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毒姫達の死行情動  作者: 葵(あおい)
私は過去を超える
32/71

四面楚歌

「出て来たのはいいが、どうする?」


 寝癖のついた髪が明後日の方向に跳ねてしまっている。ポケットに手を入れながら歩く茉白は気怠そうに欠伸をし、普段からは考えられない可愛げな声を発した。


「救いの街の敷地は広いので車を調達したいところですね。乗り込むとしても生身で行くのは馬鹿のやることです」


「どうせまたパンクさせられて終わりだろ」


「私たち自身がパンクさせられるよりはマシですが」


「……表現おかしいだろ」


 茉白の寝起きが悪かった為に昼過ぎの外出。すっかり乾いた服を身に纏う二人はアパート近くの細道を歩く。雨により湿った地面は乾き切ってはおらず、至る所に水溜まりが残っていた。


「また降るだろうな」


 見上げた空は生憎の曇天。眩しさの欠片も無い。嵐の後だというのに、濃い灰色をした雲がおしくらまんじゅうの要領で犇めき合っていた。


「荒れ模様ですね。一応傘はありますが一本だけです」


 茉白は白々しく身を引く素振りを見せる。傘を見せ付けるように掲げた夜羅が揶揄(からか)うような嫌らしい笑みを浮かべた。


「降れば必然的に相合傘です」


「雨が降るなとこれほど願ったのは初めてかもしれない」


「一言多いですよ」


「お前が言うな」


 電線や木から垂れてくる雨の名残が、曇天の空を背景に鈍い光を発する。落ちて来そうな重苦しい空がどこまでも広がっていた。二人は十字路や大通りを超え駅前広場へと辿り着く。そこからすぐの所には、大地を縦断するように大型ショッピングモールが(そび)えており、老若男女がごった返していた。


「昔一度だけ来たことがある。人混みは相変らすだな」


「もしかして、その時はデートで訪れたのですか?」


「一人だ」


「それはそれは失礼致しました」


 煽るような笑みで空を仰ぐ夜羅。視界の隅に映るは巨大な観覧車。大型ショッピングモールと隣接する遊園地は、デートスポットや若者の遊び場としても有名な場所だった。


「一応言っておきますが、遊園地もモールも行きませんよ」


「餓鬼扱いすんな。もしかして行きたいのか?」


「まさか。貴女と違い大人ですから。ああ、実年齢はもちろんのこと、精神的にもね」


「一言多いんだよ」


 何処もかしこも人だらけ。話しながら楽しげに歩く人や、落ち込んでいるのか下を向いて歩く者。その誰しもが派手な喧騒のなか自身の目的地へと向かっていた。


「まあそれは良しとして、ここなら車が選び放題ですよ? 丈夫な車を奪……お借り出来るかもしれません」


「そうだな、奪うか」


「野蛮なことを言わないで下さい」


「お前がな」


 立体駐車場や屋外の駐車場には数え切れないほどの車が並んでおり、まさに言葉通り選び放題だった。一台一台吟味しながら視線を滑らせる夜羅。どれが良いものかと、唸りながら思考が繰り広げられる。


「まるで車のバイキングですね。欲しい車体に目星を付けて待ち伏せし、運転手が来た所を狙いましょう」


「犯罪者かお前は」


「あれだけ好き勝手暴れておきながら、一体全体どの口が言うのでしょう」


「……うっざ」


 ぐうの音も出ない茉白は大きな舌打ちをする。車を吟味する最中、遠くの方で人混みが一際騒がしさを増す。人々の視線はショッピングモールの外壁に取り付けられた巨大モニターへと向いていた。


「おい稀崎!!」


 目を見開く茉白。本来専門店の営業やニュースが流れているはずのモニターは、紛れも無い東雲(しののめ)の姿を映している。多少ノイズ掛かってはいるものの、記憶に新しい姿を見(たが)えるはずなど無かった。


「どういうことでしょうか」


 茉白に倣いモニターに視線を釘付けにする夜羅。嫌に高鳴る鼓動が胸を突き破るように叩く。


『救いの街から国民の皆様に報告があります。私は救いの街を護衛する還し屋の最高責任者、東雲と申します』


 前置きの後、救いの街の映像が数分間流される。美しき海上都市、理想郷、それはいつも放送されている内容と大差なく、人々は羨望の眼差しを向けていた。場が温まった頃、ノイズを伴い場面が切り替わる。そこに映されていたのは暗い場所に囚われている弥夜の姿だった。


『この者はデイブレイクという組織を名乗るテロリストです。この者、(ひいらぎ) 弥夜(やえ)は救いの街へ襲撃を仕掛け、多数の還し屋を無惨にも殺害しました』


 鎖で四肢を縛り付けられた弥夜は俯いており、酷く衰退しているように見受けられる。まるで、操者の居なくなったマリオネットだった。


「稀崎、傘さしとけ」


「雨は降っていませんが?」


「……いいから」


 怒りを孕む声色に何かを感じ取った夜羅は傘を広げる。この場において誰一人傘を差す者はおらず多少の注目は集めたものの、みなすぐにモニターへと視線を回帰させた。


『ですがご安心下さい。この様なテロリストでも、救いの街を堕とすことは絶対に叶いません。我々の同胞が即座に鎮圧しました』


 再び映像が切り替わる。そこには蓮城と戦闘を繰り広げる、歪な姿を晒す弥夜の姿が映り込んでいた。


「あれが柊ですか……やはり能力者でしたね」


 重瞳(ちょうどう)を超えた三つに増殖した瞳、特徴的な八重歯が更に発達した牙、背付近で揺らめく深紫の三又の尻尾。そして、深緑の血管を無数に宿す漆黒の断鎌。人間離れし過ぎた容姿に、周囲の者達はあからさまな嫌悪感を示していた。


「うちも弥夜の能力は初めて見た」


 映像は続き、弥夜に付き従う十六本の脚を持つ毒蟲や、弥夜自身がそれを喰らう姿まで映し出された。狂った言動を繰り返す弥夜は、蓮城の大剣に切り裂かれて崩れ落ちる。


『まし……ろ……ゆ……ら……ごめ……ね……』


 喉奥から絞り出された言葉を最後に、映像は縛り付けられた弥夜の姿へと切り替わった。


『救いの街は人々の理想郷であらねばなりません。ですが彼女はまだ若い……殺すには余りにも酷というもの。我々は是非更生して欲しいと考えております。そこで我々は、国民の皆様にある協力をしていただきたいと願っております。映像の最後に柊が発したマシロ、ユラ、という言葉は彼女の仲間の名前です』


 再び切り替わった画面に映っていたのは、救いの街内で撮られたであろう茉白と夜羅の姿だった。目の色まで特定出来そうな鮮明な映像は、言い逃れが不可能だということを端的に物語っていた。


夜葉(よるは) 茉白(ましろ)稀崎(きざき) 夜羅(ゆら)。夜葉は柊と同じくしてデイブレイクと名乗る組織の者、稀崎においては還し屋でありながら我々を裏切った者です。この二名は柊の仲間でありテロリストです。日頃から野蛮な殺人を繰り返し、毎日を必死に生きる皆様の驚異となっております。この二人を見付けた者は即座に殺して下さい。自らの行動が他への多大な影響を与える事実を、彼女には知ってもらわねばなりません。そうすることが柊 弥夜の更生に繋がると考えております』


 俯いたままの弥夜は微動だにしない。そんな彼女の顎に手を当てた東雲は無理矢理に顔を上げさせる。焦点は合っておらず、薄く開かれた瞳が遠慮がちに正面を向いた。


「あの野郎……」


 見慣れた顔に茉白の鼓動が高鳴る。やがて高鳴りは怒りへと蝕まれ、胸中は言い知れぬ感情に犯された。


『救いの街を脅かした柊から、居住権を望む方々に謝罪があるそうです。無数の命を奪った事実は言葉では到底赦されません。ですが若き少女の心からの謝罪であれば、慈愛の心を持って聞いてあげるべきだと我々は思っております。子供達の間違えを正すのは、大人である我々の義務でありますから』


 東雲の顔に下卑た笑みが浮かぶ。『さあ』と急かされた弥夜はゆっくりとした動作で薄い唇を動かした。


『死ねよ蛆虫。二人に手を出したら殺すぞ』


 それが弥夜の答え。茉白が口元を緩めると同時に、映像内の東雲が弥夜の腹部に蹴りを叩き込んだ。柔らかい腹部に深く沈んだ靴先。吐血した弥夜は尚も続ける。


『誰一人として手を出すことは赦さない。二人に指一本でも触れてみろ、未来永劫呪い殺す』


 次いで顔面を蹴り付けられた弥夜はぐったりとし、鎖に全体重を預けて気を失った。急激な重力に晒され、じゃらりと鳴った鎖が映像内で歪に響いた。


「あの野郎……殺してやるよ」


 刀を具現化させた茉白は体内より魔力を絞り出す。それは感情の起伏に影響されたのか嫌な粘り気を持ち、足元で波紋のように拡散した。


「お前はそのまま顔を隠してろ」


 傘をささせた意図は、この場で顔が割れれば危険を伴うという茉白の判断。「なるほど」と胸中で納得した夜羅は傘を投げ捨てて自ら顔を晒す。


「一時的とはいえ、手を組んでいる以上は相棒でしょうに」


 そんな独白は茉白には届かない。二人は未だ気付かれておらず、モニターの映像を見た者達が不満を口にする。


「テロリストが救いの街へ襲撃を仕掛けるなんて恐ろしいね」


 ある女がそう口にする。


「還し屋は優し過ぎる。若いから更生? テロリストが更生なんて出来る訳がない」


 ある老人がそう口にする。


「夜葉、挑発に乗ってはいけませんよ」


「……くそが」


 拳を握り締め耐える茉白のすぐ背後で、ある男がこう口にする。


「あんな女殺せばいいのに。平和の為に、世を脅かす者は皆殺しにして欲しい。生かしておく価値すら無い」


 口角を噛み血を流す茉白は、深紫の瞳に多大な殺意を宿らせた。氷のように冷たい殺意は何処までも禍々しく、隣に立つ夜羅でさえ無意識の内に身構えるほど。感情の臨界点を振り切った茉白は、振り返ること無く口を開く。


「能力者が存在する時点で平和なんて訪れねえよ。うち等の存在がそれを物語ってんだろ」


 不審に思い顔を覗き込む男は、茉白を見るや否や大声を上げる。夜葉と稀崎がここに居ると、即座に辺りに知らされた。

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