毒姫達の死行情動

デイブレイク始動、還し屋の脅威

相性最悪

「で、何でカップ麺なんだよ。これがお前の言う、言葉にならないくらい美味い飯か？」

　薄汚れた雑居ビル二階。案内された狭い事務所の中で安価なカップ麺を渋々とすする茉白は、嫌というほど食べ慣れ過ぎた味に愚痴を零す。突き刺すような視線が、向かい側のソファに腰掛ける弥夜へと向いた。

「痛(い)った。手のひらが傷だらけで包丁すら握れないよ。この刀で斬られたような傷は、一体全体どこの誰のせいだろうね」

　わざとらしく足を組み直した弥夜はジト目を向ける。手のひらと茉白を何度も往復する嫌味ったらしい視線。傷は思ったよりも深いのか、未だ包帯に滲む血が痛々しさを晒していた。

「お前が自分で握ったんだろ」

「ああでもしないと、貴女は絶対に納得しなかった。そうでしょ？」

「馬鹿かお前は」

「あのねえ、そのカップ麺楽しみにしていたラスイチなのに、譲った人に対して馬鹿とは大層な物言いだね」

　手に包帯を巻きながら口を尖らせる弥夜は、啜(すす)られて消えゆくカップ麺を絶望的な表情で眺める。気が気でないのか、麺のストロークに合わせるように首が上下に動いていた。

「カップ麺が楽しみ？　さてはお前、料理出来ないだろ」

「貴女だけには言われたくない」

「悪いけど、うちは料理が得意だ」

「え、まじ？」

　茉白の傷跡にも包帯が巻かれており、丁寧な手当てが施されたのか解(ほど)ける様子は無い。だが暴れたのか、恐らく口角の傷に貼られる予定だったであろう絆創膏が、少しずれて頬に貼り付いていた。

「少なくともお前よりはな」

「お前じゃない。弥夜(やえ)だよ、解った？　口悪いよ？　女の子なんだから、もっとお淑やかにしなきゃ」

「……うっざ。元々こういう性格なんだよ」

「とても可愛い顔をしているくせに似合わないよ？　私の方が可愛いけれど」

「なんだそれ、ナルシストかよ」

　ほら、と差し出されたカップ麺からは未だ湯気が立ち上っており特有の匂いを漂わせる。お腹を鳴らした弥夜は、込み上げて来た食欲を無理矢理に飲み込んだ。

「食べないの？　まだ残ってるよ？」

「楽しみにしてたラスイチなんだろ？　半分は食ったけどな」

「もしかして、案外優しい？」

「知るか。伸びる前にさっさと食え。あと……ご馳走様」

　恥ずかしげに目を逸らした茉白は、ぽつりと言葉を置くように吐き出す。 目を丸くした弥夜は暫く固まるも「お粗末さま」と優しく微笑んだ。

「ところで茉白、貴女いくつ？　制服を着ているから粗方推測は出来るけれど、まさかコスプレじゃないよね？」

「うちが何歳でも、お前には関係無いだろ」

「そんなことないよ？　これからは共に生きるのだから、相方を把握しておくのは至極当然だと思うけれど。それともコスプレだから恥ずかしくて言えないとか？」

「うちとお前が相方？　笑わせんな」

「ちなみに私は十八。茉白は？」

「お前ほんっと人の話聞かないよな」

　気怠そうに体重を掛けてソファに身を任せる茉白。「それでいくつなの？」と話を聞かな過ぎる追撃に諦めのため息が漏れた。

「……十七だ」

「私の方が一つ歳上なんだね。じゃあ、お前呼ばわりはやめてもらわないとね」

　優越感をそのまま形にしたような揶揄(からか)いの視線が向く。言葉にはせずともその瞳は「やーい、歳下」と語っていた。

「知るか」

「先輩は敬わないと。学校で習わなかった？」

　膨れた弥夜はカップ麺を啜ると同時に何かに気付き口元に手を当てる。驚きに見開かれた目が只事ではないことを語っていた。

「もしかして間接キスしちゃった？」

　意表を突かれたように仰け反る茉白。正気かよと言わんばかりに眉毛が僅かに動く。だが、そんな突拍子もない言葉に頬を紅潮させたのは弥夜ではなく茉白の方だった。

「はあ？　馬鹿でナルシストな上に変態かよ、最悪だな」

「でもこのスープには、少なからず茉白の唾液が入っているんだよ？　潔癖症の人なら食べられないよ？」

「あのなあ、もう少し言い方ってもんがあるだろ。それにうちの唾液が汚いみたいに言うな」

　可愛らしげに微笑んだ弥夜は静かに立ち上がると、事務机の引き出しより飴を取り出して咥える。軽快に動く白い棒状の持ち手を見、何かを思い出した茉白が懐に手を忍ばせた。取り出されたのは煙草であり、雑に咥えて火をつけた彼女は満足気に紫煙を燻らせた。

「あのさあ……敢えて突っ込まないけれど未成年だよね？」

「突っ込んでるだろ」

「てか足癖わっる。脚を広げて座らないの。女の子でしょ？」

「勝手に決めんな、男かもしれないだろ」

「ふーん、屁理屈ばっかり言うんだ。じゃあ私が試してあげよっか？　男か女かなんて触ったらすぐだから」

　同性の強みを活かし、一切の躊躇い無しに身体に触れようとする弥夜。手をひらひらと惰性で振り軽く流した茉白は、本当に触れてきた弥夜から面倒臭そうに距離をとる。

「うちに触るな変態」

「男かもしれないんでしょ？」

「馬鹿かお前は、胸を見れば解るだろうが」

「小さいから、触ってみないとあるかどうか解んない」

「失礼な奴だな。お前も変わらないだろ」

「何それ、失礼な人」

「お前が言うな」

　乾いた音を立てて叩(はた)き落とされた手。これ以上手を出されない為にと、渋々脚を閉じた茉白は目一杯に吸い込んだ煙を吐き出す。よほど煙草が美味しいのか満足気な表情が浮かんでいた。

「もう……相性最悪」

　部屋内に響き渡るほどのため息をついた弥夜は頬杖をつくと、宙で居座り続ける紫煙をぼんやりと見つめた。