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毒姫達の死行情動  作者: 葵(あおい)
相方として生きること
13/71

早過ぎる再会

「もう歩けないよ」


 薄汚れた地面に座り込んで駄々をこねる弥夜は、大袈裟に脚を押さえて縋るような目で茉白を見上げる。車通りに面した大きな道であるため人通りもそれなりにあり、道行く人々はそんな彼女を見ては含み笑いをしていた。


「はあ? まだ十五分しか歩いてないだろ。どんだけ体力無いんだよ」


「仕方ないじゃん、女の子なんだから」


「うちが男みたいな言うな」


「そのぬいぐるみみたいに抱っこしてよ」


 すっかり茉白の胸元が定位置になってしまったぬいぐるみが指差される。ピンクの熊はいつもと変わらない愛くるしい顔をしていた。


「馬鹿かお前は」


 ため息をついた茉白は煙草に火をつけると、近くのガードレールに座って紫煙を燻らせる。制服で煙草という非日常に、彼女もまた周りの視線を集めた。


「じゃあ少し休憩な」


「さっすが私の相方、超優しい」


 手のひらを返して途端に明るくなる弥夜を見、特大の舌打ちが巻き起こる。煙草を咥えたまま空を仰いだ茉白は、瞳に差し込んできた日差しに目を細めた。


「こら、女の子なんだから舌打ちしないの。せっかくの可愛い顔が台無しだよ? 私の方が可愛いけれど」


「……うっざ、またそれかよ。チビのくせに調子に乗るな」


「チビじゃないもん。茉白は身長いくつあるの?」


 隣に腰掛けながら首を傾げた弥夜は、近くに漂ってきた煙草の煙をひらひらと遠ざけた。


「……百六十二」


「うげ、まじ? 私より六センチも高いじゃん、むかつく……超むかつく歳下の餓鬼のくせに」


 大袈裟に仰け反りながらの驚愕。残念ながら茉白の方が身長は高く、どうにもならない事実に弥夜の頬が空気を取り込んで膨張した。


「歳下よりもチビなんてな。悔しかったら伸びてみろ」


 挑発じみた表情で顔面に煙が吐き掛られる。以前と同じく涙目で咳き込んだ弥夜は、煙草を取り上げると代わりに舐めていた飴を押し込んだ。


「ふざけんな、返せ」


「煙草は駄目だよ?」


 近くの灰皿で火が消され、諦めた茉白は放り込まれた飴を渋々と舌の上で転がす。弥夜は何かを期待しているのか、そんな彼女を頻りに確認していた。


「……何だよ」


「舌見せて?」


 「私に(なら)って?」と言わんばかりに舌が突き出されるも、茉白は無視して飴を舐め続ける。ほんのりとした甘さにより、煙草の苦味が名残惜しげに消えていった。


「昨日見せただろ」


「ね? もう一回だけ、お願い」


 両手を合わせて片目を瞑るあざとい仕草を目の当たりにし、「鬱陶しい」と吐き捨てた茉白は飴を手に持つと一度だけぺろりと舌を出した。


「超可愛い」


 歓喜に染まる表情。だが、偶然見ていた通り掛かった男が、短い声を上げてあからさまに茉白を()ける。大きな通りでありながら隅っこまで寄った男は、化け物でも見るような目をしながら二人とすれ違った。


「見ただろ? これが普通の反応だ」


「どうしてだろうね? 超可愛いのに」


 茉白は敢えて舌を見せ付けるように突き出し、挑発を含んだ表情で男を睨み付ける。その後ろでは弥夜も援護射撃と言わんばかりに、男に対してあっかんべーをして見せた。目を逸らした男は早歩きでその場を去ると、すぐさま人混みの中へと溶け込んだ。


「此処まで来ればもう解るよ。全く、茉白が方向音痴だから一時はどうなるかと思ったけれど」


「どの口が言うんだよ。うちが車で走った軌跡を覚えてたから帰って来られたんだろうが」


「そんなことないもん」


「嘘つけ。逆方向行こうとしてただろ」


 かれこれ数時間ほど歩いた頃、ようやく見慣れた景色が姿を見せる。少し先に見える雑居ビルの二階が事務所であり、弥夜は地元のような安心感を覚えた。


「見て茉白、何かやってるよ」


 道路を挟んだ向かい側、小さくも派手に装飾された屋台が停まっている。群がる子供達は口々にはしゃぎ、心地の良い喧騒が繰り広げられていた。


「ほっとけ、餓鬼の遊びだ」


「口わっる」


「何か間違ってるか?」


「餓鬼じゃなくて子供って言わなきゃ。お子様ならなお良し」


「お前さっきうちのこと餓鬼って言っただろ」


 色とりどりの風船を手渡すピエロの仮装をした男が、子供達に囲まれて汗を流しながら対応に追われている。屋台にはネオンのライトや簡易的な折り紙での輪っかなど、子供達が喜びそうな装飾が施されていた。


「ちょっと見たいかも。此処からじゃよく見えないけれど何か売っているみたいだし、掘り出し物があるかもしれないよ?」


「ある訳ないだろ」


「こういうのは見てみないと解んないの。一緒に来てね? さすがに一人じゃ恥ずかしいから」


「うちを巻き込むな」


「相方でしょ?」


「それを言えば何でも許されると思ってるだろ」


「否定はしないんだ?」


「……うっざ」


 無理矢理に茉白の手を引いた弥夜は、車が途切れた瞬間を狙って道路を豪快に横断する。屋台には、茉白の胸元に抱かれたぬいぐるみと同じものが売られており、色とりどりの熊がつぶらな瞳で二人を見つめていた。


「あの子も此処で買ったのかな?」


「こんなもん、よくあるぬいぐるみだろ」


「その割には気に入ってるじゃん」


「別に気に入ってなんかない」


「昨日も大事そうに抱えて寝てたくせに」


「起きたらお前の下敷きになってたがな。涎は垂れるわ、うちを蹴り飛ばすわ、(いびき)は五月蝿いわ、挙げ句の果てには布団を独り占めにするわ、寝相悪過ぎなんだよ」


 舌戦は茉白に軍配が上がり、歳下に論破された弥夜は僅かに頬を赤らめる。もちろん当の本人に思い当たる節は無いが、可愛げにぺこりと頭が下げられた。


「それはごめんね」


「別に気にしてない。涎まみれにされたこと以外はな」


 無慈悲な追撃。火を噴く口撃が行われ、弥夜はぐるぐると目を回す。


「君達も風船が欲しいのかい?」


 二人のやり取りを見ていたのか、ピエロの仮装をした男が優しく微笑む。差し出された風船はなだらかな風に煽られて気持ち良さげに虚空を泳いでいた。


「すみません、賑やかしていたので少し見に来ただけなんです。その風船は子供達に差し上げて下さい」


 差し出された手を遠慮がちに押し返した弥夜は軽く会釈をする。


「餓鬼って言わないのな」


「こら茉白!!」


 悪びれた様子もなくそっぽを向く茉白。男は微笑ましげに二人のやり取りを見ていた。


「ほら、こんな世界だからさ。子供達が少しでも笑顔になってくれればいいなと思って、場所を変えて色々なところで配っているんだ。あと二、三日は此処でお店をしているから、良かったらまた見に来てね」


 装飾された屋台を囲む子供達の目は輝いており、それを見た弥夜もまた無意識に表情を緩める。いつか本当にこんなにも平和な世界が訪れるのだろうか、などと途方もないことを考えながら。


「とても素敵な試みだと思います。貴方も、どうかお身体には気を付けて下さいね」


「優しいね、ありがとう。ところで、そっぽを向いてしまった彼女が抱いているのはうちのぬいぐるみだね。これは一つ一つ魂を込めて手作りをしているんだ」


「そうだったのですね。偶然小さな子供に譲ってもらったのですが、茉白も凄く気に入っているみたいですよ」


「はあ? 勝手なこと言うな」


 瞬間湯沸かし器のように紅潮する頬。吐き捨てられた言葉とは裏腹に、ぬいぐるみを抱く腕に力が篭る。少し変形した熊が、まるで助けを求めるような悲しげな表情を浮かべた。


「だったら没収しようか?」


「……触るな」


「気に入ってないんでしょ? 私がもらってあげるね」


「ああもう、解ったから触るな」


 伸ばされた手は相変わらず叩(はた)き落とされる。「痛った」と毒づきつつも、弥夜と男は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。


「もう満足か? 帰るぞ」


「うん、ありがとう」


 微笑んだ弥夜は何かを思い出し、懐から鍵を取り出すと茉白に差し出す。反射的に受け取った茉白は怪訝そうに眉を潜めた。


「そういえば、食料の買い出しをしていなかったから行ってくる。先に戻っといて」


「一人で大丈夫か? 襲われたら終わりだぞ」


「すぐそこだから大丈夫だよ。それに身を護る為に妹に施してもらった魔法があってね、私以外の人が事務所に入るにはある手順を踏まないといけないの」


「難しいやつなら無理だぞ」


「簡単だよ。鍵を挿した状態でドアノブを左に七回、右に二回捻るだけ」


 軽く手を振り「じゃあ宜しく」と踵を返した弥夜は、熊のぬいぐるみの可愛さに後ろ髪を引かれながらも買い物へと向かう。今度は正規の横断歩道を超え、ショートカットをする為に車の止まっていない駐車場を横切る。そのまま道なりに歩いて最後の直線へと差し掛かった頃、弥夜は目を見開いて歩みを止めた。


「嘘……最悪……」


 瞳に映るは、昨日会ったばかりの稀崎の姿であり、皮肉にも距離は僅か二、三十メートル程。此処で変な行動を起こせば間違いなく見付かると思考した弥夜は、ごく自然に通り抜けることを選択する。


「怖過ぎるでしょ」


 視線を合わせず緩徐に前へと歩む。進む毎に激しくなる鼓動が形容し難い高鳴りを主張した。比較的弱めの日差しの中でありながら額に滲む嫌な汗。永遠のように感じられる時間の中、弥夜はとうとう稀崎の前を通過した。


「何故、やり過ごせると思ったのです?」


 感情の宿らない声に、弥夜の鼓動は胸を突き破る勢いで跳ね上がる。脳内で様々なシミュレーションを行うも、浮かんでくるのは稚拙な言い訳ばかりだった。


「人違いでは?」


「いいえ」


「もしかして、引き返してもバレてた?」


「そうですね」


 視線が交差する。稀崎は、冷や汗をかく弥夜とは真逆の冷たい表情をしていた。


「あ、稀崎さん? ポケットから何か落としたよ?」


 端的な嘘。稀崎の視線が落ちると同時、弥夜は全速力で駆け出す。だが、魔力を靴底に集めて自己強化した稀崎により即座に追い付かれることとなった。換気ダクトの音だけが支配する狭く薄汚い路地の中、行き止まりに追い詰められた弥夜は下唇を噛み締める。


「柊、貴女が匿っていた夜葉は何処ですか?」


 髪の隙間から覗く、深い闇のような漆黒の左目が弥夜を映す。稀崎は息一つ乱しておらず僅かな隙すら見受けられない。横をすり抜けようにも失敗する未来しか見えなかった。


「何処かに行っちゃってハグれたから、私も探しているところなの」


「そんな見え透いた嘘が通用するとでも? あれだけ大胆な行動を共に起こしておきながら、夜葉が一人で何処かへ行くとは考えにくい」


「茉白を追い回しているのなら、誰かと群れるような子じゃないことくらい解るでしょ?」


「……確かに、一理ありますね。解りました」


 抑揚無しに紡いだ稀崎はあっさりと踵を返す。律動的に鳴る靴音が興味の無さを物語った。


「ねえ、稀崎さん?」


 やけに簡単に諦めたことに内心驚きつつも、弥夜は去り行く背に呼び掛ける。踏み出された脚が止まり、無言で振り返った稀崎の大人びたサイドテールがふわりと揺れた。


「少しお話しない?」


「生憎、貴女と違い暇ではありませんので」


「貴女が還し屋に所属する際に囚われた肉親が……誰かに殺されてしまう可能性があるとしても?」


 何かを試すような低い声色での問い。双方間に流れる空気の温度が急激に下がる。目を細めた稀崎の眼光は、その先を急かすように鋭さを帯びた。

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