第76話 魔装修道女は施療院の『悪霊』と会う
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第76話 魔装修道女は施療院の『悪霊』と会う
「毒を以て毒を制す」
「目糞鼻くそなのです!!」
アイネを巻込むという話は、概ね受け入れられたようです。殿下にハスタの有力家を紹介する際に、ハスタにニース商会の支店を置かせたということは一つの臣従する証拠となりえますし、問題行動はアイネが感知することができますので、聖エゼルが関わらずとも安全が担保されるでしょう。
――― 私たちにそのような力はありません。
「立っている者は親でも使え……ですね」
「そのような言葉は貴族の令嬢には相応しくないでしょう」
「ですが、いま私たちは修道女ですから問題ありません」
そうですわね、『元』令嬢です。ですが、修道女にも相応しい言葉とは思えませんわよリザ。
既に、ジェロニモとクラーラはおらず、ここにいるのは四人の修道女に分霊された精霊と、半精霊。
『母、あの子は寂しい』
ティナには既に、悪霊となり果てた精霊の声が聞こえているのかもしれません。リエス様は「ほーん」といった感じで、関心が無いようです。
『聖典にも黙示録という話があるであろう? あれもそういう話の一つなのじゃ』
黙示録……世の終末を暗示した聖典の一節ですわね。
『神とそれに反した輝者が率いた神使共が地の底へと落される話な……あれは、大精霊の中の大精霊である者が神となり、その大精霊に仕え得る筆頭大精霊とその配下の精霊たちが悪霊と化した話が脚色されたものなのじゃ』
「……つまり、祀られなくなった結果、とても高位の精霊をはじめ、三分の一にも及ぶ精霊が揃って悪霊となったというのですか」
『まま、その解釈で構わん。それは人を惑わす「悪魔」とされたのも理解できるじゃろ?』
悪魔と呼ばれる存在は、取引をしようとします。契約を結ぼうとするのです。それは……祈りと感謝をささげる代わりに加護を与える精霊の在り様にとても似ているように思えます。
「では、なぜ教会は否定するのだ」
「簡単なのです。自分たちの祀る大精霊=神様に祈りが集まる方が、加護が高まるのです」
「故に、多くの教会を築き、多数の聖職者を配し、異教の民を教化すると言いつつ自分たちの配下に収め、まつろわぬ者は討伐し滅する……わけですね。
理解できます」
教会を通して行われる、神と人との関係が聖典に記されているものと異なると感じておりましたが、なるほど、最高の精霊であると考えればその存在が腑に落ちます。精霊は一つではありませんが、その中で最初にラビ人に祀られた精霊が『神』と称されたのでしょう。
聖典には聖櫃と呼ばれる神との契約を記録した十枚の石板を納めた契約の箱が登場しますが、その実は大精霊を納めた板状の魔石を保管していたのではないでしょうか。
ラビ人が国を失い彷徨い人となった時も、彼らの神官はその大精霊の納められた魔石を守り通し、祈りと感謝をささげ続けたのでしょう。やがて、多くの精霊を跳ねのけ、最大の大精霊となり結果、『神』と称されるようになるほどの『加護』を与えられる存在となったのかもしれません。
「確かに、あの神罰と思われる行為は……大魔術と言えなくもない」
「人が皆塩の柱になったりするのは、錬金術的には気になるのです」
大洪水を起したり、疫病を流行らせたり、異教徒の子供を選んで殺したり……色々ですわね。たしか、城壁を崩したこともありました。
「流石、超大精霊なのです。城壁も木っ端みじんですし、海もバックり二つに割り加護を持つ者たちだけが渡れるようにすることも出来たのです」
「旧聖典には、戦争に関する記述も少なくありません。それに、様々な民族がラビ人と争っています。それぞれが、異なる精霊の加護を受け奉っていたのかもしれません」
聖典に出てくるカナンの地には様々な都市が登場するのですが、おそらく、その都市ごとに精霊を祀っていて、それぞれが異なる国の民であったのではないかと思われます。そう考えると、古くからある都市に祀られていた
精霊は力を蓄えていたでしょうし、その精霊の分霊を祀ることができるのであれば、相応の力を持つことが即座にできたかもしれません。
「聖王国を巡る戦いの中で、精霊の加護を巡る争いもあったのでしょうね」
「聖王国には、聖征の期間に様々な騎士の城が建設された。今思えば、現地で接収した土の精霊の加護を利用して堅固な城塞を数々建てたのかもしれないな」
カナンの地だけではなく、こちらの国々にも大小の城が構築されておりますから、そうした加護は勿論存在するのでしょう。何百年も都市が存続するというのは、そういう精霊の加護の蓄積の効果もあるのかもしれませんね。
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許可を取ったので、日中、正々堂々と中に入ることができます。一階には入口は無く、二階の入口に梯子を掛けて中に入ることになるのは、古いダンジョンさながらです。
「梯子は苦手なのです」
「魔力壁で階段を作ればよいのでは?」
「「それだ!!」」
三人が私の顔を見ますので、小さくため息をついて魔力壁で階段を形成し、皆を二階の入口まで移動させます。
「楽ちんなのです」
「土魔術で階段を作っても良かったでしょう?」
「はっ!!」
いまさら遅いですわよベネ。
中は明り取りから多少の光が入るものの、影となっている場所も多く空気も淀んでカビや埃の臭いがします。空気が悪いと言えばいいでしょうか。
四つの塔を城館で繋いだ『街塞』の地下階のどこかに、精霊は祀られているというのですが、一体どの塔の下にいるのでしょう。
『母、右奥の塔の下』
『右奥じゃの』
ティナとリエス様がおおよその位置を知らせてくれました。正面右奥の塔に向かい歩みを進めます。
階段は狭く、地下まで進むのでトーチを使用します。魔水晶を用いたランタンがあると便利なのですが、これはベネに依頼しましょう。今後、鉱山や地下の施設などの探索も増える……増えると嫌ですが、仕方ありません。
地下階まで降りると、そこには金具で補強された木製の扉がありましたが、木枠は腐食し始めており、イーナキックで簡単に破壊されました。湿度も高く、空気は一層悪くなっています。
『この奥じゃな』
魔水晶の中に封じられたリエス様の指示で、トーチを持ったイーナを先頭に埃の積もった薄暗い通路を奥へと進みます。そして、通路の突き当りには少しだけ採光できる小さなアーチ状の明り取りから光の差し込む祭壇が置かれています。
そこには、十字架と聖母像……そして、台座にしつらえられた魔水晶があります。ですが……
『……ダレ……』
その魔水晶は煤で汚れたかのように真っ黒であり、その周辺にも黒い煤のようなものが立ち込めています。
『……アナタハ……ダレ……』
魔水晶から聞こえてくるのは、掠れたような疲れたような悲痛な声。
『……アナタハ……ダレ……ワタシハ……ダレ……』
意識の混濁、記憶の喪失……長く放置され祈ることも感謝されることもなくなった精霊の成れの果て。ですが、害意を感じる事はありません。
「初めまして精霊様。私の名前は、アレッサンドラ・バレーノと申します」
『アナタハ……アレッサンドラ……ワタシハ……ダレ……』
『我の名はリエス、汝の名は』
『アナタノナハりえす……ワタシノナハ……ワカラナイ……』
黒い煤が少し少なくなりましたが、それでも霞んでおりますわね。もしかすると、名を思い出せないのは、この煤が原因でしょうか。ですが、どうすればこの煤のようなものを取り除くことができるのかわかりません。
『母、名付けてあげればいい』
「私が名付けても問題ない?」
『仮の名でも構わんじゃろ。土地が変われば呼ばれ方も変わることもある』
仮の名ですわね……『テルマ』ではどうでしょう。
「『テルマ』様ではどうでしょうか」
『……てるま……』
「ドラ、名前の理由を聞いてもよろしいでしょうか」
泉の源を意味する『テルマエ』を意味しております。私の生家であるバレーノ家の差配する街には温泉の源泉があります。仮に、安坐するとすればあの地が最も良いと思うのです。温泉の源泉に加護を与えてくだされば、湯治に訪れる者たちから大いに感謝されるのではないかと考えるのです。
『我ガ名ハてるま、汝ガ名ハあれっさんどら・ばれーの』
『我はリエス』
『汝ハりえす』
『ああ、よろしく頼むぞ友よ』
『……トモ……』
テルマ様は思い出したかのように語り始めました。
『アノ人ハ全キ平安ヲモッテココロザシノ堅固ナモノヲ守ラレル。我ヲアノ人ハ信頼シテイルカラトイッタ』
テルマ様は土の精霊、そして、元の館の主とこの館を堅固にする加護を与える代わりに、感謝と祈りを捧げるという契約を結んでこの場所におられたようです。




