第57話 魔装修道女は魔銀装備について考える
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第57話 魔装修道女は魔銀装備について考える
セザール師の提案する二つ目の、そして私専用の武具の話ですわね。
「『スティレット』……ですか」
その短剣は、王国では『ミセリコルデ』、一般的には『鎧通し』と呼ばれる刺突用の装備に似ております。長剣サイズのエストックです。
「お前さんが『雷』魔術を使えると聞いてな。それを有効に伝えるには、刃のある曲剣よりも刺突用の細長い棒状の剣の方が良いと思ったのだ」
雷をのせるのに魔銀の剣は適性が高いのだそうですが、形状は真円形の棒状の刃が最適なのだそうですわ。
「右手に鉈剣、左手にこの鎧通し風の短剣を持って戦う。通常は腰の後ろにでも横に差すか、右わきに吊るすなんかの遣い方だな」
「刃のある短剣ではダメなのか」
イーナの質問は理解できます。普通に刃物として使用可能な物の方が使い勝手が良いのではと思うのです。
「それは別のものを用意すべきだろうな。魔術を使う為の刺突剣と、刃物として使う装備では作り込みが違う。純粋に剣を受け流したり、刺突を行い相手の体内に直接『雷』を流す為には、先端がとがった針のような切っ先と、受け流すに十分な強度の鍔が必要だ」
ついでに……と加える虎髭土夫。
「お前たちはこれから、決闘のようなことを挑まれることが増えるだろう。腕試しか、合法的な暗殺かはわからんがな。その時に、即座に使える専用の携帯武器がある方が良いだろう」
如何にもなイーナはともかく、ベネとリザ、そして私も言いがかりをつけられる機会があるでしょう。
「団長が決闘の代理人になるということはあり得るな」
「団長なら安心なのです!!」
「私が決闘に出るというのは死にに行くようなものです」
言い分はよくわかりました。刺突であれば鎧も穿ちやすいでしょうし、隙間も狙えます。大きなけがを負わせるリスクも少ないでしょうから、右手でいなし、左手でダメージを与え負けを認めさせるという事になるのでしょうか。
「提案をお受けします。その内容で鋼鉄製の物と魔銀製の物をそれぞれ作成して頂けますか」
承諾した土夫に理由を聞かれましたので「練習用です」と答えました。私は魔力頼りで立ち向かうほど、うぬぼれも自信もありませんわ。
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そして、長柄の武器としてショートスピアの一種を装備することをイーナが提案します。
「このような装備だな」
「魔銀製の『突錐槍』か……随分と古風な武器を装備したがるのだな」
好きで装備するわけではありません。『突錐槍』という装備は帝国ではベーメン兵が好んで装備した短槍の一種です。半ばまで四角錐の刃で出来ており、その後半は木製の柄に革を巻滑り止めとしているようです。長さは凡そ1.5mほど。これは、ポニャード・ダガーの槍版です。
「木の柄では魔力を刃に伝えられぬだろう」
「鍔元まで魔銀製、その上で、革の滑り止めと魔装布のテープを交互に捲くようにして、柄から魔力が流せるようにするのですわ」
「魔装布・魔装縄になるのだろうな。それはそちらで用意してもらえるのだろうな」
「ええ、勿論です」
鉱山での魔物討伐では刺突槍でしっかりしたものが無かったため、ハルバードやバスタードソードで代用しましたが、短い槍は必要ですわね。ベーメンでは騎士も白兵戦用の槍として重宝していたと言います。ベーメンソードと言い、この刺突用錐槍と言い、ベーメンの兵士騎士は武骨な物が好みのようですわね。
「なんなら、装飾を入れるか?」
「機能美というものもあります。今回の物は装飾は最低限でお願いします」
「心得た。なに、サービス精神だ」
人を傷つける武器に、癒しの文言を入れるなど考えるなら、とんだ偽善でしょう。ですが、聖エゼルは元は癒しをもたらす為の修道騎士会ですから、そういった外向きの装飾も必要になるかも知れません。ですが、それは魔銀製である必要はありません。
「私も護身用の装備が欲しいな」
イーナがそう口にします。イーナの護身用の装備を思いつきません。魔銀のブロードソードでは問題なのでしょうか。
「いや、右手は護拳で守られているが、左手は空いているではないか」
「同じものを装備するのでしょうか?」
「むぅ」
私の場合、左手で防御と同時に接近して魔術を相手に叩き込むための道具でもあるダガーですので意味がありますが、イーナの戦い方では使いようがありません。
「魔銀製のガードのついた指ぬきグローブが欲しいな」
「ガントレットではいかんのか?」
「平服にガントレットを装着するわけには行かないだろう。あくまでも剣を扱う為にはめるグローブの手甲に魔銀の補強を付けるようなものだな。柔らかい革で内張を魔装布にできるとなお良いのだが……」
生憎、魔装布は織れる程、糸が紡げておりません。
「魔装布とはなんだ」
「生糸に魔銀を魔力で馴染ませて加工した魔装糸で織りあげた布だよ」
「そんな物があるのか」
魔銀の金属加工を行う土夫も、製糸は考えていないので思いつかなかったのでしょうか。
私は、バックラーの周りに張り巡らされたティナの網を思い出します。これで同じことができるのではないでしょうか。
「実は、魔装布に似た物を私の従魔となった魔蜘蛛のティナが作ったのです。このバックラーの周りの網がそれになります」
「……魔銀網を紡ぐ魔蜘蛛の従魔……半精霊か?」
土夫も元はと言えば……いいえ、本来は土の妖精ノームなのですが、実体をもち肉体を得たものが土夫となるのだそうです。精霊は精霊を知るということなのでしょうか。
「この子が魔蜘蛛のティナです。鉱山に行く手前で知り合いました。名をつけると母と慕ってくれるようになったのです」
「名付けをしたのか」
名前を付け、それを魔物が受け入れる事で従魔となるのですが、ティナは魔物から精霊になる途中なので半精霊であり、名をつける事で私と霊的に繋がりを得て更に精霊に近づいているのだと虎髭土夫が語ります。
「なら、その網の部分を革の内側に張り、その上から麻の内張をするようにしよう。魔力を通せば、魔銀の部分が強化され少ない魔力で魔力壁が盾のように形成されるようにすればよいか」
「それがいい。バックラーを携行できない場合に使えるであろうし、万が一素手でも相手の剣戟を弾ける程度になると良い」
「ああ、勿論そうする。これは、手袋の縫製を他の所に委ねる事になるが、それでも構わないだろうか」
セザール師の紹介するところであれば問題ないでしょう。
「では、これを」
「……これが魔装糸か。ワイヤーのような強度で糸と変わらぬ弾力。さらに魔力を通す事で強化される。良い素材だ。これで、手袋を縫わせるとするか」
これで、イーナの装備も多少良くなることでしょう。
四本の魔銀製ブロードソード、四本の魔銀鍍金メイス、各一本のスティレットに加え、魔銀製突錐槍が一本、それに加え魔銀甲の指ぬきグローブを依頼したのですが、イーナが相談があると言います。
「騎士団の傭兵や領村の守備兵の装備なのだが、ハルバードは訓練が難しいし練度を上げるには時間がかかる。スピアやパイクでは数人の兵士で扱うには威力が不足している。剣もそれ以上に扱いを覚えるのが難しい。良い兵士用の装備はないだろうか」
傭兵はともかく、領村の者を門衛や見張として活用するにしても、装備はこちらで用意せねばなりません。また、今後増える修道女たちも全員がフレイルというわけにもまいりません。
「例えば、キアラが剣以外で装備する長柄の武器なら……何が良い」
「ぼ、ボクですか……『ランデベヴェ』あたりなら、突くことも切る事も出来ますから、扱いやすい気がします。あまり最近見かけませんけれど、うちにはありました」
ランデベヴェというのは、イーナ曰くショートスピアを発展させた両刃で幅広のスピアだと言います。穂先一つで突くことと斬ることの両方に優れていると言う特徴を持つ長柄武器だそうです。但し、刃元に突起がないため、突き刺したときのストッパーもなければ引っ掛けて引き倒すことができないので騎乗の相手を引きずり下ろすことはできないそうです。
「それなら、パルチザンもあるな。これは、ハルバードより扱いやすい」
パルチザンは「ランデベヴェ」の発展形で、幅広の両刃の槍に、小さな突起を左右対称につけた長柄武器。これもそれなりに普及しております。トレノの宮廷でも護衛の兵士が装備しているのを見た記憶がありますわ。
単一の穂先だけで多機能を実現している点が優秀であり、穂先の刃による刺突、斬撃。突起で武器を押さえ込んだり、刺突ダメージを上昇させており、訓練も容易になっていると言います。
「なら、今はやり始めのスポントゥーンの方がなお良いな。パルチザンとの違いはランゲットでシャフトにしっかり固定されているから、抜けず深く刺しすぎる事もない」
長さ的には1.8mほどでハルバードと同程度の「ハーフ・パイク」と呼ばれる短い槍に当たるそうですが、穂先もパルチザンより小さく扱いやすいということです。
「ランデベヴェとパルチザンは在庫があるから持っていけ。それと、スポントゥーンは注文が出来上がるまでに何本か作成しておく。実際、使い比べてみればよいだろう。扱い方に差は多くないから、先に渡す二種も門衛に持たせるなり訓練で使うなり、するとよいのではないか」
セザール師の助言に従い、聖エゼルに在庫のランデベヴェとパルチザンを持ち帰ることになりました。不良在庫を押し付けられたわけではありませんわよ。ええ、魔銀鉱山の解放のささやかなお礼という事で無償で譲っていただいたのですわ。
これにて第六幕終了です。
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