅が蓮城もろとも落下する。まるで死が手招きしていると錯覚するほどの漆黒に満ちた川。二人が落ちた際の音が、皮肉にもやけに大きく響き渡った。


「夜羅ああああああ!!」


 悲痛な叫び声、併せて震える身体。鞘を失った感情が収まりを失くして跳ね上がる。霊魂はふわりと虚空へ消え入り、美しい蒼白の残光を残した。滴る涙は止め()なく薄汚れた地面へと吸い込まれる。残された一本の脇差を拾い上げた弥夜は、声にならない声を発しながら無理矢理に身体を突き動かした。


 ──行かなきゃ。


 此処に残りたいと発する()()、想いを踏み躙りたくないと語る()()。それ等を殺し、()()で脚を進める。


 ──生きなきゃ。


 妹である優來(ゆら)の仇は討たれたが、代償として大切な仲間を失った。


 ──殺す、コロス、✕#ゞ∧─∮。


 回らない呂律。何も映さない虚ろな瞳。まるで足枷が装着されているような重心の定まらない歩みが続いた。そんな中、空間の一点を突き刺すように飛来する上方からの弾丸。流れるような動きで見切った弥夜は、脇差を軽く一振りすることで切り裂く。中央で真っ二つに裂けた弾丸は跳ねるように地を滑り、耳障りな音を置き去りにした。


「見付けた……」


 左右の重瞳が不規則に動く。見据えられるは分厚いシャッターに囲われた建物であり、夜羅の言っていた場所と相違無かった。


「夜羅……夜羅ぁ……」

 

 ふらりふらりと続く足取り。心に空いた大きな穴が感情を奈落にまで叩き落とした。橋を渡り切った弥夜は瞑目し祈りを捧げる。未だ零れ落ちる涙を拭うこともせず、脇差を静かに自身の懐にしまい込んだ。


 ──心だけは共に行こう。


 胸の奥に、引っ掻き傷の如く強く刻んで。

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