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毒姫達の死行情動  作者: 葵(あおい)
相方として生きること
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同じ部屋

「お前、頭おかしいだろ」


 端的に言うならばメルヘンチックな城。 目が眩むような派手なピンクに塗りたくられた城には、様々な色に光り輝く光源が装飾されている。電飾は古く、ところどころ劣化している為か消え掛かっている部分も見受けられた。


「古臭いネオンに独特の臭い。此処が何処だか解ってんのか?」


「何処って、ラブホでしょ? さすがにこの歳で知らない訳が無いよ。もしかして茉白ちゃんはウブなのかな?」


 煽りの才能だけは一人前。大きく掲げられた『HOTEL』という五文字が、茉白に呆れからの目眩(めまい)を齎す。人目をはばかりながらホテルへと入って行く人達、駐車場から車で出て来る人達、その誰しもが二人へと物珍しげに視線を向けていた。


「何かやけに見られるね」


「当たり前だろ。女同士に加えて、うちは制服なんだぞ」


「どうして駄目なの?」


「あのなあ……お前は倫理観を持ち合わせていないのか」


「あれあれ茉白? もしかしていやらしいことでも考えていたの? 普通に泊まるだけだし、何も気にする必要なんて無いじゃん」


 背を向けたまま「それとね」続ける弥夜はスモークガラスの自動ドアを通過しながら続ける。


「倫理観はよく解らないけれど、制服の女の子を連れてラブホに入るという背徳感は持ち合わせているよ」


 女の子が浮かべてはならないであろう下品な笑みが浮かぶ。手慣れた様子で歩いてゆく弥夜の後ろで項垂れた茉白は、こんな所に一人で取り残されまいと渋々と後に続いた。


「いやらしいことを考えているのはお前の方だろ」


「まあそれは良しとして、コスパで考えたら最適解だと思うよ? ビジホは近くになかったし」


「良しとするな」


 薄汚れたパネルを指差しながらの「どれがいい?」という問いに、茉白は純白の天蓋ベッドが置かれた部屋を無言で指差す。可愛いレースがふんだんに使用されたベッドは、部屋の中央部分で多大な存在感を放っていた。


「さっすが私の相方、超お目が高い」


「そんなことはいいから、お前もどの部屋にするか早く選べ。此処は人目に付く」


「え……?」


「……え?」


 時間という概念が消失したと言わんばかりに無言で視線を合わせる二人。双方の胸中には真逆の感情が渦巻いている。お互い目をぐるぐると回し、訳の分からない見つめ合いが続いた。


「茉白、何の冗談? 確かに冗談にしては少し面白いけれど」


「冗談な訳ないだろ。お前とは絶対別の部屋にしろよ」


「私の話を聞いてなかったの? コスパで考えて安くあげる為にラブホにしたんだよ? そもそも貴女お金持ってるの?」


 舌打ちと共に、痛いところを突かれた茉白は視線を落とす。一応財布の中身を確認するものの、そこに望むものが入っている訳もなく。


「……お前と一緒の部屋でいい」


「はい、ご馳走様」


「ご馳走様ってうちに何する気だよ」


「あーん、茉白のえっち。可愛い可愛い可愛い」


「……うっざ」


 パネルから発せられる薄暗い光の明滅がホテルの年季を物語る。「早く行くよ」とエレベーターに乗り込んだ弥夜を追う際に、茉白の視線は無人カウンターの隅へと向く。そこには彼女が抱いている熊のぬいぐるみの色違いが置かれており、つぶらな瞳の黄色い熊は、愛嬌のある表情でカウンターの隅に座っていた。


「わお、外観の割に超綺麗」


 両手を合わせてはしゃぐ弥夜の横を素通りした茉白は、真っ白のソファに腰掛けると右足を上げて楽な姿勢を取る。ただでさえ短いスカートは捲れ上がり、細く色白の脚が露になった。


「こら、足癖悪いよ? 真正面からだと見えるよそれ」


「知るか」


 横幅の大きな壁掛けテレビやジャグジー付きの豪華なお風呂もあり、小さな旅行のような感覚に弥夜は心を躍らせる。


「もしも私が男だったら、パンツを見る為に気付かれないように真正面に回っちゃうかも」


「そういう下劣な視線は案外気付くもんだろ」


「それは言えてる」


 こそ泥のように部屋中を物色した弥夜は一息つきながら茉白の隣に腰掛け、ソファに上げられた右足を両手で持つと無理矢理に正した。


「ソファならもう一つあるだろ、あっち座れ」


「二人用のソファに、二人で座って何が悪いの? むしろどっちも細いからもう一人くらい座れそうだね」


 八重歯を覗かせて無邪気に笑う弥夜。鼻で笑った茉白は視線を落とすも、趣味の悪いピンク色の絨毯が視界に入り難しい顔をする。


「……おい弥夜!!」


 同時に大声が木霊した。絨毯を這うのは足が大量に生えた虫であり、目の当たりにした茉白の表情が青ざめる。仰け反った身体は恐怖を代弁し、短い声が漏らされた。


「まあ、古いラブホだから仕方ないよね」


「そんなこと言ってないで何とかしろ!!」


「虫平気そうなのに、意外だね」


 何食わぬ顔で虫を摘み上げた弥夜は、眼前で少し揺らして眺めたかと思えば殺さずに窓から逃がす。そのまま「終わったよ」と手を(こす)るように二度打ち鳴らした。


「素手って……嘘だろお前」


「どうして? 魔力も(かよ)っていなかったし普通の虫だよ? あの子もきっと迷ってしまっただけで罪は無いんだよ」


「そういう問題じゃないだろ」


 虫の驚異から解放され、茉白は肩を落として大きな吐息をつく。今日一日の疲れが一気に押し寄せた。


「最強のデイブレイクともあろう者が、虫を怖がっているようじゃねえ……」


「何が最強だ。お前が勝手に決めた組織な上に、二人しかいないだろ」


「まあまあ、そう言わないの。とりあえずシャワー浴びなきゃね。今日中に服も乾かして、明日には事務所に戻るよ」


「それは同感。そもそも買い物じゃなかった時点でうちは騙されたからな」


「人聞きの悪い。でも帰るまでが遠足って言うでしょ? つまりその理論で言うと、帰るまでがお買い物」


「また屁理屈かよ」


 鼻で笑い立ち上がった茉白は、風呂場に向かうと先にシャワーを浴び始めた。対し、何気無くテレビをつけた弥夜は流れていた内容に頬を紅潮させると即座に消す。


「ねっむ。さすがに疲れたね」


 襲い来る睡魔の中、懐から取り出した飴を舐める彼女は、天井を眺めて物思いに(ふけ)った。太陽をモチーフにした壁掛け時計が秒針の音を等しく齎す。心地の良い感覚に、疲弊し切った弥夜は睡魔に身を任せた。時間にして一時間程度、彼女は隣に訪れた小さな衝撃に目を覚ます。それはナイトガウンを纏った茉白が座った際のものであり、目を擦った弥夜は自身が眠ってしまっていたことに気付いた。


「寝るなら風呂入ってからにしろ。風邪引いて移されたら困るからな」


「もうあがったの? 早くない?」


「一時間は入ってた。お前が寝過ぎなだけだ」


「ほんとー?」


 未だ微睡みの淵を彷徨う弥夜。夢の中で何かを食べているのか、ジト目に近い半目でもごもごと口元だけが稼働していた。


「おい、喉に詰めるから寝ながら飴は食うな」


 咥えられた飴の持ち手を無理矢理に引き抜いた茉白は、そのまま自身の口内に放り込んだ。ナイトガウンから露出した色白の太ももに崩れ落ちた弥夜は、再び小さな寝息を立てて眠りに落ちる。起こすことを諦めたのか、茉白はため息をつきながらも受け入れた。


「人のこと餓鬼扱いしやがって、お前の方がどう見ても餓鬼だろ」


 後頭部を雑に掻いた茉白はソファに深く凭れ掛ると同時に、服が捲れ上がって露になった弥夜の腰部分に視線をやる。


「火傷……か?」


 深紫色の瞳が細められた。細く華奢な身体に刻まれているのは火傷跡のような(ただ)れた傷であり、服を背中付近まで捲った茉白は目を見開く。


 何年前のものだろうか? と思考するほどの古傷ではあるが、腰部分から背中まで刻まれた広範囲の火傷跡は、未だ赤く爛れて痛々しさを主張していた。服を正そうとする茉白は、弥夜が目を覚ましていたことに気付き鼓動を高鳴らせた。


「この変態」


「お前が許可も無しに膝枕で寝るからだろ」


 勢いを付けて軽快に立ち上がった弥夜は風呂場へと向かう際に静かに立ち止まる。室内はBGMさえ無く短い沈黙が訪れた。


「ねえ、茉白……見たよね?」


 普段より少し低めの声に感情の抑揚は無い。弥夜の背に向いていた視線が少しの間を置いて逸らされた。


「……悪い」


「ううん、謝らないで」


 どう声を掛ければよいのかと渋る茉白。振り向かずに口元を緩めた弥夜は続ける。


「聞きたいことがあるのなら答えるよ。私は貴女の相方なのだから、全てを知られても怖くない」


「……何の傷だ? 能力者にでも襲われたのか?」


 予想通りの問いに「うーん、そうだねえ」と前置いた弥夜は立ったまま過去を思い返す。何から話そうかと、彼女の中で言葉のパズルが組み立てられた。

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