やっと見付けた
「夜羅、運転変わって!!」
車内で無理矢理に場所を変わった弥夜は、半ば強引に夜羅を運転席へと押し込む。狭い座席内では訳の分からない移動劇が繰り広げられた。
「無免許ですが宜しいですか?」
ハンドルを握った彼女は一応と言わんばかりに確認を取る。浮かぶのは無免許運転に対する罪悪感を一切感じていない表情。鼻で笑った茉白は「弥夜よりはマシだろ」と無免許運転側の肩を持った。
「え!? この前のカーチェイスめちゃくちゃ上手だったじゃん」
「貴女が下手なだけです」
「ひっど。あーん、茉白慰めて」
「知るか」
興味無さげな空返事。喫煙のチャンスと言わんばかりに咥えられた煙草が車の振動に合わせて小さく揺れる。そんな彼女を横目に、夜羅は運転席の仕様を一つ一つ目視で確認していた。
「まあ、運転の心得はありますよ。十トン車までなら転がせますよ」
「転がすって言い方がもうね……」
ジト目を向けながら「じゃあ宜しく」と匙を投げた弥夜は隣の茉白に抱き付いて頬擦りする。急な動作に反応し損ねた茉白は、心底面倒臭そうに頬擦りを受け入れた。
「ねえねえ、寂しかった?」
「急に居なくなるから何処かでくたばったのかと思ったよ。骨くらいは拾ってやろうと考えてたところだ」
「何それ、意地悪」
「そんなことより、稀崎に情報を持ってるか聞け」
茉白の言葉を皮切りに、ここへ来てからの経緯が話される。東雲の話や区画における割り振りなど、事細かく全ての情報共有が行われた。
「残念ながら私は何一つ掴んでいません。戦闘を起こし混乱に陥れた上で、上の者を引き摺り出してから情報を得るつもりでしたから」
「それなら一度撤退しよう。このまま戦ってもジリ貧で全滅するだけだよ」
「妥当な案ですね」
未だ戦闘の意思を見せる者達を無表情で轢き殺す夜羅は、大きくハンドルを切りゲートへと向かう。本来の道を無視して爆走するトラックは豪邸の庭を踏み潰し、標識ですら薙ぎ倒して最短距離を辿った。
「──ッ!!」
唐突な車の揺れ。巨大な正面ゲートが目前に迫った頃、突如として後輪が音を立ててパンクする。バックミラーで後方を確認した夜羅は一人の男を認識し目を細めた。
「恐らく、彼が蓮城ですね」
端に乗る茉白は頬擦りをしてくる弥夜を押し退けながらミラーを覗く。東雲と同じく黒いストライプスーツを纏う蓮城は、右側を編み込んだ長めの黒髪に、遠くからでも解る純白の瞳を晒していた。
「降りて殺すか?」
「……このまま逃げ切ろう!!」
制御を失いかける車体。蓮城は、パンクして速度を落としたトラックを追従するように駆けていた。ゲートは目前に迫っているものの、神の悪戯か、皮肉にも駆動音を響かせて閉まり始める。
「上手い具合に船も止めてやがる。周りは全て海、閉じ込められたら死ぬぞ」
「この速度ならゲートが閉まるまでに間に合います。ですが……追い付かれる……!!」
華麗な運転テクニックを見せる夜羅は、後方から放たれた魔法を軽やかに躱してはゲートへと突き進む。順調に進む脱出劇。だが、トラック擦れ擦れを通過した魔法を目の当たりにした弥夜が、大きく目を見開いて言葉を詰まらせた。
──色を失くした炎。
特別警戒区域アリスで見た魔法であり、妹を屠ったそれと完全に同じもの。
「色を失くした炎……」
瞳に宿る形容し難い殺意。抑揚を無くした声色に気付いた二人も、蓮城が弥夜の妹の仇であることを察した。
「弥夜、戦うのは今じゃないだろ。ここは一度引いて体勢を立て直す」
「腹立たしいですが夜葉の言う通りです。このまま殺り合っても万に一つも勝機は無い」
「うん、解ってる……でも……ごめんね……」
車がゲートを通過する数秒前、弥夜は天井の持ち手部分を両手で握る。そのまま身体を持ち上げてフロントガラスを蹴破りトラックのルーフ部分に上がった。飛び散ったガラス片を腕で払い除けた茉白が迫真の表情で声を荒らげた。
「勝手なことをするな弥夜!!」
「初めて会った時に言ったよね、その時が来るまでは一緒に生きようって。母を救って此奴を殺すことが私の生きる目的だった。今が……その時なの」
「馬鹿かお前!! 敵の城だぞ!!」
「うん、ごめん……」
「いいから早く戻れ!!」
「──大好きだよ、茉白」
そのまま軽やかに地上へ跳躍を決めた彼女は、二人が無事ゲートを通過したことを肩越しに確認すると安堵の表情を浮かべる。凄まじい速度を誇るトラックの風圧により、綺麗な黒髪が名残惜しげに虚空に尾を引いた。
「やっと見付けた……」
巨大なゲートは重厚な音を立てて、開いていた口を固く閉ざした。人力では開かないであろうことなど誰の目からしても明らかであり、弥夜が救いの街に閉じ込められた事実を無情にも代弁していた。
「ねえ、蓮城。私と殺ろうよ」
突き刺すような視線。昼間でありながら瞳の残光が鈍く煌めく。弥夜は腹の奥底から湧き上がり続ける黒い感情を圧し殺すことなく、ただ想いのまま、本能のままに殺意を纏った。
「仲間を逃がす為に犠牲となったか、それとも捨て駒として放り出されたか?」
長めの黒髪を掻き上げながら口元を歪める蓮城。嘲るような含み笑い。蔑みの目が弥夜を真っ直ぐに見据える。
「どっちも違うよ、私は自分の意志で残った」
「自分の意志だと?」
「お前を殺す為だよ、色を失くした炎使い」
「……柊 弥夜で間違い無いな?」
「名乗った覚えはないけれど」
「俺達の情報網を侮らない方がいい。何なら、もう少し詳しく言ってやろうか? デイブレイクの構成メンバーは夜葉 茉白と柊 弥夜の二人。そしてトラックに同乗していた女は還し屋の稀崎 夜羅」
「……気持ちわる」
嫌悪感を示す弥夜に対し「何とでも言え」と吐き捨てた蓮城は両手を大きく広げる。まるで熱烈な歓迎。併せて、これからの戦闘を謳歌するように目が大きく見開かれた。
「それで? 俺を殺すんだろ?」
「四肢を千切って、考え得る全ての苦痛を与えてから殺す……簡単には殺さない」
「可愛い顔をしていながら随分な性癖だな」
茉白から受け取った刀を抜いた弥夜は、爆ぜる感情を包み隠すこと無く距離を埋める。髪が顔面を覆い隠している為、表情の動きは何一つ確認出来なかった。
「可愛いのは否定しないけれど、人を見た目で判断するのは悪手かもしれないよ? こう見えて、人を拷問することが趣味かもしれないから」
獰猛な獣の如く飛び出した弥夜。妨害するように地より湧いた色を失くした炎を避け、地を不規則に走り、強く振り抜かれた刃はついに蓮城へと届く。
「へえ、細いくせに大剣なんて使うんだ」
だが、一切の躊躇い無く振り下ろされた刀は巨大な大剣により軌道を遮られた。色の失くした炎を宿す大剣は透けており、向こう側の景色を鮮明に映し込む。片手で軽く振られた大剣。質量の暴力が、弥夜の持つ日本刀を軽々とへし折った。手中に残った部分を蓮城目掛けて投げ捨てた弥夜は、そのまま身体を捻り顔面目掛けて右脚での蹴りを放つ。
「……遅い。たかが女の力か」
左手を頬横に添えることでいとも容易く防いだ蓮城は、お返しと言わんばかりに弥夜の腹部に蹴りを叩き込んだ。腹部へと沈む靴底。伝わった感触は到底ヒトを蹴ったようなものではない。吹き飛んだ弥夜は地に身体を打ち付けると、即座に受け身をとって距離を有する。銀色の瞳は淀み、深くも悍ましい殺意を宿していた。
「引っ掛かったねえ……『灼け爛れた蠱毒の千蟲夜行』」
発動された弥夜の能力。蓮城の靴底には深緑の血が付着しており、歪な色の血より湧いた毒蟲達が脚を伝ってよじ登る。嫌悪感を煽る毒蟲達が、我先にと脚を蠢かせて生を主張していた。




