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毒姫達の死行情動  作者: 葵(あおい)
救いの街 救出戦
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堕ちた日

 建物外へと辿り着いた三人は各々に疲弊しており肩で息をする。更けてゆく夜の風は嫌に冷たく、戦闘で軋んだ身体に吸い込まれるように染み入った。


「おかしい、やけに静かだね」


 眼前にあるのは無惨に引き裂かれた死体や無造作に投げ出された武器類。建物に入る前とは打って変わって嘘のように静まり返っている。少し乱れた呼吸音が気になるほどの不穏な静けさだった。


「目的は果たしました。いえ、柊を助け救いの街の計画を暴く……目的以上の成果です」


 道路の隅に乗り捨てられた車を指差した夜羅は脱出を提案する。だが静けさを裂く足音により、三人の視線は来訪者へと向いた。予想通りと言わんばかりに断鎌の柄を強く握った弥夜は、静かに顎を引くと明白な殺意を瞳に宿らせた。


「やっぱり、そう簡単には逃がしてくれないよね」


 追い付いて来た蓮城は純白の瞳を細める。辺りの制圧を行って来たのか、外套には返り血や汚れが付着している。だが相反して本人は一切の傷を負っていなかった。


「お前達はこの街から出られない」


「……へえ? それは幸運だねえ」


 断鎌を握る手が小刻みに揺れ、夜風に(そよ)ぐ黒髪が目元を覆い隠す。未だ煌々と体躯を煌めかせる月が、口角を吊り上げる弥夜の妖艶さに拍車を掛けた。


「何が言いたい?」


「また会えて良かったよ。お前を惨殺しなきゃ……私の気が済まないから」


 小さく首を傾げて「ねえ?」と呼び掛けた弥夜は軋む身体より魔力を絞り出す。途端、空間との境界線を無くす輪郭。無尽蔵に跳ね上がる魔力は、晒されているだけで痛みすら感じられるほどに刺々(とげとげ)しい。


「私と()ろうよ、蓮城」


執拗(しつこ)い奴だ」


 色を失くした炎が形成されるよりも早く飛び出す弥夜。髪の残り香を置き去りにして華麗に跳躍した彼女は、宙で身を捻り回転を加えると遠心力を乗せた一撃を見舞う。


「何故抗う? 俺達の目的を知ったのなら戦う必要など無いだろう?」


「忘れたの? お前は私の妹を殺した。お前達の目的なんて関係無い。その身を以て贖え」


 下段から振り上げられた大剣が断鎌を止める。衝突の際の勢いで勝った弥夜は純粋な力で押し切り、その場で回転することにより尻尾を叩き付けた。毒々しい色をした深紫の尻尾は棘を宿し、三つ又に別れた先端より液体を滴らせる。貫かれた身体から血を吹き出しながら地を滑る蓮城。細い尻尾でありながら、まるで巨大な車に衝突されたと錯覚するほどの衝撃が迸った。


「さっきの毒か」


 立ち上がった蓮城は身体が僅かに痺れていることに気付く。身体を突き抜ける不快感と共に失われてゆく可動域。その原因が尻尾から滴る毒だと判断して醜悪に顔を歪めた。


「今更気付いてももう遅い」


 辺りに湧き上がる色を失くした炎を諸共せず弥夜は追撃を試みる。背後で状況を伺っていた茉白は地より蛇を湧き上がらせ、全ての独立した炎に喰らい付かせた。それは戦況を大きく変える的確な援護。灰と化した炎は雲散霧消し、蓮城の使役する並行世界は可能性を閉ざす。


「死ね──蓮城!!」


 振り下ろされた断鎌が蓮城を捕らえ、深く裂けた胴体より鮮血が吹き出す。返り血を浴びた弥夜の表情は悦びに満ちており、底知れない狂気が見え隠れしていた。後退(ずさ)りながら体勢を崩す蓮城。次は首を()ねると言わんばかりに断鎌が水平に持ち上げられるも、何かに気付いた茉白が弥夜に肉薄し地面に押し倒した。刹那、弥夜を掠める寸前を通過する弾丸。少し遅れてきた甲高い発砲音に鼓膜が悲鳴をあげる。遥か遠くから放たれたであろう弾丸は、地に突き刺さると泣くように白煙を上げていた。


「……稀崎!!」


 腹の底から叫ぶと共に茉白の視線は後方へ。車を取りに向かっていた夜羅は弾道を遮るように車を止めると、助手席のドアを内部から蹴り開けた。


「柊、狙撃手(スナイパー)が居ます。ここは退()きましょう」


「ちょっと!? 茉白!?」


 弥夜を抱え上げた茉白は有無を言わさず助手席に押し込む。次いで、自身はルーフ部分に手を掛けて身体を持ち上げると後部座席の窓を蹴り破って乗り込んだ。それを見越していたと言わんばかりに発進した車。駆動するエンジン音が静かな夜を引き裂くように鳴り響いた。


「ありがとう二人共、助かったよ」


「お構い無く。このまま脱出しましょう」


 慣れた手つきで運転をする夜羅は、視線の動きだけで周囲を把握するとハンドルを大きく切る。Uターンの要領で大きく旋回した車が何人かの残党を轢き殺した。


「狙撃手が居る以上は下手に動けないからな。あのクソ女いつか殺す」


「茉白を撃った人?」


「そうです。撃たれたのは不注意ですが」


「一言多いんだよお前は」


 暴走する車は細道を無理矢理に横切り、大通りを逆走し、正面ゲートへの最短距離を辿る。標識を薙ぎ倒した際に車内が大きく揺れるが、夜羅の運転が信用されているのか誰一人として文句を口にする者は居なかった。


「今現在、救いの街内は大混乱に陥っています。数え切れない還し屋達が乗り込み暴れている……脱出するには最適でしょう」


 サイドミラーを見ながら大きく切られたハンドル。華麗な弧を描いて曲がった車は速度を落とすこと無く猛進する。今のところ追っ手はおらず、夜羅は散り散りになった残党を的確に轢き殺しながら出口へと向かっていた。


「蓮城を殺し損ねたのは大きな痛手ですが、撤退に対して文句を言わなかったことから判断すると……柊も以前の勝手な行動を反省しているのでしょう」


 ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。気まずそうに押し黙った弥夜は小さな会釈をして謝罪する。助け舟を求めるような申し訳なさそうな視線が茉白へと向いた。


「冗談ですよ」


「夜羅って割と怖いよね」


「こいつは性格悪いだけだろ」


 唐突に車が揺れ、前の座席に頭をぶつけた茉白。短い声をあげた彼女は涙目になりながら反射的に額を押さえた。


「失礼しました、大きな石があったもので」


「ふざけんな絶対わざとだろ!! 人を轢き殺す奴が石ごときで止まる訳ないだろ!!」


 後ろから運転席をガシガシと蹴る茉白は、足癖が悪いと弥夜に叱られ大人しくなった。車の速度は速く、窓の外では景色が瞬く間に移り変わる。目に付くほとんどが崩壊し荒れ果てており、勃発した戦闘の凄惨さを物語っていた。


「何か私が居ない間に仲良くなってない? 妬いちゃう妬いちゃう妬いちゃう」


「私と夜葉は一時的に手を組んだだけです。そういえば柊が離脱したあの日、夜葉が泣いていましたよ。貴女に会いたいとね」


「え!?」


 膨れていた頬は嘘のように(しぼ)み、満面の笑みで後部座席を振り返る弥夜。嫌な予感がした茉白は夜羅の座席を再び蹴り上げた。


「くそが、何処でも言いふらしやがって」


「私の為に泣いてくれたの?」


「知るか。忘れた」


 助手席から後部座席に身を投げ出した弥夜は、茉白に覆い被さると強引な頬擦りをする。無理矢理の移動に車内がめちゃくちゃになるも、夜羅は何一つ気にせずに運転を続ける。


「あーん、茉白可愛い可愛い可愛い」


「ベタベタ触るな!!」


 数字の3の如く尖った口元が茉白の頬にくっ付けられた。弾力のある色白の頬が弥夜の唇を押し返す。


「虫を喰った口でキスをするな!!」


「そんなの気にしないよ?」


「うちがするんだよ馬鹿が」


 一方的な愛情表現を受ける茉白は抵抗を続けるも、髪の毛は乱れて脚をバタつかせた際に靴が脱げたりと、後部座席は弥夜の独壇場となっていた。


「車の中で暴れたら危ないですよ。もう子供じゃないのですから自重して下さい」


「お前のせいだろ!!」

 

 二人が落ち着きを取り戻した頃、目的地である正面ゲートが見え始める。周囲には(まだら)に人が点在しているも、誰一人として向かって来る者は存在しない。


「壊されてる……?」


「外の還し屋達が乗り込んで来た際に破壊したのでしょう。むしろ都合が良い」


 ゲートには大きな風穴が空いており、最早内外を隔てるという役割を果たせずにいた。まさに願ってもいない僥倖(ぎょうこう)。向こう側の景色が完全に見えてしまっており、日常と非日常が混在する歪な空気が流れていた。


「夜葉、IDカードは二枚持っていますね? 私の元には一枚だけ残されていましたから」


「ああ」


「なら私達の勝ちです。この脱出は誰にも悟られない」


「解析班をぶっ潰したのならもう機能してないだろ」


「それもそうですね。私のうっかりさんでした」


 アクセルを踏み込む足に力が込められるも、一人の男の姿を捉えた夜羅が目を細めた。車が通過するであろう軌道上に立つ東雲は、ネクタイの位置を正すと余裕綽々と煙草に火をつける。虚空を漂う煙が、間近で見る線香のようにやけに鮮明に映えた。


「稀崎、そのまま轢き殺せ」


「腹立たしいですが同感です。二人とも何かに捕まっていて下さい。投げ出されても回収しませんよ」


 躊躇い無くアクセルをベタ踏みした夜羅は轢き殺すことを選択する。だが衝突の寸前に身を(かわ)して不敵に笑う東雲。車が横を通り抜ける際、切れ長の茶色い瞳があからさまに鋭さを増した。静止画が連続して切り替わるような感覚の中、三人は各々に東雲と目を合わせる。それは一瞬の出来事であり、流れる景色に置いていかれた東雲は遥か後方へと流れた。


「手を出して来ませんでしたね」


 バックミラーで後方を確認した夜羅は、東雲が興味無さげに救いの街へと戻る姿を確認する。一難が去り、緊張の糸が切れたのか小さな吐息が車内に響いた。


「私達が特別警戒区域アリスへ行くことも読まれているかもね」


「上等だよクソ野郎」


 車は無事にゲートを通過し、救いの街からの脱出は成功する。幸か不幸か、この出来事を切っ掛けに国の情勢は大きく傾く。能力者を皆殺しにするというタナトスの目的に賛同したのは、意外にも能力を持たない人々だった。人々がタナトスの支配下に置かれることを自ら選択した日は、後にこう呼ばれる。







 ──堕ちた日、と。

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