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第07話 没落令嬢は魔装馬車で駆け抜ける

第07話 没落令嬢は魔装馬車で駆け抜ける


 それは、驚きの連続でした。最初の一日目で修道院から大山脈手前の『ゼクシア』にいたり、翌日シャベリの公爵様の御屋敷まで移動してしまいました。屋敷には、先代ニース辺境伯様も御滞在されており、畏れ多い事に公爵様とお会いする機会を得ることになりました。


 以前、遠目でお見かけした時はまだ少年のようなほっそりとした見目でございましたが、いまではすっかり成長され、騎士達と並んでも遜色のない雄々しいお姿をされております。


「トレノの貴族の子女に会うのは久しいな。皆、健勝か」

「……はい……」

「私は相手をする事は出来ないが、ゆるりと過ごすが良い」

「「「「ありがとうございます」」」」


 とてもではございませんが、主君であるサボア公爵様と会話をするのは畏れ多く言葉が出ません。アイネは我が家のように振舞っているようですが、先代様と公爵様は子弟関係にあり、リリアル男爵もそこに関わっているという事で、アイネも親しくしているのだと言います。


「それに、もうすぐお隣さんだからね」

「……どういう意味ですの?」


 アイネ曰く、彼女が数年後に子爵家当主となる際に、これまでの子爵家の功績を賞して陞爵され伯爵家となり、サボアに隣接する『ノーブル』を王家から賜る内示が出ているのだという。つまり、アイネは『ノーブル女伯』となるのですわね。とてもそうは思えませんが。


「半分は妹ちゃんの功績もあるんだよね」

「……リリアル閣下……でしょうか」

「そうそう。南都周辺の王太子領の立て直しを現当主の父を宮中伯にして王太子府で実務を担当させて、娘の私にはニースとサボアの中間にあるノーブル領を与えて南都の父を助けさせるということだね。妹ちゃんが王都周辺の安全保障を担うから、我が家は南都にお引越しするわけです」

「「「「……」」」」


 南都から何度もサボア領を経由して帝国と戦争をした時代もそう昔の事ではございません。サボア公国が王国の友邦となりある意味緩衝地帯となったわけですが、それに安心する事無く王国南部の防備を強化するという事なのでしょう。


「その為に……私たちが必要なのですわね」

「むむ、やる気が出るな。騎士として活躍できるだろうか」

「商売繁盛の気配がします。このビッグウェーブに乗れば、実家も……」

「王国はやっぱりすごいのです!!」


 新たなる都の開発も進んでいると聞いています。私たちの「都」というイメージはトルリア地方の中心である『フィオレンツァ』を真っ先に思い浮かべますわ。今ではトルリア公爵という薬商人上がりの銀行家の家系が支配する都市を中心とする国となっておりますわ。


 トルリア公家の姫が数十年前に王国に嫁いでから、王都へチャンスを求めて旅立つ商人・職人も少なくないと聞いておりますが、そういう意味では活力のある都なのではないかと思われます。


 その日は、女主人然と振舞うアイネにサボア公家の屋敷で夕食などを振舞ってもらい、何やら不思議な気持ちになったものです。





 翌日、早々に館を辞去した私たちは、魔装馬車を飛ばし南都を昼前に通過すると、その日のうちにディジョンまで到達しておりました。普通でしたら四五日は見ると思われます。


「ああ、南都名物を食べ損ねたではないか……」

「帰りにでもよればいいじゃない? 今日はブルグント公家の館にお泊りするからね☆」


 サボアの次はブルグント公爵家だそうです。どうやら、先代様とは長い付き合いのある公爵様だそうで、アイネ達姉妹も娘同然に可愛がっていただいているのだそうですわ。アイネは子爵令嬢という身分からすれば、随分と優遇されていると思いますの。


 先代様と同世代のブルグント公爵様ですが、こちらは今だ御当主を務めておられます。私たちがサボア公国の貴族の子女であると知り、何やら興味深げにお話を聞いて来られます。


 貴族の子女とは言え、没落した貴族の娘、それも実家とは縁が切れた修道女の身の上。面白い話などできるわけもありませんわ。


「ほお、貴族の子女で修道院に不本意ながらとどまっている若い女性を鍛え上げるのか」

「そうそう。侍女とか修道女というのは、目立たず潜入工作なんかにとても有効ですわね」

「……確かに。貴族の子弟が騎士になるという選択肢があるのだから、魔力に優れた女性が侍女として密かに身辺で警護してくれるのであれば、心強いな」


 どうやら、サボアだけでなくブルグントにおいても勧誘を行うつもりのようですわ。幾つかある修道院の中で、ブルグント公ゆかりの修道院に『没落令嬢』から『魔装侍女』に成り上がる事を希望する女性を集めるという話が進んで行くようですわ。


「その際は、是非、彼女たちに教官役をお願いしたいものだな」

「勿論ですわ。ねえ、皆さん」


 一瞬遅れたものの「はい」と声を揃えてお返事するしかございませんでした。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 そして、恐ろしい事に、四日目の夕方……


「王都に着きま~す」

「「「「……え……」」」」


 修道女四人と商会頭夫人は、トレノ郊外の修道院から僅か四日で王都まで移動したのですわ。……怖ろしい移動速度です。


 その間、代わる代わる馭者を務めながら、魔装馬車に魔力を供給し続ける訓練と気配隠蔽を継続しておりましたので、相応にアイネを除く全員が疲労しております。


「今日はどちらにむかうのでしょうか」


 恐る恐るリザがアイネに確認します。


「聖リリアル学院……と言いたいけれど、この時間だと夕飯集りに来たみたいに思われると嫌だから、王都の我が家にご招待だね。食事は、外に食べに行くことになると思うよ」


 先触れも出す必要があるので、それはそうでしょう。実の妹とは言え男爵家の当主。いえ、今まで二人の公爵閣下の邸宅にお邪魔しているわけですが……


「学院生も沢山いるし、紹介しにくいから明日だよね」

「なのです」

「今日は大いに王都の夜を楽しもうではないか!」

「「……」」


 いいえ、食事も早々に休みたいですわね。とは言え、アイネに連れていかれたお店はニース商会が運営する酒場で、シャンパーワインと卵料理……もっと具体的に言えばオムレットやキッシュパイをメインにしているお店のようですわね。


 という事で、卵をふんだんに使った料理をこれでもかといただき、ワインは「じゃんじゃん試飲してねー」と次々に出されることになりますわね。ワインを使用した蒸留酒は錬金術の蒸留器を利用して作るので、その試験的な設備はリリアルの敷地に接した場所に作っているそうです。


「国王陛下をはじめ王家の皆様に献上しているし、お墨付きもいただいているので問題ないんだよ」

「……問題だらけですわ」

「固い事を言うなアレッサンドラ。どれ、まだ飲み足りないのであろう」


 イーナが本名で呼ぶときは大概、かなり酔いが進んでいる証拠ですの。


 私もリザもさほど酔う体質ではありませんし、ベネも修道院の食事に添えられるワインを飲む程度ですので、酔う経験はあまりないのでしょう。


「元冒険者だから、お酒はよく飲んだのかな?」

「そうだな。いわゆる飲みにケーションというやつだ。それなりに飲めぬと、信用されないまである」

「まあ、半分傭兵崩れみたいなのが多いとそうなるよね。これは、駄目な見本です」

「な、なっ!!!」


 イーナ……誰がどう見てもダメな見本ですわよ貴方。


「そもそも、飲んでも酔わないように努めるのが淑女です」


 アイネがまともなことを言い始めましたわね。もしかすると、酔いが進んでいるのかもしれませんが、ここは真面目に聞くことにしましょう。


「侍女はお酒を勧められることはないでしょうけれど、貴族の子女として夜会に参加する……いうなれば潜入捜査です」

「潜入……捜査……」

「なんか、かっこいいですぅ!!」


 いえ、危険がたっぷりではないでしょうか。そこで、酔わせて本音を聞き出す、隙を見出そうとする者もいるはずですわね。お酒に何やら仕込んでくる場合もあるでしょう。例えば……睡眠薬でしょうか。


「危険な仕事の最中にお酒で泥酔するとか……淑女失格だよ!!」


 それ以外でもいろいろ失格ですわねイーナの場合。




 卵料理はとてもおいしく、白ワインともとてもよく合いました。シャンパーかブルグントのワインはしっかりした味ですが渋みも少なく、水代わりに飲むようなものではなく、食事の味を引き立てる良いワインでしたわ。


 その日は、王都のニース商会頭邸の客間に泊まることになりました。そして、王都の淑女風のドレスを身に着け、修道女ではなく侍女風の姿でリリアルに向かう事になりました。


 いつの間にかサイズを採寸していたようで、注文服ではありませんが、サイズ直しはしっかりされており、上質の既成のドレスであったことを付け加えておきますわ。


「さて、ドレスに負けないようにしてちょうだいね。今日はリリアルに顔をだして一通り案内した後に、王宮に向かいます」


 どうやら、アイネのスケジュールでは、リリアルに部屋を用意して軽い昼食を頂いてから、王妃様に挨拶に向かうようです。聞いておりませんわ。



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