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毒姫達の死行情動  作者: 葵(あおい)
デイブレイク始動、還し屋の脅威
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制服の少女

「能力者同士の戦闘でもあったのかな」

 

 特別警戒区域アリスと呼称される場所。少女が一人、灰の舞う荒れ果てた街並みの中を歩いていた。右に左と重心の定まらない足元。本来、光を宿す筈の銀色の瞳は淀んでおり、虚ろな表情からは生気すら感じられない。生きた(むくろ)のようだと言っても過言では無い程に。


 ──(ひいらぎ)弥夜(やえ)


 (よわい)十八の少女が纏う暗い色の衣服は血濡れており、まだ新しいであろう血液は赤々として残酷さを晒している。付近では激しい戦闘が行われたのか死体が無造作に転がっており、その中でも目を引くのは同じ死に方をする者。口から、気泡を(はら)んだ真っ黒な液体を吐き出して絶命する死体が複数見受けられた。


「この死に方は……毒?」


 死体に向けられた視線が興味を語る。どの死体にも共通しているのは、弾丸で撃ち抜かれたような跡があることだった。


「毒を扱える能力者なんて珍しいはずなのに」


 惰性で流れた視線が灰色の街並みを映す。蜘蛛の巣のような亀裂が迸った建物、陥没して高低差が生じた道路、横転した車、引き千切れて垂れてくる電線、そして過去の栄華を語る高層ビル群。もはや街としての機能は失われており、寂れゆく歴史に追い討ちをかけるように冷たい風が吹き抜けた。


 (そよ)ぐ長い黒髪が虚空に尾を引き、顔に張り付いた髪が瞬間的に視界を閉ざす。その煩わしさを取り払おうと前髪が掻き分けられた際、弥夜(やえ)の瞳は一人の少女を映した。


「こんな危険な場所に人……?」


 喉奥から絞り出された掠れた声には、少し先で立ち竦む少女への興味が含まれていた。距離は僅か数十メートルであり、いかに辺りの景色に興味を抱いていなかったのかと、僅かな驚きが胸中で湧いた。


 肩口程までの銀髪に不規則な黒いメッシュ。艶のある髪を風に靡かせる制服を纏った少女は、ただ曇天の空を仰いで沈黙に身を委ねていた。


 まるで絵のような光景だった。


「あの……」


 弥夜は、自身でも驚くほど無意識に声を掛ける。反射的に振り返った少女は、この世に冷め切った冷酷な目をしている。弥夜と同じく淀んだ瞳は引き込まれそうな深い紫色をしていた。手に握られている、本来ならば少女が持つには不釣り合いな刀が、誰かを殺めた後なのか血に染まっていた。


「……うちに何か用か?」


 発せられた声は無機質で抑揚が無い。弥夜は覚悟を決める為に大きく息を吐き、少女の圧に気圧(けお)されそうになりながらも距離を埋めた。


「誰か殺したの?」


 少女の周囲にも死体が(まば)らに転がっている。鋭利な刃物で切り裂かれたであろう傷口はまだ新しく、鼻を突く死臭の発生もしていなかった。


「襲われたから応戦しただけだ」


「あの真っ黒の毒みたいな液体は貴女の仕業?」


「……違う」


 少女は手足に数え切れない傷を負っており、それに伴い破れた制服からは華奢な四肢が露出していた。


「怪我してるよ? 手当てしなきゃ」


「お前の方が血まみれだろ」


「私が怪我してる訳じゃないもん。さっき服に付着しただけ」


「そうかよ。解ったからさっさと消えろ」


 吐き捨てた少女は傷に見向きもせず背を向ける。弥夜に対する興味など微塵も無く、これ以上は話し掛けるなというあからさまな拒絶だった。


「どうしてそんなことを言うの?」


「どうしてもなにも、明日には死んでいるかもしれない世界で誰かと関わっているほど暇じゃないんだ。誰を殺そうが、うち自身が死のうが、もう全てがどうでもいい」


 もう一度だけ振り返った少女。それに伴い二人の視線が交わる。淀んだ瞳の奥には途轍も無い悲しみが渦巻いていた。




 刹那、弥夜の本能が告げる。


 ──この子と共に生きろ、と。




 再び背を向けた少女に伸ばされた両手。身長は少し負けているね、と思考をした弥夜は、自身よりも少し高い位置にある少女の首元に腕を絡める。驚いたのか僅かに脈打った少女。だが、即座に振り払おうと腕が振り回される。お構い無しに背後から抱き締め続ける弥夜は、負けじと力強くしがみ付いた。


「私は(ひいらぎ)弥夜(やえ)。貴女は?」


「離せ、死にたいのか」


 棘のある言葉とは裏腹に、振り(ほど)くことを諦めた少女は動きを止めてされるがままを受け入れる。弥夜は抱擁を続けたまま儚い笑みを浮かべた。


「ううん、生きたい。こんな世界でも……生きていたいよ」


「だったら離れろ」


「名前を教えてくれたらね」


 舌打ちと共に苛立ちを浮かべる少女は、弥夜に敵意が無いと判断したのか薄い唇を僅かに動かす。


「……夜葉(よるは) 茉白(ましろ)。夜の葉っぱと書いて夜葉。下の名前の説明方法は解らないから察しろ」


「察しろはともかく素敵な名前だね。私と同じで名前に“夜“が入っているんだね」


「知るか。教えたから離れろ」


「嫌だ」


「……うっざ。何なんだよお前は」


 抱擁されたまま肩越しに振り返る茉白。射抜くような眼差しが弥夜を捉えるも、当の本人は真逆の顔をする。


「もう忘れたの? 弥夜(やえ)だよ?」


 浮かぶは友達に向けるような満面の笑み。優しく口角が吊り上がり、特徴的な八重歯が覗いた。


「ねえ、茉白」


「勝手に呼び捨てにすんな」


「呼び捨てにさせてくれたら離れてあげる」


「お前の言うことは信用ならない」


「女の子なのに口わっる」


 再び舌打ち。彼女は今度こそ弥夜を引き離すと、持っていた刀の切っ先を喉元へと突き付ける。曇天の空を映す銀色の刀身が、言わずとも切れ味の凄まじさを物語っていた。


「で、結局うちに何の用だ? 返答次第では殺す」


 刀の切っ先を右手で掴んだ弥夜は物怖じせずに儚く微笑んだ。常軌を逸した行動に目を細めた茉白は、弥夜という存在に僅かな興味を抱く。


「茉白……私と共に生きない?」


 漠然とし過ぎた問いに暫しの沈黙が訪れる。目を細めて脳内で状況整理を行った茉白は「馬鹿馬鹿しい」と(あざけ)るように吐き捨てた。


「話が解らない。何故うちがお前と生きなければならない」


「私の本能が、貴女と生きろと言っているの」


 紡いだ本人は至って大真面目。真っ直ぐに向けられた視線が嘘偽りの無いことを物語っている。まるで眩し過ぎる光でも見たと言わんばかりに、茉白は無意識に目を逸らした。


「茉白は人を殺そうが自分が死のうが、そんなことはどうだっていいんでしょ?」


「だったら何だ。お前には関係無いだろ」


 僅かに裂ける弥夜の手のひらより血が滴り落ちるも、握られた切っ先が手放されることは無い。それどころか更に力が込められた。


「なら、どちらかが死ぬ瞬間まで一緒に生きようよ。全てがどうでもいいのなら私と共に来たっていいよね。何をしていようが構わないよね」


 有無を言わさず「まあ……」と続ける弥夜は口角を上げて柔らかく目を瞑る。握られた切先からは絶えず血が零れ落ちるも、痛む素振りなど微塵も見せなかった。


「私はこんな世界でも生きていたいと思うから、貴女にも生きることに付き合ってもらうつもりだけれど……()()()が来るまではね」


「お前について行って何になる? 死にたくなければうちには関わるな。いいか? これは警告だ。次は無いと思え」


 わざとらしく思考する弥夜は何かを閃いたのか、左手の人差し指を立てて目を煌めかせた。


「とても美味しいご飯を食べさせてあげる。お腹空いたでしょ? こう見えて私、料理が凄く上手なの。もうそれは、言葉にならないくらいに」


「料理? くっだらねえ」


「下らなくないもん」


 フグのように頬を膨張させた弥夜は、右手に次いで左手でも刀の切っ先を握り、今度は手のひらに走る痛みに表情を歪めた。


「何の真似だ」


「私と来るのが嫌なら刀を引けば? そしたら刀を握っている私の指は全て斬り落とされ、もう貴女を止めることは出来なくなる」


「脅しのつもりか? うちは簡単に人を殺すぞ」


「だったらやってみなよ」


 力が込められ小刻みに揺れる刀を挟んで、まるで冷戦の如く視線が交差する。双方の視線間で迸る不可視の火花。突如として勃発した睨み合いは、互いの腹を探り合うように粘り気のあるものだった。


「で、どうするの? 私が気に入らないなら殺せば? 貴女が私に勝てたらの話だけれど」


 再びの沈黙は数十秒続くも先に折れたのは茉白であり、ため息と共に刀の柄より手が離された。その際、軽快な音を立てて落下した刀が光の粒子となって虚空に(いざな)われた。


「わお、能力者だったんだ」


 粒子を目で追いながら、両手を上げてわざとらしく驚く素振りを見せる弥夜。その際、吹き抜けた冷たい風が艶やかな黒髪を靡かせた。


「そんなことはいいから、さっさと飯を食わせろ。言葉にならないくらい美味いんだろ? 不味かったら覚えてろよ」


「あれあれ茉白? お腹減ったの?」


「お前が言ったんだろ殺すぞ」


 弥夜はため息をつくと「相変わらず口わっる」と大袈裟に呆れる。茉白の額を小突こうと突き出された手は即座に(はた)き落とされた。


「家はもう無いから、私が使っている事務所に案内するね。そこで手当てもしてあげる。隣町だから少し歩くけれど我慢してね。それにこの辺りは特別警戒区域だからあまり長居はしたくない……(かえ)()が来ても困るからね」


 矢継ぎ早に話を進めながら微笑んだ弥夜は先導して歩み始める。崩れかけた建物の路地から覗く、殺意を纏った人影に気付くこと無く。

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