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毒姫達の死行情動  作者: 葵(あおい)
百面相の道化師
28/71

闇を纏う少女

「こんな場所に子供……?」


 色白で華奢な手足。小学生ほどの容姿を持つ少女は、虚ろな黒い瞳を(まばた)かせながら一段ずつ階段を下る。一つ一つの動作は緩徐だが、相反して二人の警戒心は高まり続けた。


「間違い無く能力者だ」


「解ってます。それに……強い」


 日本刀を手中に喚んだ茉白は静かに鞘より抜いた。最後の二段をふわりと飛んだ少女は茉白の隣を音も無く素通りし、夜羅の前に柔らかく着地して微笑む。


 ──敵意が無い?


 僅かな思考を巡らせた夜羅は目を見開き後悔する。軽やかに跳躍した少女は小さな体躯を回転させ、細い右脚で蹴りを放った。


「──ッ!!」


 咄嗟に腕を交差することで衝撃が和らげられるも、夜羅は何かに引かれるようにして窓ガラスへと叩き付けられた。抗えない衝撃により窓は砕け割れ、飛散したガラス片が暗闇を取り込んで不気味な色を晒す。夜羅は大きく咳き込むと、口内に充満する血の味を吐き捨てた。


「……稀崎!!」


 即座に臨戦態勢を取った茉白により振り下ろされた刀は少女へは至らず衝突する寸前で動きを止める。まるで、刀を何か得体の知れない()()に掴まれているような感覚だった。


「……うるさくしないで」


 紡がれると同時に、少女の周囲に具現化した闇。(もや)がかる景色は次第に鮮明になり、少女の背後で餓者髑髏(がしゃどくろ)の形を成す。肉を失った分厚い腕が、茉白の刀を軽々と掴んで制止させていた。


「餓鬼が扱っていい力じゃないだろ」


 あまりの禍々しさに無意識に漏れる胸中。左手を突き出し放たれた蛇もまた、餓者髑髏により容易く(はた)き落とされた。その隙に刀を無理矢理に引き抜いた茉白は膝をつく夜羅の元へと駆け寄る。


「私は大丈夫です。それよりもこの子は……?」


 情報を探るように目が細められる。二人を苛むのは身を灼くほどの刺々(とげとげ)しい圧。少女は、自身の肩に顔を寄せてくる巨大な餓者髑髏を優しく撫でなから頬擦りしていた。


「おい餓鬼、此処にもう一人誰か来なかったか?」


「その人は北校舎。此処には居ない」


 それが如月であることを確信した茉白だが、少女に対する興味も捨てきれずにいた。相変わらず敵意は無く、追撃をしてくる様子も見受けられない。


「お前はこんな所で何をしてる?」


「それはこっちの台詞だよ。私の家で暴れて一体どういうつもり? 変な火の玉も飛んでいるしうるさいの。眠れないの」


 カタカタと、怒りを代弁するように餓者髑髏の顎の関節が鳴る。大きく窪んだ目元はドス黒い光を放っており、至る箇所の白骨が威嚇さながら小刻みに震えていた。


「火の玉は貴女の能力ではなかったのですね」


「お姉ちゃん達の能力でもないの?」


 素直に驚いた顔をする少女が首を傾げるも、夜羅が即座に否定する。


「違います」


「だとしたら如月のものだな」


 用は済んだとばかりに踵を返す茉白を少女が呼び止める。凄まじい圧が漂っているも、茉白は一切の物怖じをせずに視線を合わせた。


「何だ? もう此処で騒いだりはしない。戦う理由は無いだろ」


 刀を消失させた茉白を見、小さく頷いた少女は警戒を解いたのか背後の餓者髑髏を虚空へと還す。重苦しく流れていた異様な空気が幾らか和らいだ。


「ところで、貴女のお名前を訊いても?」


 口角の血を拭いながら夜羅が問う。しっかりと向き直った少女は軽く会釈すると、年相応の可愛らしい笑みを浮かべた。


「……(ゆずりは) 瑠璃(るり)。ゆずでいいよ」


「ゆず、教えて下さりありがとうございます。私は稀崎(きざき) 夜羅(ゆら)、そっちの偉そうなのが夜葉(よるは) 茉白(ましろ)です」


 隣から響いた舌打ちを無視した夜羅は衣服の汚れを(はた)く。少女は、夜羅に危害を加えたことを申し訳なさそうに見ていた。


「ゆずは、どうしてそんなに傷だらけなのですか? どう見ても直近で負った傷にしか見えませんが」


「何時間か前に、大切にしていたぬいぐるみが爆発したの。さっきの餓者髑髏が護ってくれていなかったら私も死んでた」


 細く色白の手足に不釣合いな傷跡は、未だ血が滲んでおり言わずとも痛みを主張していた。示し合わせたように顔を見合わせる茉白と夜羅。最初に目撃した東校舎の風穴はそのせいかと胸中で察せられた。


「その爆発で一緒にいた親友が死んじゃった。昔から仲が良かった子で、命の再分配の後に能力者になった私でも、変わらずに仲良くしてくれた優しい子だったのに。私の目の前で、四肢が千切れて内蔵をぶちまけて死んだの」


(むご)過ぎます……」


 幼い少女が遭うには凄惨過ぎる光景を想像して目を伏せる二人。瑠璃の瞳はあからさまな淀みをみせる。正真正銘一人になってしまった彼女は言い知れぬ悲しみを漂わせていた。


「だったら仇を討って来てやるよ。北校舎にいる奴がぬいぐるみを造った張本人だからな」


「もしかして、還し屋の人?」


「ああ、救いの街のゴミだ」


 救いの街、という言葉を聞いた瑠璃は小さく首を振る。何か事情を知っていることは明白で、先を急かすように黙り込む二人に言葉を選びながら語り掛ける。


「救いの街にいる人は還し屋じゃないよ。タナトスと呼ばれるただのテロリスト集団。還し屋なんてものは、末端に付けられた都合のいいだけの呼び名。でも世間的には、還し屋を名乗ることである程度の信頼はされるんだって。それもそうだよね? 能力者を狩るから、安全を確保してくれる警察みたいなものだもん」


 目を細める夜羅。瞬間、脳内で記憶の断片が繋がる。


「なるほど……やはりタナトスでしたか。色を失くした炎使いである蓮城が、救いの街に居た時点でおかしいとは思っていたのです。優來を殺したのは間違い無くタナトスだと踏んでいましたから」


「弥夜とそんな話をしたそうだな」


「柊から聞いていましたか。それなら話が早い」


 次いで、当然ながら夜羅の視線は瑠璃へと向く。


「ゆずは何故、そんな情報を持っているのですか?」


「もう仕事はしてないけど私も元還し屋だから。街へ出ていた時に、赤い目の女の人が話しているのを盗み聞きしたの」


 赤い目の女に心当たりの無い二人は顔を見合わせると互いに首を横に振る。瑠璃が若くして元還し屋だという告白も、二人にとっては驚愕の事実だった。


「お姉ちゃん達も還し屋なの?」


「そっちの偉そうなのは違いますが、私はゆずと同じで元還し屋です」


 目を伏せる瑠璃は何かを言い淀む。年相応、嘘をつくのは下手なようで、隠し事をしているのは一目瞭然だった。


(ゆずりは)、他にも何か知ってるのか?」


「盗み聞きした中にもう一つだけ情報があったの。でもこれは……稀崎さんにとっては凶報になる」


「その凶報とは、囚われた人質は誰一人として生きていないこと。違いますか?」


 真実を見抜いていた発言に、瑠璃は短い声を発する。自身も通って来た茨の道の最中に夜羅も居るのかと、悲しげな表情を浮かべながら。


「会わせてもらえない上に、囚われていると言われていた救いの街も敵だらけ。そう考えるのは妥当でしょう」


「うん……稀崎さんの言う通り」


 紡がれた事実に視線が落ちるも、夜羅の表情は悲観ではなく優しい笑顔に満ちる。そのまま目線を合わせて屈み、瑠璃目掛けて両手が大きく広げられた。


「私は大丈夫です。けれどゆず、貴女はたくさん泣いて下さい。大切な親友を失ってさぞ辛かったことでしょう。私で良ければ全て受け止めますから」


 本来ならば感性豊かであるはずの幼き少女。それがこんな世界であるが故に、親友の死に泣くことすら叶わず戦っている。何と不憫なのだろうと、夜羅は胸中を荒ませた。


「稀崎さん……?」


 温もりを求めるように無意識に踏み出された脚は一歩目で止まる。困惑する瑠璃は目頭が急激に熱を帯びる感覚に遭った。夜羅自身も辛いのにも関わらず、何故私にそこまでしてくれるのかと。


「ゆず、大丈夫です。そっちの偉そうな人も、相方を失った際には泣いていましたから」


「……くそが、余計なこと言ってんなよ」


 予兆無しの慟哭。自身の感情に素直に身を浸した瑠璃は、勇気を振り絞り脚を踏み出し夜羅の胸元へと飛び込んだ。


「貴女はよく頑張りました。もう戦わなくていいのです。もう……失わなくていいのです」


 齎されるは安堵と温もり。涙を零し続ける瑠璃の頭が何度も撫でられた。そんな二人を見ていた茉白は無言のまま独りでに踵を返す。


「何処へ行くのです?」


「此処にいろ稀崎、如月はうち一人で叩く」


「私も行きます」


「お前は子守りでもしてろ」


 目を瞑り口角を緩めた夜羅は不器用な優しさに感謝する。自身の目頭も熱を帯びたことに気付くも、彼女は首を横に振って感情の起伏を払い()けた。


「全く……貴女って人は」


 一切の迷いが無い茉白の靴音が律動的に遠ざかる。小さく息を吐き出した夜羅は去り行く背に呼び掛けた。


「夜葉……信じていますよ」


「……おう」


 それ以降会話が交わされることはない。遠ざかる背に連動する靴音が、闇に包まれた校舎の中で暫し響いた。


「お姉ちゃん達はタナトスと戦うの?」


 しばらくして落ち着きを取り戻した瑠璃がそう切り出す。無言で頷いた夜羅は再び頭を優しく撫でた。


「どうして? 隠れて生きていれば戦う必要も無いのに」


「夜葉のお友達が救いの街に囚われています。そして、その者の妹がタナトスにより殺されました。それは私の親友でもあり……言わば仇討ちです」


「奴等は何を考えているか解らないよ? 死んじゃうよ?」


 虚ろな黒い瞳が明白な警告を発するも、対する夜羅は優しい笑みを浮かべる。そして、瑠璃の温もりを胸元に感じながら自信に言い聞かせるように言葉を選んだ。


「解っています。でもね、ゆず。大切な人を殺されて黙っていられるほど私は温厚ではないのです。夜葉もそれは同じで、だから私達は共に居る。あんな単細胞でも……今だけは相棒ですから」


「死んだら何もかも終わりだよ。悔しいのは解るけれど相手が悪過ぎる。たった二人で何が出来るの」


「確かに何も出来ないかもしれません。けれど人とは愚かで……戦えと本能が疼くのです。もしも私が死んでしまったら、生まれ変わった世界でまた親友を見付けて仲良くします」


「殺されてしまった親友の分まで生きればいい……だから、命を無駄にしたら駄目」


「まだ小さいのに大人ですね、ゆずは。貴女はきっと可憐で強い女性になる」


 交差する視線。表情を綻ばせた夜羅はゆずの頬に優しく触れながら続ける。


「それに、命を無駄にする訳ではありません。感情を押し殺して泣いて生きるなど……死んだも同義ですから」


 目を見開いた瑠璃は今し方の言葉を噛み締める。胸中には言い知れぬ感情が渦巻いた。


「ゆず、私はアパートで一人暮らしをしています。良かったら来ませんか? 此処にいれば何かと不便でしょう」


 優しくお礼を囁いた瑠璃は、言葉とは裏腹に首を横に振る。決して覆らない決意を秘めた瞳をしていた。


「私は此処を出る気はないの。此処にいれば静かだし戦わなくてもいいから。最低限の食料の買い出し以外は外には出ないし、それに……爆発で死んだ親友の魂を一人ぼっちには出来ないから」


「ご最もな理由ですね。それならば無理に誘うことは出来ません」


 瑠璃の頭を軽く二度叩いた夜羅は静かに立ち上がる。戦闘のせいか少し軋む身体を無理矢理に律しながら、彼女は大きく伸びをした。


「夜葉の元へ行ってきます。彼女は、私が居ないと無茶をしますから」


 最後に優しい笑顔を置いて立ち去る夜羅。雨と雷鳴が激しさを増す。窓を叩く雨粒の音がやけに大きく木霊していた。


「……稀崎さん!!」


 縋るように、去り行く背に投げ掛けられる声。振り返った夜羅が可愛げに首を傾げる。


「どうしました?」


「抱き締めてくれて……ありがとうございました」


「どういたしまして。お元気で、ゆず」


 軽く手を振って別れを告げると二人は別々の方向へと歩む。目を眩ませる稲光が、離れ行く双方の影を大きく浮かび上がらせた。一度立ち止まった瑠璃は抱擁の温もりを再び噛み締めると、口元を緩めながら地をしっかりと踏み締めてその場を後にした。

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