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毒姫達の死行情動  作者: 葵(あおい)
百面相の道化師
27/71

廃学校

 方角すら曖昧になる高い木に囲まれた場所で、落ち葉を踏む音だけがやけに粘り気を孕んで響き渡る。相反して響くのは透き通るような虫達の合唱。その観客である茉白により吐き出された煙草の煙が、夜の闇に紛れて静かに消え入った。


「何処だよここ」


「私にも解りませんが、如月の移動反応が止まったのはこの先です」


 木の隙間を指差して場所が示される。木漏れ日のように差し込む月の光が、風に煽られる葉に合わせて表情を変える。幻想的な光景とは真逆で、周囲には重苦しい空気が漂っていた。


「これは廃学校……ですかね?」


 姿を見せたのは長い年月放置されたであろう学校。至る所に蔦が絡み付き、巨大な正門は完全に錆び付いてしまっている。元は白であったと思われる校舎は歪に変色し、最早灰色と化していた。


「薄気味悪いところだな」


「ですが、この中にいるのは間違いないでしょう」


 施錠はされていなかったようで、軽く押された門が軋んだ音を立てて開く。静かな足取りで後ろに続く夜羅は、茉白の背中越しに校内の様子を伺っていた。


「どうやって探す?」


 広大なグラウンドを囲うように北、西、東に校舎があり、東側校舎の最上階には比較的新しいであろう風穴が空いている。人気(ひとけ)は一切無く、辺り一体を支配するのは静寂のみ。


(しらみ)潰しに行くしかありません」


 靴底に伝わる砂利を踏む感触。広がるグラウンドは雨風に何年も晒され、本来ある筈の砂ですら(まば)らだった。


「お前、暗い所が怖いのか?」


「先程は突然ライトが消えて取り乱しただけです。一切何も見えない状態でなければ何ら問題はありません」


「その割にはうちの背中にずっと隠れてるだろ」


「それとこれとは話が別でしょう。霊的なものは苦手なだけです」


 声を上げた茉白は後ろにいる夜羅を指差して笑う。対する夜羅はむっとすることで反抗を示した。


「霊魂だとか、お前が一番幽霊みたいな能力を使役してるだろ。そんな奴が霊的なものは苦手ですって何の冗談だよ」


「そこまで言うのなら貴女は怖くないのでしょうね? さぞ耐性がお有りのようで。それとも馬鹿故に、怖いという感情だけが焼き切れているのでは?」


「怖い訳ないだろ。何が来ても殺せば終いだ」


「話になりません。これだから単細胞は」


 ふう、と可愛らしげなため息が虚空に溶ける。二人が最初に足を運んだのは西側の校舎であり、既に割れ砕けた入口のガラス戸より暗闇が漏れ出していた。至る所にこびり付くシミや絵の具。劣化によりところどころ陥没した床。蛍光灯が割れてそのまま放置されたであろう穴の空いた天井。そのどれもに一切の反応を示さずに進む茉白は途轍もない歩き辛さに辟易する。


「雰囲気に飲まれてんなよ。何も出る訳ないだろ」


「ならそれを科学で証明出来ますか?」


「ああ、慣性の法則ってやつか」


「……はい? それは理科及び物理です。馬鹿は話になりません、早く進んで下さい」


 まるで足枷をはめられたよう。歩き辛さの正体は、言うまでも無く背に手を掛けて張り付く夜羅だった。異様な雰囲気を醸す夜の学校内。歩く度に靴音が反響し、水滴の垂れるような音も至る所から響いていた。


「貴女は制服を着ていながら、学校へは通っていないのですか?」


「お前には関係無いだろ」


「関係はありませんが、差し支えが無ければ教えて下さい」


 通過する教室を大胆に覗きながら歩みは進む。黙りこくっていた茉白は落ちていたガラス片を蹴り飛ばしながらも、背から突き刺さる視線に観念したのか口を開く。


「……居場所が無かった」


「居場所、ですか?」


七瀬(ななせ)というクラスメイトがいてな、虐められているところを一度助けたんだ。虐めていた奴を殴り飛ばしたから停学をくらって、明けて学校へ来てみれば虐めの対象はうちへと向いてた。よくある話だろ? 陰湿な嫌がらせが続いて、もうどうでも良くなってそのまま行かなくなっただけだ。あのまま行ってても、どうせまた殴り飛ばして次は退学だったからな」


「親御さんは何も言わなかったのです?」


「授業料は自分で払ってたから何をしようがうちの自由だ。入学してすぐに、命の再分配が起こって親も死んだ」


 鍵が閉まっている教室は茉白が雑に蹴り開けて探索は順調に進む。廃学校で何かが見付かる訳もなく、未だ如月に至る手掛かりは一つとして無かった。


「後はそうだな、こんな性格だから服装に興味が無い。制服を着てれば大体の場所では通用するだろ」


「煙草とお酒と夜遊び以外は」


 夜羅は「辛い過去を思い出させてすみません」と囁くように補足する。弥夜もそんな風に謝ってきたことを思い出した茉白は「辛くも何とも無い」と淡々と吐き捨てた。西校舎の探索は程なくして終わり、次いで東校舎へと向かう二人。グラウンドを横切る際、夜羅が短い声をあげた。


「夜葉!! 今のを見ましたか!?」


 グラウンド側に面した、何枚も連続した廊下の窓が力強く指差される。窓の向こうは暗闇であり、中の景色は一切視認出来ない状況だった。


「火の玉が横切りましたよね?」


「はあ? 何も無かっただろ」


「貴女に聞いたのが間違いでした。行きましょう」


 明らかな不機嫌を示す声色。やり辛いと言わんばかりに茉白は足早に東校舎内へと足を踏み入れた。何処までも広がる劣化の侵食。校舎内には舐め回すような寒気を含む空気が蔓延(はびこ)っている。


「不穏な気配がします。警戒して下さい、必ず何かが()()()


「知るか」


 さすがに茉白も気付いたようで、だからといって歩む速度は変わらない。次第に暗闇へと順応してきた二人は、異常な方向に折れ曲がった手すりを横目に埃臭い階段を登る。


「夜葉」


 廊下を歩く最中、夜羅が後ろから服の裾を遠慮がちに引っ張る。立ち止まった茉白は素直に振り返った。


「……御手洗に行きたいです」


 幸か不幸か御手洗は目の前にあり、ガラスの割れた扉が開け放たれたままで放置されていた。電気など機能しているはずもなく、暗闇が誘うように漏れ出ている。


「そこで座って待ってる」


 窓際に備え付けられた椅子に腰掛けた茉白は、右脚を上げると楽な体勢で煙草に火をつける。だが夜羅は御手洗へは行かず申し訳なさそうに隣に腰掛けた。


「夜葉、恥を忍んでお願いです……ついて来ていただけませんか?」


「はあ? すぐ目の前だろ」


「……お願いします」


 上擦る声。霊的なものが苦手だと言う夜羅は恐怖心を押し殺しているのか、隠そうとはしているものの僅かに身体が震えていた。


「どいつもこいつも歳下の餓鬼に頼りやがって」


 弥夜もそんなだったな、と思い返した茉白は口元を緩める。煙草を咥えた彼女は、ポケットに手を入れたまま躊躇い無く御手洗の中へと姿を消した。個室の扉が開けられた際、軋む音が嫌に響く。夜羅を中に誘導した茉白は何かに気付き、即座に自身も個室の中へと身を捩じ込んだ。


「ちょっと!! さすがに個室の中まで一緒にとは言──」


 夜羅の口が雑に塞がれる。指に移った煙草の香りが彼女の鼻腔を突いた。


「いいか稀崎、声を出すな」


 無言で何度か頷き手から解放された夜羅は、酸素を目いっぱい取り入れながら説明を求めるような視線を向けた。茉白は煙草を灰へと変えると夜羅の耳元に口を寄せる。


「今、廊下を火の玉が通過した。恐らくお前が見たものと同じだ」


「やはり見間違いでは無かったのですね」


 気配を押し殺しながらの会話。急激に高鳴る鼓動が胸を内側から叩く。便座に腰掛けた夜羅は未だ警戒を続ける茉白を見上げる。


「どうするつもりですか?」


「お前が花を摘み終わったら、此処を出て本体を見つけ出す」


「花なんてありませんが?」


「濁してやったんだろうが」


 淡々と紡がれた言葉に対し、夜羅は頬を紅潮させる。暗闇の中でも視認可能なほどに頬は赤く染まっていた。


「……え?」


「何だよ」


「この状況で用を足せということですか?」


 テンパりながら押し殺した声で目一杯に反抗する夜羅。額には冷や汗までもが滲んでおり、何が何だか解らなくなってきた彼女は目をぐるぐると回した。


「問題でもあんのかよ」


「だったら貴女は、この状況で用を足せるのですか?」


「当たり前だろ。何ならうちが先にしてやるよ、場所代われ」


「有り得ない……この変態」


「はあ? 女みたいなこと言ってんなよ」


「女ですが」


「お前の為だと思ったが、そこまで言うのならうちが先に探して来る。一人になって怖いとか喚くなよ」


 扉に手を掛けた茉白は、予想通り服の裾を掴まれたことにより動きを止める。そのまま振り返らず大きなため息をついた。


「……解りました、そこに居て下さい」


 目を瞑り俯きながら恥を忍んだ夜羅。その甲斐あってか無事に花は摘み終わり、二人は辺りを警戒しながら火の玉が通過した廊下へと戻る。


「火の玉から微弱な魔力を感じた。あれは霊的なものじゃなく、間違い無く能力者によるものだ」


「何故、それを先に言わなかったのです?」


 火の玉は侵入者を探しているのか廊下を巡回しており、曲がり角の先が仄かに光を放っていた。壁に反射した淡い光が何度も明滅する。そんな光景を見て尚、夜羅は気にした様子もなく独りでに歩みを進めた。


「おい、怖いんじゃ無かったのかよ」


「気配の正体が霊的なものではなく能力者によって発せられたものだと解った以上、全く以て恐るるに足りません」


「メンヘラかよ」


 先々と進む夜羅は躊躇い無く角を曲がる。人の姿を捉えた火の玉は歪な叫び声を発し、校舎全体に波紋のような魔力を撒き散らした。併せて鳴り響く複数の足音。獲物を求めているのか飢えた足音は確実に二人の元へと近付く。階段を駆け上がり、駆け下り、挟み撃ちするように現れたのは人体模型や骸骨の模型だった。


「おい稀崎!! 何か訳の解らないのが来たぞ!!」


「下らない子供騙しです。怖いなら私が処理しましょうか? 毒蛇ちゃん」


「……くそが。さすがはサイコ女、切り替えの早さもメンヘラのそれだな」


 両手に鋭利な刃物を煌めかせながら二人へと駆ける模型達。軌道が読めない地を這うような接近。茉白と夜羅は冷めた目で迫り来る脅威を見据えていた。


「とりあえず火の玉をなんとかしろ」


「言われなくとも」


 両手に蒼白の脇差を具現化した夜羅は火の玉を切り裂くと、間髪入れずに流れるような華麗な動作で骸骨模型の首を切り落とした。その際、茉白目掛けて投げられた一本の脇差が闇を反射して煌めく。


「……夜葉、これを!!」


 柄の部分が手中に収まるよう的確に投げられた脇差は茉白により正確に掴まれる。茉白は受け取った勢いを殺さずに振り抜くと、人体模型の首をいとも容易く掻き切った。


「使いにくいんだよ」


 二体の模型が同時に倒れ、様々な臓器の部品や骨がぶちまけられる。暗闇に包まれた廊下で、相応しくない音が軽快に鳴り響いた。


「文句を垂れる暇があるのなら、武器くらい出したらどうなんです?」


「こんな雑魚、キックで十分だろキックで」


「馬鹿は一度死なないと治りませんね」


 必要無いと言わんばかりに半ば強引に返された脇差。受け取りながらため息をついた夜羅は小さな気配に気付く。素足で硬い地面を歩いているような柔らかい足音は、三階へと続く階段の上から響いていた。


「この足音……人が来ますね」


 言うや否や姿を見せたのは、至る所が破れた白いワンピースを纏う小さな少女であり、背中程まで伸びた綺麗な黒髪が暗闇の中で呼吸をするように映える。少女は傷を負っているのか、破れたワンピースから覗く白い肌には焼け焦げたような跡が刻まれていた。

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