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毒姫達の死行情動  作者: 葵(あおい)
救いの街 救出戦
43/71

夜羅との合流

 転送先のC区画で即座に毒蟲を()んだ弥夜。二人は再び背に乗ると、陥没して燃え盛る道路を逆走する。折れ曲がったガードレールや倒れる電柱、全壊した豪邸など、H区画よりも激しい戦闘の痕跡が広がっていた。唐突に、周囲を見渡していた弥夜が短い声を上げる。


「何か飛んで来てる!! 茉白何とかして!!」


 二人を穿(うが)たんと飛来する魔法や矢。魔力を宿した槍などの長物も混ざっており、毒蟲の背で立ち上がった茉白は全てを的確に迎撃する。そして訪れた僅かなインターバルに、弥夜が自身の隣を指差した。


「そこの四肢裂きの断鎌(ワスレナグサ)を使ってもいいよ。刃渡りが大きい分、刀よりは広範囲を薙げる」


 弥夜は触角を握り、必死に毒蟲へと魔力を込めている。僅かに逡巡した茉白は、断鎌に宿る深緑色の血管を気味悪く思いながらも一思いに手を伸ばした。


「ちょっと借りるぞ」


 柄に手を掛けた茉白は静かに目を細める。何かの間違いだとでも言わんばかりに、断鎌の柄が何度も握り直された。


「茉白? 嘘でしょ?」


「……嘘な訳ないだろ」


 力を込めているのか小刻みに震える腕。しかし持ち上げるには至らず、少し位置を変えることすら叶わない。茉白自身も納得がいかないのか、重心を低くして何度も試すが結果は変わらなかった。


「私が馬鹿力みたいに言わないでよ」


「さすがに馬鹿力だろ。その細腕のどこにそんな力があるんだよ」


「ひっど」


 そうは言うものの二人の腕の細さに大差は無い。弥夜は断鎌を片手で軽々と扱っていたが、茉白には両手でも持ち上げることすら出来なかった。


「つまり、私が茉白を押し倒せば一方的に襲えるということ。あんなことやこんなことやそんなことやどんなこと? も()りたい放題だということ」


「押し倒す度胸も無い奴が言うな」


「あるよ? ここで試す?」


「いいから毒蟲の操縦に集中しろ」


 一定の間隔で飛来する攻撃を何度かやり過ごした(のち)、眼前には灰色の角張った巨大な建物が姿を見せる。壁面に走る淡い光を放つ線や、備え付けられた何かを受信する為の装置など、救いの街にとって重要な施設であることは一目瞭然だった。


「援護したいけれど迂闊には手を出せないね、向かって来なければどっちが敵か解らない」


「放っとけ。囲まれたらジリ貧だ」


 建物付近での戦闘は激しく、何処を見ても灼熱の炎が上がっている。常に鼻を突く焼けた死臭や水溜まりのように拡がる血液があちらこちらで散見していた。今まで騙されていたと気付いた還し屋達の怒りが空間を震わせているようだった。


「恐らくあの建物だよね? どうする?」


「そのまま突っ込め」


「はいよ」


 乗り気と言わんばかりに毒蟲に指示が飛ぶ。一際大きな声で鳴いた毒蟲は、辺りを薙ぎ倒しながら最短距離で建物へと突っ込んだ。勢い良く吐き出された粘液が壁面を容易く溶かし、二人は難なく内部へと至ることに成功する。


「ありがとね。此処まででいいよ」


 撫でられた毒蟲は満足気に羽根をばたつかせて姿を消失させた。薄暗い照明に照らされた建物内は、今しがた抉じ開けられた風穴より月光を受け入れる。月の光に照らされた二人は静かに顔を見合わせた。


「奥に行けば夜羅が居るのかな?」


「他にそれらしき建物は無かったからな」


 静かで冷たい灰色の空間が拡がっている。無機質な空間を探り探り歩く二人の靴音が山彦のように反響し、切れかかった薄暗い照明が、時折明滅しては仄かな闇を見え隠れさせていた。侵入を拒むように蔓延(はびこ)る重苦しい空気。それらを超えてしばらく歩みを進めた先に別れ道が姿を見せた。どちらも薄暗く、不気味な雰囲気が奥へ奥へと誘うようだった。


「少し待ってね」


 立ち止まった弥夜は握った拳を裏返し、ゆっくりと手を開く。飛び出した小さな羽虫が二匹、旋回した後に嬉々として茉白の頬に止まった。


「おい!! 絶対わざとだろ!!」


 顔を引き()らせた茉白が青ざめる。くすくすと小さく笑った弥夜は可愛らしげに口元に手を添えた。


「えへへ、バレちゃった」


「ったく、性格悪いんだよ」


「それが私の長所だから」


 茉白の頬から飛び立った羽虫は役割を理解しているのか、迷うこと無く左右の暗闇へと凄まじい速さで消え入る。それから僅か数分で帰還した羽虫。だがそれは一匹だけであり、左側へ行った羽虫が帰ってくることは無かった。


「敢えて感知出来るであろう微弱な魔力を纏わせたの」


「つまり、左へ行った虫は殺されたって訳か」


 頷く弥夜を見るや否や、茉白は躊躇いなく左側の通路へと進む。足取りに迷いは無く、鋭い視線は前だけを見据えていた。


「正直、夜羅が居るかは解らない」


「稀崎も世話の焼ける奴だな」


「どうせ貴女も勝手に飛び出して来たんでしょ? 機転を効かせた夜羅に救われたのは私達の方だよ。きっと夜羅も私達のこと……世話の焼ける奴等だなって思ってるよ」


 舌打ちをした茉白がいつもの如く女の子らしくないと叱られる。誰も居ない不気味な空間内で反響する二つの靴音が、嫌な静寂を幾らかマシなものへと変えていた。


「でも、助けに来てくれて嬉しかった。本当にありがとう」


 振り返らずに前を歩く茉白。その小さな背に向く視線はとても優しい色をする。何度も守ってくれた頼り甲斐のある背中に、弥夜は無意識に表情を綻ばせていた。


「その言葉はまだ早いだろ。救いの街を無事に出られたら、口が裂けるまで礼を言わせてやる」


「……うん」


 今一度、気を引き締める二人。薄暗い通路を直進し、様々な機械が設置された部屋をいくつか超える。次第に人が(いが)み合うような声が届き、顔を見合わせた二人は静かに頷き合った。通路の突き当たりには何の装飾も施されていない重厚な鉄扉(てっぴ)が佇んでおり、その向こう側から響く喧騒は波のように揺り返していた。


「うちがぶち破る」


「いいね、派手にいっちゃえ」


 具現化された巨大な蛇は鉄扉に喰らい付き、いとも容易く灰へと変えた。救いの街内の映像を映すモニターが所狭しと設置された巨大な部屋内。内部の者達の注意が侵入者である二人へと向き、突き刺さる殺意が敵であることを容易く証明する。


「やられるなよ」


「大丈夫、私めちゃくちゃ強いから」


 地を蹴り真っ先に飛び出した茉白は凄まじい速さで敵陣へと切り込む。蛇のような予測不能な動きで振り抜かれる刀は次々と灰を量産し、激しい動作のメリハリは付け入る隙すら与えない。縦横無尽に空間を駆ける姿はまさに毒蛇。通り抜けた軌道を遅れて吹き抜ける風に、瞳の残光すら取り残されていた。


「……ビンゴ」


 茉白により切り開かれた道を進む弥夜が見覚えのある霊魂を発見する。それは紛れもなく夜羅のものであり、蒼白の光が薄暗い中で歪な彩りを放っていた。最奥の壁を背に戦う夜羅。敵を休むこと無く切り裂き、それでもなお数は減らない。随分と長い間戦っているのか、表情には僅かな疲弊が滲んでいた。


「夜羅ッ!!」


 断鎌を軽々しく片手で振り回し夜羅への道を抉じ開ける。そのまま無理矢理に最奥へと至った弥夜は、靴底を滑らしながら体勢を落として大きな弧を描いた。残酷に裂かれた数人の体躯が鮮血を吹き上げながら分断される。返り血を大量に浴びた弥夜は、顔の血を雑に拭うと鋭い眼光で夜羅の隣に並んだ。


「……柊!?」


 純粋な驚愕で目を丸くする夜羅。切り裂かれた死体を見て僅かに怯む周囲を横目に、弥夜は優しげな笑みを浮かべる。


「お待たせ。それと……勝手なことをしてごめん」


 第一声は、救いの街から脱出する際に、蓮城を殺す為に独断で残ったことに対する懺悔。近くで好き勝手暴れる茉白を見て状況を察した夜羅は「なるほど」と口元を緩めた。


「いいえ、無事で何よりです」


「助けてくれてありがとう。夜羅の機転のお陰で、今や救いの街は混乱の渦中にある」


「このまま堕ちてくれるほど甘くはないでしょう。いくら外の還し屋達が乗り込んで来たとはいえ、敵の数が多過ぎる」


「堕とす必要は無いよ。目的を世間に知られ、それだけで救いの街は死んだも同然。でも……()ずは此処を抜けよう」


 夜羅を護るように振り抜かれた断鎌が迫る者達を切り裂く。追撃と言わんばかりに宙より華麗に乱入した茉白が、僅かに残った討ち漏らしを的確に屠った。混じり合う血飛沫と灰。濁った視界の中でも三人の眼光だけは色褪せない。


「大人しく寝てろよ、ひよこパジャマ」


「可愛いもの好きの毒蛇は即座に病院へ。一緒に寝たと思えば突然姿を消した。夢遊病もここまで酷いと笑えませんね。それに、IDカードを律儀に一枚だけ残して行くとは馬鹿げているにも程がある」


 一に対して十のカウンター、舌戦は夜羅に軍配が上がる。顔がちぎれるくらいの早さで二人の顔を交互に見た弥夜が目をぐるぐると回した。


「え、一緒に寝たの!? あーん妬いちゃう妬いちゃう妬いちゃう。私もまだ未遂なのに!!」


「お前のは意味が違うだろ」


 この場を切り抜けようと靴底に魔力を集めた茉白。周囲には猛毒を彷彿とさせる気泡を孕んだ黒い魔力が具現化され始める。だが、茉白の腕を優しく掴んだ弥夜が首を横に振った。


「無理しないで、左肩の傷……痛むんでしょ」


「不注意で撃たれていますからね。不注意で」


「くそが、二回も言うな」


 血の滲んだ左肩が痛みを主張する。「こんなもん傷に入るかよ」と吐き捨てた茉白は掴まれた腕を振り(ほど)くと先陣を切る。予備動作無しで華麗に飛び上がったかと思えば、未だ犇めき合う敵のど真ん中へと姿を消した。


「相変わらずの単細胞ですね。こちらの身にもなって欲しいものです」


「そう言わないで、私の相方だから」


「……失礼しました」


「冗談だよ。茉白は単細胞だからね」


「柊、貴女もしかして性格悪いです?」


「ううん、凄く良いよ」


 眼前では蛇が螺旋を描き、振り抜かれた刀の鈍い残光がチラついている。戦況は僅かに優勢。顔を見合わせた二人は苦笑いを浮かべ合うと、前方で暴れる茉白の援護に回るべく地を強く蹴った。

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